著者 : 森博嗣 発行元 : 講談社 新書版発行 : 1997.1 文庫版発行 : 1999.11
犀川助教授と西之園萌絵のコンビが活躍するS&Mシリーズの第4弾。
以下 新書版内容紹介より引用
那古野市内の大学施設で女子大生が立て続けに殺害された。犯行現場はすべて密室。そのうえ、被害者の肌には意味不明の傷痕が残されていた。捜査線上に上がったのはN大学工学部助教授、犀川創平が担任する学生だった。彼の作る曲の歌詞と事件が奇妙に類似していたのだ。犯人はなぜ傷痕を残し、密室に異様に拘るのか? 理系女子大生、西之園萌絵が論理的思考で謎に迫る。
引用終わり
まさに詩的
今回も引き続き密室ものです。 しかも被害者はそれぞれ服を脱がされ、ナイフで身体にマークをつけられている。 密室自体も理系施設が効果的に使われており、密室好きにはたまらない感じです。
ただどうしてでしょう? 今回は第3の事件が起こるまでは、わたしは結構読むのに時間がかかりました。なんだか少しだれていたかのように。それはおそらく意識的に作られた「底の浅いミステリ」風の展開ゆえでしょう。 なんだか密室の謎も簡単に解決されてしまうし、そのトリック自体も正直驚くほどのものではなかったし。それになんだかあからさまに怪しそうなやつもいるし。
しかし、そのままでは終わらないのが森ミステリィ。 犀川先生が何度も言っていたとおり、今回のポイントは「なぜ密室にしたのか?」 もちろん他の作品でも密室にする必要性が重要なテーマになることは多いと思いますが……おっと。この先は下のネタバレコーナーで。
それはそうと、3つめの密室ですが。 まさに「コンクリートの森博嗣」の面目躍如。 なんてコンクリートが好きなんだ。
また、本作はタイトルに「詩的」とありますが、全体を通して今までの作品にはない一種幻想的なまでの空気が流れています。わたしの個人的好みとしては、ミステリにあまり幻想的な味付けがなされているものは好きではありません。なぜならせっかくの謎までも幻想的になって曖昧な感じがしてしまうからです。例えば綾辻行人先生の「人形館の殺人」みたいな。(*良し悪しを言っているのではなく単なるわたしの嗜好の問題です) ところが、この作品はあくまでも謎は整然としていますのでミステリとしての魅力を損ねることは全くありません。というよりも、その謎と人々の思考の流れの整然さと客観性こそが、森先生の「詩」なのであり、これはこの作品に限られない、森作品に共通する雰囲気でもあります。ただ、この作品にはこのような森先生本来の整然な「詩」とは正反対のはずのアーティストや彼らの創り出す「詩」と「感性」が配置されており、それが一見すると対極にありそうな、数学的な整然さを持つ森先生独特の世界観と見事に融合することで、一つの新たな「詩的」世界を創り出しています。 つまり、本作は決して今までにない「詩的」で幻想的な世界を描いたものではなく、本質は今までと同じ「森ミステリィ」に他ならないということです。
それにしても萌絵嬢のアタックはより一層激しさを増してまいりました。 そしてそれと連動して犀川先生の変人っぷりが際だってきているように見受けられます。 自分に好意を持っているとわかっている萌絵嬢に対して「君が言わないからだ」という、すなわち「はっきり口に出してわたしに好意を伝えないとぼくにはわかんないよ」的な発言をなさいます。萌絵嬢に「甘えている」とおっしゃいますが、甘えているのはあんたの方だよと言いたいのはわたしだけでしょうか?
それでも犀川先生。憎めないから困ったものです。 ますます二人から目を離せない展開です。
{以下、ネタバレありです。未読の方はご注意を };
先程書きかけてしまった「なぜ密室が必要なのか」ということについて。 既に書いたとおり、密室の理由付けに関してきちんと書かれている作品自体は他にも多数あると思います。 が、わたしの知る限り、密室は密室であることが前提で、それが何らかの効果を生み出すというものがほぼ全てであるように思います。本作のように密室が密室でなくなってはじめてその効果を発揮する、という考え方には驚きました。
また「詩的」ということについても上でいろいろ書きましたが、犯人の動機もなかなかその雰囲気に沿ったものになっていますね。「冷たい密室と博士達」「笑わない数学者」と土曜ワイド劇場的動機のものが続いたので、これも新鮮な感じがします。
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