宇文籍 うぶんせき
770-828
中唐の官人。字は夏亀。宇文滔の子。父は官人であったが卑職であった。若くして学問を好み、『春秋』に通じた。処士(庶民)であったが
竇群に招かれて右拾遺となり、進士に及第。宰相
武元衡が西蜀に赴任すると従って赴いた。咸陽県の尉、直史館となり、
韓愈と共に『順宗実録』の編纂に携わり、監察御史となった。のちに武元衡の怒りを買い、江陵府戸曹参軍に左遷された。
孫簡に
辟署され、さらに侍御史、著作郎となり、駕部員外郎、史館修撰となる。『憲宗実録』の編纂に関与し、知制誥、庫部郎中となる。大和年間(827-835)諫議大夫となり、知制誥は罷免された。大和二年(828)正月卒。『旧唐書』に伝がある。
列伝
『旧唐書』巻一百六十 列伝第一百一十 宇文籍
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最終更新:2026年05月13日 18:15