鯨という生き物は、哺乳類に属する水棲生物である。
(鯨に関する習性についての記述)
鯨の鳴き声というものは、ヒトが聞くと弦楽器のようなどこか切なげな鳴き声を思わせる、独特の響きがある。鯨を模倣して進化したソットヴォーチェという水竜の通信信号も一種これに似た響きがあった。いや、電波が耳に聞こえるわけではないが。
実際には電波信号をスピーカに繋いで、音声化したところ鯨の鳴き声のような響きになっただけだった。(これを聞いた藩王は、「こっちの言葉に変換して水竜と会話できないかなあ」と考えて技族に問いただしたところ、「そんなの、普通にコックピットでコミュすればいいじゃん」と常識的な答えを返され、しばらく凹んだ)
だが、そう。鯨の鳴き声が思わせる音は弦楽器だけではない。
それは、船の軋む絶望の音だ。
(鯨に関する習性についての記述)
鯨の鳴き声というものは、ヒトが聞くと弦楽器のようなどこか切なげな鳴き声を思わせる、独特の響きがある。鯨を模倣して進化したソットヴォーチェという水竜の通信信号も一種これに似た響きがあった。いや、電波が耳に聞こえるわけではないが。
実際には電波信号をスピーカに繋いで、音声化したところ鯨の鳴き声のような響きになっただけだった。(これを聞いた藩王は、「こっちの言葉に変換して水竜と会話できないかなあ」と考えて技族に問いただしたところ、「そんなの、普通にコックピットでコミュすればいいじゃん」と常識的な答えを返され、しばらく凹んだ)
だが、そう。鯨の鳴き声が思わせる音は弦楽器だけではない。
それは、船の軋む絶望の音だ。
水の世界に爆音が響く。
『目標、撃沈を確認』
『被害軽微』
『トレ撃沈』
詩歌藩国の王である九音詩歌は次々と上がる報告にそっと息をつき、狭いコックピットの中で息を吐いた。
〈How are you?〉
ディスプレイにゼーロの発言。詩歌はなんでもない、と首を振ると、スピーカの向こうで次々とトレの沈没に嘆きの声を上げるパイロットたちを慰め、そして自分も泣きてえなあ、と思いつつも冷静に部隊状況を俯瞰した。藩王は泣く暇があったら働かねばならないのである。
損耗だけ見れば、全部隊のうち、一機を引き換えに偵察部隊を殲滅できたのは上出来だろう。何しろ相手は魚雷持ちだ。全体がダメージを食うよりも一機犠牲になって残りが無事になったほうが効率がいい。まだ戦争は始まったばかりなのだ。前哨戦で部隊がガタガタになってしまっては元も子もない。ウォーロジカルの鉄則に従えば、このまま駒を進めるべきだ。
しかし……
「崎戸」
『ああ』
あまり嘆きの声を上げていない、(むしろ憤懣の声を上げていた)崎戸が短く返事をする。
「トレを回収できるかい?」
向こうで肩をすくめたのだろう、息をつく音がスピーカから小さく聞こえた。
『たぶん、できる。耐圧限界より下に沈む前なら』
「わかった。すぐにやってくれ」
『そっちはいいのか?』
「目の前の戦争より永遠の友が大事だよ」
『了解』
『目標、撃沈を確認』
『被害軽微』
『トレ撃沈』
詩歌藩国の王である九音詩歌は次々と上がる報告にそっと息をつき、狭いコックピットの中で息を吐いた。
〈How are you?〉
ディスプレイにゼーロの発言。詩歌はなんでもない、と首を振ると、スピーカの向こうで次々とトレの沈没に嘆きの声を上げるパイロットたちを慰め、そして自分も泣きてえなあ、と思いつつも冷静に部隊状況を俯瞰した。藩王は泣く暇があったら働かねばならないのである。
損耗だけ見れば、全部隊のうち、一機を引き換えに偵察部隊を殲滅できたのは上出来だろう。何しろ相手は魚雷持ちだ。全体がダメージを食うよりも一機犠牲になって残りが無事になったほうが効率がいい。まだ戦争は始まったばかりなのだ。前哨戦で部隊がガタガタになってしまっては元も子もない。ウォーロジカルの鉄則に従えば、このまま駒を進めるべきだ。
しかし……
「崎戸」
『ああ』
あまり嘆きの声を上げていない、(むしろ憤懣の声を上げていた)崎戸が短く返事をする。
「トレを回収できるかい?」
向こうで肩をすくめたのだろう、息をつく音がスピーカから小さく聞こえた。
『たぶん、できる。耐圧限界より下に沈む前なら』
「わかった。すぐにやってくれ」
『そっちはいいのか?』
「目の前の戦争より永遠の友が大事だよ」
『了解』
ソットヴォーチェの機体は地竜・アルトドラゴンを水竜の外殻で包むような形で成り立っている。外殻内部にはアルトドラゴンが収まる中心部のほかに水中推進用のパラジウムリアクター、魚雷を格納するペイロード、そして沈降、及び重心制御用のバラストがある。
非常時にはこのバラストから強制的に水を排出し、瞬間的な軽量化で一気に水中を上昇するのだが、時にこれがうまく行かないと、被弾した潜水艦は不吉な運命をたどることになる。
いま、トレが陥っている状況はまさにそれだった。
『Radio access, No Reaction』
『映像情報からして、水竜外殻との接続が破損していると推測される』
「AIが破損している可能性は?」
『そのレベルの損害ならば、外殻の被害はさらに深刻になると推測される』
まあそうだろうな、と崎戸は念じて、さてどうするか、と一人ごちた。
「アンカーを打ち込んで引き上げられるか?」
『重量からして、一機のパラジウムリアクターで二体分のソットヴォーチェを引き上げるのは不可能と推測される』
「こっちから外殻の回路に接続して、AIだけもってくるってのは」
『不確定要素が多く、また危険が大きいと推測される』
「不可能ばっかだな」
『その推測は間違っていない』
「嫌味か?」
『?』
わざわざクエスチョンマークまでつけて疑問を表してきた。
「いや、気にするな。さて、どうすればいいと思う?」
『回収は不可能と判断し、撤退を推奨する』
「…………」
『?』
「お前は」
崎戸が口を開く
「仲間を見捨てることを是とするのか?」
しばらくの沈黙の後、セーイはディスプレイに「YES」と表示した。
「殴るぞ」
『?』
「仲間は見捨てるもんじゃない。覚えておけ」
『Remenbered』
とはいえどうするか。
崎戸は考えた。
「……よし」
セーイに自分の思いついた手段を述べた。
「トレの下に回りこんで、バラストタンクを切り離して、浮いた重量差で一気に持ち上げる」
『二体分の重量を持ち上げるだけの出力は無いと推測する』
「ああ。だからその瞬間に、最低限の航行に必要な分を残して、装甲板を
全部切り離せばいい」
『認められない。切り離した瞬間に耐圧限界が低下し、圧壊する』
「圧壊するまでの時間を計算しろ」
コンマ数秒。
『15.7Second』
「十分だ」
『危険性が高い』
「潰れる前に浮上すればいいんだろ? どうせ、十秒も水の底にいるわけじゃないんだ。それくらいは融通しろ。それとも仲間を見捨てるのか?」
ディスプレイに表示は無い。「Remenbered」の言葉とともに覚えた倫理と自己保全機能の矛盾にループしているのだろうか。
『了解』
前者が勝ったらしい。いい傾向だ、と崎戸はわずかに唇を曲げて頷いた。
非常時にはこのバラストから強制的に水を排出し、瞬間的な軽量化で一気に水中を上昇するのだが、時にこれがうまく行かないと、被弾した潜水艦は不吉な運命をたどることになる。
いま、トレが陥っている状況はまさにそれだった。
『Radio access, No Reaction』
『映像情報からして、水竜外殻との接続が破損していると推測される』
「AIが破損している可能性は?」
『そのレベルの損害ならば、外殻の被害はさらに深刻になると推測される』
まあそうだろうな、と崎戸は念じて、さてどうするか、と一人ごちた。
「アンカーを打ち込んで引き上げられるか?」
『重量からして、一機のパラジウムリアクターで二体分のソットヴォーチェを引き上げるのは不可能と推測される』
「こっちから外殻の回路に接続して、AIだけもってくるってのは」
『不確定要素が多く、また危険が大きいと推測される』
「不可能ばっかだな」
『その推測は間違っていない』
「嫌味か?」
『?』
わざわざクエスチョンマークまでつけて疑問を表してきた。
「いや、気にするな。さて、どうすればいいと思う?」
『回収は不可能と判断し、撤退を推奨する』
「…………」
『?』
「お前は」
崎戸が口を開く
「仲間を見捨てることを是とするのか?」
しばらくの沈黙の後、セーイはディスプレイに「YES」と表示した。
「殴るぞ」
『?』
「仲間は見捨てるもんじゃない。覚えておけ」
『Remenbered』
とはいえどうするか。
崎戸は考えた。
「……よし」
セーイに自分の思いついた手段を述べた。
「トレの下に回りこんで、バラストタンクを切り離して、浮いた重量差で一気に持ち上げる」
『二体分の重量を持ち上げるだけの出力は無いと推測する』
「ああ。だからその瞬間に、最低限の航行に必要な分を残して、装甲板を
全部切り離せばいい」
『認められない。切り離した瞬間に耐圧限界が低下し、圧壊する』
「圧壊するまでの時間を計算しろ」
コンマ数秒。
『15.7Second』
「十分だ」
『危険性が高い』
「潰れる前に浮上すればいいんだろ? どうせ、十秒も水の底にいるわけじゃないんだ。それくらいは融通しろ。それとも仲間を見捨てるのか?」
ディスプレイに表示は無い。「Remenbered」の言葉とともに覚えた倫理と自己保全機能の矛盾にループしているのだろうか。
『了解』
前者が勝ったらしい。いい傾向だ、と崎戸はわずかに唇を曲げて頷いた。