王宗朗 おうそうろう
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唐末・五代の武将。本名は金行全(全師朗とも)。金州の人。戎昭軍節度使
馮行襲の部将で金州を防衛したが、天祐二年(905)
王建の攻撃により陥落。王建の養子となり、名を王宗朗と改め、金州観察使を授けられた。馮行襲の逆襲により金州を守ることができず、成都へ逃亡した。王建軍が再び金州を奪取すると、金州刺史に任じられ、雄武軍節度使が設置されると、王宗朗は武軍節度使兼中書令となった。乾徳二年(919)十二月、突如官爵を削られたため挙兵。桑宏志の討伐を受けて捕縛されたが、許されて間もなく病死した。『十国春秋』に伝がある。
史料
『十国春秋』巻三十九 前蜀五 列伝 王宗朗伝
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最終更新:2026年08月30日 00:14