著者 : 森博嗣 発行元 : 講談社 単行本発行 : 1996.4 文庫版発行 : 1998.12
第1回メフィスト賞の受賞作にして、森先生のデビュー作。 犀川創平と西之園萌絵が活躍するS&Mシリーズの第1作でもあるが、本来はシリーズ第4作として構想されたもの。
すべてがFになる. (2008, 6月 17). Wikipedia, . Retrieved 12:51, 7月 6, 2008
犀川研究室の旅行で、妃真加島(ひまかじま・架空)に向かった犀川創平と研究室の面々。犀川の恩師の娘である西之園萌絵も研究室の正式なメンバーではないが参加していた。妃真加島にはその所有者である真賀田家が設立した真賀田研究所があり、実は萌絵は研究所と多少の関わりがあったのだ。
真賀田研究所には優秀な研究者が集い、(世間の常識からは少し外れているが)彼らなりの論理・生活形態とそれを許容する環境の下で精力的に研究を進めている。その頂点に君臨するのが、真賀田四季博士。彼女は現存する最高の天才で、名実ともに研究所の活動の中心人物であった。そしてまた彼女は過去犯した殺人によっても有名人物であり、研究所の一画に隔離されている存在でもあった。
萌絵の提案で研究所を訪れた犀川と萌絵の前に、不可思議な死体が姿を現す。更に続いて起こる殺人事件。二人は研究所で起きた事件の謎にとらわれていく。
引用終わり
まあ、めくるめく森ミステリィを味わうためには、まずはこれを読まないとはじまらんわけですから、とりあえず読んでおきましょうね? けっこうな長編ですが、意外にすんなりと読めてしまいますので、ご安心を。
登場人物については、文句なしに魅力的。西之園萌絵嬢の描写が、ただの世間知らずのお嬢様的であるのが気にかかりますが、まだまだ彼女も大学一回生。やむを得ません。
また、トリックについては多少非現実的に思わないわけではありませんが、そんなツッコミを忘れてしまうおもしろさです。
というわけで、この作品については森先生のデビュー作と言うことでもありますので、以下、森ミステリについて総論的なことを書いてみたいと思います。
もうかなり言い古された評価ですが、森ミステリィは理系ミステリと評されます。 この作品は、その「理系ミステリ」の原点とも言える作品なわけですが、その実質は今までに気付かれてきた本格ミステリの醍醐味をふんだんに詰め込んだ、まさに王道的な推理小説だと言えます。 でも、なにかが新しい。 世間ではその根拠を理系的要素の詰まった、理系人間が活躍する「理系ミステリ」であることに置いているように見えます。 しかしわたしは以前からその評価についてもう一つしっくりきませんでした。 そこで、物語の要素を分解して、何処が「理系」なのかを分析してみたいと思います。
舞台設定? 主人公たちが属するのは、N大学の工学部。 今回の事件の舞台も天才プログラマ真賀田四季をはじめとする研究者が多数こもりっきりで(笑)研究を続ける孤島の研究所。 確かに理系ですし、専門用語などもふんだんに出てきて理系的なリアリティを感じさせてくれます。 でも、だから「理系ミステリ」っていうのもどうもなぁ。
それではキャラ?
確かに理系人間がいっぱいですw
でも、理系の人間がたくさん出ているから「理系ミステリ」なのでしょうか?
う〜ん。ちょっと違う感じがします。
また、犀川先生や萌絵さんや真賀田四季などはとても合理的で理論的な思考回路をしているようにも見えますが、よく考えるとはっきり言ってみんな変人変わり者です。これは理系の人間に限りません。ただ、やたら計算が速かったり、その自分の変わり者ぶりを客観的に登場人物自身がとらえているので、読んでいるとコンピュータのような思考回路であるかのように錯覚してしまいますが、わたしはそうではないと思います。
ならばトリックか? これはネタバレなので詳しくは書きませんが、確かにコンピュータがいろいろ絡んでくるのも事実です……が、これもその骨格だけを見てみると実に王道的な本格ミステリのそれになっていると思います。いろんな専門用語に彩られているせいで、とても科学的な筋立てに見えてしまいますが、まあごく当たり前の一般常識レベルのことを知っていれば理解できるものですし、作者が理系人間だから考えついたという類のものとは違うと思います。(もちろん描写にはそれなりの理系知識は必要でしょうが、わたしの言うのはもっと根本的な「論理」についてです) 分かり易く言うと、例えば法月綸太郎先生がもう少しPCなどの知識があったら、このトリックを考えついてもおかしくない……って感じでしょうか? うはは。
こう考えてくると、何をもって世間が「理系ミステリ」と評しているのかがより一層わからなくなります。おそらくは上で挙げたような要素をトータルにとらえて、なおかつ理知的、クール、合理的などのステレオタイプな「理系」像に当てはめてこのような評価がなされているのではないでしょうか?
なぜわたしはこんなことを延々と書いたのか?
それは、この物語が非常に高いレベルの「文系要素」すなわち文章構造を持っていることを強調したかったからなのです。 上に上げた理系的要素と相まって、三人称視点で冷静に語られる文章のせいで気付きにくいのですが、描写が非常に丁寧なのです。
すべてがFになる 文庫版321ページ〜322ページから抜粋
「楽しかったは、昨日から……」そういってから、萌絵は舌を出した。「不謹慎ですね。恐かったし……、気持ち悪かったし、頭も痛くなって……。あの日のことも思い出して、悲しかったし……。でも、思い出したことを先生にお話しして、なんだか、身体が軽くなったみたい。これで、このクイズの答えさえわかったら最高なのに……」 「クイズなんていったら怒られるよ」犀川は小声で言った。「人が二人も亡くなったんだから」 「でも、それは、どこでもあることでしょう?」萌絵はさらりと言った。「ただ地理的に近くで起こっただけです」 「ふうん。君は変わっているね」犀川は評価した。しかし、萌絵の言葉が、自分の考えに近かったので内心驚いた。 「先生だって、とびきり変わっていますよ」萌絵が小さな口を結んで目を三日月型にする。「ずいぶんご機嫌ですね?」 「え?ぼくが?」犀川は少し驚いた。 「わかりますよ」萌絵は右手の人差し指をこめかみに当てて言う。「何か気がつかれたのですね?」 「いや……」犀川は首をふった。自分の機嫌が良いとも思えないし、何も気付いてはいない。しかし、確かに思い当たることはあった。「そう……、Fのことかな……」 「エフ?」萌絵は姿勢を正す。 「すべてがFになる、という言葉だよ」犀川は言った。 「わかったのですか?」萌絵は押し殺した声で叫ぶ。 「いや……、全然……」犀川は微笑む。 「どういう意味です?」萌絵は眉を寄せて、難しい表情になった。
別になんていうことのないシーンです。 犀川と萌絵の台詞は、非常に無駄のない、いかにも頭の良い人間の会話です。これは全編を通じてこの調子なのですが、よく見てください。台詞と台詞の間にこれでもかというくらい細かな状況描写、心理描写が書き込まれているのです。しかもすごいのは、その描写は変に凝ったレトリックを駆使したものではなく、あくまでも普通の言葉で語られているにも関わらず、実に状況を的確に表しているということです。ある意味淡泊ともとれる、無駄のない台詞と平易な描写が見事に調和して、場の雰囲気を読者にダイレクトに伝えているのです。すなわち変に飾り立てていないからこそスムーズに読むことができ、かつその文体がこの物語の雰囲気を的確に表現しているので、とても豊かなイメージを読者は受け取ることができると思うのです。(引用部分の最後から4行目の)「犀川は言った」――その表現だけでも、ここまで描かれてきた犀川先生の性格と相まって、いかにも大切そうな台詞を拍子抜けするくらいに素っ気なく話す犀川先生の様子が見えるかのような効果を上げています。これは簡単なことではありません。
正直なところ、多くの本格ミステリ作家といわれる方の文章は「推理小説」としての要素(トリック、謎解きなど)がなければ別に読みたいとは思わない、と思えてしまうレベルのものが多いように思います。言い方を変えれば、物語の面白い、面白くないということ以前の、文章・表現自体に人が真似のできない作者自身のセンスを顕すことのできる人はそういないということです。その点、森先生は数少ない「文章そのもので、その人の個性を表すことのできる」作家だと思います。 まさに文学的、文系センス満載で、シンプルな美しさを感じさせてくれるこの文章テクニックこそが、森先生の真骨頂なのではないでしょうか?
まあ、キャラ、舞台設定、トリックともに理系要素が盛り込まれているので、それらをまとめて理系ミステリと呼ぶこともあながち間違いではないと思うのですが、そこに意識を強く持ったままこの作品を読むと、本当の魅力がなんなのかわからないままに終わってしまいかねません。
わたしなりの結論としては…… 森先生の作品は「理系ミステリ」ではなく、まさに「森ミステリ」と呼ぶべきものである、というところでしょうか?
みなさんはどう思われますか?
それにしても真賀田博士ったら。 ナンテ電波ナンダラウ……。
実はPS用ゲームとして発売されていたりする。
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