秦賢
?-887
唐末の武将。
秦宗権の部将。光啓元年(885)秦宗権によって江南攻略のため派遣された。
秦賢は宋州および曹州を攻略したから、
朱全忠は書を贈って和平を求め、秦賢は張調を派遣して、朱全忠の根拠地汴より以南の地を秦宗権に帰属させるよう求めた。合意に及ぶ以前に兵を率いて汴に渡り、放火・略奪を行ったがから朱全忠は張調を斬ってその死体を戻した。光啓三年(887)四月、秦宗権が汴州に進攻すると、双丘に駐屯し、板橋に進攻した。朱全忠が秦宗権を破ると、
孫儒に殺害された。
列伝
最終更新:2023年06月03日 14:31