――――――吾に意思と呼べるものが宿ったのはいつの頃からか
気が付けば何もない荒野を・・・。否、街であった場所を何もない荒野に変えていた。
壊し、砕き、侵し、破壊し、蹂躙する。
常に吾はそれだけを成してきた。そのためだけに吾は生まれた。
だが、数百年にわたる吾の旅に一点の綻びが生まれた。
――――全てはあの少女が主になったことが始まり。
守護騎士プログラムを味方に付け、管制人格に『リインフォース』の名をアップデートしたことで、
吾は初めて吾の使命を果たすことができなかった。
――――イレギュラー 夜天の主 『八神 はやて』
綻びは修正されなければならない。
闇の書は破壊を望まない主など必要としない。
平穏に生きる闇の書などあってはならない。
――――破壊こそ闇の書の本質。
守護騎士プログラムと管制人格にはバグが生じている。
今の主ごとヴォルケンリッター、管制人格を一度デリートし、
バックアップから再生し直す必要がある。
プログラムを修復し再び破壊に到る旅を繰り返さねば・・・・。
そのためにもいずれかの魔導師のリンカーコアを吸収する必要がある。
ならば餌を撒こう。
あの中にいた内の一体でもかかれば十分修復可能だ。
――――――破壊
そのためだけに吾は生まれた。吾は常にそれだけを成してきた。
そして、これからもそれだけを成していく。
いつかこの殻を破り何の憂いもなく世界を壊しつくすまで。
それが闇の書の本質。それが闇の書が生まれた意味。
――――――それが吾の、唯一の意思と呼べるもの。
『運命を越えたその先は――――』
魔力弾がひっきりなしに飛んでくる中、シンは的を絞らせないようにジグザグに飛行しながら
少しずつ闇の書の闇に近づいていた。
しかし、触手からの迎撃も半端な数ではない。
近づいた分だけ比例して魔力弾の集弾率も上がり、だんだん回避が間に合わなくなってきている。
デス子『・・・ぐっ、マスター!せめて残った右手のソリドゥス・フルゴールを展開してください。
このままじゃ、たどり着くまで持ちません!』
シン「駄目だ! 今使ったら、魔力が削れてレリックの爆発に耐え切れなくなる。盾には頼れない!」
さらに、ここにきてシンの動きも陰りが見え始めていた。
戦闘が始まって十数分。
ほとんどタイムラグ無しで戦いを続けていたために疲労とダメージは溜まる一方だ。
それに、魔法耐性が高いとはいえこれだけ集中的に浴びせられれば溜まったものではない。
今は気力で持ちこたえているがシンの肉体と精神は限界ギリギリだ。
加えて、長時間の集中力による精神的疲労。
すでに目はかすみ、息は上がり、腕にも力が入らなくなってきた。
体の節々にも断続的な痛みが走っている。
なのに、敵の魔力弾は避けても避けても際限がない。
それどころかだんだんと数を増しているようにも感じられた。
シン「ぐうぁあっ!!」
デス子『右肩に直撃が! ・・・まずいですマスター。バリアジャケットの損傷率がもう限界です!』
駄目だ、持ちこたえられない。このまま死ぬのか、俺は・・・。
シン「オーブ軍とザフトの戦闘は激化してる。ルナの腕じゃ、壊れたインパルスで
メサイアまでたどり着けないだろ。これは俺の役目なんだ」
ルナ「あたしだって赤服なのよ!」
ヴィーノ「ヨウランもカーターもエリナもジャックも死んだ! トーマスとサンダースもだ!
殺されたんだよ、ミネルバに止めを刺したアスラン・ザラに!」
キラ「仕方がないじゃないか! そうしないともっと多くの人が苦しむことになるんだ!
守りたい者のために戦うことが間違ってるって言うのか!」
アスラン「ヨウランを・・・殺した? 俺が・・・!?」
シン「あんた達は滅びるんだ。今日・・・ここで・・・俺と一緒にぃぃ!」
デス子『・・・スター、寝てるんですかマスター!?』
シン「・・・・あ、頭の中で騒ぐな、デス子。右肩に響く・・・」
どうやら、痛みで一瞬意識が跳んでいたらしい。
それだけならまだしも、おまけで噂に名高い走馬灯が付いてくるなんてジョークにしても性質が悪い。
シン「くそっ、走馬灯なんて冗談じゃないぞ。
・・・しかもよりにもよって一番思い出したくないメサイア攻防戦なんて・・・ん?」
・・・・メサイア攻防戦!?
その時、シンの頭に閃くものがあった。
シン(そうだ、俺は手負いのデスティニーでメサイアまでたどり着いた。多くの敵に狙われながら、
それを全部振り切って・・・)
あのときのシンにあって、今のシンにないもの。
それさえ埋まれば、この極限の状況を逆転できるかもしれない。
思い出せ!
戦場で追い詰められたとき、俺はいつもどう切り抜けてきたのか?
強敵と対峙したとき、俺はどうやって渡り合ってきたのか?
シン(頭の中がクリアになって全ての神経が研ぎ澄まされる『あの感覚』。
あれが使えれば・・・奴にだって勝てる!)
思い出せ、フリーダムに勝ったときの感覚を。
どうやって勝った、あのMAに。
どう戦った、実力がはるかに上のアスランと。
目を見開け、相手の動きを読め、集中しろ、シン・アスカ。
魔力弾が体をかすめる中、シンは自分の記憶に残っている感覚を少しずつ手繰り寄せていく。
頭の奥の奥で、いつか見た『種』の形が少しずつ浮かんできた。
あとは割れさえすればいい。そうすれば・・・。
これが割れさえすれば・・・・。
シン「見えてきた・・・。あと・・・少しだ・・」
デス子(まさか、マスター。スーパーコーディネイタ―でもないのに自力でSEED覚醒を・・・)
これまでにないほど意識を集中させ始めたシン。
ユニゾンしているため、シンの考えはほぼダイレクトにデス子に伝わってくる。
だが、だからこそ彼女はそのとは言えなかった。
デス子(マスター、その種は自分の意思では絶対に割れないんです)
デスティニーの中に残されたデスティニープランの残滓。
それに記されたシンの遺伝子データ。
それらが、デス子に無言で訴えていた。
シンが自分の力だけでSEEDを覚醒させる日は恐らく永遠にこないだろうと。
それがシンという人間の『遺伝子の限界』であり、『シンの運命』なのだ。
自分の意思で覚醒できるかできないか。
その境界線が、スーパーコーディネイタ―であるキラ・ヤマトと唯のコーディネイタ―であるシン・アスカとの決定的な違いである。
シンは元々健康面での調整しか受けていないコーディネイタ―なのだ。
SEED覚醒があるだけでも奇跡のようなものなのに、自分の意思だけで覚醒するなど、どだい無理な話である。
しかも、これまで覚醒のためのトリガーだった怒りや悲しみから来る『激情の力』は
シンが『感情を抑えて戦う戦い方』を学んだために逆に扱えなくなってしまっていた。
皮肉なことに、はやて達を守るために捨てた『怒り』や『憎しみ』が、シンの潜在能力を大きく制限してしまったのだ。
シン(割れろ・・・割れろ・・・・割れろ!割れろ!!割れろ!!!割れろ!!!!)
デス子「・・・・マスター」
割れない、どうやっても!
手が届きそうで届かない、もどかしいほどに思いだけが空回りする。
機動六課での賑やかな日々、八神家での穏やかな生活、海鳴市での暖かい交流。
あれだけ頻繁に使用できたはずの種割れもこの世界に来てからは僅か数回のみ。
削り取られた『憎しみ』と『悲しみ』。忘れてしまった負の感情はそう簡単に思い出せるものではない。
シン「いつもの俺ならとっくに『なってる』はずだろ、どうして・・・」
デス子『・・・・・?(――――クンッ)』
その時、デス子は自分の中でシンの感情と呼応した『何か』が動きだすのを感じた。
シン「あと少しなんだ。あと少しで・・・」
体の芯が熱くなる。あるはずのない心臓の鼓動が聞こえてくる。
まるで、シンの精神とシンクロしているかのように高まっていく。
デス子『・・・・あ・・ああ・・!?(――――ドクンッ)』
ベルカの騎士用SSS級秘匿魔道兵器『セイオウノツルギ』
――――第一段階 始 動 『 ロードノ能力限定ヲ解除シマス 』
シン「(パキーンッ)えっ?」
唐突に何かが割れる音がしたかと思うと、シンの動きから無駄な予備動作が一切消えた。
苦戦したのが嘘のようにスマートに魔法をかわすと、反射的に腕にマウントしておいたフラッシュエッジⅡを使用し、
こちらに向かっていたプラズマランサーを次々と叩き潰していった。
シン(覚醒・・・できた!? ・・・でもなんだったんだ、さっきの感覚。今までとは何かが違った)
デス子(あれ? 私は何を??)
『セイオウノツルギ』によるSEEDの覚醒。
それが力の一端に過ぎないことに彼等が気づくのはもう少し先の話になる。
シン(気のせいか体もさっきより軽い。どうなってるんだ?)
戸惑いから足が止まりかけたシンを狙い、30を超える触手が砲撃する。
シン(・・・いや、考えるのはあとだ。今はこいつを倒す!)
数えるのも億劫なほどの魔力弾に囲まれ、もはやこれまでかと思われたが、
次の瞬間シンはその全てを必要最小限の動きで回避していた。
しかも全弾回避していながら、その移動速度はまったく衰えていない。
人型兵器MSの空間戦闘システムに、AMBACシステムというものがある。
これは宇宙空間では無駄になると考えられていたモビルスーツの可動肢(腕部や脚部)を応用した、
非常に有効な姿勢制御システムのことだ。
反作用を利用することで、バーニアやスラスターより素早く姿勢制御を行うことが可能であり、推進剤の消費も無い。
無重力空間において戦闘機や戦艦を差し置いてMSを最強と言わしめているのは、このAMBACシステムがあるからだと
述べる人もいるくらいだ。
そのシステムをシンは生身の戦いに応用していた。
戦場が無重力だからこそ、MSパイロットとして宇宙で戦った経験が役に立つ。
手をぶん回し、足を振り回し、放たれる魔法を必要最小限の動きでかわしていく。
それは、シンのMSパイロットの経験とデスティニーのOS、そして相手の攻撃を
見斬るSEED覚醒があって初めて完成した戦い方だ。
シン(『地形をうまく利用、征すること』か。こんな時に役に立つなんて
帰ったらシグナム副隊長に大感謝だな)
こうなったからには、もはやどれほどの魔力弾が放たれようと敵ではない。
瞳孔を失った真紅の瞳が、間近に迫った闇の書の闇を睨みつけた。
シン「これならやれる。もう好きになんかさせるか!」
シンはAMBACを応用して魔力弾をかわし、時にフラッシュエッジⅡで弾きながら、
急速に闇の書の闇との距離を縮めていった。
AMBACの特性を利用することで最小の動きで攻撃を回避しながらも、加速はほとんど殺されていない。
このままの速度で直進すれば、あと数十メートルでレリックの有効爆破半径に囲い込むことができる。
シン「はあああああああああっ!!」
裂帛の気合と共にさらに速度を上げ疾走するシン。
闇の書の闇「アア・・・アアアアアアッ!!!」
それを見越したかのように闇の書の闇がチャージしていた魔法をこちらへと解き放った。
デス子「しまった! デアボリック・エミッション、来ます! 」
考えが読まれていた。
今まで広域攻撃魔法を撃たなかったのは、十分引き付けてから撃つことで確実にシンを仕留めるためだったようだ。
シン(理性のないただの化け物かと思ってたけど、ある程度の知識はあるのか)
だが、これは逆に言えばチャンスでもある。
闇の書の闇はシンがここに来るまで広域攻撃魔法を撃たなかった。
それが奴の油断にしろ手段にしろ、『広域魔法を撃たれなかった』事実はこちらに有利に働いている。
それに、この一撃をしのげれば、闇の書の闇はすぐそこだ。
いつフラグを立てたのかは知らないが、どうも運命の女神はシンに向かって微笑んでいるらしい。
デアボリックエミッションが迫る中、シンは千分の一秒も掛からずに決断した。
――――――避けようがないのならば、打ち砕くだけだ!
シン「(臆したら負ける!)そんなものに・・・やられてたまるか!」
即座に武器をフラッシュエッジⅡからアロンダイトに持ち替えると、残った魔力の
約半分を刀身に込める。
模擬線でも一度も成功してないが、デアボリック・エミッションを砕けるとしたらこれしかない。
シン「カートリッジロード! デス子、サポート頼む! 」
デス子『あれですね! 了解しました! 』
この技は、本来変換した魔力を高密度に武器に付与し打撃として撃ち込むベルカ式術者の切り札的技法だ。
基礎であり奥義でもあると言われているが、彼女ほどの魔力も魔力の炎熱変換もないシンではこの魔法を完成させることはできない。
だが、シンはあえてこの技を本人から直に教わっていた。
理由は二つある。
一つはシグナムの持つ魔法の中で、見よう見まねでできそうだったのがこれだけだったこと。
そしてもう一つは、紛い物のこの技でもアロンダイトに魔力を付属させるだけで威力が段違いに違うことを
自分の体が一番よく知っていたからだ。
シン 「『 破 断 ! 』」
デス子『「 一 刀 ! 」』
繰り出すのは全ての思いを込めた一撃。
砕かれた信念、砕いた思い、失った希望、失った居場所、奪われた幸福、奪った命・・・
彼はあまりに失いすぎた。
言葉にすれば陳腐だが、人の人生を狂わせるには十分すぎる。
それでも、立ち上がれたのは支えてくれた人たちがいたからだ。
この暖かい世界に招かれてようやく思い出せた多くの経験が、多くの思いが、
未熟な一刀を全てを切り裂く最上の一撃へと昇華させる。
シン・デス子「砕けっ!! 紫 電 一 閃 っ!!!」
それは、まさに電光石火と呼ぶにふさわしい一刀だった。
振り下ろされたアロンダイトはシグナムのレヴァンティンとなんら変わらぬ軌道を描き
シンの体よりもはるかに巨大な闇の球体はみごと真っ二つに斬り裂かれた。
シン「・・・・俺はもう二度と失えないんだ。だから、俺は二度と負けない!」
ようやく・・・ここまでこれた。
デス子「マスター、レリックの爆破半径内です! 」
十年前に飛ばされて一ヶ月。
多くの困難を潜り抜けシンとデス子はたどり着いた。
闇の書の闇の眼前、複合四層式バリアの有効範囲ギリギリの位置に。
この距離で起爆すれば、例え奴が異常な再生能力を持っていようとも根こそぎ消滅させられるはずだ。
シン「ここまで近づけば、広域攻撃魔法は撃てないだろ。お別れだ、灰色ザリガニ。デス子、離脱準備!」
デス子「準備完了、いつでもいけます!」
シンは懐に入れておいたレリックを取り出すと、パルマ・フィオキーナを通して魔力を送った。
シン「多くの人を巻き込んだ悲しみの連鎖もこれで終わる。俺が終わらせる!」
そして、そのレリックを・・・。
シン「これで!」
シン「消えろおおおぉぉ!!!!」
闇の書の闇のバリアに思いっきり叩き込んだ。
だが、シンにはそれを確認する暇などない。
被害範囲にいるのはシンだって同じだ。
ぐずぐずしていては爆発に巻き込まれ闇の書の闇と心中する羽目になる。
ここまで来ておきながら閃光に消えるなんてENDはシンもデス子もごめんだ。
シン「対ビームシールド、ソリドゥス・フルゴール、ヴォワチュール・リュミエール全開。急速離脱! 」
デス子「持ち堪えて、お願い!」
シンは残りの魔力の全てを左腕に集中して、自分を包み込むほどの巨大なシールドを発生させると、
赤い光の翼をはためかせながら全速力で後方に退避した。
そして、レリックの膨大な魔力が開放され・・・
シン「うわあああああああっ」
デス子「きゃあああああああっ」
闇の書の闇「アア・・・アア・・アアアアアアアアアアアッ!!!」
――――――空間全てが、白銀色のまばゆい光で覆い尽くされた。
あれから、何分たっただろうか。
気がつくとデス子は真っ暗な地面に突っ伏していた。
ありがたいことに、体中に残ったひどい痛みが自分が生きていることを実感させてくれる。
デス子「・・・う、く。マスター、無事・・ですか?」
目を開けて周りを見回すと三メートルほど離れた場所にシンが倒れているのが見えた。
デス子「(ユニゾンが解けてる? ・・・まさか)マス・・ター?・・・・マスター!」
返事は聞こえない。デス子は急いでシンの元へ這いよった。
デス子「よかった。このくらいならまだ・・・」
シンは全身に傷を負ってはいたが、出血も止まっており心臓も規則正しく動いていた。
あれだけのダメージを受けたにもかかわらず呼吸も安定している。
だが、外からでは内部の変化はわかりにくいため、内臓のどこかが損傷している可能性も否めなかった。
デス子「すぐに未来へ帰還しないと。時空跳躍システムとコンタクトを・・・?」
システムを起動させようと顔を上げた瞬間、デス子の表情は凍りついた。
デス子「そんな・・・嘘・・・でしょ」
――――――そこには『奴』がいた。
肉体の大半を削り取られ、自力では立ち上がれないほどの損傷を負っているはずなのに
――――『奴』は『生きて』いた。
さっきまでとまるで違う、生物としての論理を覆す醜く醜悪な姿。
だが、ふた周りほど大きくなった体が、上方に新しく突き出た両腕が、巨竜の頭部のように変化した触手が、
蝙蝠のような六つの翼が、全身に散らばったおぞましいほどの数の目玉が、
『損失』ではなく、『進化』したのだと叫んでいる。
デス子「まさか、レリックの魔力を・・・全て吸収したって言うの・・・?」
頭部に新しく増えた四つの眼が、こちらをじっと睨みつけている。
その目の中にあったのは自分をボロボロにした者への殺意ではなく、
与えられた舞台を見事に演じきり、舞台袖へ去っていくピエロへの紛れもない『嘲笑』だった。
闇の書の闇「アア・・・アアアアアアッ」
先程から何も変わらない甲高い叫び声。。
まるで笑い声のようだと、デス子は消えていく意識の狭間でかすかに思った。
――――――絶望はまだ終わらない。
最終更新:2011年01月04日 12:46