アットウィキロゴ

第1話 運命の夜

第1編ライズ・ハイマーパート


時はD26年三月末夜。
一隻の船が夜の闇の中、航海を続けていた。
目的の地は南欧圏トルキア地方最南端の小国ドルファン。
この客船は永世中立国スィーズランド発。
船の目的地たるドルファンは、近頃その領土を狙う隣国プロキアと対立しており、戦力増強の為に傭兵徴募を世界に向けて呼びかけていた。
その為、来るべき戦争を前にしてこのドルファン行きの船には多くの者が乗り込んでいる。
それぞれがそれぞれの思惑を秘めながら。


「何か海に落ちたぞ!」

騒ぎの声を聞きつけて、闇の中一人の少女が自室のベッドで目を覚ました。
美しい黒髪を三つ編みにし、人形のように端整な顔立ちをした少女、
ライズ・ハイマーは騒ぎの気配を感じて油断なく周囲に気を配りながら身を起こす。
今夜はなぜだか寝付きが悪かった事も、彼女の対応が早かった事の一因となっていた。
今回この船は徴募に応じた傭兵達を運ぶ事も兼ねている為、一般客と傭兵達の部屋の区画は分けられている。
一般客の区画に属するライズの部屋は、一応荒くれ揃いな傭兵達の区画よりはトラブルが少ないはずだが、それでももしもという事はある。
ドアに背をつけライズは外の気配を伺う。
不意にドアの外に何か重いものが落ちたような音がする。
続いて何やら騒がしい足音が響く。
「何か身を温めるものと着替えを……。」
そんな声が聞こえた。
遠ざかっていく気配が一つ、部屋の外に留まる気配が一つ。
イレギュラーは二人。そのうち一人が今もなお自分の部屋の外にいる。
だが張りつめた気配はまるで感じられない。
強盗にせよ物盗りにせよおかしい、ライズは違和感を覚えながらも警戒を強める。
ライズは僅かにドアを開け、外の様子を窺う。
そして彼女は視界の端に一つの異物を見つけた。

そこには全身ずぶ濡れで仰向けに倒れている一つの人影があった。
何者かしら? ライズは静かに近づきつつ胸中で問いを投げる。
近くの窓が開いている事からして、そこから侵入したのだろう。
ずぶ濡れの全身を浸した水が床を盛大に濡らしている。
外は雨というわけではない。
となるとこれだけの水量に身を浸しているのは海に落ちたからか。
先程聞こえた声も海に何かが落ちた、と告げていた。
つまりこの人物は漂流者で、先ほど走り去っていったのはおそらくその仲間か、とライズは見当をつけた。
ライズはかがみ込んで様子を探る。
不規則な呼吸が聞こえた。
海でおぼれていたというのは間違いなさそうだ、とライズは感じる。
暗がりで詳細はわからないが、その人物が身に纏う衣類は上半身と下半身がつながったタイツに近いもののようだ。しかし触れてみた感じでは材質に皆目見当がつかない。
丈夫さを感じさせるがそれでいて柔らかさと伸縮性があり、機能性に優れているようだ。
違和感を感じつつ、ライズは次により近づいて人物を観察する。
やはり暗がりだが、近づいてみるとなんとか顔の造形は理解できる。
どうやら若い男のようだ、とライズは見当をつけた。

暗闇で詳細はいまいち判別がつかないのでライズはさらに近づく。
その時、男の口から声が漏れる。
意味のとれない獣の吼えに似た叫び、だがしかしその荒い息遣いの中で放たれた声は、
確かに強い意志が込められているようにライズには感じられた。
それが彼女の気を一瞬奪う。
その時男の手が不意に動き、強く前に突き出されたそれがライズの胸元に当たる。
不意の事態にライズの顔に血が昇り、危機意識が反射的に行動をとらせた。
ライズは突き出されたその男の手を取り、次の瞬間男の体が宙を舞う。
盛大に投げ飛ばされた体が水を跳ねながら床に叩きつけられる音を聞いたあと、
ライズは我知らず呟く。

「私の体に触れるなら、それなりの覚悟が必要よ……。」

呟いた後、ライズは我に帰った。
思わず投げ飛ばしてしまったが、よく考えると重体の相手にまずい事をしてしまったのではないだろうか? ライズの胸中に警鐘が響く。
見ると男の呼吸はますます乱れ、一見して危機的な状況にある事がわかる。
早く措置をしないと命が危ないかも知れない。

暗闇の中、黒髪三つ編みの少女は一つ溜息をつき意を決した。

第2編シン・アスカパート


男はただもがいていた。
まばゆい光の中で、ただひたすらに。
意識を満たすのはただ眩い光のみ。
とらえどころのない浮遊感に支配されながらも、
男はただひたすらにもがき続けていた。
そうする事になんの意味があったのかはわからない。
守ると誓った少女は死んだ。
その仇である自由を名に冠した機体も倒した。
そして―――
『あんたがいけないんだ、あんたが裏切るからっ!』
先程の彼自身の声が思い起こされる。
それは少し凸の広い青髪の上司に向けた言葉。
少し頼りなくはあったし、殴られたりもした。
だけどそれでも仲間だと思っていた、上司。
それが理由はわからないが裏切った。
彼が落とした仇の機体は上司の親友が乗っていたという。
あるいはそれが原因だったのかも知れない。
そして追跡した自らが向けた刃はその上司のみならず、赤髪の同僚にも向けられていた。
彼と同年齢ではあるけど、どこか幼さを感じさせた女性オペレーター。
彼が機体を発進させる度に会話をし、乗っていた機体の特性上よく連携した相手だった。
彼女が何故上司について行ったのかわからない。
結局彼がした決断は彼女もろとも上司を葬る事。
世界の為に、戦友の為に、死んだ少女の為に。
そう自分に言い聞かせ、刃を振るった。
己の機体が突き出した刃が、二人の乗る機体をまさに貫こうとした瞬間。
それが彼の覚えている最後の映像。
あの後どうなったかはわからない。
ただあの状況で機体が進行方向を外れるとは思えず、二人が乗る機体も回避できるような状況ではなかった。
まず間違いなく、自機の刃は標的を貫いただろう。
光に包まれる混濁した意識の中、不意に一人の少女の顔が思い浮かぶ。
ショートの赤髪に特徴的な癖毛をした活発そうな顔立ちの少女。
アカデミーの頃から一緒で、同じMSパイロットとして何度も戦いをくぐった少女。
しかし、今よぎる顔は今までに見た事もないほどに悲しげな顔だった。
無理もない。自嘲の念が心に広がっていく。
自分が刺し貫いたはずの一人である女性オペレーターは彼女の妹だったのだから。
今頃彼女は妹の死を知っただろうか?
知ったなら彼女は妹を殺した自分の帰りを望むだろうか?
また一つ己の居場所を失った事に自嘲の笑いがこみあげる。

今、自分は何のために戦っているのだろう?
男は眩い光の中でたゆたいながら、自身に問いかける。
これまで戦いの中で大切な多くのものを失った。
これからも失っていくのだろうか。
ならば戦う意味は?
胸によぎる答えのでない問題。
自身が戦争によって家族を奪われ、守るための力を欲して選んだ戦いへの道。
だが戦う為の力を得て、その力を高めてもなお、戦いの中で多くのものを失っていく日々。
生きていくこと自体が一つの戦いの中であるならば、この失い失わせ続ける連鎖の中に戻る意味がどこにある?
そんな思いが男の中によぎる。
だがそんな思いに反して彼はあがく事をやめない。

―――起きて―――

不意に体に温かなぬくもりを感じ、どこからか自らに向けられた声が聞こえる。
ああ、呼ばれている。
そう感じた時、男の中に何かが湧き上がる。
多くのものを失いながらも、それでもなお戦い続ける意味があるのなら、
求めるものがあるというなら、

―――俺は何度だっていつまでだってあがき続けてやる―――

感情が爆ぜ、体中に何かが逆流するような感覚が満ちる。
男を取り巻いていた光の世界は砕け散り、むせかえるような苦しみの中、
その意識は闇に沈んだ。

「―――きてください! 起きてください、主様!」
なにやら元気な子犬を思わせるうるさい声が聞こえる。
男の閉じられていた両瞼は開かれ、その赤瞳の眼が周囲を見据える。
最初は不確かな輪郭だった世界は、意識の覚醒につれ、徐々にその像を鮮明なものとしていく。
どこなんだ、ここは?
まだはっきりしない意識の中、おぼろげに抱いた疑問。
それをとりあえず声の主に聞こうとして視線を泳がせその姿を探す。
周囲がはっきりとしてくるにつれ、自身の視線の先に、それも自分の顔と極めて近い位置に何かがある事に気づいた。
なんだ?
そう思う暇もあらばこそ、その何かは輪郭を鮮明にしていく。
薄暗い明りに照らされるそれは、透き通るような美しい白い肌、ポニーテールでまとめられた緩やかな髪質のプラチナブロンド、この薄明かりの中でも光を放つ、印象的な金の瞳に涼やかな目元、全体的に計算されたかのように整った顔立ちは、黙っていれば高貴な令嬢の気品さえ漂わせそうではあるが、その表情に満ちる感情が良い意味でも悪い意味でもそれを打ち消している。
男にとっては見覚えのない美しい少女の顔立ちが、自身の顔の極めて近くにある。
正確にいうとそのまま少し顔を上げれば重なってしまいそうな程すぐ上に。
「な、なななな……!」
どうやら自身がその少女に押し倒されているような形である事に、今さらながら気づきながらも、状況がいまいち飲み込めない男は言葉にならない戸惑いの音を口から漏らすしかなかった。男の頭が意味もなく揺れ、その黒髪がやや乱れる。
問題の少女は、目の前の黒髪赤瞳の男の様子を見て、はっきりとわかる程にその表情に一つの感情を宿す。
すなわち抑えられない程の歓喜を。
黒髪赤瞳の男はその瞬間、何か嫌な予感がした。
「よかった! 目を覚まされたのですね、シン・アスカ、私の主!」
少女は弾んだ声をあげるとそのまま男にのしかかり、きつく抱き締める。
「な、なんなんだよ、あんたは。俺が主?」
黒髪赤瞳の男、シン・アスカは理解できない状況の中、たまらず困惑の声をあげた。
今の彼にわかったのは、周囲の薄暗さと少し離れた窓から見える星空からして今は夜だという事だけだった。
かくして彼、シン・アスカにとって運命の夜が始まった。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年10月18日 17:41
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。