交信局(行進曲) (前編) ◆0UUfE9LPAQ


「ちょっと失礼、誰か来たみたい」

相手の返事も待たず俺は画面から目を離す。
まさかこの俺視点の一人称で始まるとは思わなかっただろう。
何を隠そうこの俺が一番驚いている。というのは嘘だ。
ここで言う俺とは、つまり俺、詐欺師の貝木泥舟ということになるが今は戦場ヶ原ひたぎを騙っている。
あくまで画面上は―
先程箱庭学園で出遭った少年、球磨川禊とは違い、一緒に過ごした期間が長かったからそうそうボロは出ないだろう。
過ごしたというとまるで俺が戦場ヶ原と仲が良かったかのように思われるがなんてことはない、詐欺の対象として取り入っただけだ。

「さて」

画面に目を戻すと、

「そうか。私はゆっくりと待っている。逃げるでないぞ」

と蒼々とした画面に表示されていた。
ふむ、見抜かれていたか。
誰か来た、というのは嘘だ。
情報戦の応酬で少々疲れたからな、一旦休憩、もとい整理したかった。
適当に情報も与えたしこのまま逃げてもよかったのだが先手を打たれてしまったしな…
放送の前に待ってやった貸しもあるしそれでチャラにしてやるとするか。
時間もできた、というか作ったのでまずは敗因分析に入る。
この場合の敗因とは球磨川を騙っていたのが見抜かれたことだが―江迎の情報不足が原因だろう。
転校して日が浅かったみたいだしな。
この件で俺が得るべき教訓は、よく知らない相手を騙るな―とでも言うのだろうな。
……しかし、箱庭学園などという学校は聞いたことがない。
実際入ってみて感じたがあれ程の規模の学校が有名で無いはずが無い。
どこぞの田舎から出たことがないというのならともかく、日本全国を行ったり来たりしている俺からすれば尚更だ。
それに『異常』『過負荷』などという異能も不可解だ。
実際に江迎の『荒廃した腐れ花』という過負荷も目にしたがあんなもの、それこそ奇病なんて言葉で説明できるものではない。
まさか国家機密レベルで情報統制されてるわけでもあるまいし。
それに――何でも知っているあの先輩がこれ程のものを見過ごすとは思えないしな…
敗因分析から大幅に逸れてしまった。
これ以上考えても得るものは無いだろうと判断し、画面の向こうにいるだろう人物に思考をシフトする。
最初と放送の後では随分と違う人柄だった。
この場合考えられるのは二つ――
 1・放送の前後で入れ替わった
 2・どちらかあるいは両方が演技
1の入れ替わりとするなら、途中から乱入したのではなく最初から一緒にいたのだろう。
尤も、最初は益体の無い会話だったし乱入者が最初にいた者から情報を得て、もしくは与えて入れ替わった可能性もあるだろうがあの短時間でパソコンを任される程信頼関係を築くのは難しいだろう。
2の演技だとするなら、間違いなく後の方が演技だろうな。
最初の方も演技をしている可能性もあるが、交わした会話も数える程だし、演技よりも嘘を疑った方がいいだろうな。
一番に疑うべき嘘は情報が無い、だろうな――何か重要な情報を隠している可能性もある。
が、それについては一人で考えても堂々巡りだ。
後でうまいこと騙して相手から情報を手に入れるとするか。
ここまで考えてから俺は気付く。
手下とまでは行かずとも味方を作りに来たのだった。
どうやら見抜かれたことで相手を打ち負かそうと躍起になっていたようだ。
俺は一旦頭を休ませるためコーヒーのおかわりを取りにブースから出た。
ついでにトイレにも行かないとな。


 ● ○ ●


放送は僕にとってほとんど意味がなかった。
二人の死は僕がこの目でしっかり見てしまったからな。
結局名簿には僕の知っている名前は二人の他にはいなかった。
くろね子さんや迷路ちゃんなら知ってる名前もあったかもしれないがそんなこと確認する術は僕には無い。
ここに夜月やりりすがいなかったことを喜ぶべきなのだろう。
……まったく、いくらさっき別れを告げたからといってここまですんなりと思考を切り替えられるなんて僕の単純さ加減が嫌になるな。
ともかく、僕が真っ先にやるべきことは時宮時刻を殺すこと。
そのために伊織さんの情報を仰ぐこと。
零崎の情報を出せば一方的な関係になるのも避けられるだろうし。
そうと決まればいつまでもここにいるわけにはいかない。
ぐちゃぐちゃになった黒猫はできるだけ視界に入れないようにして建物から出た。


 ■ □ ■


「多分ここで合ってるよな…」

僕は伊織さんがいただろう研究棟にいた。
さっき来たときは暗くてよくわからなかったけどここは他の棟よりちょっと低いみたいだ。
近くに僕が残した血痕もあったしここで間違いないだろう――でも

「呼び鈴とかそういうの無いのかよ…」

普通の建物にはたいていあるであろう呼び鈴とかインターホンとか呼ばれる存在はどこにもなかった。
扉のすぐ横にテンキーと溝があるけど(溝は多分カードキーを通すんだろうな)、いくら押してもうんともすんとも反応しない。
……ってことは


  ガン


さっきよりやさしめに扉を蹴った。






――――――ジィ、ジ、ジジジ




――――ウゥゥゥゥゥゥゥゥ   ウゥゥゥゥゥゥゥゥ   ウゥゥゥゥゥゥゥゥ






そして鳴り響く警報。
結局これしか方法が無かったとはいえ、できることならもっと穏便な方法で開けたかった。
もし近くに危険な人がいたらどうするんだ。
……え?僕の一人称パートもう終わり?さっきの人に比べて短すぎないか?


 ● ○ ●


なんとなんとなんとなんと!僕様ちゃんの一人称パートスタートだよ!
まさか僕様ちゃんの一人称ができるなんて空前絶後!
今この時間こそ天然記念物!姫路城!敵本主義だね!ひゃっほう!
写真に撮って記録しておきたいくらいだけどカメラが無い!
というわけで録音しようと思ったけどマイクも無い!
うに?メートル下げて仕事に戻れ?
もー、しょうがないなー。
でもわかりにくいって言われたって責任取らないからね。
そいじゃ、僕様ちゃんパートの始まり始まり♪


 ■ □ ■


「玖渚さんどうしたんですか?手止まっちゃってますよ」
「聞いてよ聞いてよ舞ちゃん。僕様ちゃん戦場ヶ原ひたぎって人と嘘のつき合いっこしてたんだけど向こうが逃げちゃってね」
「戦場ヶ原とはすごい名字ですね、戦争でもするんでしょうか」
「地名姓だからね、戦争はしないと思うよ」
「まあ名前で戦争されたらたまったもんじゃないですからね。で、逃げるとはどういう意味ですか?」
「ネットカフェに誰か来たみたいでさ。そう言われたちゃうと口だせなくなっちゃうんだよね。一応釘は刺しといたけど」

僕様ちゃんに言わせれば情報収集の時間くれてさんきゅーってところなんだけどね。
逃げられちゃったら台無しだけどなくしたものがあるわけじゃないし。
黒神めだかのネガティブイメージを押しつけきれなかったのが惜しいってとこ。

「なるほど、でもあそこって監視カメラありませんでしたっけ。玖渚さんなら見れるんじゃないですか?」

………………………………。

「僕様ちゃん一瞬思考停止だよ。そういえばあったねそんなの。ありがと、ちょっとやってみるよ。ところでさ舞ちゃん」
「うな?なんですか?」
「舞ちゃん最近まで高校生やってたんでしょ?都市伝説とか詳しい?」
「オカルトですか?そこまで詳しくないですからねー。女子高生の嗜みとして少しくらいは知っていますが」
「吸血鬼は知ってるよね?」
「もちろんですよ、一般常識じゃないですか」
「だよね。じゃあさ、吸血鬼が実際にいるって言われたら信じる?」
「女子高生やってた頃なら信じませんでしたけど今はこの世界入って色々知ってしまいましたからね。呪い名の中にいてもおかしくないような気はします」
「まあそんなところだろうね、殺し名呪い名以外でもそういうスキル持ってる人は少なからずいるし。じゃあさじゃあさ重し蟹と囲い火蜂は?」
「なんですかそれ?初耳です」
「重し蟹は思いと一緒に重さを奪う神様なんだって。嫌な思い出を体重と引き替えに忘れられるんだってさ」
「すごく便利なダイエット法じゃないですか、是非お会いしたいですよ!」
「やめといた方がいいと思うよー。見た目は変わらないで体重だけ軽くなっちゃうらしいから気持ち悪いし」
「それは考え物ですね。で、囲い火蜂というのは?」
「そっちはね室町時代に流行った伝染病の原因らしいよ。まあ病気の原因をこじつけただけども言うのかな」
「昔の人は細菌とかウイルスとか知らなかったでしょうしね。でもそもそもどうしてこんなこと聞いたんですか?」
「さっき言ってた戦場ヶ原さんから教えてもらったんだよ。僕様ちゃんは知らなかったから舞ちゃん知ってるかなって思ってさ」

ふーむ。
やっぱり舞ちゃんも知らなかったし嘘っぽいよねえ。
時間できたから検索かけてみたけど重し蟹も囲い火蜂も引っかかんなかったし。
でも設定もちゃんとしてるし短時間で考えられるもんじゃないんだよね。
もちろん前から考えてたってこともないことはないけどそれよりも事前に知ってたって考える方が自然だよね。
さっきも箱庭学園のビデオ見て思ったんだけどなんか不自然なんだよなあ。
僕様ちゃんの見たことない制服だったし。
制服と言えばさっきの男の子の制服も見たことないのだったね。
もっかい会えたら色々聞いてみよっか。
……と、ここまで考えてたらナイスタイミングで警報が鳴ったよ!
2回目だからもう驚かないよん、停止スイッチをポチッとな。
うーん、まだ監視カメラは見れるようになんないねー。

「舞ちゃん、僕様ちゃん作業で忙しいから見て来てくれる?」
「あぁはい、わかりました。多分様刻さんでしょうしそうでないにしても私が行った方がよさそうですしね」
「扉は開けとくからよろしくねー」

一人称パートも舞ちゃんにバトンタッチだよ♪


 ● ○ ●


やっと私のターンですよう。
このまますっ飛ばされてしまう危険もあったかもですが玖渚さんがちゃんとフラグ立ててくださいましたからね。
一安心一安心。
前置きは短めにしてちゃちゃっと仕事を始めましょうか。
あ、仕事というのは語り部という意味でですよ。
今回が初めての玖渚さんと違って私は2回目ですからね、馬鹿やって永久に語り部をやる機会が失われたらたまりませんしね。


 ■ □ ■


今回は様刻君はちゃんと扉の前にいてくださいました。
さっきと違って私に会うために来てくださったんですからいない方がおかしいですが。
しかしまた警報を鳴らすとは迷惑な呼び出し方をする人ですねえ。
玖渚さんは慣れた手つきで操作してましたけど私2回ともびっくりしたんですから!
それはともかく

「あなたがここに来たということは二人を殺したと認めるんですね?」
「そう…だな。迷路ちゃんはともかくくろね子さんは確かに僕が殺したんだ」
「ちょっとその言い方引っかかりますね。もう一度詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

事の顛末を今度はもっと細かいところまで話してくださいました。
私は様刻君が二人をこの手で直接殺したものだと思ってましたが違ってたみたいです。
様刻さんはどっちにしろ自分が殺したようなものだとおっしゃってましたし。
でもそんなことよりも私が驚いたのは

「人識君と一緒に行動してただなんてなんで言ってくれなかったんですか!」
「会ったばかりで信用できなかったし、それに今となってはどこに行ったのかはもう僕にはわからない」
「それでもです!どうして時宮を知ってるかと思えばそういうことでしたか」
「そもそも零崎とはどういう関係なんだよ?」
「お兄さんですよ。人識君の方は私を妹とは思ってないみたいですが」
「それはひどい兄がいたものだな」
「何か危ない響きを感じますが…まあいいでしょう、立ち話もなんですし中入りましょう」

この調子なら玖渚さんに会わせても問題なさそうでしょうしね。

「兄妹なのに名字が違うのはなんでなんだ?」
「零崎というのはそういうものなんですよ。私はまだなりたてですし人識君はその辺は説明しなかったんですか?」
「あのときは時宮を追いかけるのに必死だったから最低限のことしか教えてもらってないんだ」
「それなのに繰想術にかかっちゃうなんて馬鹿ですねー。その最低限のこともできてないじゃないですか」
「ぐっ―――――」

おや、様刻君がダメージを受けてます。
まあそんなこんなで様刻さんを玖渚さんのとこへご案内完了です。

「玖渚さん、ただいまです」
「舞ちゃんおかえりー。あ、連れてきてくれたんだね」
「うな?玖渚さん会いたがってましたっけ?」
「僕様ちゃんの見たことない制服だったから気になってね。うーん…やっぱり知らない制服だね、君さどこの学校通ってるの?もしくは通ってたの?」
「その質問は僕に対してでいいんだよな?」
「あ、紹介が遅れましたね。この人は玖渚さんと言ってパソコンがめちゃくちゃすごい人なんですよ」
「へえ、とりあえず質問に答えるなら僕は桜桃院学園の3年生だ」

3年ということは私より年上じゃないですか。
私君付けで呼んでしまってましたよ。

「やっぱり聞いたことないなー。地図にあった箱庭学園って聞いたことある?」
「僕はないな」
「偶然…にするにも微妙だね。お、終わった終わった」
「何がですか?」
「ほら、さっき舞ちゃんが言ってたネットカフェの監視カメラ。見れるようになったし録画データも取り出してみたんだ」

さっき言ってた作業のことでしょうね。
でもまだ手は動かしてますし今はまた別の作業をしてるんでしょう。

「見せてもらってもいいですかね?」
「いいよー。人いない時間が多いと思うから大半は早送りだけどね」
「監視カメラ?」
「様刻さんは関係無いと思いますけど私たちがいたネットカフェの映像ですよ」
「確かに僕には関係無いな…」
「とりあえず最初から再生してみる?」
「そうですね、じゃそれでお願いします。何か手がかりがあるかもしれませんし様刻さんも一緒に見ます?」
「じゃあ、まあ、とりあえずは」


 ■ □ ■


「最初から再生したはずなのにおかしーなー」
「何がおかしいんですか?」
「僕様ちゃん達目覚めたらネットカフェにいたわけじゃん」
「でしたね」
「そしたらさ、誰か運んだ人がいるわけでしょ」
「でしょうね」
「でも運び込む映像が無いっておかしくない?」
「ああー…それは確かに」
「わざと録画の開始を遅らせたとかだろうし別にいいんだけどね。それじゃ早送りするよ」
「あ、でもちょっと待ってください。今誰か入りましたよ」
「本当だ。澄百合学園の制服みたいだけど僕様ちゃん知らないや。舞ちゃんわかる?」
「私も知りませんねえ。そもそも名簿見た限り面識があるのは人識君と双識さんと哀川のおねーさんだけですし」

双識さんがどうしているのかは謎なのですが。
まさか吸血鬼が実際にいて復活させられたとか?
いやいや、いくらなんでもありえません。
まさか最初にいたおじーさんが賞品の信憑性を高めるために生き返らせたとかでしょうか。
……いくらなんでも荒唐無稽すぎますね、これ以上考えるのはよしましょう。

「いーちゃんなら知ってるかもしれないけど今ここにいないのに期待してもしょうがないね。ぴーちゃんは知ってる?」
「ぴーちゃんって誰のことです?」
「破片拾い(ピースメーカー)でぴーちゃんだよ。学校でそう呼ばれてたんでしょ?」
「そうだけど…ってなんで知ってるんだよ」
「学校の名前でデータを検索したら学籍簿が出てきてね。全校生徒ざっと見てみたけどぴーちゃんと病院坂黒猫って人しか名簿にはなかったけど」
「あの短時間で調べたのかよ…」
「僕様ちゃんにはこんなの朝飯前♪で、知ってるの?知らないの?」
「僕は知らないな」
「そう、なら今度こそ早送りするね」

その後はいくつもの画面で延々と無人の映像が流れてくだけでした。
無人と言っても死体は映ってるんですけどね。
結局あの人誰だったんでしょうか。
放送で読み上げられた名前からして男女の区別もつかない人がたくさんいましたし。
4時間分程早送りしてからでしょうか、映像に動きがあったのは――

「今入ったのおじさんでしたね」
「だねー。」
「それにしても…なんというか不吉っぽい人ですね」
「うにー。やっぱりこの人がさっきまで僕様ちゃんと嘘のつき合いっこやってたんだね」
「全然学生じゃないじゃないですか」
「その前は箱庭学園の学生の球磨川禊って人だったしすっごい嘘つきなんだね。僕様ちゃん軽くショックだよ」
「玖渚さん、そんなこと言ってる間に外のカメラに別の人映ってますよ」
「あ、これスーツ着てないけどぐっちゃんじゃん」
「持ってるのは釘バットでしょうか…それなら心当たりがあるんですが」
「その口ぶりだと共通の知り合いみたいだけど、違うのか?」
「僕様ちゃんとしては≪仲間≫のぐっちゃんなんだけどね」
「私は心当たりがあるだけですよ。零崎の人間かもしれないってだけです」
「一応同一人物の可能性はある…
「あー!ぐっちゃんどっか行っちゃった!頼みたいことあったのにどうして行っちゃうんだよ!」
「途中まで入る気満々に見えましたけど…何かあったんでしょうか」
「入ってきてくれればよかったのにー!ああもうこんなに時間経っちゃったし探しに行くのは無理そうだね」
「どうします?」
「うーん、しょうがないや。方針変更だね。ああ、こっちの話だから気にしないで」
「はあ…」
「それより舞ちゃん、ぴーちゃんの相談に乗るんでしょ?カメラは全部再生し終わったしここにいても意味ないよ思うよ」
「そういえばそうでしたね、忘れてました」
「おい」
「結局人が来たってのも嘘だったんだね。別に構わないんだけど…って戻ってきちゃった。舞ちゃん、私ちょっと集中したいから離れてくれると嬉しいな」
「了解です。様刻さん、玖渚さんの邪魔しちゃ悪いですし違うとこいきましょう」
「ん、ああ…」

やっとわかってきたことですが玖渚さんの一人称が私になったときは要注意のサインなのです!
なんというか近寄りがたい雰囲気がありますからね、邪魔しないのが一番です。

「階段はこっちですよ」
「エレベーターは使わないのか?」
「話によると元々使ってた人が分解してしまったそうです」
「分解って…」
「そういうものなのです」
「はあ…」

納得しかねるでしょうがそういうことなんですから諦めてください。






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最終更新:2012年10月02日 16:12