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論欽陵

論欽陵 ガル・ティンリン

?-699
吐蕃の宰相(任685-699)。創業の功臣である禄東賛(ガル・トンツェン)の三子。悉若の弟、賛婆の兄。噶爾(ガル)氏の出身で、兄である悉若の死後に大貢論(宰相)となった。670年大悲川の戦いで唐軍を打ち破り、若い器弩悉弄(チドウソン)が賛普になると、国政を掌握した。証聖元年(695)に賛婆とともに王孝傑と素羅江山で戦ったが敗れた。長年国政を主導し、対唐強硬策に出て国力を疲弊させたため、賛普は噶爾(ガル)一族の専制を嫌い、699年粛清を行って論欽陵は自殺。賛婆と子の論弓仁は武周に亡命した。

列伝

『新唐書』巻一百一十 列伝第三十五 諸夷蕃将 論弓仁
『新唐書』巻二百一十六上 列伝第一百四十一上 吐蕃上

外部リンク

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ガル・ティンリンツェンジュ
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最終更新:2026年02月13日 17:23
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