4月14日木曜日、雨。
昨日の出来事で不貞腐れていたシンの心は、朝の菜々子の笑顔ですっかり浄化されていた。
ツタンカーメンの被り物を被った世界史の女教師、祖父江の質問に誤答し、クラスの皆に笑われても全く動じることなく放課後を迎えた。
そんなシンに陽介が声を掛ける。
「その、大したことじゃないんだけど…実は俺、昨日テレビで・・・」
口を濁す陽介、テレビという単語に反応したシンが口を開こうとするが、昨日の出来事があまりにも非現実過ぎたので変人扱いされないためにも、言葉を飲み込むことにした。
挙動不審な二人に千枝が女子アナ事件の第一発見者、小西早紀の話題を持ちかけてきた。 どうやら小西は今日学校を休んでいるようだ。 陽介が小西を心配している。
「あれ? 雪子、今日も家の手伝い?」
鞄に荷物を詰め終え、席を立った雪子に千枝が言う。 今は旅館が忙しいようだ。 雪子の顔には疲労の色が見える。
雪子が教室を出るのを見送り、千枝が雪子を心配する。 ただでさえ雨で空気が重いというのに陽介と千枝の、暗い顔でさらに空気が重くなる。
しばらく沈黙が続く、そんな沈黙を破ったのは千枝であった。
「ところでさ、昨日の夜・・・見た?」
「や、まあその…お前はどうだったんだよ」
「見た! 見たんだって! 女の子!…けど運命の人が女って、どゆ事よ? それにウチの制服着た女の子で髪がふわっとして…」
「それ…もしかしたら、俺が見たのと同じかも」
陽介が千枝の話に共感する。 どうやら映っていた人物も同じだったらしい、
「俺も見た! それで変な声が聞こえて…その後にテレビ画面に触れたら吸い込まれたんだ。 テレビが小さかったおかげもあって、なんとか助かったけど」
言い終えたシンを二人は白い目で見ていた。
「全員同じ人物を見たみたいだな…しっかしテレビに吸い込まれたって、お前…動揺しすぎじゃね?」
「本当だ! そのせいで後頭部を強打して…未だにコブが引いてないんだからな」
シンが後頭部を摩る。 昨日は痛すぎてあまり触りたくなかったが、朝確認してみると大きいコブが出来ていた。
「小さかったから入れないか…じゃあ、もし大きかったら…」
「信じてくれるのか!?」
「そう言えばウチ、大きいテレビを買おうかって話してんだ」
「へぇー、なんなら、帰りに見てくか?」
「見てく、見てく! 早く大画面でカンフー映画見たい!」
「お前が楽に入れそうなのもあるぜ。 ハハハハハ」
二人は全く信じていない。 シンは大きな溜息をついた。
ジュネス 家電売り場
大型テレビが並ぶスペースに三人は来ていた。 三人以外に人はいない、陽介の話によるとあまり売り上げがないので店員を置いていないらしい。
置かれているテレビはどれも、陽介の言うとおりシンが楽に入れそうだ。
その中でも一番大きいテレビに、陽介と千枝が揃って手を触れる。 何も起こらない、二人は顔を見合わせた。
「やっぱ、入れる訳ないよな…」
「はは、寝オチ確定だね」
そう言うと二人は、千枝の家のテレビを選定するために離れていった。
『確かに吸い込まれたのにな…』
『試してみればいいじゃないですか』
シンもそれは十分に承知しているのだが、多少の恐怖が決心を鈍らせる。
「ええいっ! どうとでもなれ!」
決心し、テレビ画面に手を触れる。 テレビ画面に波紋が浮かぶ、シンはそのまま手を差し込んだ。
テレビ画面に手首まで挿入される。
「よ、陽介! 千枝! ほら、見てくれ!」
「なんだよ…って何してんだよ!?」
「ん? どうしたの…って手が突き刺さってる!? 何あれ新機能!?」
「ねーよッ!」
陽介と千枝がシンに駆け寄る。
「ど、どうだ、本当だっただろう?」
テレビの後ろを確認する陽介。手は後ろに突き抜けてはおらず、テレビ画面の中に入っていた。
「うそ…マジでささってんの!?」
「ど、どんなイリュージョンだよ!?」
二人は食い入るように見ている。 気分が良くなったシンは手を抜くと、テレビの淵を掴み頭を突き入れる。
「す、すげぇーっ!!」
得意になるシン。 目の前には空間が広がっている。 中は相当に広そうだ。
「中はすごく広そうだぞ」
「ひ、広いって何!?…やっべ、ビックリし過ぎで、モレそう…うおっ! もる、もる」
陽介がトイレに向かうために走り去るが、すぐに戻ってきた。
「客来る! 客、客!!」
「え!? ここにテレビにささった人がいんですけど!!」
「早く出ろ! 出ろ!」
「それが…さっきから吸い込まれていて抜けない…」
先ほどは顔だけが入っていたシンだが、今は体の半分までテレビに埋まっていた。
「手伝ってくれ…」
陽介と千枝がシンの片足を掴み引っ張るが、びくともしない。 その間に客はこちらに一歩一歩近づいていた。
「も、もうくるよ~」
気が動転した二人は、シンをそのままテレビに押し込んだ。 足を片方ずつ掴んでいた二人も共に引きずり込まれたのだった。
「うわ、ちょ、まっ!!」
陽介の叫びが家電売り場に響く。
「どうしました!?…あれ誰もいない」
叫び声を聞いた客が現場に駆けつける。 しかし、そこには誰もいなかった。
「がはっ」
辺りに落下音が三つ響く。
「いたたたた。 もぉーなんなの一体」
シンたちが辿り着いた場所は、霧がかかった視界が悪い場所であった。
「何ここ、ジュネスのどっか?」
「んな訳ねーだろ! 大体俺たちテレビから…つーかこれ、何がどうなってんだ?」
「俺も知らないぞ、昨日はテレビに入らなかったし」
若干霧が晴れ、視界が回復してくる。 周りの景色はテレビのスタジオに似ていた。
「ここってスタジオ? ウチらの町にないよね?」
「あるわけねーだろ…圏外だし、なんだよここ!」
「とりあえず、辺りを調べてみよう。 入ってきたって事は出口もあるってことだろ」
「そ、そうだよな。 俺達帰れるよな」
「確実なことはまだ言えないけどな…。 ここは視界が悪い、二人とも俺から離れるなよ」
「う、うん」
『カッコイイですね~マスター』
『デスティニー…そうだお前がいた! ここがどこか『わかりませんよ』
やっぱり役に立たない愛機は放って、シンたちは辺りを調べて見ることにした。
霧で視界が悪い空間をほとんど手探りで調べていたシンたちは、どういうわけか寝室らしき場所に辿り着いた。
寝室は今までの場所とは違い、少しだけ視界が良くなっていた。
「え…なにここ?」
千枝が壁を見て言う。 壁には赤い着物を着た人物のポスターが一面に貼られていた。
全てのポスターの顔が切り裂かれている為、顔は確認できないが体型と服装から女性であることが分かる。
壁の所々には赤い液体が飛び散っており、飛び散り方から血飛沫のようにも見える。
さらに部屋の中央には椅子が置いてあり、天井からはロープが垂れ下がっている。 ロープの先には赤いスカーフらしき布で輪を作っていた。
一同は部屋の異様な光景に、恐怖を感じた。
「あーもるもる!!」
突然陽介が壁に向かって走り出した。 もう膀胱がやばいらしい、壁に向かって唸っているがどうやら出ないらしい。
「出ねーよ、どうすんだよ俺の膀胱!」
「知るかっつーの。…ね、行き止まりみたいだし、さっきの所に戻ろうよ。 こんなとこ、もうやだ…」
「そ、そうだな」
出ずに終わった陽介とシンが頷き、先程の場所へと戻ろうとする。 しかし、陽介は立ち止まりポスターを観察していた。
「どうした、陽介?」
「いや、このポスターどっかで見たような…」
「もういいから行こうよ…それに何か気分悪いし…」
千枝が二人を急かす。
「分かった戻ろう。 何かマジ気持ち悪くなってきた」
千枝と陽介が部屋を出る。 それに続きシンも部屋を出た。
「ふぅ、やっと戻ってこれたよ」
苦労しながらも、三人は何とか最初の場所へと戻ってきた。
「って何あれ?」
一息つく暇もなく千枝が霧の中に何かを見つける。
千枝の視線の先には黒い影があった。 黒い影は段々とこちらに近づいて来ている。
「誰だ!!」
シンが叫ぶ。 しかし、黒い影は答えることなく近づいてくる。
息を呑む三人の前に、黒い影はその正体を現した。
「何これ…?」
三人の目の前に現われたものは、何かの動物をデフォルメしたような着ぐるみであった。
着ぐるみは1mほどしかなく、赤い楕円形の本体に短い手足に青いフードを被った頭、胸の部分には赤い大きなボタンが三つ付いていた。
頭と胴体の間には大きなジッパーが付いている。 大人が入るのには小さいサイズだ、中に入っているのは小さな子供だろう。
「お前誰だ?」
「き、キミらこそ誰クマ?」
「お前が誰だ!!」
シンが声を荒らげる。
「ク、クマはクマだよ? ここにひとりで住んでるクマ。」
「じゃあここは何処なんだ?」
「ここは、クマがずっと住んでるところ。 名前なんてないクマ。 とにかく、キミたちは早くアッチに帰るクマ。
最近、誰かが人を放り込むからクマ、迷惑してるクマよ」
「それが出来るなら始めからそうしてる。 出来ないから苦労してるんだよ」
「だから、クマが外に出すっつってんの!」
クマと自称した着ぐるみの言葉に一同が固まる。
「今、何て?」
「クマが出すって言ったの!」
そう言うとクマはどこからともなく三台のテレビを出した。 真空管の使用された年代物のテレビである。
「な、なんだ!?」
三人がテレビの正面に回り、観察する。 何の変哲も無い、只のテレビだ。
「只のテレビだよな…?」
陽介が二人に確認する。
「只のテレビだな」
「只のテレビだね」
「さー行って行って、クマは忙しいクマだクマ」
いつの間にか後ろに回りこんでいたクマが三人をテレビに押し付けようとする。
「ちょ、押すなよ!」
抗議も空しく、三人はクマにテレビ画面に押し付けられた。 次の瞬間三人は画面に吸い込まれた。
ジュネス 家電売り場
テレビに吸い込まれた三人が辿り着いたのは、見覚えのある場所だった。
「あれ、ここって…」
「ジュネスの家電売り場だよな、陽介?」
「あ、ああ。 戻って来れたのか?」
尻餅をついていた三人が立ち上がる。 店内放送が流れた、惣菜売り場でタイムサービスが始まったらしい。
スーパーの日常的な風景に、三人はやっと帰ってきた実感を得た。
「お、おい。 あのポスター見ろよ!」
陽介がテレビコーナーの奥を指差す。 その先には赤い着物を着た女性のポスターが貼ってあった。
着物が先程の異様な部屋に貼ってあったポスターと似ている。 シンは彼女の顔に見覚えがある。
柊みすず、女子アナ事件の女子アナの不倫相手の妻だ。 この世界に来て日が浅いシンだが、何度も報道されていたので顔を覚えていた。
「じゃあ、さっきのワケ分かんない部屋、山野アナが死んだ件と、なんか関係が…?」
件の部屋の異様な光景を見れば、信じられない話でもない。
「わーわーやめやめ! つーか今日のことまとめて忘れることにするね、俺」
「…気分も悪いし、帰ろ」
千枝の言葉に二人も同意し、解散した。
堂島家 居間
シンはクタクタになりながらも何とか帰宅する。
居間ではカップラーメンの時間待ちをしている菜々子と堂島がテレビを見ていた。
「おう、おかえり」
疲れが取れないシンは会釈で返し座布団に腰掛ける。 正直、シンはあまり堂島と話したことが無いのでどう接していいのかわからない。
そんな堂島から話しかけてきた。
「小西早紀って生徒のこと何か聞いてないか?」
「小西早紀…? ああ、今日休んだってクラスメートが言ってましたよ」
「実はな…行方が分からなくなったと連絡があってな、うちの連中で捜してるんだが見つからない…ハァ仕事が増える一方だな」
堂島が仕事が増えていくことに愚痴をこぼす。
『山野アナの事件で連日忙しいもんな。大変だな』
『でも、マスターとしては嬉しいんじゃないんですか? 菜々子ちゃんと二人きりの時間が増えて』
『バカ、堂島さんが居ないと菜々子が悲しむだろ。 やっぱり子供は親が居たほうがいいんだよ』
『マスター…』
少しだけ過去を振り返るシン。 テレビではニュースが始まっている。
いつものように今日も女子アナ事件の続報を放送していた。 アナウンサーの話によると、事件の前の山野アナの行動はよく分かっていないが
地元の名所の天城屋旅館に宿泊していたことは分かったらしい。
『天城屋旅館って雪子の実家だよな?』
『ええ、そうでしたね』
続けてコメンテーターが話し始める。 どうやらこの春にも雪子が旅館を継ぐ噂があるらしい。
コメンテーターの余計な話をアナウンサーが上手く閉めつつ天気予報に入った。 どうやらこれから朝にかけて霧が出やすいらしい。
『霧か…』
『何か言いましたマスター?』
『いや…』
クマがいた場所を思い出す。 あの場所も霧が掛かっていた。
「ラーメン、もういい?」
今まで一言も言葉を発しなかった菜々子が堂島に聞いた。
「まだ早いだろ」
『俺の分のラーメンは?』
『遅くなったし、もう食べたと思われてるんじゃないんですか?』
『…もういいや。 疲れたし、もう寝る』
あの場所に行ってからかなり体の調子が悪い。 シンは早めに休むことにした。
最終更新:2009年09月25日 23:46