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劉汾

劉汾 りゅうふん

848-921
唐末の官人。山南東道節度使劉巨容の子。進士に及第したが、黄巣の乱を受けて父に従って従軍、軍功を挙げた。中和二年(882)八月、信州軍押衙団練討撃使、検校国子祭酒兼御史大夫、尚書右僕射に任じられた。龍紀元年(889)父をはじめとした一族が皆殺しにされると、官途を厭い、隠棲した。

史料

『全唐文』巻七百九十三 大赦庵記

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最終更新:2026年08月30日 23:53
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