帰り道――――100%悪巧みで書かれた小説です―――― ◆xR8DbSLW.w
◎ ◎ ◎
「普通ってなんだと思う?」
「知らねーさ。不都合の略かなんかじゃねーのか?
どいつもこいつもそんなもんを求めて、
右往左往してるばっかりだしよ。よっぽど困ってるんだろ」
「求めてるんじゃなくて拒否してるんじゃないのかな。それで困ってるんだよ。
個性と普遍性とを相反するものだと、みんな思い込んでるみたいだし。いや、思い込みたいのかな?」
「お前はどうなのよ」
「ぼくは普通になりたいよ」
「よく言う」
「きみはどうなんだい?」
「俺は不通だよ。思い通りになることも、期待通りになることも、何もねえ」
「それは通らないだろ。いくらなんでも」
◎ ◎ ◎
ああ、これはこれは阿良々木さんではありませんか。
――――ああ、僕の名前は阿良々木だ。
――――どうしたんだよ、いつもみたいに名前を噛まないのか。
私だって空気ぐらい読みます。
今回はそういうパターンではないでしょうよ。
第一、わたしの噛みは阿良々木さんが不条理に抱きついた時にこそ出すものですよ。
――――……だな。ていうかやっぱわざとだったんだな。
そりゃそうですよ。
で、今回はいいんですか?
――――やらねえよ。
――――そもそも僕死んでるし。
……そうですか。
というよりも、二連続で夢の話を書くなんとも捻りのないことです。
八九寺Pを使ってこれとはなんとも言えない所業なこったです。
わたしの手にかかれば、阿良々木さんは実を言うと生きていてパラレ木さんとなって活躍させましたのにね。
――――八九寺Pすげえ! だけどその噛み方この間やったばっかだろ!
失礼噛みました。
――――違う、わざとだ。
間違えました。
――――ある意味斬新!
まったく阿良々木さんは何時まで経ってもアドリブの効かない人ですね。
馬鹿は死んでも治らない、とはよくいうものですが阿良々木さんは……死んでも馬鹿なんですか。
――――ああ……僕は何時まで経っても馬鹿だよ。お前の知っている、
阿良々木暦だ。
何で、こうギャグやってるのにシリアスに入っちゃうんでしょうか。
ダメですよ……。阿良々木さん。ちょっと私が泣いたからって……動揺してちゃ。
わたしは……大丈夫ですから。阿良々木さんがいなくたって、大丈夫ですから。
――――そうか。まあ死という概念に対しては、僕なんかよりお前の方がよっぽど身近だからな。
――――お前がそう言うからには、そうなんだろうよ。
そうですよ。
わたしを誰だと思ってるんですか。
迷い牛……属性が幽霊の
八九寺真宵。
誰よりも、死については詳しいんですからね。
――――ああ……じゃあ泣くことぐらいやめようぜ。
――――お前のそんな顔見ちゃあ、僕も満足に成仏できないよ。
成仏、ですか。
――――成仏だ。正確に言えばお前みたいに幽霊になってるわけではないから、成仏では無くて消滅って言った方がいいかもしれないけど
――――なんであれ…………。……お別れ、できねえだろうが。
なんででしょうかね。
――――なにがだ。
なんでわたしみたいなのが、怪異。
幽霊になってまで存在できたのに、阿良々木さんは怪異に憑かれなかったのでしょうか。
いえ、そう言う意味では既に憑いていたんでしょうが、ならどうしてそんな吸血鬼っていう属性を。
不死身と言う特性を無視してまで死んじゃうんでしょうかね! おかしいですよこんなの!
わたしは認めきれません。諦めきれません。阿良々木さん、あなたは実を言うと生きてるんですよ。そうですよ!
――――八九寺……。
いつもみたいに、母の日みたいに!
誰もが幸せなハッピーエンドで幕を閉めましょうよ! どうしてこんなどうしようもない時に限ってこうなんですか!
重いエピソード? そんなもの、もう既にやってきたでしょう? もういいでしょう。
そんなの、既にあなたは色々やってのけたんでしょう!? なのになんでまた、いえ……最期にこんな目に遭わなければいけない理由があるんですか?
――――…………ああ。
わたしはまだまだ阿良々木さんとお喋りしたいんです! 一緒にいたいんですよ?
夏休み言いましたよね、阿良々木さん。わたしがどうしようもなく困っていたら助けてくれるって。
あの言葉、わたしとっても嬉しかったんですよ。だから今どうしようもなく困っているわたしを助けてくださいよ!
わたしは何処にも行ってません。ここにいます。何時だって、阿良々木さんの傍にいます。だから――――最初の日みたいに、助けて……くださいよ。
――――………………。
わたしは!
わたしは…………ッ!
――――八九寺。
わたしは…………まだ、阿良々木さんに……!
――――八九寺っ!
…………。
――――ごめんな、八九寺。お前がどんなに言おうが、僕は死んだ。
――――お前みたいに、どの怪異にも憑かれることもなかったし、吸血鬼性が働かなかったのも正直不思議だ。けれど、死んだんだ。
…………。
――――僕にもなんでこんな冷静に受け入れられてるかわかんねぇよ。
――――正直、これが逆の立場だったら、僕はきっと大人の片鱗の僅かも感じさせないほど取り乱していただろうよ。
――――それこそ、お前に説教されるぐらいにはな。
…………。
――――本当、死っていうのは不条理だよな。
――――忍レベルに行けば、そりゃあ死にたくもなるだろうよ。
――――死で一番恐ろしいのは、痛みとか。苦しみとかじゃなく、別れだもんな。
…………。
――――取り残された人たちの、心の痛みって言うのは計り知れない。
――――生憎のところ、誰の死にも立ち会えてない、いや正確に言えばあるんだろうけど、実感としてはさほどない僕が言うのも何だけどな。
…………。
――――きっと僕はもうお前と楽しいおしゃべりをすることも。
――――お前の危機に立ち向かえることもできなくなった。
――――もう、僕はお前のいる世界、って言うのも変だけど、現世にはいないんだから。
…………。
――――けどな、八九寺。
――――覚えておけ。有り触れた陳腐な言葉だけどお前は決して一人じゃない。
――――僕がいるし、近くにきっと誰かいる。
…………。
――――勝手な事言うけどよ、僕はお前に死んでほしくない、消えてほしくない。
――――僕の死に絶望してくれるのは勿論そこまで僕を思ってたって意味では嬉しいことだけど。
――――死なないでくれ。消えないでくれ。
――――僕が、悲しい。
…………。
――――僕は今から告白するぜ。一度しか言わない。
――――耳の穴かっぽじってよく聞けよ。八九寺。
……はい。
――――八九寺、大好きだったぜ
…………はい、わたしも、大好きでしたよ。
――――そっか。そりゃうれしいな。それじゃあ、僕はもう行くよ。
…………嫌だ、と言ったらどうしますか。
――――それでも、僕は行くよ。
――――どのみちお前は目覚めなくちゃいけない。
――――今時、眠れる美女なんて流行らねーよ。今はプリキュアの時代だ。
…………どうしても、なんですね。
――――ああ、どうしてもだ。
――――もうお終いだぜ。八九寺真宵。
…………はい、お別れですね。
――――お別れの台詞はいらない。
――――僕は何時だってお前の傍にいる。
――――だから、死ぬ……いや、消えるんじゃ、ねーぞ。
…………ええ。ですから阿良々木さん。
最期に一言、わたしにエールでも送ってくれませんか。
――――おう、そのぐらい幾らでもやってやる。
――――八九寺の為だ。僕は何だってする。
…………ありがたい、お言葉です。
さあ、ドンと来てください! しかとこの身に刻みます!
――――ああ、僕からのありがたい言葉、しっかり覚えとけよ!
――――頑張れ、八九寺真宵。
◎ ◎ ◎
さて。
膝枕が思いのほか疲れたぞ。
いつまで寝て居やがるんだこの子供。
人の膝を借りて気持ちよさそうに寝ちゃって。
「…………うにゃ……むにゃ……………」
…………。
思えばぼくは何やってんだっけ。
そう、こんな風に膝枕する必要もないじゃん。
そもそもバトルロワイアルという異常事態を前にしてぐっすり眠ってる真宵ちゃんが悪い。
もうとっくに地図に最低限の情報は書き留めた訳だし。
加えて名簿とか、確認できる範囲のことも確認し終えた。
故にぼくには真宵ちゃんの頭を撫でたりセクハラもといスキンシップする以外することがなく、何もすることがない。
…………。
「ていっ」
肩を掴み、乱暴に彼女を起し上げ、
ぼくは立ちあがり適当に服に付いた土を払う。
同時に彼女は勢いよく背後から倒れこみ頭をぶって痛そうに呻いていたかが根性強く眠っている。
……いい加減起きろよ。
とは思うけれど。
まあ、今ぐらい甘やかしてやっても別に問題ない。
なにがあったかは知らないけれど、彼女が一人でいる相応の理由があったんだろう。
心を落ち着かせるてきな意味でも、今は寝かせたほうがいい。
さて、その間にぼくは状況整理だ。
整頓すべき現在状況がある。
一に、真宵ちゃんがここに一人でいる理由。
まあそれはさっきなんとなく可能性を示したけれど、決定打がないため保留。
二に、あそこで、死んでいる人物。
この制服の持ち主だろう。こんな大男そうはいない……とおもう。
で、結果的には真宵ちゃんを守りながら七実ちゃんに殺されたんだろうことを想像できる位置配置だった。
まあこの人に関しては、それで終わりだろう。それ以上のことを見出すことは難しそうだ。
三に、今現在の安心院さんの行動。
これに関しては予想も予測も立てられない。故に保留。
結論。
分からないことが多すぎました。
頭を抱えるほどのことじゃないけど、一体全体ぼくが寝ている間に何があったんだよ。
状況が理解できない。
思えばぼくこそ、何で寝てたんだっけ。
……。
………。
…………。
あれ。
汗が止まらない。
おいおい、今更女子高校生ぐらいに恐怖するなよ。
かの人類最悪を相手取ったこの
戯言遣い。
あの程度の存在に後れをとる程落ちぶれてはいない。
そう、そう。
幾ら既に戯言が既に通らなかろうが、うん。大丈夫。
例え暦くんが既に死んでそうな感じでも、うん。大丈夫。
…………。
………。
……。
さ、さて、これからの行動だけど。
一先ず、真宵ちゃんが起きるのを待とう。
そして安心院さんの行動を測るのと、安心院さんを知ってる人を探そう。
まあその時に、鳳凰さんはともかく翼ちゃんには気をつけるとしようか。
で、だ。
やはり放送の内容も聞くべきだ。うっかり禁止エリアとか入り込んで首輪爆破とか哀しすぎるし。
なにより――――暦くんの生死。
これによってこれからの行動は多いに変わる。
何時までもこの学習塾に居残る理由はなくなるわけだ。
まあ死なれちゃ色々面倒なのもまた確かではあるんだけどね。
……はあ。
再度、一度読みとおした名簿を見つめる。
一つの名前を、見つめる。
この男は、巻き込まれた方なのか。
てっきり、あわよくば、関わってるとするならば、あちら側と考えていたものだが。
世界の終わりを望んでいた男。望んでいる男。
今頃、どこでなにをやっていることやら。
どちらにしても、碌なことにならなそうだから、早く見つけ次第監視しておきたいところだ。
まあ。
あの人自体に特別力があるわけではないし、いること自体は何ら問題ではないのだが。
彼女らに限ってはそうはいかないだろう。
死んだはずだ。
玉藻ちゃんは、ぼくの目の前で。嘘や誇張もなくぼくの目の前で首を刎ねられ死んだはずだ。
出夢くんは、あの時。そういやこの子もまた、澄百合学園で死んでいる。どう足掻いても変わらない事実。
最後の塊は確証はないんだけれど、ぼくの鏡の向こう側である
零崎人識もそう言ってたし。
嘘と言えば簡単だけれど前者のことを踏まえると中々どうして否定しきれない。
もちろん名簿に嘘偽りがないとは断言できるわけがないけど、それこそ相手側の得はないと思う。
まあ当面は信じる方向でいいや。
疑ったところでどうしようもないしね。
幾ら名簿に偽装が混じっていようとも、そこから発展する自体は少なからずぼくにはなかった。
それまでである。剣呑剣呑。
と、ぼくは適当に名簿をディパックに仕舞いこむ。
ディパックの重さは入れ過ぎなのか相応には重くなっている。
まあけれどもてない重さではないので特別中身を捨てることもなかったけれど。
ぼくはディパックを背負う。
そろそろ動かなければ翼ちゃん辺りも来るだろうし。
暦くんを待つとはいえそもそもの生死自体も定かではないんだ。
そんなかつての戦友との約束を果たすぐらいな必死さは生憎のところぼくにはないのでとっとと退散してしまおう。
まあ行くべき場所って言うのも特別ないんだけど。
骨董アパートは当面のところ行きたくはない。わざわざ来た道戻るってのもなんか癪だし。
そもそものところあの二人組に遭う確率が非常に高いしね。
できれば避けたいのが本音ではある。もっと言うと何故修復されていたかという疑問にもそろそろ真剣に取り扱ってほしいね。
箱庭学園。
見たところでかい施設っぽいのでいくのも吝かではないけれど、目立って目的がないため保留。
まあ本当にどうしようもなくなったら行くことにしよう。
クラッシュクラシック。
名前としては何だ? 「古典的なことを破壊する」……かな。よくわかんないけれど。ていうか何だこの建物は。
他は、斜道卿壱郎とか、不要とか前に置いているけれど、研究施設とか、湖って言うのは伝わってくるが、ここに至っては本当に分からない。
故にここはまあどうでもいいや。誰かから確かな情報もらったところで拝見しよう。
診療所。
無論行ったところで損はない。候補に挙げてもいいところだろう。
豪華客船。
まあ身を隠すならもってこいかな。誰もわざわざ砂浜を通ってまで客船に来ようなどとは思うまい。
それ以上の進展が期待できそうにないのが辛いところではあるんだけど。候補にあげるには十分だ。
ランドセルランド。
聞いたことあるようなない様な。
ランドセル名前からしては小学生向け、そしてランドというぐらいだから遊園地みたいなテーマパークっぽいかな。
ぼくの記憶ではヒットする情報はなかった。さすがぼくの記憶力、といったところ。
さしあたっては遠いし目指す必要性もない。
ネットカフェ、斜道卿壱郎研究施設。
友が行くならこの辺りかな。ネットも満足に使えるとは思えないけれど、まあ行ってはいそうだ。
候補には挙げておく。
マンション。
そこに行くぐらいなら、きっと豪華客船で十分だろう。
展望台。
辺りを見渡せるという点ではおいしいんだけれど、
位置が遠いため断念の方向かな。
西東診療所。
うーん……。さっきから思ってたけど明らかにこれ位置配置がおかしいよね。
京都に在った(まさしく「在った」。今はない)骨董アパートと愛知に在った研究施設。
加えこの西東診療所。わけがわからない。
どんな業を使えばそんな事が可能なんだろう。木の実さんの空間製作辺りに通じるものがあるけれど、
そもそも狐面の男がいる以上彼女が協力している可能性なんてほぼ無に等しいし、
かといって空間製作は他の人たちが易々と使えるものではない、はず。真心はイレギュラーとしてだ。
……まさかこの施設。一から作られているのか?
いやだとすると、それはとんでもない財力と労力が使われているぞ。
ぼくだって、仮にあの骨董アパートが偽物だとすると本物かと思うぐらいに似せてあったし。
それも(まあ元々四畳半で特別物も置いてなかったけれど)中身まで完ぺきだった。
…………。
このバトルロワイアル。一体全体なにが絡んでいるって言うんだよ。
なにか途轍もなく大きななにかを感じる。 友がいる以上、玖渚機関ではないとは思うけれど……。
……。
まあ、そんな事もさておいて。
とりあえず西東診療所に行くなら、無印診療所でいいだろう。
いや、まあ施設が本物かどうか確かめるって意味では行ってもいいのかもしれないけれど、
そもそも長い間慣れ親しんでいた骨董アパートですら、気付けなかったのだ。
たかだか一ヶ月程度いたぐらいの西東診療所でのわずかな差異を見つけられる自信なんて無いし。
…………真宵ちゃんを連れてあそこにいくのは、なんとなく。
なんとなくなんだけど嫌だし。
なんてことで、ここはない。
喫茶店、病院。
遠いし、急いで行くような場所ではあるまい。
なんてことで候補からは下げよう。
一戸建て。
マンションに同じく。
図書館。
情報を稼ぎたいんであればダメもとでも、一回友がいるかどうか確認も兼ねて
ネットカフェや、研究施設に行くのが先決である。
薬局。
西東診療所に同じく。
ていうかなんか医療関係多いな……。
そんなに参加者が心配ならそもそもこんな催し開くなよ……。切に思う。
不要湖。
湖に行ってどうする。
レストラン。
遠い一択。
纏めると、
診療所、豪華客船、ネットカフェ、斜道卿一郎研究施設。
……ぐらいか。
まあ途中、真宵ちゃんの、そして放送次第ではどうなるか分からないけれど。
目的があった方が、それなりに動きやすいし。
さて、と……だ。
ぼくは、真宵ちゃんを抱きかかえる。
背中に手を回しひざ裏を抱えて、抱きかかえるそれは俗に言うお姫様だっこと言う奴だけど。
まあ別にぼくはロリコンでもないし、友相手にやったと思えば全然恥ずかしさとか、そういう下心は、本当に全くと言うほど、ない。
むしろ傍目から見たら、怪我した少女を勇ましく助けている青年、だろう。
ぼくっていい奴だったんだな。戯言だけど。
背中にディパック、前面に真宵ちゃん。
さあ、主人公としての第一歩だ。
◎ ◎ ◎
「異常ってなんだろうね」
『さあね、僕には分からない概念だ。あれじゃないかな、罪状の略語じゃない。
どいつもこいつも異常なものに憧れ、群れるもんだけど。
あっちこっちに右往左往しすぎだよね。異常な奴の言葉次第で全てが変わる。全く以て困った人たちだ』
「好かれてるんじゃなくて嫌われてるんじゃないかな。意外とさ。
異常性と普遍性が相反するものだとみんな思いこんでるみたいだしね。いや、思い込みたいのかな?」
『きみはどうなんだい?』
「ぼくは普通になりたいよ」
『よく言えたもんだね』
「きみはどうなんだい?」
『僕は委譲だよ、良くも悪くも僕の知ったこっちゃない』
「それはさすがに任せられないだろ。ていうかきみより下に人間なんていないでしょ」
◎ ◎ ◎
ゆらり、ゆらり……。
脳内が揺れている。さながら揺りかごの様な心地よさ――――っていうと大言壮語かもしれませんが。
少々雑な揺れですからね。
「…………むにゅ……うにゃぁ……?」
そんな事を思いながら、
徐々に意識が覚醒し始めて、ゆっくりと、ゆっくりと、わたしの瞼は開いていく。
すると、目の前には、茶髪で死んだ目をもってる中性的な横顔。真っ白のブカブカの制服を着た見知らぬ――――いえ。
戯言さんが、そこにはいました。
はて、戯言さん……。
戯言さんとは、どこで出会ったのでしたっけ……。
そう、あれはなんかボロくさいアパートでしたね。
あれ、わたしはどうしてそんなところにいたのでしょう……。
…………。
ああ、そうでした。
バトルロワイアル。
カッコよく、言ってますけれど――――殺し合い。
…………。
そう、でした。
…………。
阿良々木さんは、もういないんですね……。
…………。
ツナギさんも、傷つけちゃいました。
…………。
わたしは……バカですね。
…………。
一回死んでこれなんですから。
…………。
わたしは性根から、バカ、ってことなんでしょうね。
「――――あ」
おかしいですねえ。
なんで、わたしは。
わたしは、涙を流してるんでしょう。
止めたくても、止まらない。
わたしの感情は、感傷は、止まる気配を、一向に見せません。
もう、どうしようもないのに。
前に進まなければいけないのに。
前を向かなければならないのに。
わたしの所為で。
わたしのバカに巻き込まれた日之影さんの為にも。
わたしは、必死こいて、抗いながらも、挫けながらも、生き抜かなければいけないのに。
阿良々木さんの死を、受け入れてしまったから。
目の前で、わたしを助けて死んで逝った日之影さんの死を見たから。
『死』という概念が、決して遠いものではないと、知ったから。
無色の雫は、わたしの頬を伝い。
重力に従い、下に、下にと落ちていく。
先ほどまで見れていた、戯言さんの顔が、またしても見れなくなっちゃいました。
別に瞼を閉じた訳でも、目にゴミが入った訳でもないのに。
潤んで、溢れて、壊れて、崩れて。
わたしの視界は、何処までも、水の世界に入りこんで。
わたしが嗚咽を漏らした頃。
頭上から、声がした。
「あれ、真宵ちゃん起きてたの」
その声は、紛れもなく、戯言さんのものでした。
声色は、優しいとは少し違うけれど、けれど確かに心配の色を含んだもので、
同時にわたしの嗚咽に戸惑いを含んだもの、とわたしはなんとなく思いました。
「ざれごと……さん」
涙ながらに、わたしも呼び掛けに応じます。
自分でも分かるほど、その姿は醜くて、みすぼらしくて。
けれども、わたしは……わたしは、滞ることのない感情を、戯言さんにぶつけようとして。
「わたし……わたしは……っ」
「……いいよ、真宵ちゃん。もうわかった。君の言いたいことは理解出来た」
「……」
「そういうことなんだろう。つまりは。ぼくの中で二つほど仮定が出来てたんだけれど、
その反応を見る限り、きっとこっちなんだろうね。一から言わなくていい、辛い仕事は、ぼくの仕事だ」
戯言さんは、言葉を紡ぐ。
言葉を選ぶような態度をとり、そして私を抱えたまま、肩をすくめ、
視線を前から外すことなく、下にいるわたしに慎重に、けれども臆することなく――言った。
「暦くんは死んだ。――――つまりは、そういうことなんでしょ」
わたしは、静かに頷き、戯言さんは「やっぱりか」と漏らす様に言う。
…………。
そう、なんですよね。やっぱり。
阿良々木さんは、死んだんですよね。
もう、帰っては、こないんですよね。
抱きついてきたりなんかもないんですよね。
…………。
先ほどまでは、ツナギさんと離れる前には感じなかった、
『哀しい』という感情が、今更ながらに、迸り。
わたしの身体を巡って、巡って、廻って、廻って、奔って、奔って。
生きることからの怠惰感とか、生き抜くことからの倦怠感とか。
発生して、慢性して、完成して。
結果的に、何をする訳でもなく、泣いてばかりで、何もしなくて、何もできなくて。
ツナギさんに会おうって仲直りしようとか、日之影さんの遺志を立派に引き継ごうとか、阿良々木さんの死を否定する訳でも無くて。
本当に。
本当に……。
わたしは、一体全体。
本当に……。
本当に。
「真宵ちゃんさ」
「ふぇ…………は、はい」
ふと。
思い悩んでいると
戯言さんの声が、聞こえてきて、わたしは、間抜けな声を挙げて、返事をする。
そんなわたしをおいて、戯言さんは、言葉を続ける。
「暦くんが死んで、どうするの?」
その質問は唐突で。
理解に困って、挙句には、
「え?」
と。
またしても間抜けた声を出して、戯言さんに復唱させる結果になった。
「暦くんが死んで、真宵ちゃんは、これから、どうしたいの?」
「…………はい?」
もう一度聞いても、やはり戯言さんの意図が読み取れず。
わたしは、疑問を疑問で返す。
「ぼくは、ちょっと守りたい人もいるからさ。色々忙しくなるだろうけれど」
と、一回呼吸を置いて、
そして、前を向いて、されどわたしに向かって、質問を繰り出しました。
「きみは、逃げるの? ――――それとも、立ち向かうの?」
そこで、わたしはようやく聞きたいことが分かりはじめて、
けれどもやはり答えに詰まるのも変わらず、返答も出さず黙りこんでしまいました。
戯言さんは、五歩ぐらい進んだ頃、「みいこさんみたいには、やっぱいかないね」何ていいながら話を再び始めました。
「……やっぱ難しいよね。死っていうものは。やるせないよね。一度こっきりの癖して、
損害は、大きい。――――ぼくも、ちょっと前に真宵ちゃんと似たような、いや明らかに違うものがあるんだけれど、
それでも、仲良しだった子の、理不尽な死っていうものを見てきてね」
「……はあ」
曖昧な返事しか返せませんでしたが、
結局はその通りなんですよね。わたしが本来は――――イレギュラーなのですから。
生とは、一度きり。
例えばこんな悪趣味な趣がなかったところで、
明日には阿良々木さんは――――それこそ自動車にはねられ死んでいたのかもしれません。
ありえないと思う反面、あってもおかしくなかった――――そういうことなのでしょうか。
「そのとき、ぼくはらしくないほど、取り乱して、大好きな人を傷つけて、挙句の果てには、その人に助けられた」
「…………」
「ねえ、真宵ちゃん」
「……はい」
「残念ながら、暦くんは死んだ。――――大好きな人の立場の人ももういない」
言葉が返せず、喉に言の葉をつまらして、硬直しました。
さながら魚の骨が喉に詰まったかのように、もどかしくて、苦しい。
けれど、戯言さんは言葉を、続ける。
「むろん、悲しむことはいいことだ。
悲しめるということは、誰にでも、いつだってやる権利はある。悲しめる時には、悲しんだ方がいいよ」
言葉の真意をわたしは察しきれなかった。
一体全体、『存在している』期間としては、大差ないわたしとは比べきれないなにかどす黒い過去でもあるとでも言うんでしょうか。
それは、とても、悲しいことです。
と、そこで戯言さんは一拍溜めて。
けどね、と最初に言って。
「逃げることは、ダメなんだと思う」
「…………」
拳を強く、握る。
分かっていたんです。そんなこと。
けど、けど――――っ。
「受け入れて、絶望して、立ち直って、はじめてそこで成長できるんだよ」
「…………」
「悪いけど、今きみの起していることは、昔――いや、もしかしたら今もなのかもしれないけれど、
ぼくそっくりで、ただの子供の我儘で、弱さの表れなんだとぼくは思う。実際きみが何を起こしたのかは知らないけれど、
きっと、受け入れなかったんだろう。だから、今頃泣いているんだろう?
痛いほどに、嫌というほど分かるけれど、それはやっぱり、強くない。――――正しくも、無い」
「…………」
正しくも、ない。
そういえば阿良々木さんが、お二人の姉妹に関して、愚痴を零してましたね。
もう、愚痴も聞くことはないんですけれど。
「まあ、本当の子供のきみだ。分からなくたっていい。こんなこと、学ばなくたっていいよ。辛いだけだし、嫌なだけだ。
戯言に違いはないし、箴言なんかじゃ、全然ないからね。
とどのつまり、ぼくが言いたいことは真宵ちゃん。――――現実を、見つめろ」
わたしは、戯言さんの言葉を、今まで静かに、聞いてきました。
確かに、いえ、「確かに」と思わせるほどの隙間もなく。
わたしのやってきたことは、悲しんでいたのではなくて、ただの現実逃避で。
ツナギさんには途轍もなく迷惑をかけたし、わたしのせいで日之影さんは死にました。
戯言さんだって、こんな陰険な空気を吸う義理だって本当はないんですよね。
わたしのやっていることは、ただの、――――ただの、子供の我儘、なんでしょう。
我儘のために傷を負わせ、死に至らせ、現に嫌な空気を吸っている。
自己嫌悪とも足りない、自己嫌悪。
未だ、止まることのない涙を、拭うこともなくわたしはぼんやりと考える。
「別にぼくはきみを助けるつもりはない。
もちろんぼくはきみによりよくいてほしいと望むけれど、それまでだ。
『主人公』と言えども、やっぱりぼくには熱血キャラって言うのは似合わないし、ドライに行くよドライに」
戯言さんは、きっぱりとそう言いました。
とはいったものの、別にわたしを突きはなそうだとか、
そういった思惑はなく、事実を言ったまでであり、変な気遣いは無用と、してくれたんでしょう。
実際これはわたしの問題で。
逆に、わたし以外に解決できる人は、きっといないんでしょう。
わたしの、選択。
わたしの、決断。
つまりは、そういうこと。
わたしは阿良々木暦さんと言う人間を亡くし、どう思い、どう動くのかは、わたし次第。
ここから、今までの贖罪にも似た何かをどうするのかも、わたし次第。
誰の、誰からの。それこそ阿良々木さんもいない中、わたしが選ぶ選択。
わたしがわたしである、その在り方。
…………決めました。
わたしは。
「で、真宵ちゃん。別に弱さを否定する訳でもないし、強く生きろなんて勿論言わない。
これからきみがなにをしていきたいか、教えてくれないかな」
最期に、戯言さんが、そうと問いてくれたので、わたしは、涙で潤む瞳を拭って、
されど溢れかえる涙はもう無視をすると決め込んで、そんな。そんな不安定な心内環境であったけれど。
わたしが下した結論を、言う。
「わたしは、笑って、笑って、過ごしていきたいです」
いつかの楽しい日々を思い描きながら。
阿良々木さんとの楽しかった日々を思い返しながら。
わたしは――――つづける。
「わたしは、わたしは。阿良々木さんが本気で後悔するぐらいっ。
けど、阿良々木さんが天国に行くのになんら心残りがないくらい! わたしは笑って過ごしていきたいです」
笑っていくこと。
それが、わたしたちらしいです。
時には泣いたりもするでしょう。
時には怒ったりもするでしょう。
時には喚いたりもするでしょう。
けれど、暗くなって、誰も得しない展開よりは、わたしは笑っていたい。
「……そう」
「わたしは、阿良々木さんの死が、とても悲しいです」
「そっか」
「わたしは阿良々木さんが死んだのが、すごく嫌です」
「ああ」
「あわよくば、もう一度お話したいのが正直です」
「そう、ぼくも一回ぐらい拝見したかったかな」
戯言さんは、天を仰ぎ、わたしの言葉に肯定の意を示してくれます。
「正直、逢わなければこんな苦しみ、味わうこともなかったのに、って変な責任を押し付けてみたくもなります」
「……」
「それでも、わたしは阿良々木さんに出逢えて後悔してないし、逢えてよかったと思ってます」
あの人にあったから、わたしは。
今のわたしはいます。
迷い続けたわたしに救いの手を差し伸べたのは、間違いなく、あの方でしたから。
あの方といた時間は、他に換算するまでもなく一番楽しかったから。
「わたしは……やることができました」
「…………そう、ぼくもだよ」
「生き抜いて、生き抜いて。今生きているみんなで生き残って。阿良々木さんのお墓に、毎日お墓参りに行くんです」
ささやかな夢です。
ささやかな夢が、できました。
阿良々木さん。
わたしは――――頑張ります。
「そろそろ、降ろしてもらって構いませんよ。戯言さん」
「ん、わかったよ」
言うと、戯言さんはゆっくりと腰をおろし。
わたしの腰回りや背中から手を離し、わたしを、地に立たせる。
ふとして。
目が合った。
…………。
正直言って、この瞳は不気味さがあります。わたしは慣れましたが、
はっきり申し上げますと、初対面の時、「嫌い」といったのは本能的に「この人間とは関わってはいけない」と感じまして。
気だるそうな目、だとか。
死んだ魚の様な目、だとか、そう言う言葉を使うほかないですが、それでも表し切れない、ドロドロとしたなにかを感じて。
そんな眼を有する戯言さんに怒鳴られた時は、本当になにかがどうにかなりそうな気がしましたよ。
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
わたしの目元を、ハンカチで拭いながら、
さて。
改めて、落ち着きましょう。
落ち着いて。
深呼吸……。深呼吸……。
「なんか模範的な深呼吸だね」
「へん、毎年毎日ラジオ体操にでていたわたしを舐めないでください」
「幽霊設定は何処いった」
「いやですね。ラジオ体操で一番重要なのはスタンプではございません。体操をすることですよ。そのぐらい幽霊でも出来ます」
「まあ、そうだね」
「スタンプはあくまで本命なのであって、重要なのは体操です」
「おい」
――――頑張れ。
ですか。阿良々木さん。
そうですね、わたしは、頑張りますよ。
あなたにはなむけできる様に。
わたしは、頑張ります。もう、余計な心配はいりませんよ。
その愛情は、どうか彼女、戦場ヶ原さんだとか、羽川さんにでも授けてやってください。
どのみち、わたしは一回死んでる身なんですから……。
…………阿良々木さん。
あなたは本当に死んでいるのですか?
案外どこかにいるんではないんですか?
…………いえ、分かってるんですよ。
ツナギさんが言うように、そんな事を言ったって、全然主催側の方たちに得になることなんて無いし。
そもそも……人の死は、吸血鬼の死は、この場ではなんらおこってもおかしくないことなんでしょうし。
………………。
ふと、背後を見ると、そこにはコンクリート詰めの建物の頂上に立派な樹が伸びている光景を、ぼんやりと理解できました。
あれは、確か学習塾跡の、建物だったはずです。
もう、用事のない、建物。長い間かけて行った割には、何ら収穫はありませんでしたけれど。
………………。
いえ、もういいでしょう。
わたしも、いつまでたっても、うつむいてばかりではダメなんですから。
それこそ、あの日之影さんのように、果敢に現実へと立ち向かっていかなければならないんですから。
そう。
わたしは、わたしは――――。
この現実の中で、戦ってゆくんですから。
最終更新:2012年10月02日 15:56