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楊師厚

楊師厚 ようしこう

?-915
唐末・五代梁の武将。潁州斤溝県(安徽省阜陽市潁州区)の人。李罕之に仕え、李罕之が李克用に降ると李克用に仕えたが、罪を犯して朱全忠のもとに逃れ、宣武軍押衙、曹州刺史に任じられた。天復三年(903)王師範との戦いで、一度惨敗し、荊南節度使の成汭の水軍も潰滅した。趙匡凝との戦いでは先鋒となり、趙匡凝・趙匡明兄弟を撃破、山南東道節度使、同中書門下平章事に任じられた。後梁が成立すると検校太保、同平章事に任じられた。朱全忠が殺されると、禁軍を率いて末帝の即位の一翼を担い、鄴王に封ぜられた。『旧五代史』『新五代史』に伝がある。

列伝

『旧五代史』巻二十二 梁書二十二 列伝第十二 楊師厚
『新五代史』巻二十三 梁臣伝第十一 楊師厚

外部リンク

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』楊師厚
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%8A%E5%B8%AB%E5%8E%9A

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最終更新:2026年07月06日 01:27
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