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シン「これだけ大規模な群れは久々に見たな。ここ数ヶ月は近隣の魔道士隊が2,3度遭遇しただけだったのに・・・」
大元のスカリエッティが何もしないだけに、ここのところガジェット関連の報告は激減している。
これだけ大規模な戦闘自体が久々だった。
シン「俺はインパルスで空中の敵を迎撃に出る。地上の支援は任せたぞ、デス子」
シンは出現したガジェットを迎撃するため、森に仲間を降ろすとそのままインパルスで空の敵の迎撃に向かう。
デス子もああ見えて騎士甲冑(バリアジャケットのベルカ式)の亜種? を纏った時の戦闘能力はきわめて高い。
特にビームライフルは魔法でないため、ガジェットの発するAMF空間で無効化されずに相手を撃破できる。
Ⅲ型に類する動きの鈍いガジェットにとって、これほど相手しづらい敵はいないだろう。
いうなればAMFの天敵のようなものだ。
デス子「私とスバルがさらに前に出て遊撃します。援護は任せましたよ、ティアナ。誤射をして足を引っ張らないでくださいね」
ティア「そっちこそ、無駄にちょろちょろ動き回って、あたしの精密射撃の邪魔はしないでよ」
デス子「ふん、ではどちらが多く撃墜できるか競いましょうか?あなたが勝ったらマスターに料理を習うのを認めてあげますよ」
ティア「別に教えて貰うつもりはなかったけど、その賭け乗ったわ。あたしが負けたら、
あんたの好きなお菓子を好きなだけ買ってあげようじゃないの」
デス子「言いましたね! 約束ですよ! 後で後悔しても知りませんからね?」
ティア「上等! ほえずらをかかせてやるわよ」
幼女モードにVPS装甲の鎧を纏ったデス子と、シューティングミラージュのブレイズモード(長距離特化型)を持ったティアナが
同時に森へと突っ込んでいく。
直後、静かだった森に四つの爆音が響き渡った。
スバル「なんだかんだで仲良いよね、あの二人。確か近親憎悪って奴だったかな。・・・おっと、あたしもお仕事お仕事!」
森の中に一筋の青い道を伸ばし、無鉄砲さでは引けを取らないスバルも二人を追って森へ向かっていった。
凄まじい勢いで敵を撃破していく地上チームと違って、シンは思うように動かないインパルスで苦戦していた。
クリスマスから徹夜で修理してようやく動かしたインパルス。
それは裏を返せば全く調整していないということだ。
そう、FCSさえも・・・
シン「ガジェットのほうが数が多いし、張り付かれると厄介だ。一気に落とすか」
射程外からの一撃で先頭のガジェットⅡ型改を黙らせ、敵が混乱している間にブラストシルエットに換装して一掃すれば、
有利に戦闘を進められる。
シンは慎重に標準を合わせ、ビームライフルのトリガーを引いた。
「捕まえた。・・・・・落ちろ!」
しかし、発射されたビームはガジェットの左をかすりもせずすり抜けていった。
シン「外れた、標準の誤差!? 火気管制がわずかにずれてるのか!」
長距離射撃においてのわずかな標準のズレは、距離が開くほど大きくなっていく。
まして、三次元での精密な射撃が要求される空中戦では、わずかなズレが命取りだ。
シンは、FCS(火器管制)の細かい調整を忘れていた自分の迂闊さを呪うことになった。
シン「細かいチェックまでは手が回らなかったからな。こうなったら、マニュアルで当てにいくしかない」
整備ミスなど、元ザフトのエースだった頃から見れば考えられない失態だ。
ザフトにいた頃なら楽々かわせた死角からの砲撃も、今は自動回避プログラムに頼りっぱなしになっている。
シン(前は戦闘機なんていくらかかってきても相手にならなかったのに、こんな奴らに苦戦するなんて・・・。
まさか、この数ヶ月で腕が落ちてるのか!?)
この世界に来て戦場から長く遠ざかっていた事で、戦士としての勘は鈍らなくても、
シンのMSパイロットとしての勘は昔より大幅に鈍っていた。
戦場においては、戦うものとしての腕がそのまま実力に繋がるとは限らない。
機動六課での平穏な生活は、本人も気付かない内にシンの中から臨戦感覚を奪っていた。
シン(敵の残りは二十体。航空機相手じゃ接近戦なんてできない。・・・どうする?)
スラスターを全開にし、無理やり敵を振り切ってビームライフルとCIWSをガジェットの上空から乱射する。
だが、ずれた標準ではうまく当てられず、実弾の雨は敵をよけ、ビームはあらぬ方向へ飛んでいった。
シン(やっぱり、そうそう当たらないか。あの数が相手なら、デス子達からの支援は期待できないだろうな。くそっ!)
明らかに不利な状況だが、下で戦っているスバル達も大量のガジェット相手にいっぱいいっぱいだ。
対空支援は期待できないだろう。
まぐれ当たりで三機落としたものの、旋回していた第二陣がインパルスの後ろに回りこんできた。
とっさにレバーを引き回避しようとするが、レーザーの何発かは腹部を直撃し、バッテリーゲージが目に見えて減ってしまう。
シン(細かい調整をしてないとは言え、圧倒的に反応が遅い。やっぱりインパルスじゃ、デスティニーの反応速度は出せないか)
インパルスの修復の際に一番苦心したのは、モーションパターンの再構築と火気管制の制御データの入力だ。
なにせ、データが消されているため全部入力し直さなければならない。
MS一体分ともなるとその量も莫大だ。このプログラムだけで、整備員が全員徹夜しても一人につき合計80時間はかかるはずだった。(書き込んだのは十数人)
なんとか年内に終わらせるために、インパルスにはすでに組み立てられているデスティニーのOSを流用していた。
聖王教会と往復したときのデータを元に細かい調整をするつもりだったのだが、結果的に全く弄らないまま実戦投入する羽目になってしまう。
それがあだとなって、デスティニーとの性能差からどうしても若干のタイムラグが生じてしまっていた。
シン(知らず知らずのうちに、デスティニーの性能に頼りすぎてたのかもな。残りは推力も機動力も増加したⅡ型の改修型が十六機。
下が終わるまで、何とか持たせるしかない)
ハイパーデュートリオンと核動力で動きほぼ無限のエネルギーを誇るデスティニーと違い、インパルスはバッテリー駆動だ。
今はヴァリアブルフェイズシフトの耐熱性能で降り注ぐレーザーを防いでいるが、このままではじきに干上がってしまう。
そうなれば電源の切れたインパルスはでかい的だ。あっという間に蜂の巣にされるだろう。
シン「(フォースシルエットの火力じゃいくら狙っても効果は薄い)なんとかタイミングを計って、
ジリ貧になる前にブラストシルエットで一掃してやる。」
シンはビームサーベルをガジェットに投げつけ、CIWSで破壊し敵にわずかな隙を作る。
そのわずかな間に、シンの両手はパネルを操作し、換装システムを起動させようとしていた。生死の狭間で何度も繰り返した操作だけに、体のほうが覚えているのだ。
しかし、いくらシンが動かそうとしても、肝心のシステムはうんともすんとも言わなかった。
急場しのぎのプログラムに不具合はつき物だが、このタイミングで不発だったのは不運としか言いようがない。
シン「この非常時にシルエットシステムがプログラムエラー!? 畜生、今日はなんて厄日だ!」
換装時に動きが止まった決定的な隙に、残りのガジェットがインパルスに凄まじい弾幕を浴びせ掛ける。
シン「くそぉぉっ! こんなところで・・・こんなところで俺はあああああーーーっ」
シンの魂の叫びと共に振るわれたビームサーベルは、正面から追撃を仕掛けようとしたガジェット三機を一撃で両断した。
シン「(こうなったら、このフォースでやれるだけやるしかない!)さあ来い、全部叩き切ってやる!」
だが、バッテリーゲージと仲間の支援に気をとられ冷静さを失ったシンは、焦りから自分が単調な攻撃パターンに変わっている事に気づけていなかった。
それはコンピューター制御のガジェットにとって予想がしやすい動きということだ。
一時は盛り返したものの、やむことのない波状攻撃にしだいに追い詰められていくシン。
パターンを学習したガジェットは、インパルスが攻撃した隙を狙って第一波が、ひるんでいる間に第二派、第三派が波状攻撃を仕掛けてくる。
幾度かの接戦の末、偶然にもガジェットの放ったレーザーがビームライフルを貫通してしまう。
とっさに、ライフルを捨てシールドで爆風を防ぐシンだったが、勢いを殺されたインパルスには致命的な隙ができてしまった。
シン「しまった、後ろ・・・!」
発動まであと3・・・2・・・1・・・
背後からの攻撃に回避が一瞬間に合わず、三機編隊のガジェットが一斉に発射した空対空誘導弾が背中のフォースシルエットを直撃した。
インパルスは着弾の衝撃でひるみはしたものの、すぐに機体を立て直し次に備える。
シン「ぐぅぅ、けどこれくらいじゃVPS装甲は落ちやしないぞ!・・・・えっ?」
確かにそれだけではインパルスは落ちない、いや、実際に傷一つ付いていない。
なのに、シンの目の前の画面に『システムエラー』の文字が浮かび、緊急事態を告げる警戒音がコクピットに響き始める。
シン「な、OSがフリーズ・・・はぁ!全機能停止!? どうなってるんだよこれ! 被弾した衝撃でシステムエラーなんて聞いたことないぞ」
止めを刺すように放たれた空対空誘導弾が全てインパルスに直撃し、インパルスの最後の砦であるVPS装甲がダウンする。
シン「うわぁぁああああっ!」
着弾時の凄まじい衝撃で意識を失ってしまったシン。
落下していくインパルスには、もはや自分を支える力すら残されていなかった。
この高さから落ちれば、いくらコーディネーターが頑丈でも助からない。
いや、それ以前にVPS装甲が展開できなければ地面の衝突で機体が粉々に砕けるだろう。
爆発の衝撃で意識が朦朧とするシンの脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。
ダーダネルス海峡でザムザザーと戦ったときもこんな感覚だった。
ギリギリの所で頭がクリアになって、なんとか生き残ることが出来たんだ。
でも、MSが動かないんじゃ種割れしても意味ないか。
・・・・もう駄目なのか。・・・俺はここでお終いなのか。
このまま、何もできないまま・・・。
「こん・・ ・ねない」
頭に浮んだのはこの世界で出会った人々。
すべてに絶望していた俺を支えて、生きる希望を与えてくれた。
同情だったのかもしれない。哀れみだったのかもしれない。
でも、俺はそんな彼女達に救われた。
思いの力と絆の強さ、救うべき人、守るべきもの、人の心の温かさを思い出させてくれた。
なのに・・・いろんなものを貰ったのに、俺はまだ何も返してない。
「こんなことで・・・俺は死ねない」
できることはないかもしれない。ここで無様に圧死することが俺の運命なのかもしれない。
どれだけあがいても無駄で、また全てが終わっていて、昔と同じように絶望するかもしれない。
それでも・・・
・・・足掻かなければ始まらない!!!
シンは地表に落下していくインパルスの中で意識を取り戻した。幸いにも気絶していたのは一瞬だけだったらしい。
すぐさま、キーボードを取り出し、持てる知識を全て使って必死に機体を立て直そうとするが、インパルスの機能はまるで回復する兆しを見せなかった。
シン「・・・・・動け、動いてくれ、こんなことで止まってる場合じゃない! ローエングリンゲートの時も、ダーダネルス海峡の時も、フリーダムを落としたときも、
ずっと俺と一緒に戦ってきたお前ならわかるだろ! こんなことをしている間にも大切な仲間が命を懸けて戦っている。
あいつらを守るために、俺は二度と落ちる訳には行かないんだ!
お前だってようやくまた飛べたんだぞ! このまま終わっていいわけないだろ! あんな奴らに落とされるんじゃない!」
必死にOSを書き換える中で、思いが自然と口に溢れてきた。
シン「俺にはみんなと違って魔力がない。お前やデスティニーがいないと戦えない弱い人間だ。それでも、俺はみんなを守りたい。
何もできずに失うことだけは、あんな思いだけは二度と味わいたくないんだ! だから動いてくれ!!」
書き換える間もどんどん地表が迫ってくる。
その距離は、機能が復活したとしても間に合わないほどにまで近付いていた。
それでも、最後までシンは諦めない。
力のない人間には、何も変えられないのかもしれない。
あいつらが言ったように、思いだけでも力だけでも駄目なのかもしれない。
それでも・・・。
この世界では、思いを力に変えられるのが『主人公』なのだから・・・。
「飛び立つ時間だ! いい加減に目を覚ませっ! インパルス!!」
・・・機体制御システム把握完了・・・擬似人格システム形成完了・・・全工程完了
機体名称『インパルス』確認 使用者の音声入力完了
『セイオウノツルギ』 起動
インパルスが地表に落着する瞬間、シンは空のように真っ青な光に包まれた。
スバル「なにこの光、どうなってるの!?」
ティア「アレは・・・」
地上のガジェットを全滅させたスバル達にも、インパルスの青い光は届いていた。
キャロ「・・・デス子ちゃん?」
デス子「・・・・始まります」
地面ギリギリで浮遊していたインパルスがさらに青く輝き始める。
同時に、コクピットから機体を包み込むように三角形の魔方陣が現われ、重なって六望星となり、
幾重にも重なって円となり、多くの円がインパルスを覆う繭となっていく。
ティア(まさか、立体型魔方陣!? 古代ベルカの時代にあったとされる超高度な魔法操作技術が、
どうしてインパルスに・・・)
航空型のガジェットも破壊する対象を見失って混乱しているようだ。
インパルスの上空を飛んでいるだけで何もしてこない。
戦場だった森が、青く光り輝く繭によって静寂に包まれた。
そこに、さらに二つの光が南から飛んでくる。
エリオ「あれは確か整備場にあった・・・」
デス子「お姉さまに呼ばれたのね、ブラストシルエット、ソードシルエット」
軌道六課にあったはずのシルエットモジュールが次々と青い光玉に取り付き、ズブズブと取り込まれていった。
デス子「これでようやく役者は揃った。開く舞台は喜劇か、悲劇か。選べるのはあなたです、マスター」
シン「なんだ、どうなってるんだ!?」
地表にぶつかると思ったとき、突然コクピット全体が青い光に包まれた。
初めは、墜落したショックで自分か機体のどちらかがおかしくなったのだと思ったが、どうやら違うらしい。
手の感覚も足の感覚もある。コクピットも計器が青く輝いている以外はちゃんと動作している。
もっとも、目の前のモニターに世話しなく表示される文字は、その全てが古代ベルカの言語で占められていた。
シン「これは・・・聖王教会で見た古代ベルカ文字か? ぜんぜん読めないけど」
シンには読めなかったが、補足しておくと画面にはこう映っていた。
インパルスの『記憶』からモーションセレクト再構築
デスティニーとリンク 戦闘用OSを再ダウンロード 各部正常稼動
シルエットシステム吸収完了
全システムオールグリーン
???「おはようございます、主様。低血圧なもので、少々立ち上げに時間が掛かりました」
シン「だ、誰だ! どこにいるんだ!!」
???「どこにいる・・・という表現は適切ではありません。私はずっと目の前にいます」
いきなりコクピットに響いてきた女性の声に困惑するシン。
対して、女性の声はあくまでも冷静そのものだ。この常人ならは発狂しそうな場面で、シンが真っ先に思い浮かべたのは、
MSから女の子になってデスティニーの姿だった。
シン「・・・・もしかして、喋ってるのはインパルス・・・なのか?」
インパルス「その通りです、主様。『セイオウノツルギ』が発動し、ようやく自我を確立で来ました。
その様子では、デスティニーの時には立ち会わなかったようですね」
シン「あ、ああ、あいつの時は格納庫に置いといたら、いつの間にか変身してたからな」
シンは特に取り乱すことなく、淡々と対応している自分に驚いていた。
まぁ、デスティニーが唐突に女の子になったり、魔法があったり、次元を越えたり、冥王だったり、YAGAMIだったりしたおかげで、
この手のオカルト(?)には慣れっこになっている(ならされている)。
この状況で冷静に対処できたのが、そのおかげだと考えると少し複雑な心境ではあったが・・・。
シン 「って、なんでデスティニーのことまで知ってるんだ?」
インパ「衛星回線を通じて、時空管理局のホストコンピューターにハッキングを仕掛け、
この世界の主様に関するあらゆる情報をダウンロードしました。
今置かれている状況も把握しているつもりです」
シン 「・・・・・・」
シンは持ち前の女難経験から一瞬にして悟った。
下手をするとデス子以上の脅威となるかもしれないと。
インパ「しかし、冬にハエが沸くとは目障りですね。話はあの虫けらを叩き潰してからにしましょう。サポートはお任せください」
シン 「そうだな。この空間を出たら、まず敵の連携をかき乱してから、ブラストに換装して一気に勝負をかける。
とりあえず、下にいるみんなに砲撃が当たらないよう計算してくれ。それと・・・」
インパ「何でしょうか?」
シン 「その・・・また会えて嬉しかったぞ、インパルス」
インパ「・・・私もです、我が主」
2
青い立体型魔法陣が粉々に砕け、機能が完全に復旧したインパルスが再び空へと舞い上がる。
OSもFCSも正常に戻り、シンもさっきまでの戦闘によってパイロットの勘を取り戻しつつあっただけに、
その速さは先程の鈍い動作とは比べ物にならない。
シンにとってインパルスは訓練用ジンの次に乗り回した機体だ。それだけに、順応するのも早かった。
過去の戦いでもインパルスに乗って種割れしたときのシンはいまだに無敗。その自身と安心感がシンの力を最大まで引き上げていた。
シン 「もうお前らの好きにはさせない!」
インパ「行きます!」
インパルスは上空にまで瞬時に飛び上がると同時に、上空を旋回していたガジェットの一機を回避させる間も無く両断した。
シン「でええええいっ!!」
編隊を組んでいた残りの二機も、時間差で振るわれた両手のビームサーベルに真っ二つにされる。
インパ「これで9機目の撃墜。残りは11機です、主様!」
シン 「いや、これで残り十機だ!」
シンはガジェットの連携が崩れた所に間髪いれずビームを撃ち込み、距離をとろうとしたガジェットを正確に打ち落とした。
真横に回った二機のガジェットがここぞとばかりにレーザーを撃ってくるが、フォースの機動性の前ではかすりもしない。
逆にインパルスからの反撃で、瞬く間に二機とも撃ち落された。
シン 「これで残り八機。(すごい追従性だ。俺の動きをあらかじめ予測しているのか? これなら・・・)
インパルス、この隙に、ブラストシルエットに換装するぞ」
インパ「了解、シルエットシステムを起動します」
青い光に包まれ、背中のフォースシルエットが瞬時にブラストシルエットに変化したインパルス。
バックパックの換装と共にVPS装甲も黒と緑に塗り変わっていく。
それは第三者から見れば、換装というより『変身』に近いものだった。
もっとも戦いに集中しているシンは、換装の速度が前と違うくらいにしか思っていなかったが。
シン「エネルギーも残り少ない。この一撃で決めるぞ! 」
コクピットのモニターにロックオンを示すマークが現われ、残り八つのガジェットを全て捕らえる。
インパ「主様、全機オールロックオン完了。いつでもどうぞ」
シン 「これで終わらせる。いけぇぇっ!!」
デリュージー超高初速レール砲と四連装ミサイルランチャーの同時発射に、ガジェットの多くはかわしきれずに爆散していく。
だが、撃ちもらした敵を許すほどインパルスは甘くはない。
インパ「残存機確認、敵回避パターン予測、再ロックオン完了」
シン 「止めだ! ケルベロス発射!!」
すぐさま、ケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲を構え、運よく初撃がはずれたガジェットさえも容赦なく叩き落していった。
インパ「ガジェットの全機落着を確認。空中待機のためフォースに換装します」
再び、ブラストが青い光に包まれたかと思うと、ブラストはいつの間にかフォースインパルスに戻っていた。
シン 「そういえば換装方法がまるで違うけど、シルエットフライヤーはいらないのか? 」
インパ「説明がまだでしたね。私はフォース、ソード、ブラストを高密度魔力情報として取り込んでいます。よって、指示さえ出していただければ、
どんな状況下でも換装が可能です。また、フリーダムを落とした時のようにフォ-スのままで、他のシルエットの汎用武装を装備することもできます。
(ケルベロスなどの固有武装は無理)」
シン 「す、すごいな(デス子より使えるかも・・・)」
ますます完成度が上がったインパルスに、シンは素直に驚いた。
これなら、現行兵器の運用方法が根底から覆ってしまう。本当の意味での全領域を制覇するのも夢ではないかもしれない。
インパ「無論、フレームに負担がかかりますから、多様はできません。武装を失ったときの保険程度に考えておいてください」
シン 「でも、これで全機撃墜だ。ありがとな、インパルス。とりあえず教会に連絡を・・・」
インパ「待ってください、主様! 熱量を感知、まだ一機残っています!」
右のモニターに、遠くへ飛び去っていくガジェットⅡ型改が一機ズームで映し出される。
ガジェットが向かっているのは、聖王教会がある方向だ。
シン「ちぃっ、破壊された仲間に紛れてたのか!」
たぶん、このままでは任務達成が困難と判断し先に制圧対象へと向かったのだろう。
だが、味方の残骸に紛れるという発想といい、森の中を低空で移動していた判断力といい
どう考えても簡易AIしか積んでいないガジェットにできる芸当ではない。
シン「追うぞ、デスティニー、インパルス。みんな、奴を落としたら戻ってくるからそれまで待っててくれ」
インパルスとMSモードになったデスティニーは返事を待たずにガジェットを追って飛び立っていった。
ティア「なんでいつもあたしを追いてっちゃうのよ、馬鹿」
スバル「んっ、ティア何か言った?」
ティア「なんでもないわよ。ほら、あっちはシンに任せるとして、隊長たちが来る前に現場検証と事後処理、できる範囲で終わらせとくわよ」
エチケット袋を満タンにした隊長たちがようく現場へたどり着いたのは、既に事件が解決して、陸士部隊に引継ぎが終わった後だったという。
3
シンの過去編 『メサイアの悪夢』
ルナ「どこに行く気なの、シン!」
レクイエムは破壊され、オーブは撃たれなかった。
それを悟ったシンは、泣きじゃくるのをやめて自らの力で立ち上がる。
まだ自分にもやれることがあるんじゃないか。
そう考えたとき、いまだ奴と戦っているかもしれない親友のことが頭に浮かんだのだ。
レイはストライク・フリーダムに勝てたのだろうか?
それとも俺と同じように・・・。
シンは頭に浮かんだ嫌な予感を振り切って、デスティニーに向かい歩き始めた。
シン「ルナはここでミネルバからの救援を待っててくれ。俺はレイを助けに行く。まだ、このデスティニーは動くはずだ。」
武装がないデスティニーでも、飛ぶことができるなら弾除けぐらいにはなる。
命がけで戦っている親友を見捨てて助かっても、きっとまた後悔するだけだ。
ルナ「ならあたしだって一緒に行くわ。レイはあたしにとってもかけがえのない友人よ!」
自分も付いて行こうとするルナマリアだが、シンは首を縦に振らなかった。
万全の状態なら違ったのだろうが、ルナマリアをフォローしながらメサイア周辺までたどり着けるとは、
シンにはどうしても思えない。
シン「オーブ軍とザフトの戦闘は激化してる。ルナの腕じゃ、壊れたインパルスでメサイアまでたどり着けないだろ。
これは俺の役目なんだ」
ルナ「あたしだって赤服なのよ!」
シン「アカデミー時代から今まで、シュミレーションで一回でも俺とレイに勝ったことがあったか?」
ルナ「それは・・・・ないけど」
現実問題として、ルナマリアの腕はシンやレイと比べると1,2ランク落ちる。
戦場では味方からの誤射や、爆発により加速したデブリに落とされることも少なくはない。
いくら、ルナマリアが赤服といえども、この混戦の中壊れた機体で戦場に出ようものなら撃墜されるのはわかりきっていた。
ルナ「だからって、そんなボロボロの機体で・・・。あんたこそ落とされに行くようなものじゃない!」
シン「俺はそう簡単には落とされないさ。ザフトのエースを舐めるなよ」
ルナマリアの言葉はもうシンには届かない。今シンの心にあるのは彼女ではないのだ。
シン(無事でいてくれ、レイ、議長)
デスティニーのコクピットにすわったシンは、機体の被害状況を細かくチェックした。
動力炉周辺には損害なし。スラスターもアポジモーターも大部分は生きている。
皮肉なことに、デスティニーはかなりの損傷でありながら破損箇所の大半が武装だった。
背部スタスターや頭部が生きているから(足がないのでAMBACでの移動はできないが)
飛ぶだけなら何の問題もないだろう。
シン「よし、まだ動ける。下がってろルナ! デスティニー、シン・アスカ、行きます!!」
ルナ「ちょっと、シン!」
スラスターを吹かせ、光の翼を出しながら、デスティニーは飛び上がって行った。
両手が破壊され、片足な上に武装は左手の対ビームシールドのみ。それでも、まだデスティニーは飛ぶことができた。
それはどれだけ傷ついても前に進むことをやめない、シン・アスカの未来を仄めかしたものだったのかもしれない。
この時、デスティニーが動かなければ運命の歯車が再び狂いだすことも無かっただろう。
しかし、機能不全をおこしていたはずのデスティニーは偶然にも再起動してしまった。
それがメサイア攻防戦において、最大の悲劇を生み出すことになるとは、
この戦場に立つ誰もが、当事者であるシンですら予想していなかった。
そう、後の歴史書に『メサイアの悪夢』と呼ばれ、皮肉にも平和の始まりを告げた
あの悲劇を・・・。
月面から飛び立ったシンは、まずミネルバと合流することにした。
ルナマリアの救出を頼むついでに、予備パーツを使ってデスティニーを応急処置しようと考えたのだ。
ミネルバにその旨を伝えようとするが、どうにも繋がりが悪い。
通信には誰も出ないし、モニターには砂嵐ばかりが写っている。
シン「おかしいな、故障か? これだけボロボロならデスティニーの通信機が壊れていたって不思議じゃないけど・・・」
シンは何度試しても通信が繋がらなかったため、直接ミネルバに向かうことにした。
そのことが、結果的にシンの精神を更に追い詰めることになる。
シン「あれは・・・ミネルバ! そんな、どうして!!」
シンの目に映ったのは、至る所から黒煙を上げ月面に沈んでいるミネルバだった。
主砲であるトリスタンも両舷のランチャーも破壊され、メインスラスターにはどんな武器を使ったのか大穴が開いていた。
ズタズタに破壊された船体は戦闘の激しさを物語っている。
通信が繋がらないのはデスティニーが故障していたのではなく、ミネルバが沈んでいたためだったのだ。
シンは乗員の確認のため機体をブリッジの正面へ移動させた。
ブリッジは無人だった。
幸いにもみんなは既に脱出していたらしい。
シン「くそっ、無事でいてくれ!」
デスティニーの壊れかけたレーダーの感度を最大にして周囲を観測する。
壊れかけのレーダーだ。見つかるかどうかは五分五分だったが、
三時の方向にMSでも戦艦でもない熱源反応を発見した。
この中域で小型の熱源反応。間違いない、脱出したランチだろう。
シンは急いでその方向にデスティニーを向かわせた。
シン「やったのはアークエンジェルか。俺が、あの時もっと早くフリーダムを討てていれば・・・」
彼の心に、少しずつ黒い焔が灯り始める。
状況の確認のため、シンは脱出したミネルバのランチに通信を繋いだ。
シン「こちら、ザフト軍フェイスのシン・アスカ。タリア艦長に代わってくれ」
しかし、モニターで応答したのはいつものタリア艦長ではなくアーサー副長だった。
その不自然さに違和感を覚えたシンだったが、とにかくルナマリアのことが先だと無理やり気持ちを切り替える。
シン「アーサー副長、何があったんですか! どうしてミネルバがこんな・・・。」
アーサー「例のアークエンジェルにやられた。ヨウランやエンジン部にいたカーター達もアスランの攻撃で・・・」
ヨウランが・・・・アスランの攻撃で・・・?
シン「・・・・今、なんて・・・」
ヴィーノ「ヨウランもカーターもエリナもジャックも死んだよ! トーマスとサンダースも!
殺されたんだよ、ミネルバに止めを刺したアスラン・ザラに!」
・・・あいつらが・・・殺された?
シンはあまりのショックにルナマリアのことも忘れ、呆然自失になる。
ヨウランは戦闘配置こそ違ったものの、アカデミー時代からのシンの大切な友人だ。
戦争が始まりシンが荒れていったせいで喧嘩することも多かったが、
昔から気さくで、休日はヴィーノも混ざって三人でよく遊びに出かけていた。
ふざけてシンに『ラッキースケベ』とあだ名をつけたのも彼だった。
そのヨウランが、死んだ?
シン「そんな・・・ヨウランが、あいつが殺されたって言うのか」
彼の思い出が走馬灯のようにシンの頭に浮かんできた。
しかも殺したのは、元彼の上官だった裏切り者のアスラン・ザラ。
シン(俺のせいだ・・・。俺があの時あいつを討てなかったから、ヨウランは死んだ!
俺の弱さがヨウランを殺した!)
アーサー「今艦長がメサイアのデュランダル議長の下へ向かっている。君も議長の安否の確認に向かってくれ」
シン 「・・・・・」
アーサー「しっかりしろ、それでも赤服か! 命令を復唱するんだ、シン・アスカ!」
親友を失った悲しみで心が折れそうになっていることを察したのか、
アーサーはわざと大声を張り上げ、シンを叱咤した。
彼とて伊達に黒服を着ているわけではない。
タリア艦長の影に隠れて分かり辛いが、彼もミネルバで多くの戦いを潜り抜けて来たのだ。
シン「・・・了解。シン・アスカ、議長の安否を・・・確かめに行きます」
アーサー「インパルス機の撃墜はこちらでも確認している。ルナマリアの救助は我々に任せて早く行くんだ。急げ!」
メサイアに向かうために進路を変えたデスティニーに、アーサーはシンに最後になるであろう通信を送る。
アーサー「シン、無理だと思ったらすぐに戦線を離脱しろ。もうプラントには戻ってこなくていい。
どの道、待っているのは軍法会議だ。
大人達が始めた戦争で、これからのザフトを担っていく子供がこれ以上命を散らすことはない。
・・・・まぁ、これは議長の受け売りなんだけどね。死なないでくれ、シン。これは命令だ」
そういって笑うアーサーに、シンはどんな顔をすればいいのかわからなかった。
軍法会議を受けるのはアーサー副長も同じなはずだ。
なのに彼は笑っている。殺されるとわかっていながら笑っている。
シン「・・・・了解しました。アーサー副長こそご無事で。ミネルバのみんなを頼みます」
この戦争はザフトの負けだ。そうなれば、敗戦国であるプラントでは多くの仕官が戦犯として処刑されることになる。
ザフトのトップガン、ミネルバ隊の副長ともなれば生きてはいられまい。
それがわかっていながら、アーサー副長は決して逃げようとはしなかった。
タリア艦長から託されたミネルバの乗員を、無事にザフトまで送り届ける。
それが、ザフト軍人としての彼の最後の任務だからだ。
アーサー「全員整列! デュランダル議長の救出に向かうシン・アスカに、敬礼!」
デスティニーに敬礼するミネルバ隊に、コクピットから敬礼を返し、シンはメサイアに向かって発進した。
シン「俺は・・・なんでこんなに無力なんだ・・・」
自分の無力を呪い、コクピットで一人涙を流しながら。
親友を失った悲しみが、仲間を守れない悔しさが、次第に彼の中で憎しみへと姿を変えていく。
シン「・・・あんた達はどこまで俺の大事なものを奪えば気が済むんだ。」
大切な家族、心惹かれた相手、かけがえのない友人、帰るべき場所。
努力して努力して、ようやく手に入れた途端に奴等は横から全て奪っていった。
何度も何度も、その繰り返し。いったいあいつらは何度奪えば気が済むのか。
シン「アスラン・・・そして、キラ・ヤマト・・・・。」
ステラが死んだときと同じように、彼の中で黒い焔が再び燃え上がっていく。
憎しみを燃料に激しさを増すそれは、いつしかシン自身すら焼き尽くすほどの業火となっていった。
幾度か危うい場面に遭遇しながらも、デスティニーはあと一歩でメサイアにたどり着く場所まで来ていた。
外周のリングも破壊され、今のメサイアは防衛能力が事実上皆無に等しい。
敵が内部に潜入していることは明らかだ。なら、議長を助けるためにきっとレイも中に来ている。
シンはここに向かってくる道中でそう判断した。
そう納得したかった。そうすれば通信が繋がらないのもMSを降りているためだと説明が付く。
親友が撃墜されているなど、誰だって考えたくはない。
しかし、シンのかすかな望みすらも、現実はあっけなく打ち砕いた。
メサイアの格納庫に入り込もうとしたデスティニーを、要塞からの爆発が襲ったのだ。
残った全てのスラスターを全開にして回避するが、破片のいくつかはぶつかり、
デスティニーはメサイアから弾き飛ばされてしまった。
シン「くそっ、もう少しだっていうのに・・・・!!!」
だが、結果的にそれがシンの命を救うことになった。
その爆発を皮切りに、要塞各所が誘爆を始め、メサイアは
その中に多くの命を飲み込んだまま無残にも崩壊していったからだ。
もしデスティニーが内部に入っていれば、シンも今頃は押しつぶされていった
犠牲者の一人に数えられていただろう。
シン「あ・・ああ・・メサイアが・・・」
そのまま、推進力を失ったメサイアは爆発を繰り返しながら月面に墜落し、
ザフトとオーブの戦いは終結を迎えた。
シン「こちらミネルバ隊所属のシン・アスカです。誰か生き残っている人は居ないんですか!
こちらミネルバ隊のシン・アスカ! 返事をしてくれ レイ! 議長!」
シンは諦めずにデスティニーから何度も通信を試みるが、当然返事は返ってこない。
崩れ去ったメサイアに生存者は残っていない。
その事実をシンはどうしても認めたくなかった。
シン「生きてるんだろレイ。冗談はやめてくれ! デュランダル議長も返事をしてくださいよ。
デスティニープランで人類が救われるのを見たいって、あれほど言ってたじゃないですか。
タリア艦長、この戦いが終わったらお子さんに会わせてくれるって話してくれたでしょう。
皆で楽しみにしてたんですよ!」
シンが必死に呼びかける声にも、だんだん嗚咽が混じり始める。
自分の精神に想定以上の負荷が掛かったとき、人間は無意識に心を守ろうとする。
今のシンがまさにそうだった。
立て続けに大事なものを失い続けたことで、彼の精神はとうに限界を超えている。
これ以上負荷をかけまいと、メサイアの中に生存者がいない現実を
心が必死で認めまいとしているのだ。
シン「嘘だって・・・言ってくれ! これが悪夢なら・・・」
覚めてくれ。
そう言おうとして、シンはデスティニーのレーダーに見覚えのある反応を見つけた。
忘れもしない。一度は撃墜し、蘇ってからも何度も戦ってきた最強の敵。
・・・・ストライク・フリーダム。
全てを奪った・・・憎むべき・・・敵。
シン「そうだ・・・ヨウランもレイも楽しみにしてたんだ。・・・・それを・・それを・・あんたたちはぁぁっ!!!」
自分の精神に想定以上の負荷が掛かったとき、人間は無意識に自分の心を守ろうとする。
それを見た瞬間、シンの中にあった自分への悲しみは残らず相手への憎しみへと姿を変えた。
シン(議長を殺したキラ、ヨウランを殺したアスラン。・・・・俺はあんた達を絶対に許さない!)
気付けば、シンは横たわるデスティニーをアスランたちが向かうオーブ艦隊へと向けて動かしていた。
もちろん投降する為ではない。
自分の全てを奪い去ったものに、残った全てをかけて復讐する為だ。
シン(殺してやる! 一人残らず殺してやる!)
最終更新:2009年09月10日 07:29