馮行襲 ふうこうしゅう
?-910
唐末・五代の群雄。字は正臣。均州武当県の人。
光啓元年(885)四月、郷豪の孫喜が民衆数千人を集めて均州を攻めようと謀ると、伏兵で打ち破り、勝利に乗じて均州刺史の
呂燁を追放し、均州に拠り、
劉巨容の上表によって均州刺史となった。金州を陥落させると、金州防禦使を授けられ、山南西道節度使の
楊守亮を破ると戎昭軍節度使に抜擢された。
天祐二年(905)、
王建の攻撃を受けて金州は降伏。馮行襲は均州に逃走した。匡国軍節度使に任じられた。『新唐書』『旧五代史』『新五代史』に伝がある。
列伝
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最終更新:2026年08月30日 00:30