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王仲舒

王仲舒 おうちゅうじょ

762-823
中唐の官人。字は弘中。并州祁県(山西省祁県)の人。貞元十年(794)賢良方正科に及第し、左拾遺を拝命した。徳宗裴延齢を宰相にしようとしたが、陽城と共に阻止した。右補闕、礼部考功員外郎を歴任。一時連座して連州司戸参軍、荊南節度参謀となった。元和五間(810)知制誥となるも、友人の楊憑を弁護して峡州刺史に貶された。婺州刺史・蘇州刺史に遷った。穆宗が即位すると、穆宗は王仲舒の古風な文章を好んだから中書舎人に任じられたが、同輩は全員若年であったから、外地の転任を希望し、江西観察使となった。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百六十一 列伝第八十六 王仲舒
『旧唐書』巻一百九十下 列伝第一百四十下 文苑下 王仲舒

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 王仲舒(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E7%8E%8B%E4%BB%B2%E8%88%92

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最終更新:2025年12月30日 17:14
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