L:荒海の賢者= {
t:名称 = 荒海の賢者(ACE)
t:要点 = 荒海、賢者、叡智を秘めた瞳
t:周辺環境 = 荒海
【賢者と愛弟子】
みなさんは賢者と聞いて、いったい何を連想するだろうか。
ツバの広い帽子をかぶり、脚先まで広がるマントを身につけ、白髭をたくわえた老人。
木杖を持ち、魔法を行使する存在。
そんなファンタジーな人物を思い浮かべるのではないだろうか。
見た目という意味では、まさしくその人は賢者らしい人物だと言えた。
詩歌藩国は南端に位置する砂浜。
その隅っこに大きな岩があった。
それはどうやら浜の砂が固まってできた堆積岩らしく、明るい土色をしていた。
高さはせいぜい人の腰上ほどだが、平たい丸テーブルのような形をしており、腰を降ろすにはよさそうに見える。
10人ばかり寝転んでもまだ余裕がありそうな大きな岩だ。
その上にひとり、悠然と佇んでいる人物がいる。
まず目につくのは、長く伸ばした白髭だ。
びゅうびゅうと吹きすさぶ海風に波打つそれを、のんびりと片手でしごいている。
着ている服も、なかなか特徴的なものだ。
頭に乗せているのは、深い海底のように、濃い青色の布で作られた帽子。
柔らかい生地のようで、三角形の帽子は中ほどで折れており、ナイトキャップのようにも見える。
ワインレッドの外套は胸元一箇所で引き結び、その下には帽子と同じく青い色をした貫頭衣を身につけている。
手には彼の身長ほどもある長さをもった木製の杖らしきもの。
それは、ほとんど加工らしいものは施されていないように見えるが、上先だけはなぜか渦を巻いたようにぐるりと捻れており、いかにも魔法使い然とした雰囲気を醸し出していた。
杖を握る手や顔には深く細かいしわがたくさん刻まれており、永く生きてきた歳月を感じさせる。
歳は70を下回るということはないように見えるが、きりりと伸びた背筋と、遠く海の彼方を見据える眼差しには、強い生命力と意思のちからを感じさせる。
真っ直ぐに前を見つめる瞳の色は、帽子の青よりなお深く、鮮やかな海色の叡智を秘めた瞳だった。
老人が見据えるその先には、水平線の向こうから昇りはじめた太陽があった。
詩歌藩国は南端に位置する砂浜。
その隅っこに大きな岩があった。
それはどうやら浜の砂が固まってできた堆積岩らしく、明るい土色をしていた。
高さはせいぜい人の腰上ほどだが、平たい丸テーブルのような形をしており、腰を降ろすにはよさそうに見える。
10人ばかり寝転んでもまだ余裕がありそうな大きな岩だ。
その上にひとり、悠然と佇んでいる人物がいる。
まず目につくのは、長く伸ばした白髭だ。
びゅうびゅうと吹きすさぶ海風に波打つそれを、のんびりと片手でしごいている。
着ている服も、なかなか特徴的なものだ。
頭に乗せているのは、深い海底のように、濃い青色の布で作られた帽子。
柔らかい生地のようで、三角形の帽子は中ほどで折れており、ナイトキャップのようにも見える。
ワインレッドの外套は胸元一箇所で引き結び、その下には帽子と同じく青い色をした貫頭衣を身につけている。
手には彼の身長ほどもある長さをもった木製の杖らしきもの。
それは、ほとんど加工らしいものは施されていないように見えるが、上先だけはなぜか渦を巻いたようにぐるりと捻れており、いかにも魔法使い然とした雰囲気を醸し出していた。
杖を握る手や顔には深く細かいしわがたくさん刻まれており、永く生きてきた歳月を感じさせる。
歳は70を下回るということはないように見えるが、きりりと伸びた背筋と、遠く海の彼方を見据える眼差しには、強い生命力と意思のちからを感じさせる。
真っ直ぐに前を見つめる瞳の色は、帽子の青よりなお深く、鮮やかな海色の叡智を秘めた瞳だった。
老人が見据えるその先には、水平線の向こうから昇りはじめた太陽があった。
「さて、はじめるかのう」
白々と夜が明け始めた海岸でぽつりとつぶやくと、ふところから白い糸束を取り出した。
白く細長いそれの一端を、おもむろに木杖の先に結び付ける。
それが終わると、今度は逆端に赤い球のようなものと、銀色に輝く針を取り付けた。
よし、とひとつ頷くと、木杖を肩に担ぐようにして持ち上げ、前方へと勢いをつけて振り落とした。
杖に引かれ、糸先がひゅうと飛び立つ。
赤球と銀針が大きく弧を描くように宙を跳び、海へと飛び込む。
その様子を満足そうに見届け、老人は胡座のかたちで岩上に座り込んだ。
白く細長いそれの一端を、おもむろに木杖の先に結び付ける。
それが終わると、今度は逆端に赤い球のようなものと、銀色に輝く針を取り付けた。
よし、とひとつ頷くと、木杖を肩に担ぐようにして持ち上げ、前方へと勢いをつけて振り落とした。
杖に引かれ、糸先がひゅうと飛び立つ。
赤球と銀針が大きく弧を描くように宙を跳び、海へと飛び込む。
その様子を満足そうに見届け、老人は胡座のかたちで岩上に座り込んだ。
「…………」
そのままの姿勢で、老人は海に浮かぶ赤い球を見つめて待ち始めた。
いったい何を待っているのか?
もちろん魚を待っている。
彼は、釣りをしているのだった。
いったい何を待っているのか?
もちろん魚を待っている。
彼は、釣りをしているのだった。
/*/
「ほぅーい ほぅーい」
「賢者さまぁー おはようございますだー」
「賢者さまぁー おはようございますだー」
老人が釣りを始めてしばらくした頃、遠くから彼に声をかける人々がいた。
海岸からほど近い村に住む漁師の一団だ。
ちょうど海から帰ってきた直後らしく、船から降りて老人のもとへ歩んでくる。
海岸からほど近い村に住む漁師の一団だ。
ちょうど海から帰ってきた直後らしく、船から降りて老人のもとへ歩んでくる。
「やぁ、おはよう皆の衆。 漁の調子はどうだね」
「今日も大漁だぁよ。 今年の冬は楽が出来そうだぁ」
「それもこれも、賢者さまのおかげだぁよ」
「賢者さまぁ、こいつは今日とれた魚だぁ、もらってやってけれぇ」
「おお、いつもありがとう。 さっそく朝食にいただこう」
「今日も大漁だぁよ。 今年の冬は楽が出来そうだぁ」
「それもこれも、賢者さまのおかげだぁよ」
「賢者さまぁ、こいつは今日とれた魚だぁ、もらってやってけれぇ」
「おお、いつもありがとう。 さっそく朝食にいただこう」
賢者と呼ばれた老人は、しわをくしゃくしゃと丸めて心底嬉しそうに微笑んだ。
老人と漁師たちのこうした関係が始まったのは、数カ月ほど前からだ。
いつも通りに漁から帰ってきた漁師たちは、砂浜の端に一人の老人がいるのを見かけた。
老人は毎朝、岩場の上で釣り糸を垂らしていた。
それだけであれば、別段どうということはない。
漁師たちのなかにもこの砂浜で釣りをしたことのある者は何人もいた。
もっとも、最近では少し北西に行った場所によく釣れる場所が見つかり、そちらに人が流れてしまったため珍しいといえば珍しかったが。
いつも通りに漁から帰ってきた漁師たちは、砂浜の端に一人の老人がいるのを見かけた。
老人は毎朝、岩場の上で釣り糸を垂らしていた。
それだけであれば、別段どうということはない。
漁師たちのなかにもこの砂浜で釣りをしたことのある者は何人もいた。
もっとも、最近では少し北西に行った場所によく釣れる場所が見つかり、そちらに人が流れてしまったため珍しいといえば珍しかったが。
ある日、朝の漁を終えて舟を岸に上げていた漁師に声がかけられた。
「もし、そこな漁師殿」
「うん? なんだぁ?」
声のしたほうへ顔を向けると、そこにはいつも釣りをしている老人の姿があった。
「ひとつお尋ねしたいのだが、明日は漁に出る予定かね?」
「あぁ、明日も出るだぁよ。 しっかり稼がにゃおまんま食い上げだぁ」
「もし、そこな漁師殿」
「うん? なんだぁ?」
声のしたほうへ顔を向けると、そこにはいつも釣りをしている老人の姿があった。
「ひとつお尋ねしたいのだが、明日は漁に出る予定かね?」
「あぁ、明日も出るだぁよ。 しっかり稼がにゃおまんま食い上げだぁ」
漁師の話を聞いて、老人は眉を寄せて困ったような顔をした。
「明日は大雨になるじゃろうから、できれば漁はやめておいたほうがよい」
「ううん? そうなんかぁ? だども、天気予報じゃ晴れだっただぁよ?」
そんなやりとりがあった翌日、老人が言った通りに朝から土砂降りの雨がふり、漁師たちは慌てて舟を海から引き上げた。
その後も老人は、海が荒れる日を必ず言い当て、漁師たちへ警告した。
「明日は大雨になるじゃろうから、できれば漁はやめておいたほうがよい」
「ううん? そうなんかぁ? だども、天気予報じゃ晴れだっただぁよ?」
そんなやりとりがあった翌日、老人が言った通りに朝から土砂降りの雨がふり、漁師たちは慌てて舟を海から引き上げた。
その後も老人は、海が荒れる日を必ず言い当て、漁師たちへ警告した。
そんなことが何度か続くうちに、老人と漁師たちはすっかり仲良くなり、現在に至る。
老人はとかく、海に詳しかった。
天気だけでなく、よく魚がとれる場所や、新しい舟の造りについてもよく知っていた。
あふれるほどの知識はまるで魔法のようで、老人は賢者様と慕われるようになった。
老人はとかく、海に詳しかった。
天気だけでなく、よく魚がとれる場所や、新しい舟の造りについてもよく知っていた。
あふれるほどの知識はまるで魔法のようで、老人は賢者様と慕われるようになった。
海の荒れをぴたりと予見することから、いつしか荒海の賢者と呼ばれるようになった。
ひとしきり話をしたあと、漁師のひとりが言った。
「そういやぁ、畑の連中が感謝しとっただよぉ。 あの魚粉ちゅうのは、野菜の栄養になるんだなぁ」
「おらも聞いただぁ。 リィキんとこのニンジンは丸まるしててうまそうだっただぁよ」
「おお、それはよかった。 うまくいったようでなによりじゃよ」
漁師たちの話を聞き、ニコニコと嬉しそうに笑う。
しばらく前から、賢者は漁師たちに頼み、魚の内臓や皮、骨、血合い、ほかにはエビの殼など不要な部分を分けてもらい、それをよく乾燥させ、細かく砕き、魚粉を作製していた。
それを畑の肥料として利用した成果が出始めたようだった。
「肥料以外にも、家畜の餌としたり、直接たべてみても良い。 作り方は前に教えた通りだから、いろいろ試してみるといい」
「そうなんかぁ、やっぱり賢者さまは物知りだぁなぁ」
関心したように、漁師たちは一様にみなうんうんと頷いていた。
その様子を見て、賢者は満足そうに微笑む。
素朴で素直な漁民たちのことを、彼はよく愛していた。
「そういやぁ、畑の連中が感謝しとっただよぉ。 あの魚粉ちゅうのは、野菜の栄養になるんだなぁ」
「おらも聞いただぁ。 リィキんとこのニンジンは丸まるしててうまそうだっただぁよ」
「おお、それはよかった。 うまくいったようでなによりじゃよ」
漁師たちの話を聞き、ニコニコと嬉しそうに笑う。
しばらく前から、賢者は漁師たちに頼み、魚の内臓や皮、骨、血合い、ほかにはエビの殼など不要な部分を分けてもらい、それをよく乾燥させ、細かく砕き、魚粉を作製していた。
それを畑の肥料として利用した成果が出始めたようだった。
「肥料以外にも、家畜の餌としたり、直接たべてみても良い。 作り方は前に教えた通りだから、いろいろ試してみるといい」
「そうなんかぁ、やっぱり賢者さまは物知りだぁなぁ」
関心したように、漁師たちは一様にみなうんうんと頷いていた。
その様子を見て、賢者は満足そうに微笑む。
素朴で素直な漁民たちのことを、彼はよく愛していた。
/*/
「賢者さま~~!!」
漁師たちが去ってしばらく後、砂浜に元気な声が響き渡った。
賢者が声のしたほうを見遣ると、一人の少年が飛ぶように駆けてくるのが見えた。
賢者が声のしたほうを見遣ると、一人の少年が飛ぶように駆けてくるのが見えた。
「おはようございます、賢者さま!」
「やぁ、おはようカイ」
「やぁ、おはようカイ」
カイと呼ばれた少年は、嬉しそうにニカッと笑った。
歳の頃は10歳前後だろうか。
北国人らしい白い髪は短く刈り上げており、外へ出ることが多いのか肌はよく日に焼けている。
背はそれほど高くはないが、袖なしのシャツから見える腕回りはがっしりとしており、よく身体を鍛えているように見える。
カイと呼ばれた少年は、岩へ昇りいそいそと賢者のとなりに腰かけると、担いでいた木の棒を肩からおろし、白い糸をくくりつけ始めた。
朝方、賢者が行っていた釣りの準備とそっくり同じ動作だ。
北国人らしい白い髪は短く刈り上げており、外へ出ることが多いのか肌はよく日に焼けている。
背はそれほど高くはないが、袖なしのシャツから見える腕回りはがっしりとしており、よく身体を鍛えているように見える。
カイと呼ばれた少年は、岩へ昇りいそいそと賢者のとなりに腰かけると、担いでいた木の棒を肩からおろし、白い糸をくくりつけ始めた。
朝方、賢者が行っていた釣りの準備とそっくり同じ動作だ。
「では、始めようか」
「はいっ」
「はいっ」
準備が終わってすぐ、カイは棒を肩に担ぎ、ぐうんと振り下ろす。
そして、賢者と同じように釣りを始めた。
そして、賢者と同じように釣りを始めた。
カイは、漁師たちの住む村の子だ。
数カ月前、たまたま漁から帰る父を迎えに来た時に賢者と出会い、その後も話を聞きに通って来るようになった。
そのうち、海や魚の話を聞くうちになにやら感じたものがあったらしく、突然に弟子にしてほしいと言ってきたのだ。
最初は面食らっていた賢者だったが、少年の素直な願いを聞き届け、以来こうして一緒に釣りを教えている。
数カ月前、たまたま漁から帰る父を迎えに来た時に賢者と出会い、その後も話を聞きに通って来るようになった。
そのうち、海や魚の話を聞くうちになにやら感じたものがあったらしく、突然に弟子にしてほしいと言ってきたのだ。
最初は面食らっていた賢者だったが、少年の素直な願いを聞き届け、以来こうして一緒に釣りを教えている。
「…………」
「…………」
「…………」
打ち寄せる波音だけが響き渡る。
柔らかく降り注ぐ日差しは二人を暖かく包み込んでいた。
季節は秋が近くなっていたが、まだまだ温かい日は続きそうだった。
柔らかく降り注ぐ日差しは二人を暖かく包み込んでいた。
季節は秋が近くなっていたが、まだまだ温かい日は続きそうだった。
ぽかぽかとした陽気に、思わずあくびを噛み殺すカイ。
しまった、と思う。
たかが釣りといえど、師の課した修業の最中にあくびなど、真剣さが足りていない。
もちろん、賢者様は優しいから、その程度で怒ることはないとカイも知っている。
だが、呆れてはいるかもしれない。
恐る恐る、といったふうにカイが隣を見遣ると、そこには
しまった、と思う。
たかが釣りといえど、師の課した修業の最中にあくびなど、真剣さが足りていない。
もちろん、賢者様は優しいから、その程度で怒ることはないとカイも知っている。
だが、呆れてはいるかもしれない。
恐る恐る、といったふうにカイが隣を見遣ると、そこには
「Zzz……」
「寝てるー!?」
「寝てるー!?」
思いきり舟を漕いでいる賢者の姿があった。
ご丁寧に鼻提灯まで膨らませている。
ご丁寧に鼻提灯まで膨らませている。
「大丈夫ですか賢者さま!?」
「おぉ?」
「おぉ?」
パチンと提灯を弾けさせ、目を覚ます賢者。
まだ少し眠いのか、目をしょぼしょぼさせている。
まだ少し眠いのか、目をしょぼしょぼさせている。
「いかんいかん、いい陽気でつい眠気が入り込んだのう」
(大丈夫かなぁ……)
呵々と笑う姿を見て、どことなく不安になるカイ。
(大丈夫かなぁ……)
呵々と笑う姿を見て、どことなく不安になるカイ。
大人たちと話をしている様子から、彼が博識で素晴らしい人格者であることは間違いないと確信している。
しかし、弟子として接するようになってからわかったことだが、賢者はどこか抜けているところがあった。
一日に一度はマントの裾をふんずけてすっころんでみたり、砂浜で寝ていたら潮が満ちてきて波にさらわれそうになったり(ちなみに賢者は砂浜で野宿をしている)釣った魚を焼いて、さぁ食べようとしたところで野良ネコに掻っ払われて半日ほど追い掛け回したりしている。
しかし、弟子として接するようになってからわかったことだが、賢者はどこか抜けているところがあった。
一日に一度はマントの裾をふんずけてすっころんでみたり、砂浜で寝ていたら潮が満ちてきて波にさらわれそうになったり(ちなみに賢者は砂浜で野宿をしている)釣った魚を焼いて、さぁ食べようとしたところで野良ネコに掻っ払われて半日ほど追い掛け回したりしている。
いわゆる天然、というやつだろうか。
どうにも微妙なところで失敗したり酷いめにあったりするのだが、たいていのことは「いやぁやってしまったのー」と言って笑ってすませてしまうので、憎めないのである。
どうにも微妙なところで失敗したり酷いめにあったりするのだが、たいていのことは「いやぁやってしまったのー」と言って笑ってすませてしまうので、憎めないのである。
カイが知るかぎりで一番酷かったのは、二人で道を歩いていた時に道端の石ころにつまづいてころんだ時だ。
それだけなら(よくマントの裾を踏んでいるのを見て慣れていたので)よかったが、立ち上がろうとした瞬間にまた同じ石を踏みつけて転び、それを四回ほど繰り返してついには心折れたのか体育座りをしたまま動かなくなってしまった。
何度も鼻をぶつけたせいか鼻血をたらし、涙目になりながらぷるぷる震える様は哀れに過ぎた。
「もういい……今日はここで寝る……明日がんばって立つ」とか言い出した時はさすがにカイも途方に暮れた。
結局、その時はカイが石ころを遠くに投げ捨て、ハンカチで鼻血をふいてやり、手を引いて帰路についた。
ふと、老人介護とはこのようなものだろうかと、祖父母が他界しているカイは漠然と思ったものだ。
それだけなら(よくマントの裾を踏んでいるのを見て慣れていたので)よかったが、立ち上がろうとした瞬間にまた同じ石を踏みつけて転び、それを四回ほど繰り返してついには心折れたのか体育座りをしたまま動かなくなってしまった。
何度も鼻をぶつけたせいか鼻血をたらし、涙目になりながらぷるぷる震える様は哀れに過ぎた。
「もういい……今日はここで寝る……明日がんばって立つ」とか言い出した時はさすがにカイも途方に暮れた。
結局、その時はカイが石ころを遠くに投げ捨て、ハンカチで鼻血をふいてやり、手を引いて帰路についた。
ふと、老人介護とはこのようなものだろうかと、祖父母が他界しているカイは漠然と思ったものだ。
そんな出来事が何度か続き、師事する人を間違えたんじゃないかと最近になって不安を覚えるようになった。
落ち着かない気持ちも手伝い、カイは以前から感じていた疑問について聞いてみることにした。
「あの、賢者様。 自分は、いつ頃になったら海を鎮める方法を教えていただけるのでしょうか」
その言葉を聞いて、賢者は目を丸くした。
「釣りがうまくなりたかったのではないのかの?
「ええ!? ち、違います!!」
「釣りがうまくなりたかったのではないのかの?
「ええ!? ち、違います!!」
弟子となりはや数カ月。
根本的な部分でうっかりがあったことにようやく気づいたカイだった。
根本的な部分でうっかりがあったことにようやく気づいたカイだった。
思わぬミスにorzの体勢になるカイを見て、賢者はふむーそうかーとのんびり言っている。
あまり気にしているようには見えない。
あまり気にしているようには見えない。
しばらくして、賢者は空をじぃと見上げた。
そのまま右手を持ち上げ、空を指し示す。
「カイ、見なさい」
「?」
そのまま右手を持ち上げ、空を指し示す。
「カイ、見なさい」
「?」
青く輝く美しい空に、薄い白墨のような雲がけぶっていた。
「あれはなんだね?」
「ええと、雲です」
「うん、そうだ。 では雲の材料を知っているかな」
「それは、知りません」
「ええと、雲です」
「うん、そうだ。 では雲の材料を知っているかな」
「それは、知りません」
カイは素直に答えた。
雲が何から出来ているかなど、考えたこともなかった。
雲が何から出来ているかなど、考えたこともなかった。
詩歌藩国における一般的な教育は、各地に点在する神殿による慈善事業による部分が大きな割合を占めている。
カイもまた、村にあるゴマフアザラシ神殿で神官のヤハト爺さんに読み書きなどを習っているが、雲の話などは今まで聞いたこともなかった。
カイもまた、村にあるゴマフアザラシ神殿で神官のヤハト爺さんに読み書きなどを習っているが、雲の話などは今まで聞いたこともなかった。
なぜ今そんな話をされるのだろう。
カイは疑問に思ったが、それ以上に興味を引かれた。
賢者様はなにか大事なことを伝えようとしておられる。
そう感じて自然と佇まいを変え、正座になる。
カイは疑問に思ったが、それ以上に興味を引かれた。
賢者様はなにか大事なことを伝えようとしておられる。
そう感じて自然と佇まいを変え、正座になる。
その様子を見て、賢者はしわしわの顔をくしゃりと丸め、笑みを浮かべた。
「雲とは、水の集まりだ。 たまに雪や氷の時もあるが、まぁ雨の元だと思って良い」
「あの白いものは水なのですか!?」
「あの白いものは水なのですか!?」
カイは驚いた様子でそう言った。
「白く見えるのは、可視光を反射するせいだな。 水滴の密度や雲厚によって色が変わることもある」
「えっと、よくわからないです……」
「えっと、よくわからないです……」
再び正直に、カイは言った。
こんなに頭がこんがらがったのは、ヤハト爺さんに共和国語を始めて聞いたとき以来だ。
こんなに頭がこんがらがったのは、ヤハト爺さんに共和国語を始めて聞いたとき以来だ。
「ハハハ、まぁゆっくり覚えていけば良い」
賢者はそう言って優しく笑ったが、カイは自身の血の巡りの悪さを恥じた。
明日からはなにか書く物を用意しようと思った。
明日からはなにか書く物を用意しようと思った。
「大事なのは、雲は雨を呼ぶということじゃ。 そして、海が荒れることはすなわち、雨が降り風が吹くこと」
そこまで聞いて、ハッとするカイ。
気がついたことを、そのまま口にする。
気がついたことを、そのまま口にする。
「つまり、雲をよく知れば、いつ雨が降るのかがわかる?」
「その通りじゃ。 カイよ、あの雲を見なさい」
「その通りじゃ。 カイよ、あの雲を見なさい」
次に賢者が指し示したのは、僅かな白ペンキを薄く延ばしたかのような、ずいぶん薄っぺらい雲だった。
「あのように、向こう側が透けて見えるほどの薄雲を巻雲(けんうん)と呼ぶ」
言われてよく見れば、空に浮かぶ雲はほぼすべてが巻雲であった。
厚さを持った雲はほとんどないように見える。
厚さを持った雲はほとんどないように見える。
「雨を落とす雲は厚く、暗い灰色をしておる。 あれだけ薄いと固まって雨になることもなかろう」
「では、巻雲が出ている間は晴れが続くのですね」
「うむ、その通りじゃ。 この様子であれば数時間は天候に変化はあるまい」
「では、巻雲が出ている間は晴れが続くのですね」
「うむ、その通りじゃ。 この様子であれば数時間は天候に変化はあるまい」
カイは賢いのう、と言って賢者はカイの頭を撫でる。
くしゃりと髪を掻かれるのは気持ちがよかった。
くしゃりと髪を掻かれるのは気持ちがよかった。
「荒れた海を鎮めるのは魔法でもなくば難しいが、雨風の漁を避けることはカイにもできる。 大事なことは、正しい知識を身につけることじゃよ」
カイは瞳をキラキラと輝かせながら、何度も頷いた。
自分にも賢者様と同じことができる。
その言葉が何よりも嬉しかった。
自分にも賢者様と同じことができる。
その言葉が何よりも嬉しかった。
「さて、講義の続きはまたにするとして釣りを再開しようかのう。 きちんと釣らねば昼食がなくなるわい」
「はいっ!」
「はいっ!」
そうして、二人は日課となっている朝釣りへと戻った。
カイはうずうずとしながら、はやく明日にならないかと願った。
話の続きがはやく聞きたかったから。
話の続きがはやく聞きたかったから。
実際には、賢者の語った話は気象学の雲学、その初歩の知識にすぎない。
長く生きれば誰もが経験則で理解しうる内容だ。
長く生きれば誰もが経験則で理解しうる内容だ。
だがカイにとってはまったくの未知なる知識であり、強く引きつけられる内容だった。
だってそうだろう?
雲を見ただけで明日の天気を予知できるだなんて、まるで魔法のようではないか。
だってそうだろう?
雲を見ただけで明日の天気を予知できるだなんて、まるで魔法のようではないか。
こうして、荒海の賢者が一番弟子はその一歩を踏み出した。
【賢者と野兎】
音のない静謐な風景が広がっている。
辺りは白一色に塗り潰され、今なお降り続く雪の重みが静々と世界を染め上げている。
寄せては返す波音もそのほとんどが厚く積もった白雪に吸われ、人の耳には届かない。
辺りは白一色に塗り潰され、今なお降り続く雪の重みが静々と世界を染め上げている。
寄せては返す波音もそのほとんどが厚く積もった白雪に吸われ、人の耳には届かない。
いや、そもそも聞き届ける耳がどこにもない。
獣たちは森の奥で冬籠もりをはじめているし、いつもは朝一番から船を出す漁師たちも同様に家に篭っている。
獣たちは森の奥で冬籠もりをはじめているし、いつもは朝一番から船を出す漁師たちも同様に家に篭っている。
詩歌藩国で今年の初雪が観測されてからはや三日。
砂浜に動く影はひとつもなく、漁師たちが海から引き揚げた小船だけが、静かに春を待っていた。
砂浜に動く影はひとつもなく、漁師たちが海から引き揚げた小船だけが、静かに春を待っていた。
そんな静かな場所で、よくよく目をこらせば、ひとつだけ揺れ動く姿があった。
砂浜の端にある平たい大岩。
その上に、いつもと変わらぬ様子で彼はいた。
砂浜の端にある平たい大岩。
その上に、いつもと変わらぬ様子で彼はいた。
長く伸ばした白い髭。
頭には濃い青色の布で作られた帽子。
ワインレッドの外套は胸元一箇所で引き結び、その下には帽子と同じく青い色をした貫頭衣を身につけている。
手には身長ほどもある長さをもった木製の杖らしきもの。
荒海の賢者その人だった。
頭には濃い青色の布で作られた帽子。
ワインレッドの外套は胸元一箇所で引き結び、その下には帽子と同じく青い色をした貫頭衣を身につけている。
手には身長ほどもある長さをもった木製の杖らしきもの。
荒海の賢者その人だった。
いつから座り込んでいるのか、すでに半身が雪に埋もれているにもかかわらず、動く気配は微塵もない。
杖の先には生糸が括られ、糸先は冷海の中へと続いている。
雪の中でも相変わらず釣りを続けているらしい。
杖の先には生糸が括られ、糸先は冷海の中へと続いている。
雪の中でも相変わらず釣りを続けているらしい。
すでに気温は氷点下にある。
普通であれば、とても釣りなどしていられる状況ではない。
木杖を握る手指は白くかじかみ、細く吐き出される白息と共に凍てつく寒さを感じさせる。
以前と比べて、着衣が厚くなったわけでもないし、魔法のたぐいを使っているわけでもないようだ。
ということは、己の精神力で堪えているのだろう。
根性論にもほどがあるが、あるいはその胆力こそ賢者に相応しいと言えるのかもしれない。
普通であれば、とても釣りなどしていられる状況ではない。
木杖を握る手指は白くかじかみ、細く吐き出される白息と共に凍てつく寒さを感じさせる。
以前と比べて、着衣が厚くなったわけでもないし、魔法のたぐいを使っているわけでもないようだ。
ということは、己の精神力で堪えているのだろう。
根性論にもほどがあるが、あるいはその胆力こそ賢者に相応しいと言えるのかもしれない。
ふいに、老人はぽつりとつぶやいた。
「寒いのぅ……」
よく見れば全身が細かく震え、目元にはうっすらと涙がにじんでいるように見える。
どうやらやせ我慢をしていたようだ。
どうやらやせ我慢をしていたようだ。
/*/
遡ること三日前。
紅葉も終わり、いよいよ本格的な冬が始まろうとする頃。
賢者はいつもの通りにカイと二人で釣りをしていた。
紅葉も終わり、いよいよ本格的な冬が始まろうとする頃。
賢者はいつもの通りにカイと二人で釣りをしていた。
「賢者様、明日には雪が降るのですよね」
「うむ、おそらくはな」
「うむ、おそらくはな」
日々の気温の変化と、森に住む動物たちが姿を消したことからそろそろくるだろうと賢者はあたりをつけていた。
カイが村にあるラジオで聞いた天気予報でも、同じように言っていた。
カイが知る限りでは、一度雪が降り始めればあとは積もり続けるのみ。
次に溶けるのは来年の春だ。
カイが村にあるラジオで聞いた天気予報でも、同じように言っていた。
カイが知る限りでは、一度雪が降り始めればあとは積もり続けるのみ。
次に溶けるのは来年の春だ。
「賢者様、お話があります」
「うん、なんだね?」
「うん、なんだね?」
脚を揃えて竿を置き、珍しく真剣な面持ちでカイが顔を向けてくる。
「雪が振り出せば、砂浜まで来ることも難しくなります。 父や祖父も、漁は今日までだと言っていました」
「ふむ」
「ふむ」
カイの住む村からこの砂浜までは歩いて30分ほどの距離にある。
たしかに、雪が振り出せば今までのように通い続けるのは難しいかもしれない。
ちなみに、カイは漁の手伝いや神殿での勉強がない限りは、毎日欠かさず賢者のいる砂浜までやってきて釣りを続けていた。
カイはいつも決まって、夜明けからきっかり35分後に賢者のもとを訪れる。
本人が意図してやっているのかはわからないが、賢者の体内時計によれば(そもそも賢者は時計を持っていないが)カイの行動には1分の狂いもなかった。
たしかに、雪が振り出せば今までのように通い続けるのは難しいかもしれない。
ちなみに、カイは漁の手伝いや神殿での勉強がない限りは、毎日欠かさず賢者のいる砂浜までやってきて釣りを続けていた。
カイはいつも決まって、夜明けからきっかり35分後に賢者のもとを訪れる。
本人が意図してやっているのかはわからないが、賢者の体内時計によれば(そもそも賢者は時計を持っていないが)カイの行動には1分の狂いもなかった。
「なので、その……冬のあいだは、修行をお休みさせていただいてもよいでしょうか」
息を止めて、じっと賢者を見つめるカイの顔は、わずかに赤くなっていた。
弟子が勝手なことを言って申し訳ない、とカイは考えているのだろう。
賢者を慕うこの素朴な少年は、ときどき真面目すぎることがあった。
弟子が勝手なことを言って申し訳ない、とカイは考えているのだろう。
賢者を慕うこの素朴な少年は、ときどき真面目すぎることがあった。
その様子が微笑ましくて、つい頬がゆるむ。
「わかった、では次に会うのは来年の春だな」
そう言っていつものように、くしゃりと頭を撫でてやる。
くすぐったそうに笑うカイ。
くすぐったそうに笑うカイ。
ホッとした為か、少年は見落としていた。
賢者は冬のあいだ、どう過ごすのか。
もう少しだけ、彼は気にするべきだったのかもしれない。
賢者は冬のあいだ、どう過ごすのか。
もう少しだけ、彼は気にするべきだったのかもしれない。
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「寒いのぅ……めっちゃ寒いのぅ……」
ザクザクと、膝まで積もった氷雪を踏み締めながら森のなかを進む。
寒すぎてつらくなってきたのか、若干しゃべり方が崩れている。
寒すぎてつらくなってきたのか、若干しゃべり方が崩れている。
その日の釣りを終えた賢者は、肌を刺す寒気を堪えながら雪道をせっせと歩いていた。
カイと別れてすでに三日。
そのあいだ、彼は夜をこの砂浜からほど近い森で過ごしていた。
そのあいだ、彼は夜をこの砂浜からほど近い森で過ごしていた。
雪が降る前までは砂浜で寝ていたのだが、さすがに雪に埋もれてしまうため、場所を移動した。
木々が屋根代わりになるので砂浜と比べればまだ雪の量は少ないし、木の実など食料もあると判断したためだ。
木々が屋根代わりになるので砂浜と比べればまだ雪の量は少ないし、木の実など食料もあると判断したためだ。
さいわいにも、大型の獣が使っていたと思われる洞穴を見つけたので、そこを寝床としている。
「しかし寒いのぅ……冷え冷えじゃのぅ……」
人生の大半を旅に費やし、そのほとんどを野宿で過ごしてきた。
雲の上に出るような高山や灼熱の砂漠など、劣悪な環境で過ごしたことも一度や二度ではない。
それに比べれば雪中でのサバイバルくらい問題なくこなせるだけの知識と経験はある。
だが、しかし
雲の上に出るような高山や灼熱の砂漠など、劣悪な環境で過ごしたことも一度や二度ではない。
それに比べれば雪中でのサバイバルくらい問題なくこなせるだけの知識と経験はある。
だが、しかし
「寒いのは嫌じゃ……こたつ欲しい……」
いくら慣れているとはいえ、苦手なものは苦手だった。
そもそも独り言にも特に意味はない。
こたつなど、もう何十年も使った覚えがない。
そもそも独り言にも特に意味はない。
こたつなど、もう何十年も使った覚えがない。
食料調達のためとはいえ、明日もまた同じ雪道を寒さに震えながら行き来しなければならないと思うと、ちょっぴり涙が出てくる。
「なにか」を見つけたのは、そんなことを考えながら歩いていた時だった。
それは、木の根元のあたりでうずくまり、もそもそと動いていた。
「んん……?」
それはちいさな枕ほどもありそうな、毛のかたまりだった。
雪に馴染むような白い毛玉には、よく見れば長細い二本の耳が見える。
「ウサギか?」
前側に回り込んで見れば、雪に埋もれかけた草に門歯を押し当て、ちいさなくちではぐはぐと食べている。
おそらくアンゴラウサギの一種だろう。
被毛を利用するために生み出された長毛のウサギで、非常におとなしい性格だったはずだ。
実際に見るのは初めての経験だが、ふわふわもこもこしていてじつに暖かそうである。
おそらくアンゴラウサギの一種だろう。
被毛を利用するために生み出された長毛のウサギで、非常におとなしい性格だったはずだ。
実際に見るのは初めての経験だが、ふわふわもこもこしていてじつに暖かそうである。
それにしても、一匹だけなのだろうか。
野性であれば何匹かの集団で行動するだろうし、もしかすると家畜として飼われていたものが野性化したのかもしれない。
野性であれば何匹かの集団で行動するだろうし、もしかすると家畜として飼われていたものが野性化したのかもしれない。
「ふむ……」
ウサギの前に腰を下ろし(雪が染みて冷たいが、無視して)考え込むように野兎を見つめることしばし。
「もし、そこなウサギ殿」
なにを思ったか、いきなりウサギに声をかけた。
「きゅい?」
ウサギは一心不乱に草をはむのを止め、まるで賢者の言葉がわかったように高く鳴いた。
「ひとつお尋ねしたいのだが、すこしよろしいかな?」
「きゅい」
「おお、ありがとう」
「きゅいきゅい」
「うむ、ぶしつけかもしれぬが、もしやおひとりかね」
「きゅい……」
「ふむ、なるほど」
「きゅい?」
「いやなに、わしもこれから冬籠もりじゃが暇になると思うてのう、よければ年寄りの話し相手でもなってくれんかと思うたんじゃ」
「きゅい、きゅい?」
「うむ、むこうの洞穴に住んでおるよ、たいしたものはないが、魚くらいは馳走出来よう」
「きゅい!」
「おおそうか、ありがとう」
「きゅい」
「おお、ありがとう」
「きゅいきゅい」
「うむ、ぶしつけかもしれぬが、もしやおひとりかね」
「きゅい……」
「ふむ、なるほど」
「きゅい?」
「いやなに、わしもこれから冬籠もりじゃが暇になると思うてのう、よければ年寄りの話し相手でもなってくれんかと思うたんじゃ」
「きゅい、きゅい?」
「うむ、むこうの洞穴に住んでおるよ、たいしたものはないが、魚くらいは馳走出来よう」
「きゅい!」
「おおそうか、ありがとう」
なにやら話がまとまったのか、くしゃりと顔を丸めて笑う。
「きゅい?」
「わしはこの辺りでは荒海の賢者と呼ばれておるよ」
「きゅい」
「ハハハ、ありがとう」
「きゅい!」
「なるほどノウスか、良い名じゃ」
「わしはこの辺りでは荒海の賢者と呼ばれておるよ」
「きゅい」
「ハハハ、ありがとう」
「きゅい!」
「なるほどノウスか、良い名じゃ」
まったく原理は不明だが、どうやら賢者はウサギと意思の疎通ができるらしい。
カイがいればツッコミが入ったかもしれないが(むしろ感動したかもしれないが)あいにくと、この場には賢者と野兎を除いてはネコリス一匹すらいなかった。
カイがいればツッコミが入ったかもしれないが(むしろ感動したかもしれないが)あいにくと、この場には賢者と野兎を除いてはネコリス一匹すらいなかった。
「では、ちと失礼して」
洞穴まで案内すべく、よっこらせ、と賢者は野兎(他称:ノウス)を抱え上げた。
思った以上にもっふりしていて、心地いい重量感とぬくさにほんわかする。
小さな動物は体温が高いというが、どうやら本当らしい。
洞穴まで案内すべく、よっこらせ、と賢者は野兎(他称:ノウス)を抱え上げた。
思った以上にもっふりしていて、心地いい重量感とぬくさにほんわかする。
小さな動物は体温が高いというが、どうやら本当らしい。
その柔らかい感触に、抱き抱える腕にも思わずちからがこもる。
ぎゅむぎゅむと、ふわもちなノウスの腹を揉んだり、つついたりする賢者の顔は嬉しそうにゆるんでいた。
ぎゅむぎゅむと、ふわもちなノウスの腹を揉んだり、つついたりする賢者の顔は嬉しそうにゆるんでいた。
本人にすら自覚はないが、賢者には動物を愛好する癖があった。
特に毛の長い生き物が好物で、旅の途中に遊牧民がつれたヒツジなどを見つけると、ふらふらと吸い寄せられるように抱き着いて「よーしよしよしよし」といきなり撫で回したりすることがあった。
遊牧民が気付いて注意したところ、あと30分だけ触らせてくれと頼み込んだりもした(その後、ヒツジに夢中になりすぎて迷子になったことに気付いた)
特に毛の長い生き物が好物で、旅の途中に遊牧民がつれたヒツジなどを見つけると、ふらふらと吸い寄せられるように抱き着いて「よーしよしよしよし」といきなり撫で回したりすることがあった。
遊牧民が気付いて注意したところ、あと30分だけ触らせてくれと頼み込んだりもした(その後、ヒツジに夢中になりすぎて迷子になったことに気付いた)
賢者が立ち尽くしたままだったことに疑問を持ったのか、ノウスが尋ねるように声をあげる。
「きゅい?」
「おおすまん、ぼーっとしておった」
「おおすまん、ぼーっとしておった」
ようやく我に返った賢者が返事をして、歩き出そうとした。
と、その時
と、その時
てーれってれー♪
けんじゃ は だきまくら を てにいれた!
けんじゃ は だきまくら を てにいれた!
どこからかファンファーレが鳴り響いたような気がした。
「では、行こうか」
「きゅい!」
しかし、すでにふわふわもこもこに夢中な賢者が怪音などに気付くはずもなく。
十分にもふもふを堪能した後、風変わりな友人(?)を得た賢者は洞穴へと歩き出した。
「きゅい!」
しかし、すでにふわふわもこもこに夢中な賢者が怪音などに気付くはずもなく。
十分にもふもふを堪能した後、風変わりな友人(?)を得た賢者は洞穴へと歩き出した。
その後、一人と一匹は冬の間、寒くて暖かい日々を過ごすことになる。
さらにその後、一匹の野兎は賢者の終生の友となり、【賢者と野兎】の詩を詩人たちが語り継ぐこととなるのだが、それはまた別の話である。
スタッフリスト
文
鈴藤 瑞樹
絵
岩崎経
編集
竜宮・司・ヒメリアス・ドラグゥーン
文
鈴藤 瑞樹
絵
岩崎経
編集
竜宮・司・ヒメリアス・ドラグゥーン
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