4月13日水曜日、曇り。
途中まで菜々子と登校し、上機嫌のシンはジュネスの歌を鼻歌で歌っていた。
そんなシンの横を黄色のマウンテンバイクが抜き去っていく。 刹那、衝突音が辺りに響いた。
シンが音のした方を見ると、ゴミ捨て場でゴミ用のポリバケツを被った男子生徒が、倒れたままのた打ち回っていた。
「だ、誰か…」
『こんなこと本当にあるんだな…』
『助けてあげましょうマスター。 昨日の抜けてるイケメンくんですよ』
目の前の男子生徒は一向に抜けだす気配はない。 ポリバケツに腕まですっぽりと入っていれば自力で抜けるのは困難だ。
シンは男子生徒を助けることにした。 のた打ち回っている男子生徒に近寄り、足を持って一気に引きずり出す。
男子生徒は一時ぐったりしていたが、立ち上がり身なりを整えると自転車を起こし、シンに向き直った。
「いやー、助かったわ。 サンキュ! えっと…」
「シ…いや、アスカ・シンだ」
「おお、そうだったそうだった。 俺、花村陽介。 よろしくな」
よろしく、とシンが返す。 先程の惨事の割に陽介はピンピンしている。 怪我の心配はなさそうだ。
「な、昨日の事件知ってるだろ?」
「昨日の事件?…ああ、女子アナがアンテナに吊るされて死んでたってやつか?」
「そうそう、それそれ。 あれなんかの見せしめとかかな? 事故な訳ないよな、あんなの」
シンの常識がこの世界で通用するのならば、事故とは考えられない。
「ああ、そうだな」
「わざわざあんなトコにぶら下げるとか、マトモじゃないよな。 まあ、殺してる時点ですでにマトモじゃないけどな」
そんなまともでは無い奴がこの町にいる。 菜々子が危険に晒されないように、早く逮捕されることをシンは祈った。
その際、この殺人者が世界を脅かす現況ではないのかとふと考えるが、流石にこんな田舎町の殺人者がそんなものになるはずがない。
それに死体の晒し方からして、昨日シンが推理したように身内の、恨みを持つものからの犯行だろう。
「やっべっ、遅刻! 後ろ、乗ってくか? ちょっとギコギコいってるけど」
昨日と今日の登校風景が頭に浮かぶ。 冗談じゃないと全力で断り、シンは全速力で学校に向けて走った。
流石はコーディネーターと言うべきか、なんとか始業ベルに間に合ったシンは、虫の息で教室の机に突っ伏していた。
師岡がうるさいが、今のシンには師岡の説教よりも、体力回復のほうが大事だ。 そのままシンは放課後を迎える。
机に突っ伏しているシンに陽介が話しかけてきた。
「どうよ、この町もう慣れた?」
シンがこの町に来て訪れた場所は、駅・ガソリンスタンド・堂島家・学校の四箇所しかない。 道にも不慣れで、先程もデスティニーのナビで学校に到着することが出来た。
「いや、まだかな」
「まあ、来たばっかだしな。 都会に比べりゃ何もないけどさ、逆に“何も無い”がある…っての?」
「なんとなくわかるよ」
自然は綺麗だし、空気は美味い。 シンが経験したことの無い生活だった。
「あ、ここの名物、知ってるか? どういうわけか“ビフテキ”だぜ。 どうだ今朝助けてもらったお礼におごるぜ?」
「あたしには、お詫びとかそーゆーの、ないわけ?」
シンたちの会話に千枝が加わる。 どうやら昨日のDVDの件を言っているらしい。
「う…メシの話になると来るなお前」
「雪子もどう? 一緒にオゴってもらお」
千枝が帰り支度をしていた雪子を誘う。 陽介の顔が少々引きつった。 金の心配をしているらしい。
しかし、雪子は家の手伝いがあるらしく断り、そのまま別れを告げ教室を出た。
「仕方ないか。 じゃ、あたしたちも行こ」
「二人分おごる流れ…?」
陽介の顔が引きつっているが、そんなことは関係なしと、千枝は意気揚々と教室を出た。
ジュネス フードコート
学校から大型ショッピングセンターへと移動した三人は、陽介の先導で屋上のフードコートへ到着する。
陽介が席で待つように言ったので、二人はテーブルに着き着席した。
フードコートには世話しなく音楽が掛かっていた。この曲にシンは聞き覚えがある。 昨日菜々子と打ち解けるきっかけになった曲、ジュネスの歌である。
『じゃあ、ここがジュネスか…』
なぜかシンは憧れていた場所に来れたような気がした。 そんなシンと千枝のもとに、陽介が注文した飲食物を持ってくる。
注文したもののなかにビフテキは見当たらない。
「ビフテキなんかないじゃんよ!!」
二人分のビフテキを奢る金がない。 切実な事情が陽介にはあるようだ。
「だからって、自分んち連れてくる事ないでしょーが」
「自分んち?」
ここは大型ショッピングセンターのフードコートである。 住居など何処にも見当たらない。
「あーえと、俺も都会から引っ越してきたんだよ。 半年ぐらい前。
親父が新しく出来たここの店長になることになってさ。 んで、家族で来たってわけ。 だからって別にここに住んでるとかじゃないから」
面倒くさそうに陽介が説明する。
「んじゃコレ、歓迎の印って事で」
陽介がテーブルのジュースを取り乾杯をする。 それに続きシンたちも乾杯した。
それからは他愛ない話で盛り上がったが、千枝の商店街の話で気まずい雰囲気になった。 ジュネスが出来たおかげで近くの商店街の店が閉店していっているらしい。
陽介が不機嫌になっている。 かなり空気が重い。
『マスター、ここでジュネスの歌ですよ』
デスティニーが何か言っているが、シンは無視した。
「あ…小西先輩じゃん」
少し離れた席に座った、ソバージュの長髪の女性を見て陽介が言う。 そのまま陽介はその女性のもとに歩いていった。
「あれ、誰だ? 知り合いか?」
「小西早紀先輩。 家は商店街の酒屋さん。 確かここでバイトしてるんだっけ」
シンが女性の方を見る。陽介と何か話しているようだが、何処か元気がないようだ。
『ジュネスのバイトってきついのか・・・』
勝手にそう解釈して千枝との雑談に戻ろうとすると、小西早紀がこちらに来るのが見えた。 そのまま小西はシンの前に立つ。
「キミが転校生? あ、私の事は聞いてる?」
「ああ、小西…「都会っ子同士は、やっぱり気が合う? 花ちゃんが男友達連れてるなんて、珍しいよね?」
シンの答えを怒涛の質問で妨害する。
「こいつ、友達少ないからさ。 仲良くしてやってね」
「あ、あ「花ちゃんお節介でイイヤツだけど、ウザかったらウザいって言いなね?」
さらにシンの返事を妨害し続けた。 少しシンが待ってみる、どうやら続きはないらしい、答えるなら今だ。
「いや、イイヤツだよ」
主にジュネスの店長の息子であることでの回答であるが、性格も気さくでいいやつだと思っていた。
「あははっ。 分かってるって、冗談だよー」
覇気のない顔に一瞬だけ笑顔が浮かぶ。
「さーて、こっちはもう休憩終わり。 やれやれっと」
小西の顔がまた覇気のない顔に戻る。 そのままエレベータの方へ歩いていった。
「あ、先輩…」
陽介が心配そうな顔で小西を見送る。 エレベータの中に消えた小西を確認し、元居た席に着席した。
「ふぅ、あの人弟いるもんだから、俺のことも割とそんな扱いっていうか…」
分かるかもしれない。 妹と弟の違いはあるが、シンにもかつて妹がいた。 そんな妹に近い子を見ると放っておけない気持ちになる。
『俺もマユと菜々子を重ねて見ているのかもな…』
『マスター…だけど手を出しちゃダメですよ?』
どうすればコイツを黙らせれるのだろうか、シンは本気で頭を悩ませた。
「弟扱い、不満って事? 地元の老舗酒屋の娘とデパート店長の息子、…燃え上がる禁断の恋、的な?」
「そ、そんなんじゃねーよ」
どうやら図星らしい。陽介の頬が赤く染まっていた。
「そんな花村にイイコト教えてあげる。 “マヨナカテレビ”って知ってる?」
“マヨナカテレビ”、言葉から連想するのは真夜中にあるテレビ番組。
「真夜中にある恋愛相談の番組か何かか?」
「違う違う、マヨナカテレビっていうのはね、雨の夜の午前0時に、消えてるテレビを一人で見るんだって。
で、画面に映る自分の顔を見つめてると、別の人間がそこに映ってる…ってヤツ」
「それがどう陽介の恋路と関係があるんだ?」
「だ、だから、違うって」
「その映った相手が運命の相手っていうハナシ」
千枝が語るそれは、一種の都市伝説の類であった。
「なんだそりゃ、くだらねー」
陽介が呆れたような顔で千枝を見る。 シンも露骨な表情はしなかったものの、信じてはいなかった。
「あー信じてないんでしょ!? だったらさ、ちょうど今晩雨だし、みんなでやってみようよ!」
「アホくさ…それよりさ、昨日のアレってやっぱり殺人なのかな? 実はその辺に犯人がいたりしてな…ひひひ」
「そういうの面白がんなっての。 それより、今晩ちゃんと試してみてよね」
「へいへい」
「アスカくんは?」
千枝がこちらをすごいプレッシャーで睨んでいる。
「え、ああ、やってみる」
ただの都市伝説だろうが、やらないと後が怖そうなのでやることにする。
千枝は満足したのかジュースを一気に飲み干した。 その後も他愛ない話は続き、日が沈む頃に三人は解散した。
堂島家 居間
今日も堂島は帰ってこない。 二人きりの夕食は菜々子の暗い顔もあってか、全く会話は弾まない。
空気が重い、本日二度目の空気の悪さを体験中のシンに、救世主が帰ってきた。
「あ、帰ってきた!!」
菜々子の顔がぱぁと明るくなる。
「ただいま、何か変わりなかったか?」
堂島の声に疲れがみえる。 事件でかなり忙しいのであろう。
「ない、帰ってくるの遅い」
菜々子が腕を振り振りしながら怒る。
『怒る様もかわいいなあ』
『マスター、鼻血…』
デスティニーに言われ鼻血を拭うシン。 そんなシンに堂島は少々不安になりながらも、ソファに座りチャンネルをニュースに変えた。
ニュースは昨日の事件の続報を放送していた。 警察は今後、被害者の不倫関係の男、生田目太郎とその妻である演歌歌手、柊みすずに事情聴取を行う予定であるらしい。
続いて第一発見者の学生のインタビュー映像が流れた。 リポーターが学生に質問を繰り返している。 制服は八十神高校のもので、女子用の制服を着ていることから女生徒とわかる。
声と顔を加工してあるが、特徴的な髪型にシンは見覚えがあった。 インタビュー映像の女生徒は、ジュネスで会った小西早紀、その人である。
小西は事件当日、早退をしていたらしい。 そのことをリポーターはしつこく追及している。 小西はしつこいリポーターの勢いに戸惑っているようだ。
インタビュー映像が終わり、アナウンサーは事件による寂れた商店街の客足の更なる遠のきに触れ、ニュースを閉めた。
「ふん、お前らが騒ぐから、余計に客足が遠のくんだろ?」
マスコミの報道姿勢に堂島が毒づく。 その間、コメンテータが事件のことについて、その残虐性とは対照的に気楽に語っていた。
毎日遅くなるまで働いている堂島、対照的に気楽に語り警察を批判するコメンテーターを見ていると、シンも堂島が毒づきたくなるのがわかる。
「ではいったんCMです」
画面が切り替わり、コマーシャルが流れ始める。 シンがこの世界に来てから最も聞きなれたフレーズが流れた。
「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」
菜々子がお姉さんに続こうと口を開く。 シンはそれを確認し同時に口を開いた。
「「エブリディ・ヤングライフ! ジュネス!」」
二人は完璧なユニゾンを実現することが出来た。 菜々子は格別の笑顔で喜んでいる。 それからは大合唱が始まった。
『マスター、正直キモイです…』
デスティニーの声が頭に響く。 だが鼻血を出しながら歌うシンには関係ないことであった。
一時ジュネスの歌の大合唱が続くが、菜々子が何かを思い出したように堂島に話しかける。
「ねえ…お父さん、こんどみんなでジュネス、行きたい」
「Zzzzzz」
堂島から、返事のない変わりに寝息が聞こえる。 どうやらここ数日の疲れが溜まっているのだろう、ソファで眠ってしまっていた。
「あーあ・・・もー」
菜々子が不満気に言う。 シンは垂らしっ放しの鼻血を拭い、立ち上がる。
「どこ行くの?」
「おじさんに毛布を取りに部屋にだよ。 ジュネスなら今度俺が連れて行ってあげるさ」
「ほんと?・・・でもやっぱりみんなで行きたい」
「菜々子・・・じゃあ、皆で行けるように後でおじさんに言ってあげるな」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん!!」
お兄ちゃん、その言葉に反応し、再び鼻血が流れる。
『マスター、ほんっっっとに犯罪者にはならないでくださいね』
堂島家 自室
もうすぐ午前0時、窓の外では雨が降っている。
マヨナカテレビ。 正直、信じてはいないが、やらないと後が怖いのでやることにした。
『嘘つけばいいのにマスターは馬鹿正直ですね。 それともやっぱり気になるんですか運命の人が?』
『そんな訳ないだろ。 ただ、約束したのにやらないって言うのは間違っていると思っただけだ。
どうせ運命の人っていうのも、窓に付いた水滴の影がテレビに映ってたっていうオチだろうな』
影が映らないようにカーテンを閉める。 もう午前0時まで時間がない、シンがテレビの前に移動する。
テレビの電源が切れてあるのを確認し、壁掛け時計を確認する。 ちょうど午前0時を指していた
視線をテレビ画面に移す、画面は相変わらず何も映さないまま佇んでいた。
「やっぱり、デマか・・・」
シンは押入れに布団を取りに行くために振り返った。 その瞬間、テレビが光りだした。 シンは慌ててテレビの方に向き直る。
テレビ画面にノイズが走っている。 無論、先程確認した電源は入ってない。
「な、なんだこれ・・・」
相変わらず画面にはノイズが走っているが、時々ノイズが取れることがあり何かが映っている。
映っているのは二機の自動販売機、その前を、シルエットからして、おそらく女性が横切っていくのが見えた。 稲光が部屋を照らす。
『我は汝、汝は我。 汝、扉を開く者よ』
何者かの声が頭の中に響く、今まで聞いたことのない男の声である。 それを聞いている間、頭に激痛が走り、あまりの痛みにシンはその場に座り込んだ。
近くに雷が落ちる、強烈な破壊音と共に痛みは消えた。 立ち上がるシン、無意識にテレビ画面に触れた。 画面に波紋が浮かぶ、シンはそのまま手を押し込んだ。
テレビ画面に手がするりと入っていく。 手首が入ったところで強烈な吸い込みがシンを襲った。
「な、なんだ!?」
正気に戻ったシンが叫ぶ。 テレビ画面は、既にシンの右腕と頭を吸い込み、体をも吸い込もうとしていた。
必死に抵抗しなんとか抜け出すも、テーブルに後頭部を強打した。 頭を抑えるシン、階段を誰かが駆け上がる音が聞こえた。
「だいじょうぶ・・・?」
ドア越しにシンを心配する菜々子の声が聞こえる。 まだ後頭部は痛いが、菜々子を心配させないようにシンは大丈夫と答えた。
「ごめんな、起こして」
こんな時間だ、菜々子はもう寝ていたはずである。 起こしてしまうほどの音を出す強打をしてしまったことを認識した後頭部が、更に痛くなったように感じた。
「すごい音したから・・・おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
シンの返事を聞き、菜々子が階段を下りていく。
『お、おいデスティニー!!』
『何ですかマスター?』
『さっきの映像はなんだよ!? それにあの声!! テレビに入ったのも、そうだ!!』
『マヨナカテレビでしょ? 千枝ちゃんが言ってたじゃないですか。 あの声は菜々子ちゃんのですよ、マスター話してたじゃないですか』
『菜々子じゃない、その前にお前みたいに、男の声が頭に響いてたじゃないか!!』
『聞いてませんよ、そんな声。 頭打って幻聴が聞こえたんじゃないんですか?』
『それをお前が言うなよ・・・テレビに入ったのは見たよな、この世界のテレビって入れるのか?』
『入れる訳ありませんよ、マスター。 もしかしてテレビの中に人が入っているって、未だに信じてます?』
馬鹿にしたような声でデスティニーが笑う。
『じゃあ、さっきなんで入れたんだよ!!』
『さあ、何ででしょうか?』
『俺が聞きたいよ・・・』
ナビゲートを任されたはずの愛機は役に立たない。 後頭部の痛みと何とも言えないやるせなさで、もう怒る気も失せた。
「もう、寝る・・・」
シンはさっさと布団を引き、半ば不貞腐れるように眠りについた。
最終更新:2009年09月14日 00:11