盧商 ろしょう
789-859
中唐の宰相(任846-847)。字は為臣。范陽盧氏北祖第二房の出身で、その世系は
盧献→盧翊→
盧昂→盧広→盧商である。若くに父を喪い、家が困窮の中、学問にはげみ、進士科・抜萃科に及第し、校書郎、大理卿、蘇州刺史、浙西観察使、刑部侍郎・京兆尹を歴任。財務に詳しく戸部侍郎、判度支となり、補給によって
劉稹討伐戦を支えた。さらに剣南東川節度使、兵部侍郎、判度支を歴任。
会昌六年(846)九月、中書侍郎・同中書門下平章事(宰相)となり、范陽郡公に封ぜられた。
大中元年(847)二月、旱魃に伴って収獄者の再審を行ったが、死刑囚の軽減を求めると、
馬植の反対により、宰相を罷免され武昌軍節度使、荊南節度使となった。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2026年10月25日 00:21