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裴通

裴通 はうつう

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中唐の官人。字は又玄(文玄とも)。裴士淹の子。著作に『易書』百五十巻があり、これは文宗が易の意味を尋ねたため、撰述して進上させたもの。長慶元年(821)四月、回鶻の保義可汗が没して、崇徳可汗が継ぐと、検校左散騎常侍、兼御史大夫、持節冊立、兼弔祭使となり、冊に赴いた。少府監であったとき、中の上と考課されたが、自分の生母を追封を願い出たため、嫡母を棄て、亡父を欺く行為とみなされ、考課を中の下に下げられた。汝州刺史・検校礼部尚書を歴任した。

志・表・史料

『新唐書』巻五十七 志第四十七 芸文一 甲部経録 易類
『新唐書』巻七十一上 表第十一上 宰相世系一上 裴氏 南来呉裴
『旧唐書』巻一百六十三 列伝第一百一十三 盧簡辞
『旧唐書』巻一百七十一 列伝第一百二十一 李渤
『旧唐書』巻一百九十五 列伝第一百四十五 迴紇

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最終更新:2026年05月12日 15:44
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