『決意と絆と覚悟と思い 後編』
窮鼠かえって猫を噛む、という古いことわざがある。
追い詰められた獣は、例え自分がどれほど傷ついていようと果敢に勇猛に相手に立ち向かう、と言う意味だそうだ。
だが、例え噛みつけたとして、その牙が相手の命に届くことなどあるのだろうか。
『ありえない』どれだけの勇気があろうと所詮ねずみはねずみ。
中途半端な反撃など相手の感情を逆撫でするだけだ。
恐らく窮鼠は、噛み付いたのちは無残に残忍に殺されたのだろう。
今のシンも窮鼠と同じだ。半端に手に入れた力で誰かを守れると思っている。
勝ち目の有る無しなどまるっきり考えていないのが丸わかりだ。
勝てるかどうかではなく勝つ方法をまず考え、どこまでもしぶとく戦い抜く。
今まではそれで何とかなってきた。
しかし、今度ばかりはそうは行かない。
闇の書の闇は強い。
これまでに相対した相手などコイツに比べれば赤子以下だ。
格が違うといってもいい。
それだけにデス子は恐ろしかった。
もしも退くべき時に退かず、闇の書の闇に殺されるようなことになったら・・・。
命を捨ててでもリインフォースを救う道をシンが選んでしまったら・・・。
シンはあのメサイア攻防戦で、ラクシズ艦隊に核エンジンを暴走させて特攻した前科がある。
リインフォースを救うためにまた同じことを繰り返しても可笑しくない。
命を賭けなければ戦いにすらならない相手だ。このままここにいれば、シンはまず間違いなく命を落とす。
シンが、マスターが、自分の大切な人が死ぬ。
自分の命よりシンの幸せを願うデス子にとって、そんなことは想像するだけでも耐えられない。
シンが過去のはやて達と出会ったことで、タイムパラドックスが発生する可能性が生まれたことは事実だ。
しかし、彼らが会ったのは十年前の一ヶ月だけであり、もしもはやて達がシンを覚えていなければ、タイムパラドックスは発生しないかもしれない。
少なくとも、そちらの可能性のほうが目の前の化け物に勝てる確率よりもはるかに高かった。
デス子に突きつけられた選択肢は二つ
- リインフォースを見捨てこのまま未来に変えり、はやて達の記憶にシンが残っていないことにかけるか
- 毛ほどの可能性に賭け、相打ち覚悟で奴と最後までやりあうか
病院で話したカルネアデスの船板が思い出されてくる。
つい数時間前の出来事なのに、今は何故かはるか過去の出来事のようだ。
シン「今の状況と似ていると思わないか? デス子、お前ならどちらを助ける?」
はやてを犠牲にすればリインフォースは助かる。リインフォースを犠牲にすればはやてが助かる。とどのつまり、どちらかが救われるためにはどちらかを必ず犠牲にしなければならない。
デス子「そんなの・・・選べるわけないじゃないですか!溺れて大変なら私の翼で両方助けます!」
あの時は、はやてとリインフォースだったから両方助けると無茶も言えた。
けれど、比べる対象がシンだったなら・・・。
リインフォースの命とシンの命。デス子がどちらかを選ぶのだとすれば・・・。
デス子(ごめんなさい、マスター。私は・・・・)
最後に彼女は必ずシンを選ぶ。
デス子『・・・覚悟を決めるときかもしれません、マスター』
シン「不吉なこと言うなよ、デス子。俺はまだ死ぬつもりは・・・『私が言っているのは撤退の覚悟です!』・・・!?」
デス子『マスター、イザと言う時にはリインフォースを諦めることも視野に入れて置いてください』
シン「デス子、お前何を言って・・・」
大体自分たちの日常はリインフォースがいないのが当たり前だったはずだ。
マスターが助かるためならば・・・・。
そう思い込むことで、デス子は噴出しそうな自分の感情を無理やり押さえ込んだ。
デス子『私は本気です! 武装もほとんどが損傷しています。魔力残量だって残り40%を切りました。なのにどうやって勝つっていうんですか!』
シン「お前・・・泣いてるのか?」
確かに迷いはしなかった。それでも、同じ釜の飯を食った家族を見捨てるのが辛くないはずがない。
デス子はシンの中で叫びながら、必死に涙を堪えていた。
それでも、シンを救うことができるなら、デス子は喜んでカルネアデスの船板からリインフォースを突き飛ばす。
デス子「・・・・・・帰りましょう、マスター。皆待ってますよ」
シンをベースに構築したはずのプログラムでありながら、どちらか一方を選んでみせる。
デス子の心は、既にプログラムを超えた進化を遂げていた。
戸惑いながらも、言葉を返そうと口を開こうとしたシンだったが、ふと、ピンク色の小さな球体が彼の目に映る。訓練と称する嫉妬の刃から逃れようとしたときによく目にした魔法。
――――――それが何かを、彼らは嫌と言うほどよく知っている。
デス子『ワイドエリアサーチ!?』
シン「こんな魔法まで蒐集してたのか! くっ、見つかった!」
デス子『スラスター全開! 一気に離脱を!』
上方に飛ぶと同時に、ディバインバスターが間髪いれず飛んでくる。
周りに漂っていた残骸(肉片)が一筋に伸びる光の中で消滅していく。
僅かでも回避が遅れれば、削り取られ、焼け焦げた肉片と同じ運命をたどるところだった。
デス子『見たでしょう、あの威力を!このままここに居たって無駄死にするだけです!』
シン 「いい加減にしろよ、デス子! ここで諦めたらリインフォースはどうなるんだ!
あいつは俺よりもはるかに不幸な運命をたどってきた。けど、俺と同じでようやく光を掴めたんだ。
これから、もっともっと、たくさん幸せになる権利がある!
こんなところで死んでいいはずがないだろ!」
シンは次の残骸へ飛び移るともう一度ミラージュコロイドをばら撒いた。
奴がワイドエリアサーチを使えるのだとすれば、いよいよもって余裕がなくなってきた。
デス子『自分の心配をしてくださいマスター! ここであなたが死ぬようなことがあれば、
あなたはこの世界に居なかったものとして歴史が修正するんですよ! そんなこと・・・私には耐えられません!』
矛盾を抱える存在になったシン・アスカが生き残るには『死なない』ことが第一条件だ。
シンが死ぬ=シンは元々ミッドチルダに呼ばれなかったものとして修正される
=シンは向こうの世界(CE)では(核自爆によって)既に死んでいる。
それは、向こうにもこちらにも存在しないということになる。
つまり、シンが死ぬようなことになれば、
シンの存在はこの世界に来た瞬間までさかのぼって痕跡一つ残らず完全に消滅させられるわけだ。
記憶も、物も、シンに関するものは塵一つ残らないだろう。
デス子『それに幸せになる権利ならマスターにだってあるでしょう!
ボロボロになるまで戦ってようやく居場所を見つけたんじゃないですか。
ようやく・・・幸せに慣れるかもしれないんですよ!
もう誰かのために死のうとするマスターを見るのはごめんです』
シン(それでも、俺は引けないんだよ、デス子)
目を閉じれば、病室で苦しんでいるはやての姿が思い浮かぶ。
家族が死に、たった一人で寂しく泣いていた少女。
ようやく家族ができ、幸せを掴もうとしている少女。
『彼女が目覚めた時そこにはもうリインフォースはいない』
そんな未来を俺ははやてに見せられるのか・・・?
再び彼女を悲しみの中へ突き落とすのか・・・?
昔の自分と同じ家族を失った苦しみをまた味あわせるのか・・・?
冗談じゃない!
はやての家にはじめて招かれた日、俺はリインフォースに『あんた達は俺が守る!』と誓った。
リインフォースもはやても絶対に救う。そして、俺たちも生きて帰る。
シン(帰ると約束したから、俺は何があっても死ねない。けど、だからってあいつ等を見捨てることも俺にはできない!)
判断力はあるくせに、イザと言うときには失うことを極端に恐れ優柔不断になる。
結局のところシンはそういう弱い人間なのだ。
これまでも、たぶんこれからも・・・。
だからこそ、彼はここまで来られたのかもしれない。
シン(負けられないから戦う、か。もう二度とこんな思いはしなくてすむ筈だったのに。
この世界に来てから、背負うものが前よりだいぶ増えちまったな)
感傷に浸るのはここまでだ。
考えろ、どうすれば奴に勝てる?
レリックをあいつに向けて投げつけたあと、撃ち壊して起爆するか?
駄目だ、あれだけ濃い弾幕を張られたら、途中で撃破される可能性が高い。
MS形態は・・・使えない。的が大きい上に魔力防御がないからあまりに不利だ。
こんな時に補助魔法の一つも使えれば・・・いや、ないものねだりしても仕方がない。
シン「・・・・はぁ、あるわけないよな。そんな都合のいい方法なんて」
デス子『・・・・・・えぇ?』
シンは大きなため息をつくとあっさり頭を切り替えた。
小細工ならなんとでもなるが、あいつを倒すとなると小手先の手段じゃ通用しない。
幾ら考えたって倒せる方法は一つ。
俺がやれることも一つ。
なら、考えるだけ無駄と言うものだ。
シン「慣れないことはするもんじゃない。元から俺にはこっちが似合いだ!」
考える前に前進したほうが早い。
僅かでも先へ、一歩でも前へ!
あの強靭なバリアがあいてじゃ、俺の出す魔力弾なんて子供だましだ。
倒す方法がレリックなら、俺に残された攻撃手段は突撃のみ。
デス子『マ、マスター、何を!』
迷うな、考えるな。そんな鎖で縛られてるようじゃ前に進めない。
危険を恐れるな。奴を倒す、そのことだけを頭につめろ!
シン「ウイング展開、ミラージュ・コロイド作動、デスティニー高機動モード!」
シンは背部のウイングユニットに仕舞われた小型ウイングを全て展開した。
CE世界最速の翼型高推力スラスターはいまだ健在だ。
これでヴォワチュール・リュミエールは最大の機動性を得られる。
シン「突貫するぞ、デス子!遠距離じゃ埒が明かない。」
デス子『な!? あの弾幕の中心に考え無しに突っ込むなんて無謀です!
おとなしく帰りましょう、マスター! このまま殺されるつもりなんですか!』
近付いたものを、蜂の巣にしようと待ち構えている数百の触手と
それに囲まれて、悠々と広域攻撃魔法を放つ闇の書の闇。
眼下に広がる悪夢のような光景を見て、デス子はごくりと息を呑む。
そんなデス子の不安をシンは一蹴した。
シン「馬鹿言うな! 俺はまだ死ねない! 誰一人救えないまま死んでたまるか!」
シンは背中のアロンダイトを右手で抜き放つと、左手で壊れかけたバリアジャケットの破片と
余計なウエイトとなるビームライフルを投げ捨てた。
シン(これで少しは軽くなる)
触手も時間に比例して数を増やし、こちらに対する攻撃も激しさを増してきている。
あそこに突っ込んで接近戦を挑もうなどと考えるのは、無謀を好む馬鹿か真性の馬鹿の
どちらか一つか両方だ。
シン「どうして・・・か」
――――――さっきはやてのことを思い返してようやくわかった気がする。
俺がこんなに意地になるのは・・・・。
シン「デス子、リインフォースが自分が消えるといった時の笑い顔、知ってるか?」
デス子『こんなときに何を・・・!』
あいつを守りたいのははやてのためだけじゃない
俺がボロボロになったとき、あの人達が支えてくれたように。
俺も・・・
シン「昔は俺もあんな風に笑ってたんだろうな。
自分の幸せを諦めて、自暴自棄になって・・・。誰かのために人柱になることを望んで・・・。
だからわかる。あいつの笑い方は、レイの言っていた昔の俺にそっくりなんだ。
俺はあいつにそんな顔をさせるコイツを・・・
・・・・どんなことがあっても、倒さなくちゃならない!」
俺が殺した人達のためにも、俺が守れなかった人達のためにも、俺があこがれ俺を救ってくれた人達のためにも・・・なにより、俺自身のためにも。
俺はコイツを倒して、リインフォースを救う!
シン「そうしなきゃ、おれ自身が前に進めないんだ。」
デス子(きっとここで生き残れたとしてもマスターは永遠に人のために自分の命を削り続けるんでしょうね。
なら、私のすべきことは・・・)
デス子『・・・前言撤回です。マスターはぜんぜん成長してません』
シン 「・・・ごめん」
デス子『でも、あなたがそれを望むなら、私はあなたにどこまでもついていきます。」
シン 「・・・・・いいのか? だってさっきまで」
デス子『さっきの醜態は忘れてください。ちょっと取り乱しただけです。
それに、マスターは死にません。
マスターがみんなを守るなら、マスターを守るのは私の役目ですから
勝って帰りましょう、皆のところへ!』
シン「・・・ありがとな。さぁ、第二ラウンドと行くか、デスティニー!」
最終更新:2011年01月04日 12:40