リインⅠ「・・・・・!」
それぞれがシンの勝利を願いながら公園に留まっている中、リインフォースが突然膝を突いて倒れかける。
その顔は青ざめており、駆け寄った彼女達にただならぬ事態が起こったことを予感させた。
シャマル「リインフォース!?」
リインⅠ「・・・・なんでもない。少し眩暈がしただけだ」
大したことでないとわかり、ほっと胸をなでおろす一同。
クロノやシグナムなどごく一部の人間だけが、それがリインフォースのついた
嘘であることを見抜いていた。
シャマル「防衛プログラムが再生しつつあることで何か悪影響が出てるのかしら?」
クロノ 「暖かい所まで連れて行ったほうがいいかもしれないな
ヴィータ、手伝ってくれ」
ヴィータ「あいよ。ほら」
彼らは、なのはやフェイトに余計な心配をかけないように、
わざとリインフォースを離れたところまで連れて行った。
あのリインフォースが取り乱し、崩れ落ちるほどの事態。
考えたくなくても、答えは絞られてくる。
ナノハたちからは見えない場所まで離れると、リインフォースはぽつりとそしてはっきりと、
彼らが一番信じたくなかった言葉を呟いた。
リインⅠ「・・・・シンが・・・・敗れた」
ヴィータ「・・・嘘、だろ・・・。なぁ、嘘だって言ってくれよ!」
クロノ「ヴィータ・・・・」
ヴィータ「だって、あいつあんなに自信満々だったじゃねぇか・・・。
レリックを使えば簡単だって、絶対帰るって約束したじゃねぇか!」
悲嘆の涙をこぼしながら、リインフォースに突っかかるヴィータ。
彼女だって、リインフォースをせめても仕方がないのだと分かってはいるのだ。
しかし、シンはヴィータとはやてを本当の妹のように可愛がっていた。
闇の書と歩んできた血の歴史の中で、始めて出来たはやてと同じくらい大切な人。
失うことを全く経験していないヴィータにとって、その恐怖はもしかすると、
シンの抱いている闇と並ぶかも知れない。
クロノ「落ち着くんだ、ヴィータ。リインフォースは、シンが死んだとは言っていない。
そうだなリインフォース」
リインⅠ「・・・ああ。辛うじてだがまだ息はある。だが、それも・・・」
それも時間の問題だが、と言いかけてリインフォースは言葉を濁した。
あの化け物が、自分を殺しに来た相手に容赦するとはとても思えない。
よしんば脱出の手段を残していたとしても、満身創痍のシンの離脱を『防衛プログラム』が
見逃してくれるかは怪しいものだ。
シンが生きていたことを喜ぶことすらままならない現実に、彼らは臍を噛んだ。
そう、シンは生きている。しかし、生きているだけでは意味がないのだ。
あまり大勢が抜けても不振がられるという理由から、シグナムとシャマル、ザフィーラはなのはたちから隠れて、
念話にて相談し合うことにした。
ちなみに、ヴィータは頭を冷やしてくると言い残し一人で出て行ってしまっている。
結界を抜けた形跡がないため、公園内のどこかでリインフォースにあたったことをしょげているのかも知れない。
リインⅠ『レリックの爆発によって拡散した魔力を『防衛プログラム』がかき集め始めている。
再生の時間は更に短縮されたと思っていい』
クロノ 『それを許していることから考えて、シンの傷はかなり深いみたいだな』
シグナム『増援も出せず、手を貸すことも出来ない、か。歯痒いな、せめて主はやてがご健在ならば・・・』
皮肉にも、管理者である八神はやてへの侵食は、それ事態が収集去れたものの脱出を封じ、
外部からの進入をほぼ完全にシャットダウンする防護シャッターのような役目を果たしていた。
『防衛プログラム』にとっては棚から牡丹餅と言ったところか。
もっとも、それすらも計算どおりというのなら、順風満帆と言い直さなければならないが。
クロノ『あの時、シンを行かせた僕の責任だ。やっぱり止めるべきだった・・・』
ザフィーラ『今更嘆いたところで始まらん。それにこれは、誰かが責任を取れば
それですむような単純な問題でもない』
リインⅠ『・・・・シンは帰って来ると言っていた。それを信じるしかない。
それよりもシャマル。急いで儀式の再開の準備を』
シャマル『儀式の再開って・・・・そんな!』
リインⅠ『こうなっては・・・・もうどうしようもない。主はやてを、救うためだ』
シンが敗北したという事実。
それは同時に防衛プログラムを破壊することが出来なかったことになる。
リインフォースを救う手段は完全に潰えた。
選ばなくてはならない。
はやての命かリインフォースの命か、どちらかを生かし、どちらを見捨てるかを。
しかし、クロノはその場でYESとは言わなかった。
クロノ「リインフォース、はやてのリンカーコアが侵食しきるまでのタイムリミットは?」
リインⅠ「・・・・三十分。いや、二十五分が限界だ」
クロノ「儀式再開に五分、儀式完了に八分、予備の二分を合わせても十分余る。
リインフォース、その十分を僕にくれないか?」
リインフォースはクロノの意図が読めず、怪訝そうな顔をする。
クロノ「時間が必要なんだ。シンが脱出するにも、僕達が儀式を再開する決断をするためにもね。
それに、その十分があれば事態がまた動くかも知れないだろ?」
知れないといいながら、まるで事態が動くことが必然であるかのような口調だ。
彼には何か、状況がひっくり返るという確証があるのだろうか?
しかし、あくまで希望を捨てないクロノとは対照的に、リインフォースの心は急速に熱を失っていった。
シグナム「不思議そうだな、リインフォース。クロノが諦めないことが、そんなに不自然か?」
リインⅠ「・・・・シグナム」
彼女の異変に始めに気がついたのは、クロノと入れ替わりにやってきたシグナムだった。
なのは達を誤魔化しているのが辛かったのか、心なしかいつもより元気がないように見える。
リインⅠ「どうして私の考えを? 守護騎士と闇の書とのリンクは切れているはずなのに・・・」
シグナム「何年お前と付き合っていると思っている。それに立場上、相手のたち位置に
立って物を考える癖がついていてな」
剣士とは、切りあう相手が次にどんな行動を取るかを読めなければ勤まらない。
ある意味、前衛においてもっとも心・技・体の内の“心”が試される職業(?)なのだ。
長年守護騎士達を率いてきた経験と剣士としての勘が、身内にも気付かれにくいリインフォースの内面の変化を読み取ったらしい。
シグナム「聞いておきたいことができた。少し付き合ってもらうぞ 」
リインⅠ「クロノ達と合流しなくてもいいのか。誤魔化してまでこちらにきたのだろう?」
シグナム「頭脳労働はシャマル達の仕事だ。どの道、私では何も出来ん」
本人が聞いたら呆れてため息を吐かれそうな台詞だ。
骨の髄まで戦士であるシグナムに、頭を使った作業を求める方が間違っているのだとリインフォースは記憶しておくことにした。
話すといっても、時間が切迫しているため、のんびりお散歩している余裕はない。
シグナムとリインフォースは、少し遠回りをしながら、なのは達の所へ戻ることにした。
シグナム「そういえば、お前を見捨てることで主はやてを救おうと考えたこと、
まだ何とも言っていなかったな。
守護騎士を代表してここで謝らせてくれ。――――すまなかった。」
リインⅠ「謝る必要などない。守護騎士は、どんな状況下であろうと主を守ることに最善を尽くすのが勤めだ。
私を犠牲にしてそれで済むのなら・・・」
シグナム「それが・・・・お前が迷っている理由か?」
リインフォースがぴくりと反応する。
そのまま歩みを止めた彼女を見て、シグナムは満足したように滑り台にもたれかかった。
積もった雪が僅かに零れ落ちる。
シグナム「シン・アスカが敗北したことで、管制人格を保全する方法は露と消えた。
どれだけ足掻こうと、精神論で現実は覆せない。
気持ちでは事実はひっくり返らない。
現段階での最善の方法は、リインフォースと呼ばれた個体ごと早急に闇の書を消滅させ、
主はやてを解放することだ。
お前が言いたいことは大体そんなところか」
リインⅠ「・・・・・・それは、剣士としての経験からきた推測か?」
表面上は冷静に取り繕うリインフォースだったが、先程から自分の考えを寸分たがわず当てられるのだから、
心中は穏やかではない。
シグナム「いや、私もちょうど同じことを考えていた。
確かに、シンが倒れた今、現状の回復は絶望的だろうな」
リインⅠ「それがわかっているのなら・・・!」
シグナム「ふ・・・どうやら、私もあの男に火を移されたらしくてな。
どうにも、何とかなる気がしてくる。
これだけ絶望的だというのに、おかしなものだ
それに、リインフォース。お前こそ“らしく”ないぞ」
リインⅠ「私は正常に動作している! 烈火の将、お前こそシンに情を移しすぎて
おかしくなっているのではないか?」
カチンときたために口から漏れた安っぽい挑発。
それを聞くと、シグナムはにやりと笑ってこう言い放った。
シグナム「長い間共に生きてきたが、怒ったお前を見たのは初めてだな」
今度こそ、リインフォースは絶句した。
迷うこともなく、戸惑うこともなく、間違っているかどうかすら考えない
主の願いを叶えるだけの完璧なプログラム。
その定義が音を立てて崩れようとしている。
考えてみれば、リインフォースと名付けられる前の管制人格だった頃の自分ならば、
シンの提案に乗ろうと考えただろうか?
いや、それどころか誰の意見も聞こうとせずひっそりと消えていたはずだ。
リインⅠ「狂い始めているのは・・・・私・・・」
シグナム「・・・だけとは思わないことだ。私もシャマル達も、もしかするとなのは達も、
誰かさんのせいでずいぶん考え方を変えられてしまった」
ヴォルケンリッターのシグナムといえば、平和ボケした楽観論など考慮に値しないと真っ先に切り捨てる騎士だった。
なのに、シンに火を灯された今のシグナムには、それが希望を持った人間の強さだと思えるようになっている。
それが不愉快に思えないのだから、不思議なものだ。
だが、リインフォースはヴォルケンリッターに比べて、シンやはやてと接していた時期が少ない。
恐らく、ヴィータの時と同じように、自分の中に生まれつつある変化をどう受け止めればいいのか分からないのだ。
リインⅠ「・・・・シグナム、私はどうすればいい。
希望を託したシンは倒され、防衛プログラムを止める術は、
闇の書を破壊するしかなくなってしまった。
以前の私なら、可能性が消えた時点で躊躇わずに消え去ることを選んでいた。
選べていたはずなのに・・・・・」
考えれば考えるほど、はやてやシンの悲しむ顔が頭に浮かんでくる。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに・・・・。
そんな思いをさせたいわけじゃないのに・・・・・。
諦めなければならない。けど、諦めたくない。
消えていくことが・・・・・どうしようもなく、怖い。
シグナム「・・・・お前がしたいようにすればいい。例え主はやてとお前、どちらかが消えるとしても、
それを選べるのはお前と・・・主はやてだけだ。
ただ・・・私としては、失って悲しんで諦める。そんなに繰り返しにはいい加減幕を引きたいのだがな」
そういい残すと、シグナムは先になのは達の元へ戻っていった。
あえてリインフォースを置いていったのは、彼女に考える時間を与えたかったというシグナムなりの
不器用な気遣いだったのかも知れない。
シグナム「こちらの用は終わった。そちらの様子は?」
クロノ 「依然、変化なし。口が裂けても順調なんていえないよ」
シグナム「その割には、焦っているようには思えないな」
クロノ「君の方こそ、リインフォースが助からないっていうのによく笑ってられるね」
シグナム「・・・ふふ、不思議とそういう気分にはならなくてな」
クロノ「・・・僕もだよ。お互い、いつの間に楽観論者に“させられた”んだろうね」
シグナム「このままでは終わらないだろうな」
クロノ「もうひと悶着あるだろうね」
シグナム「われ等が動けるのはその時だな」
クロノ「残念だけど、今回ばかりは出番がないかもしれないよ?」
シグナム「その分、奴が働いてくれるだろう。そう思わなければやってられまい」
クロノ「そうだね。・・・・・・・・・・この闇の書の事件が終わったら」
シグナム「・・・ん?」
クロノ「四家族合同で旅行に行かないか? 三泊四日でどこか景色のいいところへ」
シグナム「いいな。主はやてに相談して置こう」
クロノ「僕も母s・・・リンディ提督に掛け合っておかないと・・・・
(ノリノリで賛成するんだろうなぁ)」
シグナム「・・・・・ふ、ふふ」
クロノ「・・・・・・は、ははは」
断っておくが、彼らは現実から逃げているわけでも、気がふれたわけでもない。
諦めることに疲れたもの同士、じっとチャンスを待っているのだ。
シンのもたらすかもしれない、万に一つの可能性を信じて。
リインⅠ「諦めの・・・・幕を引く、か」
はたして、一ヶ月前のあの日にシンと出会わなければ、シグナムはそんなことを言っただろうか。
もっとも、それを言うならこの公園に集まった誰しもがそうだ。
人の心を動かす力・・・本当に魔法使いと呼ばれるべきは、そんな心を持った人なのかも知れない。
絶望的な未来を覆そうとする心。相手の心を揺り動かすほど熱意。重圧に押しつぶされず意志を貫き通せる強さ。
それは、長い戦いの年月を生きていく中で、ヴォルケンリッターとリインフォースが
しだいに忘れていった強さだった。
リインⅠ「そうだな、私も最後の一瞬までシンを待つことにしよう。
約束・・・・してしまったからな」
守れないとわかっていても、守る努力をしない言い訳にはならない。
リインフォースには、自分のために全力を尽くしてくれたシンを見送ることが
自分に出来る最後の手向けに思えた。
リインⅠ「ただ、主はやてに苦しめてすまなかったと謝れないのが心残りだが・・・」
もっとも、あの優しいはやてのことだ。返事もまたずに許してくれるに違いない。
そう、ちょうどこんな風に・・・
?『そんなこと・・・・せんでいいよ。リインフォース』
それは、公園からでは聞こえるはずのない八神はやての声だった。
リインⅠ「・・・・まさか! 主はやて! どこにいらっしゃるのです!?」
微かな魔力反応を辿ると、行き着いたのは公園の入り口だった。
急いで駆けつけるリインフォース。
なのはたちも、念話の際に発せられた魔力を探知したのか同じ場所を目指して
飛んでいくのが横目で確認できる。
やがて、見えてきたのはアルフに抱かかえられた闇の書の主『八神はやて』本人だった。
病院に入院しているはずの彼女を公園まで連れてきたのだから、
当然怒りの矛先はアルフに向かう。
リインフォースが着いたときには、既にフェイトがアルフを叱り付けていた。
フェイト「ハァハァ・・・・アルフ! どうしてはやてを連れてきたりなんか!」
アルフ「ごめんよフェイト。でも、はやてがシンのためにどうしてもって言うから・・・・」
はやて「無理に・・頼んだんは・・・私なんよフェイト・・ちゃん。アルフを・・・責めんといて」
アルフは、たまたま様子を伺いにはやての病院へ舞い戻っていたのだが、
その時にはやてに説得されたらしい。
シンに関して、みんなに伝えなければならないとても重要なことがある、と。
リインⅠ「主、すぐに病院に戻りましょう。ここではお体に触ります」
はやての顔色は相変わらず悪いままだ。
息も絶え絶えで話す姿は、とても外に出せる状態とは思えない。
クリスマスから一ヶ月近くたっているが、未だに公園にはところどころ雪が残っている。
氷点下に達する寒さは、体力を消耗したはやてにとっては劇薬同然だろう。
はやて「病院・・・で、休んどった・・・ら、良くなる・・・もんでも・・・ないやろ・・・」
リインⅠ「そうだとしても、今あなたの体は弱りきっています。さ、早く暖かいところへ・・・」
はやて「・・・大丈夫や。・・・もうじ・・・き、シン・・・兄が『闇の書の闇』に勝って・・・
帰ってくる。
・・・そやから、もう・・・少しここ・・・に、いさ・・・せて」
熱によるうわごとではない。はやては本気でそう言った。
シンが負けたのは、闇の書と繋がっているはやても感じているはずだ。
それなのに、どうやって防衛プログラムに勝つというのか?
リインⅠ「シンが・・・勝つ? 何を言っているのです主はやて・・・。彼はもう・・・」
はやて「リインフォース。強い・・・想いは、力に・・・なる。
感じるやろ、シン兄を包む鼓動を・・・」
リインⅠ「・・・・・・・これは!?」
あまりに魔力反応が微弱過ぎたため気が付かなかった。
この魔力の波長は、まだ闇の書が夜天の魔道書と呼ばれていたころに
一度だけ記録されたことがある。
リインⅠ「そんな、こんなことが・・・!?」
しかし、あれは使用者が極めて限定されることと、次元境界線への簡易干渉の多発から厳重封印を施し放棄されたはず。
それを魔力も持たない人間が使用しているなどありえるのだろうか。
リインⅠ「セイオウノツルギは、『聖王』がこの世に生誕することで始めて封印が解けるはず・・・。
それがどうして・・・」
約1000年前、古代ベルカの戦乱期にアルハザードの技術をもって作り出された
究極を望まれた兵器。
敵対する『王』を討ち取るためにそれぞれの『王』が生み出した『対王殲滅用魔道兵器』。
聖王を守る剣ではなく、聖王を殺すための剣。
それが『セイオウノツルギ』の正体である。
だが、何故アームドデバイスだったはずの『セイオウノツルギ』が融合騎となっているのだろうか?
リインⅠ(シン、そしてデス子・・・。お前達は一体・・・?)
最終更新:2011年01月04日 13:07