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悠久幻想曲ネタ-37


<宴の夜に 中編>

 ……それは、彼女がこの世界に生まれ落ちて数日ほど経った夜のことだった。
 ボロボロになった身体を引きずるように森の中を行く宛てもなく彷徨い続けながら、彼女はもう何度目かも数え切れなくなった自問を繰り返す。
 ――何故私は存在しているのか、と。
 無残なほどに刻まれた身体と、消耗して鈍くなった思考、そして何よりも同族をその手にかけてしまったという精神的なショックから自身でも感じるほど危うい状態なのが分かった。
 だというのに、まだ消えずにいる。消えることができずにいる。
 もし神というものがいるのなら、なんと残酷なことをするのかと問いたくなる。
 それとも、この姿になる前の因果応報ということなのだろうか。
 星空を見上げる。その中心にいるかのように強く輝く月の光が鬱陶しかった。
 私を照らすな、この夜の闇に溶けて消えてしまいたいのに――そう憎々しく考えてしまうほどに。

「――あら? ちょっと、アナタ大丈夫?」

 不意にかけられた声に動揺しながら振り向くと、頭巾を被った一人の女性が立っていた。
 こんな森の奥深くに人がいるとは、と思ったがその姿を見て目を見開く。
 尻尾だ。月明かりを淡く反射するほど美しい毛並みを持つ尻尾があった。
 その視線に気付いたのか、「あちゃー……」と言いながら女性は頭巾を取る。
 その下には尻尾と同じく奇麗な長髪と、獣の耳があった。

「ちょっとワケ有りで家から逃げててね~。あたしは橘由羅。アナタは?」

 初めて出会った亜人に戸惑いを覚えながらも、彼女は呟くように自身の名前を口にする。

「――ストライクフリーダム」
「ストライク……フリーダムちゃん? 珍しい名前ねぇ。ま、いいわ。こんなところで立ち話もなんだし、
そこらへんで焚火でもしていかない?」

 ――忘れもしない満月の夜、それが二人の出会いだった。

「ンまァ~~~~~~~~~~~~~~~~~い!!」
「少しは静かに食えよこの馬鹿!」
「まぁまぁ、堅いことは言わないの。それにしてもホントおいしいわ~」
「ふみゃあ……メロディあついのたべられないよぉ」
「こっちに少し冷ましたものもある。メロディはこれを食べろ」
「うみゃあ! フリーダムちゃんありがとー!」
「う、うむ……」

 ほどよく味の染み込んだおでんの鍋を囲みながら、シンたちは夕餉の時を迎えていた。
 とはいえ、主に食事を楽しんでいるのは由羅、メロディ、ストライクフリーダムの3人でシンとフリーダムは次々に作らねばならない料理の合い間につまんでいるという実状だったが。

「いやー、しかしいつもより食べるのが豪華なのはいいねー。一層酒も旨くなるってもんさ」

 ストライクフリーダムの言葉に、メロディのためにおでんを冷ましていたフリーダムの動きが止まった。

「そうね~。いつものフリーダムちゃんの料理も悪くはないんだけど、シンくんのは結構手も込んでるわよね」
「みゃあ! シンちゃんのおりょりはおいしーのです!」

 続く由羅とメロディの言葉にキリキリとフリーダムの顔がシンの方へと向く。
 怖い。先ほどの殺気とは違う異質な気配にシンは反射的に目を逸らした。

「……一応素直にありがとうと言っておくけど、お前らまさかずっとフリーダムに作らせてたのか?」
「何分不器用なもんじゃけんのぅ……」
「あ~、最近はしっぽがぴか~んってこなくて調子が悪いわ~」
「家の中でくらい働けよこの社会不適合者ども」

 急に老け込んだ二人を半目で睨む。が、袖が引っ張られる感触に振り向くと笑顔を浮かべたメロディがいた。

「あのねー、メロディはフリーダムちゃんがくるまえからおねーちゃんたちのおせわをしててー、フリーダム
ちゃんがきてからもちゃーんとおてつだいしてるんだよー」
「そうなんだ、えらいなメロディは」
「えへへ~、シンちゃんにほめられましたー!」

 嬉しそうにはしゃぐメロディの頭を撫でながら、シンは思い出す。
 ――メロディ・シンクレア。
 自分の名前以外の記憶をなくした獣人の少女。
 由羅と同じ種族……ライシアンかと思っていたのだが、後に違うということが分かった。
 この無垢な少女はいったい何者で、どこから来たのか。
 そして由羅はなぜこの少女を拾い、匿っているのか。
 聞きたくとも聞けないことではあるのだが、やはり気になることは多かった。

「んま~、奥さん見ました今の?」
「見ました見ました。躊躇いの欠片もなく自然な動きで頭を撫でにいきましたよあの子」
「……ロリ?」
「……ペド?」
「よーしお前ら、躊躇いの欠片もなくブン殴ってやるからちょっとこっち来い」

 一睨みすると由羅は一斉に顔を逸らし口笛を吹き始めた。
 あからさますぎる反応にため息しか出てこない。性質の悪い二人が揃うと心労は二倍どころか二乗化していた。

「ったく、あんまりふざけてると帰るぞ俺は」
「まぁまぁ。っと、そろそろいい時間かね。少年、ちょっと酌してくれない?」
「何をいまさら……っておい、どこ行く気だ?」
「いいからいいから、こっちだよ」

 おもむろに立ち上がり二階へと向かうストライクフリーダムを慌てて追いかける。

「あらら、一人占めされちゃったわね。フリーダムちゃんジェラシー?」
「……冗談でもそのようなことは言われたくない」
「怒らない怒らな~い。それじゃあたしはフリーダムちゃんを独占しちゃうわよ~ん」
「なっ!? いきなり抱きつくのは……っ、どこを触ってるんですか!?」
「や~ね~。スキンシップでしょス・キ・ン・シ・ッ・プ」
「うみゃあ! メロディもすきんしっぷするー!」
「め、メロディ!? くっ、なんで私がこんな目に……! あっ、そこはやめっ……!?」

 ……心の中で合掌しつつ、フリーダムの無事を祈った。

「で、俺たちはどこで何をするって?」
「ここで、ナニを」
「……やっぱ殴っとくか」
「すいませんちょっと調子こいてました」

 深々と頭を下げるストライクフリーダムを見て、拳を鳴らすのをやめる。どうしてこうなることが分かってるのにあんな言動をするのか理解できなかった。

「で? さっきの答えを聞いてないんだけど」
「さっきも言った通り酌だよ。この上でね」

 そう言いながら、ストライクフリーダムは二階の天井を指差した。

「足元に気を付けなよ。落ちたら怪我じゃすまないだろうし」
「……それが分かってるんならこんなとこに連れてくるなよ」

 本当なら声を大にして抗議したいところではあるのだが、屋根の上でバランスを取るのに集中しなければなら
ないシンは控えめにそうツッコミを入れた。

「まぁ上まで来れば大丈夫でしょ。見なよ、キレイな空だ」

 なんとか体勢を取るのに慣れたので、ストライクフリーダムに倣い空を見上げる。
 なるほど、確かに奇麗な星空だ。円を描く月も満点の星々をより際立たせるように輝きを放っていた。

「それじゃ、まずは一杯よろしく」

 おっかなびっくりで腰を下ろして、シンは突き出された盃に酒を注ぐ。空を見上げながらグッと飲み干し、ストライクフリーダムは満足そうに頷いた。

「やっぱりいいねぇ、こういうのは。花見酒もいいけど私ゃ断然月見酒のが好きだね」
「そういうものなのか?」
「そういうもんさ。もっとも、私はなんとなくでしか分らないけどね」

 ……レジェンドの言葉を思い出す。彼女たちは、「人間の真似事」をしているだけに過ぎないと。
 ならばこうして月を眺め酒を嗜むストライクフリーダムも実際には何も感じていないということなのか。
 そもそも、何かを感じるという心があるのか。

「ん? どした?」
「……いや、なんでもない。ほら、空になってるぞ」
「おぉ、どーも」

 二杯目は、じっくりと味わうように何度かに分けて盃を空にした。
 そのタイミングを見計らいシンは声をかける。

「どうして今日は俺を呼んだんだ?」
「んー? こりゃ驚いた、私がやることに何か理由があると思ってたのかい」
「ずっと気になってたんだ。お前はともかく、由羅とメロディはいつも以上に羽目を外してるみたいだった。
それと何か関係があるのか?」

 はぐらかそうとするストライクフリーダムを無視して一気に攻めにかかる。
 ペースを乱されてはいけない。あくまで己を保ったままでいるように心掛ける。
 ヘラヘラと笑っていた少女の顔がだんだんと無表情になっていく。やがてかすかに揺らめく盃に視線を落としたまま黙り込んでしまった。
 が、突然。

「ハッ、ハハハハハ、アハハハハハハハ!!」
「お、おい……?」
「いやー、急にそんなシリアスになられても困るってーの! よーし、それじゃおじさんこの空気変えるために
ちょっと昔話しちゃうぞー! むかーしむかしあるところになー」
「っておい! 俺は真剣に聞いて……ってかなんで昔話なんだよ!? いいから俺の質問に」
「ライシアンっていう種族がいましたー」

 その言葉に、シンは言葉を詰まらせる。ストライクフリーダムの目が「聞くかい?」と問いかけていた。
 ……コイツは卑怯だ、そう考えながらもシンには首を縦に振る以外の選択肢がなかった。
 おそらく、いや確実にこれは自分が聞きたかった話と何らかの関係があるのだから。

「ライシアンはエルフや他の獣人族と違って亜人種の中では珍しい特徴を多く持つ種族だった。争いを知らず、
戦う力も魔力もほとんどない。その上男も女も美形揃いときたもんだ。どこで暮らしていたかは知らないけど、少なくとも彼らだけで生活するだけなら何も問題なかった」

 そこまで語ってから、ストライクフリーダムはクッと盃を煽る。空になった盃にまた酒を注ごうとして、シンの動きが止まった。
 いつか見たときと同じように、ストライクフリーダムの顔から一切の感情が抜け落ちていた。

「……けど、それも人間たちに見つかるまでの話さ。偶然発見し、戦う力をほとんど持たないと知った人間は
ライシアン狩りを始めた。ほとんどは生け捕りになったが抵抗した奴は美しい尻尾と耳を汚さないよう丁寧に殺されたらしい。ライシアンの毛皮も大層なブランド品らしいね、胸糞悪い話だよまったく」

 「なあ?」と聞かれシンは言葉に詰まる。この世界の者ではないとはいえ、同じ人間のやることとは信じたく
ないというのが本音だった。

「捕まったライシアンはそのほとんどが人身売買の組織に回されたって話さ。残った少数は移動の途中で死んだりで皮を剥がされたか、命からがら何とか逃げのびることができたかのどっちかさ」

 由羅もその少数であるということか。いつもの様子からはそんな過去があるとは思えなかった。
 だがすぐにシンは思い直す。こんな過去があったからこそ、あのような振る舞いをしているのではないか、と。

「ライシアン狩りが世間に知り渡ると人間たちの中でライシアンを保護すべきだという連中が現れた。節操もなく狩りまくったせいで希少種族になったもんだからバレるのも当然さ。だが結局、そんな法が作られることはなかった。
 せいぜいライシアンに対しても拉致監禁が違法になったってだけだ。見世物小屋で買われてるようなライシアンを救えるようなものですらないものだけどね」
「そんな、なんで」
「なんでかって? そりゃ法律を作るのも結局は人間だってだけの話さ」

 ……保護を叫びながら、当事者であるはずのライシアンたちはその法を議論する場にはいなかった。募りに募った人間に対する不信感があったのも確かだが、何よりも人間たちが当事者である彼らを議論の場に招くことをしなかったのだ。保護を訴えていた人間側ですら、である。

「そんな世の中で、ここエンフィールドへ何とか逃げることができたライシアンがいました。ある程度人間と交流を持ってはいても住まう場所は街の郊外で、自分の故郷が襲われた日には悲しさを紛らわすために酒をいつも以上にかっ食らう、そんなこんなでも今日まで無事に生きていますとさ」

 おしまい、と言ってストライクフリーダムはシンから徳利を取り上げると自分で盃に注ぎ、一息に飲み干した。
 ……シンは、ただ茫然と今聞いた話を反芻していた。
 受け止めるには、あまりにも重い話。自分が知りたがっていたものとはいえ、ここまでのものとは思ってもみなかった。
 思い返せば、今日の由羅はかなりの量の酒を飲んでいた。料理に集中するあまりそれほど気に留めてはなかったのだが、今の話を聞いた後では無茶をしていないかという不安が沸いてくる。
 だが、それを止めることはできないだろう。ストライクフリーダムもだが、メロディすらも止めるどころか一緒に騒いでいたほどだ。おそらくは今日という日を無事に過ぎるようにするために。
 由羅を、悲しみに暮れさせないために。

「……お前、そのために俺を」

 ようやく見えてきた今回の件にストライクフリーダムの顔を見る。
 先ほどの話もあってか今もその表情は硬い……

「――ふにゃ?」

 はずだったのだが、茹ったような赤ら顔で顔面のパーツが崩れかねないほど緩みまくっていた。
 その様子にシンの頬が引きつる。

「……お前、まさか酔っ払って」
「失礼なことをいうね。酔ってないよ、仮に酔ってたとしても酔っ払いという名のおっπ紳士だにょ」
「にょ!?」

 先ほどの重い空気はどこへやら、フラフラと身体を不自然に揺らしながらストライクフリーダムは「はて?」
とこめかみに指を当てて首を傾げた。

「はりゃ? なんの話してたんだっけ……「一瞬で終わらせてやる」からもう三週間も経っちゃったって話だっけ?」
「何の話だ!?」
「口を慎みたまえ。ウソは言ってません。一瞬を詳しく語っているだけです」
「だから何に対しての開き直りだよ!?」

 はぁ、と溜息をついてシンは立ち上がる。

「おろ? どこ行くのん?」
「そろそろフリーダムだけじゃキツイだろ。俺は先に下りるぞ」
「はいはーい。私ゃもちっとお月さん見てくよ」

 振り向かず気だるげに手だけを振って、シンは上ったときよりもさらに慎重に屋根から下りていく。
 やがてその姿が見えなくなり、それを確認したストライクフリーダムはポツリと呟いた。

「……私らだけじゃ駄目なのさ。悪いけど頼むよ、シン」

 ぼんやりと月を眺めながら、少女は盃を煽った。
「む? やっと戻ってきたか。奴はどうした?」
「まだ月を見てるってさ」
「そうか……ん? 何かあったのか?」
「いや、別に」

 投げやり気味に返しながら、シンは貯蔵庫を開け中から『あるもの』を取り出す。
驚くフリーダムをとりあえず無視し、まな板の上にそれを置いてシンは包丁を手に取る。

(あいつは、卑怯だ)

 自分にできないことを勝手に人に押しつけること、さらにそれを素直に頼むこともできないこと。
 正直に言えばかなり頭にきていた。事情を加味した上でも思うところが多々ある。
 故に、

(――やってやるさ!)

 その苛立ちも気力に変えて、シンは鯛の身に刃を滑り込ませた。

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最終更新:2010年10月18日 00:48
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