中渭橋
陝西長安県の西北、長安の北の咸陽県の界に位置した渭水に架かる橋。渭橋とも。もとは横橋といい、始皇帝の時に長楽宮と咸陽宮との間の通行のために建造された。後漢に董卓に焼き払われたが、魏の文帝が再建した。劉裕によって破壊されたが、北魏が再建した。貞観十年(636)に東十里のところに移設した。造営・修造は工部が管轄し、木柱の梁を持つ三橋(
便橋・中渭橋・
東渭橋)の一つである。唐が滅亡すると破壊された。
史料
『旧唐書』巻四十三 志第二十三 職官二 尚書都省 工部
最終更新:2025年12月31日 11:25