<ソードインパルスの憂鬱~いつか来る日のために~:前編>
――昼のピークを過ぎ、ある程度落ち着きを見せ始めたさくら亭。その厨房でフォースインパルスは機嫌よく
鼻歌を口ずさみながらシチューをかき混ぜていた。
その頭には、三輪の花をモチーフにした真新しいヘアピンが付けられていた。
時折そっとその位置を確かめては堪え切れないように笑みを浮かべるフォースの様子に、ブラストが呆れた
ような声を漏らす。
「まったく、ずいぶんと気に入っているようだな」
「えへへ……だって元マスターから買ってもらったものなんだもん」
一時間ほど前の話になる。ストックが切れたものを買出しに出たフォースは途中でシンと会い、夜鳴鳥雑貨店
まで付き合ってもらったのだ。そのときにふと目に着いたヘアピンを見ているのを気付かれ、そう高いものでは
ないからと買ってくれたのだった。
そのとき、ブラストとソードは昼の多忙な時間を終えて仮眠をとっていたので気付いたときにはヘアピンを
付けて上機嫌になっていたフォースがいたのだった。
「私たちが寝ている間にそんなことがあったとは、不覚だったな。それにしてもヘアピンとは珍しいな?」
「きれいな花だったからちょっと気になって……でも買ってくれるなんて思わなかったなあ」
「少し前まで鉛筆をかじりながら飢えを凌いでいたわけだからな。まぁ、よかったなフォース」
「うん! 今日はいっぱいがんばろーっと!」
そう言いながらフォースは砂糖の大袋の開け、シチューの中になみなみと投入した。
「……フォース」
「え? って、あぁっ!?」
「浮かれすぎだ、まったく……?」
そのときになり、ようやくブラストは気付いた。
すでに起きているはずのソードが、先ほどから一言も喋っていないことに。
「どうしたソード? ツッコミ役がサボっていては私もボケ辛いのだが」
「……誰がツッコミ役だ誰が」
不機嫌さを隠そうともせず吐き捨てるようにつぶやくソードの様子に、ブラストは声に出さずフォースへと
語りかける。
(今日はいつにも増して不機嫌だが、心当たりはあるか?)
(う、う~ん……ちょっと思いつかないかなぁ)
(私もそうだが、もしかすると些細なことが原因かもしれん。少しでも気にかかったことはないか?)
(ひょ、ひょっとして私の秘蔵コレクションがバレて!?)
(……それこそ初耳だな、いったい何を集めてる?)
(ち、違うよ! そんなに変なものじゃないから! ちょっと、男の人同士で、その、いろいろしてるだけで!)
(またあの黒ダガーの作品か?)
(あの人の作品は主人公が元マスター似だからいいんだけど最近は別の人のもちょっとってだから違うよ!?)
(嗚呼……純粋で可愛げがあった頃のフォースは何処へ行ってしまったのだろう。私の妹があんなに可愛いはず
がなかったということか)
(だから!)
「……お前ら、アタシに聞こえてないとでも思ってるのか?」
こめかみをヒクつかせながら震える声で二人の会話に割って入るソードに、ブラストは溜息をついた。
「本当にどうしたのだソード。いつもなら先の会話の間に最低でも四度はツッコミを入れていただろうに」
「え? え? そんなところあったかな……?」
「すまないフォース、今だけ黙っていてくれ。話がややこしくなる」
むー、とむくれるフォースのことは一端置いておくことにして――そして秘蔵コレクションとやらを早々に
回収、もとい処分することを堅く胸に誓って――ブラストはソードへと語りかける。
「ソード、私たちは文字通りの三位一体だ。そのうちの一人であるお前がそんな調子では我々もいつものように
過ごすことができなくなる。相談のひとつもなしというのはいくらなんでも酷いとは思わないか?」
「なんでもないって……」
「どこをどう見てもそうは思えん。意固地なのはいつものことだが、今回は少し度が」
「なんでもないって言ってるだろ!」
しん、と一瞬にして場を静寂が支配する。
突然の激昂にブラストとフォース、そして誰よりもソード自身が驚きを隠せず絶句してしまっていた。
(――参ったな)
今度は自らの胸の内だけでブラストが呟く。
彼女自身、ソードの苛立ちはフォースがシンとデートをしたことが原因だと考えていた。
だがそれにしても今回は異常だ。単純にそれだけの問題とも思えないような雰囲気である。
しばし考えを巡らせて、ブラストは二度目の溜息と共に言葉を漏らす。
「……分かった。話す気はないということか」
「だから、さっきから言ってるけどなぁ」
「ならば我々ではなく適任者に頼むとしよう」
え? と声を上げるソードとフォースを無視し、ブラストはさくら亭の事務室へと向かう。
何をしようとしてるか見当もつかずその説明を待つ二人の気配に気付かないフリをしながら、真新しい便箋を
見つけ出しペンを取る。
そして、簡潔極まりない一文をさらさらと書き記す。
――突然のことで申し訳ありません。少し相談したいことがあります。今度の日曜日、陽の当たる丘公園の
入り口で待ってます。
――ソードインパルスより、シン・アスカ様へ。
「なっ!?」
「えぇっ!?」
驚く二人の少女をスルーし、テキパキと便箋を折り畳み封筒の中に入れ、宛先を書き切手を貼りつける。
「おおおおおい!? 何してんだよ!?」
「黙れ。今忙しい」
そのまま厨房から出てホールを過ぎ店の外へと赴く。タイミングがいいことに店の前に置かれた郵便箱の中身
を回収しに来た局員がいた。
「すまない。これも頼む」
戸惑いの表情を見せる局員に手紙を押しつけ、ブラストはそのまま店に入り店内まで戻った。
「で、何か用かソード?」
「何かじゃねぇよこの馬鹿! この何十秒かの間のことを徹頭徹尾懇切丁寧に納得いく形で説明しやがれ!」
「分からないか? デートの御膳立てだ」
「デェ!?」
「ト!?」
電光石火の如くセッティングされたスケジュールにソードとフォースは絶句する。
厨房まで戻ったブラストは椅子に座ると脚と腕を組み、確認するように告げる。
「今度の日曜……まぁ元マスターの予定が空いていればだが公園で会い相談のついでにデートをする。何か問題
はあるか?」
「ありまくりだろうが! なんでアタシの名前で誘ってんだおい!?」
「相談があるのはお前だからな」
「だからそんな必要は!」
「いい加減にしろソード」
ゾッとするような声音になったブラストにソードは気圧され言葉を詰まらせる。
「さっきも言ったが、お前が悩みを抱えれば私とフォースにも影響が出る。強引だろうがなんだろうがさっさと
解消してもらわなければ困る。一番迷惑なのは我々の方なのだからな」
「ブラストちゃん……」
一触即発の空気を纏うブラストにフォースが戸惑いの声をあげる。
そう、すでに影響は出ている。
ソードは悩みを抱えたままそれを相談することもせず、それに対しブラストは怒り、フォースは二人をなだめ
ようとするが良い手段が浮かばないのか何もできずにいる。
その現実を身をもって味わったソードは歯がみしつつ、しかしブラストの言い分が分からないわけでもなかっ
たので拗ねたように息を漏らした。
「……ったく、わぁーったよ! やりゃいいんだろ」
「ようやく覚悟を決めたか。まったく、手間のかかる奴だ」
「あ、あはははは……でも、どうするのブラストちゃん? 私たちがいたら相談はできないし」
「私とフォースは寝ていればいい。それなら二人きりで話せるだろう」
「ちょ、ちょっと待て! じゃあ、その、えっと、で……デートの方は」
「そっちも頑張れ」
「あ、ううぅ……」
縮こまる気配に嘆息して、ブラストはいくつかのプランを思案する。
「……まぁ、何とかしてみよう」
「大丈夫なの?」
「私にいい考えがある、というやつだ」
「信じていいんだろうな……?」
「私を信じろ」
「まぁ、そういう話も結構なんだけど」
と、突然響いた4つ目の声に顔を青くしつつブラストは振り返る。
「……この吐き気がするほど甘ったるいシチュー、どうするつもり?」
笑顔の仮面を被った鬼と化したパティにより、インパルスたちは軽く地獄を見たのだった……
「……うーん」
「? マスターどうしたんですか?」
日も暮れて少し経った頃のエンフィールド。仕事を終えジョートショップに戻ったシンはアリサが夕食を作っている間に郵便を確認して、その中に自分宛の手紙があることに気付きその中身を読み……そして唸った。
「いやな、この手紙」
「ん? えーと……これホントにソードお姉ちゃんが書いたんですかね」
「違和感があるのは確かだな」
届け人の印象と簡潔であるが丁寧にまとめられた文のギャップに二人は揃って奇妙なものを感じていた。
「どっちかっていえばブラストお姉ちゃんっぽいですね」
「ますます理由が分からないな……でも、相談したいことか」
「どうするんですか?」
聞かれてしばしシンは悩む。
今週の日曜。暇といえば暇である。特に予定などは入れてない。
手紙自体は少しきな臭いものがあるが、相談したいことというのが気になるのも事実だ。
手紙の真偽の確認もすぐにできるが……妙な疑いをかけていると知れば相談も何もなくなりそうだった。
「とりあえず、聞くだけ聞くことにしよう」
「えっと、じゃあ私は?」
「あー……来ない方がいいだろうなぁ。相談ってことだし」
む~、と膨れるデスティニーをなだめようとするが、それよりも早く素っ頓狂な声が上がった。
「それってつまりデートッスか!? デートってことッスか!?」
ぎりりとつり上がるデスティニーの目を見ないフリをして、シンは足元で喚く犬のような狐のような動物を
見下ろす。
「……いつから聞いてたテディ?」
「伊達に大きな耳はしてないッス!」
「テディ、真剣な話なんだからからかっちゃ駄目よ」
台所から出てきたアリサがテディを抱え上げる。
それほど厳しい口調ではないのにあれだけはしゃいでいたテディがしゅんとうな垂れてしまったのはこの
程度の叱責すらも珍しいこの人だからなのか、とシンは思った。
「シンクン。私はその子のことはあまりよくは知らないけど、誰かに相談を持ちかけるということはそれだけ
信じられているということだと思うわ」
「信じられている……」
「だから、助けてあげなさい。あなたのことを信じてくれている人のために」
まるで本当の母親のように慈しみを込めて言うアリサに、シンは力強く頷いた。
「……私からも、お願いするです」
「あぁ、わかったよデス子」
拗ねたような様子でありながらそう言ったデスティニーの頭をシンはわしゃわしゃと撫でる。
少し乱暴ではあったが、デスティニーはそれに抵抗することはなくただくすぐったそうにそっぽを向いた。
――日曜日の朝。
陽の当たる丘公園はいつにも増して人で賑わっていた。
子供は当然として、家族連れもかなり多く見られる。
かなりの広さを持ちその全容を知る者は極端に少ないと言われるこの公園とはいえ、ここまで活気づいている
のは珍しいことだった。
そして、その入り口に腕を組んで人を待つ少女が一人。
いったいどこで仕立てたのか、元より少女の纏う鋼の衣の冷たさに温かみを与えるようなゴシック調のドレス。
燃えるような赤を和らげるように肩やスカートにあしらえられたピンクのフリルが風に揺れていた。
「――完璧だ」
「……おい、こりゃどういうこった」
誇らしげに笑う少女の内から抑えきれない怒気を滲ませた声が漏れる。
少女――ブラストは聞かれた意味が分からないと言うように眉根を寄せた。
「何か不満が?」
「ありまくりだこの馬鹿! 服にしたってそうだがなんでわざわざアタシの色に塗ってんだ!?」
ソードの言うとおり、ドレスで隠れていない装甲部分はソードのものと同じ色に変えられていた。
見た目だけであれば完全に『ドレスを着たソードインパルス』なのである。
「えっと、デートも相談もソードちゃんに任せるはずだったんだよね?」
「それができれば理想的だったが、どうしても踏ん切りがつかないようだからな。予定変更だ」
仕方ないとでも言うように溜息つきながらブラストは説明する。
最初はソードに変装したブラストがシンとデートすることで話しやすい雰囲気を作りあげる。いざ本題に入る
というタイミングで入れ替わり、以降ブラストとフォースは引っ込むという作戦だ。
「これならば問題あるまい。多少の仕草などの違いは着慣れないドレスのせいと言えばいいしな」
「大丈夫、かなぁ?」
「そもそもブラストがアタシの真似できるのかが不安なんだが」
「何を言う、私を信じろ」
「すでに何を信じていいのかわからないんだが」
「あ……来た!」
フォースの声に目を向けると、シンが一人でやってきた。ほぼ同時にインパルスの姿に気付いたらしく、まっ
すぐに向かってくる。
「デス子はいないか、好都合だな」
「おいおい、ホントに大丈夫なんだろうな?」
「信じろと言った」
そうしたやり取りの間に、シンは目の前まで来ていた。
「よお……ってまたすごい格好だな。いったいどうし」
「赤いぞ!」
「は?」
「マジ赤いぞ!」
「何の自己主張!?」
「っていうかそれのどこがアタシの真似だおいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「え?」
「「「あ」」」
――5秒でバレた。
最終更新:2011年01月22日 06:27