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湯嘉恵

湯嘉恵 とうかけい

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盛唐の武将。開元三年(715)北廷都護(任715-717)となる。葛邏禄・胡禄屋・鼠尼施が東突厥の黙啜の侵攻を受けたため、定遠道大総管となった阿史那献とともに救援対応した。安西副都護のち安西都護(任717-719)となり、突騎施の蘇禄が四鎮を攻撃すると、三姓葛邏禄(三氏族から成る葛邏禄部族)の軍隊で攻撃した。開元七年(719)、十姓可汗が砕葉に住むことを請願してくると、上表して、焉耆に四鎮を備えさせようとした。

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最終更新:2026年05月10日 23:36
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