Broken Destiny 02
シンが異世界に来て、一夜が明けた。 昨日の珍事で混乱した頭を爽やかな天気で癒して欲しいが、生憎、外は雨である。
『マスター起きてください。 マスター』
何者かの声が頭の中に響き、シン・アスカは覚醒した。
見慣れない部屋、シンはその中央に布団を敷き、横になっていた。
布団の周りには、まだ開封されていないダンボールが散乱している。
頬を抓ってみる、痛覚が確かに存在した。
『何やってるんですかマスター』
「いや、夢じゃないかなと思って…」
『夢じゃありませんよ』
MSの声が聞こえてくるという怪異が、昨日の出来事を信じさせるには十分であった。
「なあ、世界を救えって言うけど、具体的にはどうすればいいんだよ。 この世界にはMSが存在しないんだろ、俺が居たって役に立つのか?」
『まあまあマスター、焦らないで。 何事も最初が肝心、世界を救う第一歩としてマスターには高校に通ってもらいます』
「はあ?」
世界を救うことと、高校に通うことがどうすれば結ぶのか、シンには見当も付かない。
『あ、菜々子ちゃんが呼びに来ますよ』
デスティニーの声が聞こえた直後、部屋の扉がノックされた。
「朝ご飯できてるよ」
扉の外から少女の声が聞こえた。声の主は昨日知り合ったばかりの少女、堂島菜々子である。
「えっ、ああ、すぐ行くよ」
シンの声を聞き、菜々子は去っていった。
『マスター早く支度してください。 遅刻しますよ』
はぐらかされた。 シンは心の中で不満に思いながらも、菜々子との朝ごはんを楽しむ為に急いで支度を始めた。
支度が終わり2階の自室から1階の居間に向かうと、トーストの焼けた良い匂いがシンの鼻腔を擽った。
居間では菜々子がテーブルに食事を用意している最中であった。
「おはよ」
菜々子がシンに気づき挨拶をした。 シンも挨拶を返しテーブルにつく、用意が終わった菜々子がテーブルについた。
「じゃ、いただきます」
手を合わし、菜々子がそう言うと食事を開始した。
「え、と、おじさんは?」
居間にはシンと菜々子以外人間はいない。 この家の主であるはずの、堂島遼太郎の姿は見えなかった。
「朝早く仕事に言ったの」
少しだけ菜々子が寂しそうな目をした。
「へ、へぇ、じゃあこれは菜々子が作ったのか?」
シンが急いで話題を変えた。
「うん、朝はパンを焼いて目玉焼。 あ、でも夜は買ってくるの」
「へぇー偉いな」
『父親は忙しく、母親はいない。 それなのにこんなにも強く生きている少女。 マスターの守りたい病が出ちゃいますね~』
『うるさいぞデスティニー!』
『でもマスターが世界を救うってことは、菜々子ちゃんを守るって事ですよ』
『え?』
『どうですかマスター、一層やる気が出たんじゃないですか?』
嘲笑しながらデスティニーが言った。
世界を救えと言われたが、一応は引き受けたものの正直あまり気乗りしていなかった。
デスティニーの言い方は気に食わなかったが、菜々子を守ることに繋がるのならば、もう一度あの頃みたいに頑張ってみようとシンは決めた。
「とちゅうまで、おんなじ道だから…一緒に行こ」
菜々子が決意を硬くしたシンに言った。 シンの返事をソワソワしながら待っている様が可愛らしい。
「ああ、そうしようか」
『マスター、鼻血出てますよ…』
朝食を菜々子と終えたシンは、菜々子と途中まで一緒に登校した。
一人になった時に自転車に乗った男子生徒が、電信柱に衝突し股間を強打していたのを目撃したが、男の暗黙の了解として放っておいた。
地理に詳しくない上に学校の場所を知らないシンは、デスティニーの助けを借りなんとか目的地、八十神高等学校まで着いた。
シンが通うのは、八十神高等学校の2年2組、この事も先程デスティニーから告げられたばかりであった。
デスティニーに言われるままに職員室に行き、担任の教師を捜す。
「デスティニーの話だと出っ歯の凄い教師って言ってたけど、出っ歯なんて口閉じてたら…居た」
シンの視線の先には、口を閉じても明らかに出っ歯と分かるおかっぱの教師がいた。
八十神高等学校 2年2組教室
出っ歯の教師のあとに続きシンが教室に入る。 教室は生徒たちの話し声で溢れていた。
「静かにしろー!」
教師が騒がしい生徒たちに向かって叫んだ。 教師の言葉に一時の静寂が訪れたが、その教師によって破られる。
「今日から貴様らの担任になる師岡だ!」
教壇の前に立ち、出っ歯の教師、師岡が話し始める。 それから続く嫌味たらしい文句に生徒たちはうんざりしていた。
先程シンが話した時も、何度殴ってやろうかと考えたのかわからない。
転校早々に問題を起こすわけにはいかないと、デスティニーに止められなければ確実に殴っていた。
「あーそれからね。 不本意ながら転校生を紹介する」
その後には、やはり嫌味が続いた。
『抑えてくださいマスター』
『分かってる』
デスティニーがシンを宥める。こんなところで問題を起こして、目的を果たせないのは困る。 シンは拳を握りつつも従う。
「では、簡単に自己紹介しなさい」
ようやく師岡の嫌味も終わり、シンの自己紹介の時間が回ってきた。
『マスター、言ったとおりにお願いしますよ』
「はいはい、アスカ・シンです。 よろしくお願いします」
ここ日本ではファミリーネームを先に、ファーストネームを後に名乗る。 シンもそれに乗っとって自己紹介した。
誰が出したのか謎だが、シンの編入手続きの為の書類にもアスカ・シンと書いている。 漢字は適当に当て字をしていた。
「貴様、女生徒に色目を使ったな!!」
シンの自己紹介に続いて、師岡が再び嫌味を口にし始めた。 当然シンは色目など使ってはいない。
「センセー。 転校生の席、ここでいいですかー?」
師岡の話を遮り、緑に黄色のストライプが入ったジャージを、制服の上から羽織っ女子生徒が口を挟んだ。
ボーイッシュな茶髪のショートカットが良く似合っている。そんな彼女が指差している左隣の席が空いていた。
「そうか、じゃあ貴様の席はそこだ。 さっさと着席しろ!」
師岡がシンに向かって怒鳴る。
「アンタって人は!!」と言って殴りかかりたかったが、助け舟を出してくれた女子生徒の為にも、シンは大人しく席へと移動した。
着席したシンに先程の女子生徒が話しかけてきた。
「アイツ、最悪でしょ?」
「ああ、かなりな」
これまでの素直な感想を述べる。
「まー、しょうがないよ。一年間、頑張ろ」
一年間、その言葉がシンの頭に残る。 このクラスにいる間に、世界が滅ぶほどの何かが起こる。
笑ってしまいたくなるような話だが、異世界に来るという偉業を成し遂げた今ならば、真剣に挑まなければならない。
『俺は上手くやっていけるんだろうか』
『私がサポートしますよ』
『それが心配なんだよ』
放課後、師岡の長い話がつい先程終わり、生徒たちは各々の時間を過ごしていた。
シンはというと机に突っ伏しながら寝ていた。
昨日今日の一連の出来事で主に心が疲れ、昨夜の睡眠だけでは足りなかったからだ。
しかし、シンの睡眠もパトカーのサイレンによって妨害される。
「う~ん」
『マスター、窓の外を見て下さい』
デスティニーの声が頭に響く、寝起きの頭にちょうどいい清涼剤だ。
スッキリした頭とは反対に、視界のはっきりしない目を擦り、言われたとおりに窓の外を見てみる。
朝から続いていた雨音は止んだみたいだが、窓の外は一面の霧がかかっており、真っ白であった。
『何も見えないじゃないか』
『いやー珍しいじゃないですか霧なんて。 都会じゃ見られないでしょ』
『そうだけど、別に見るものでもないだろ』
シンが脳内で会話をしていると、校内放送が始まった。
要約すると学区内で事件が起きたので、速やかに帰れということであった。
あちこちで事件に対する話題が開始され、教室の喧騒がいっそう激しくなった。
寝なおすのも何なので帰宅の準備をして、シンが席を立った。
「あれ、帰り一人? よかったら一緒に帰らない?」
朝、助け舟を出してくれた、女生徒に声を掛けられる。 断る理由も無い、シンは黙って頷いた。
「そういえば自己紹介してなかったね。 あたし、里中千枝ね。 ヨロシク」
「ああ、よろしくな」
「で、こっちが天城雪子ね」
千枝が、隣にいる赤いカーティガンを羽織った、長い黒髪の女生徒を紹介した。
千枝とは対照的に大人しそうな印象を受ける、雪子と呼ばれた女生徒は少し俯き加減に立っている。
「あ、初めまして… なんか急でごめんね…」
「謝んないでよ。 あたし、失礼な人みたいじゃん…話を聞きたいなって思っただけだよ」
「あ、え~と里中さん」
少し気まずい空気の中、茶髪の男子生徒が千枝に話しかけてきた。ヘッドフォンを首に掛けているのが特徴的だ。
シンは男子生徒に見覚えがある。 今朝、シンが登校中に盛大に股間を打っていた男子生徒だった。
男子生徒は、成龍伝説と書かれたタイトルのDVDを大事そうに持っていた。
「申し訳ない! 事故なんだ! バイト代入るまで待って」
男子生徒は、そう言うとDVDを千枝に渡し急いで教室を出ようとする。
「あんた、何をした!」
何かを察した千枝が男子生徒を追いかけ、後ろから蹴飛ばした。吹き飛ばされた男子生徒は、近くに有った机の角に、思い切り股間をぶつけていた。
あれは痛い。 シンは反射的に自分の股間を押さえた。
男子生徒を足止めした千枝はDVDケースを開け、中身を確認する。 DVDには見事なヒビがはいっていた。
「あたしの成龍伝説がぁぁぁ」
落胆する千枝、男子生徒は未だに声に鳴らない言葉を発していた。
「だ、大丈夫?」
あまりに痛がる男子生徒を心配し、雪子が声を掛ける。
「いいよ雪子、花村なんてほっといて行こ」
そう言うと千枝は雪子を連れて教室を出て行った。
『マスター、声を掛けましょうよ』
『男には放っておいて欲しい時もあるんだよ』
『え~イケメンじゃないですか。 少し間抜けですけど』
『お前なあ…』
シンはそのまま花村と呼ばれた男子生徒を残し、千枝たちと合流するために教室を出た。
八十神高等学校 校門
千枝たちとすぐに合流したシンは他愛ない話をしているうちに校門に差し掛かった。校門の周りには桜が堂々と咲き乱れ、爽やかな香りを漂わしていた。
霧は晴れていたが、曇りであることが悔やまれるほどに立派な桜である。
「キミさ、雪子だよね。 こ、これからどっか、遊びに行かない?」
他校の制服を着た、泣きボクロのある、どこか気味の悪い男が話しかけてきた。 しかし、雪子は男の顔に見覚えが無いらしく困惑していた。
周りに生徒が集まり、シンの耳に彼らの噂話が聞こえてくる。 どうやら雪子に告白する男子生徒は多いらしく、挑戦することを天城越えに挑むと呼ぶらしい。
「あのさ、行くの? 行かないの? どっち?」
男が雪子に詰め寄ってくる。 雪子は明らかに男に嫌悪感を抱いていた。
「い、行かない…」
「…ならいい!」
男は声を荒げて去っていった。
「あの人、何の用だったんだろう?」
「何の用ってデートの誘いじゃないのか?」
「え、そうなの?」
シンは確信した。雪子は天然だと。
校門を出て、しばらく田園風景が続く一本道を三人で歩いた。
「ここ、ほんっと、なーんも無いでしょ?」
千枝が足を止め、シンに言う。
「田んぼがいっぱいあるじゃないか」
「田んぼが有ったってねえ…あるとしたら八十神山の焼き物と…そうそう、雪子んちの天城屋旅館は普通に自慢の名所だよ」
「へぇ~雪子の家は旅館なのか」
「えっ!?」
雪子と千枝がシンの顔を見る。 彼女たちの反応にシンは少したじろいだ。
「何か俺の顔に付いてるか?」
『あー、突然ファーストネームで呼ばれたからじゃないですか? この国の人はそういうの慣れてないみたいですし』
デスティニーの声が響く。 シンは普段から、人の名前を言う時はファーストネームの方を呼んでいるし呼ばれていた。
そういう訳なので、あまりファミリーネームで人を呼ぶことも呼ばれることも慣れていない。
「悪い、普段からあまりファミ…いや苗字で人を呼ばないんでつい。 いやなら気をつけるけど」
「う、ううん。 別にいいよ。 ね、雪子」
「うん、千枝がそう言うなら」
雪子が頷く。 顔はあまり快く思ってないみたいであった。
「ところでさ、雪子って美人だと思わない?」
急に千枝が話題を変える。 シンは雪子をよく見てみる。
以前何かで聞いた、大和撫子の言葉が良く似合う顔立ちと容姿をしていた。
「大和撫子っていう感じだな」
「でしょ!?」
「ちょっと、またそういう事…」
雪子が顔を伏せた。 千枝がそんな雪子を自慢し続ける。 女同士の親友というのは感じなんだなとシンは苦笑した。
「あれ、何だろ?」
自慢話を止め、千枝が前方を指差す。 指差した場所にはブルーシートが敷かれ、警察官が道を封鎖していた。 何か事件があったみたいだ。
シンはふと校内放送を思い出す、校内放送が指している事件というのはこれのことではないのだろうか。
立ち尽くすシンたちの側で、井戸端会議を開いている主婦の声が聞こえてきた。 高校生が早退・アンテナに引っかかる・死体などの単語が聞こえてきたが、部分部分でよく理解できない。
「おい、ここで何している」
封鎖された道から堂島が出てきた。 死体という言葉と刑事の堂島、間違いなくここで事件があったんだろうとシンは悟った。
「ったくあの校長、ここを通すなと言ったろうが」
「……知り合い?」
千枝が聞く。
「コイツの保護者の堂島だ…まあ仲良くしてやってくれ。 それはともかく、三人ともウロウロしないでさっさと帰れ」
突然シンたちの前をスーツの若い男が駆け抜け、道の脇にある草むらに入った。 男は草むらに入るなりリバースしていた。
「足立!! いつまで新米気分だ! 今すぐ本庁に帰るか? あぁ!?」
堂島がリバース中の男に向かって怒鳴る。 足立と呼ばれた男はリバースしながら謝っている。 呆れた堂島は足立に顔を洗ったら来るようにと言い、去って行った。
主婦の死体という言葉を聞き、気味が悪くなった千枝と雪子は、シンに別れを告げると足早に帰っていった。
堂島家 居間
夕食を済まし、片づけを終え一段落したシンと菜々子は、テレビを見ていた。
もう帰宅してもいい頃だが堂島はまだ帰ってきていない。 帰りの遅い堂島を菜々子が心配していた。
「お父さん…今日もかえってこないのかな…」
菜々子の表情が暗くなる。 シンが菜々子を元気付けようと色々思考してみるが、あまり菜々子のことを知らないシンには良い考えが浮かばなかった。
そうこうしているうちに見ていたクイズ番組は終わり、ニュースの時間になっていた。 画面には下校時に通った封鎖された道が映っている。
主婦たちが話していた死体は地元テレビ局の女子アナウンサーであった。 彼女にシンは見覚えがある、昨日の晩のニュースで流れていた議員秘書のスキャンダル相手だ。
ニュースを見ながら、犯人は議員秘書か秘書の妻、あるいは自殺だろうと事件のことを良く知らないシンが展開できる推理をした。 ただ、発見された場所が異常であった。
死体は屋根にあるテレビの大型アンテナに引っ掛けられていたらしい。 MSがあれば出来ないこともないが、この世界にはMSは無い。
警察はまだ死因もわかっておらず、事件と事故の両方で捜査をしている。 しかし、濃い霧が出ており、本格的な捜査は明日かららしいと、キャスターは事務的に原稿を読み上げた。
「事故って…風で飛ばされたとでも言うのかよ」
シンが菜々子に冗談交じりに話しかけるが、菜々子はさらに暗い顔をしていた。
「いなばけーさつってお父さんがはたらいているところなの…」
アナウンサーが捜査をしているのが稲羽警察と言っていたのをシンは思い出す。
「あ…大丈夫だよおじさんは」
根拠のない言葉で励ましてみる。 だが菜々子の顔は暗いままだ。
『マスターは不器用ですねえ』
『じゃあ、どうすればいいんだよ』
『それはですねぇ…』
「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
デスティニーがもったいぶっていると、テレビから聞いたことのあるフレーズが流れてきた。
「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
菜々子もそれに続く歌う。 先程までの暗い顔が、嘘のように明るい。
CMが終わると菜々子がシンを期待するような目で見ていた。
『今ですマスター! マスターもさっきの歌を歌ってください』
『な、なんでだよ!』
『今の見てたでしょ。 菜々子ちゃんはこのCMが好き、ということはこのCMが好きな人も好きなはずです。 趣味が合う人同士で仲が良くなるのは当たり前のことでしょ
菜々子ちゃんと仲良くなりたいんじゃないんですか?』
『そ、それはそうだけど』
『早くしないとせっかくのチャンスが無駄になりますよ!』
『う…わかったよ』
シンは覚悟を決め、歌った。
「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
半ばやけくそ気味に歌い終えた。
『ウプププププ 本当に歌うとは…マスター最高です! グッジョブ!』
デスティニーが頭の中で大爆笑している。 シンに殺意が沸いてきた。
「おぼえた? 菜々子ね、一番うまいんだよ!」
菜々子がいっそう笑顔を増してシンに話し掛けた。 そんな菜々子の笑顔にシンの殺意は全て浄化されてしまった。
「そうか! 凄いんだな菜々子は」
「へへへ、エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
続けてシンが歌う。
「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
シンにはもう羞恥心など存在しなかった。
「「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」」
その日、シンは寝るまでジュネスの歌を口ずさんでいた。
最終更新:2009年09月11日 20:57