<ソードインパルスの憂鬱~いつか来る日のために~:後編>
「お前な……目立ちたいのか目立ちたくないのかどっちなんだよ」
蹴られた背中をさすりながらシンは控えめに抗議するが、ポップコーンの詰まった紙袋を抱えたソードは頬を
膨らませたままそっぽを向いた。
「……元マスターのせいだろ」
「俺が何をしたと」
「い、いきなり変なこと言ってムグッ!?」
真っ赤な顔をして叫びかけたソードの口をシンは慌てて塞ぐ。
まだ劇は始まっていないとはいえ、観客席はほとんどの席が埋まっていた。
それだけの人間がいる中で大声をあげればどうなるかは、言うまでもないだろう。
「あ、あはははは……どーもすいません」
周囲360度から向けられる白い目に愛想笑いを浮かべながら――厄介事も多い何でも屋の必須スキルである――、
シンはそっとソードの口から手を放した。
「……はぁ。とにかく静かにしてろよ? 俺もしばらく黙ってるから」
ふん、と鼻を鳴らしてソードはもしゃもしゃとポップコーンを頬張り始める。格好だけならお嬢様なのに行動
が伴わないのはもったいないとか、食べカスが口周りに付いてるとか、そもそも俺もそれ食べるつもりだったん
だけどとかいろいろと思うところのあるシンではあったが、舌の根も乾かぬ内にあれやこれやと口を出しては
二の舞三の舞であるのは明らかだったので黙ってハンカチを差し出した。余談だが常にハンカチを持ち歩くよう
になったのはアリサさんの指導の賜物である。
目の前のハンカチをきょとんとした目で見ていたソードだったが、すぐにその意味を察し奪い取るようにハン
カチを受け取るとぐしぐしと口周りを拭った。
(――なんだかなぁ)
今の自分を客観視するとあまりのらしくなさに頬がひくつく。ソードインパルスという少女に対する認識を
少し改めなければいけないかもしれない。
なんというか、突発的な出来事に対して過剰に反応しすぎるのだ。
こういうところをフォースやブラストが抑えることで今までバランスを取ってきたのかもしれない。
(これじゃ本題に入るのもすぐにってわけにはいきそうにないな……)
ふくれっ面のソードを横目で見ながらいろいろと長くなることを覚悟する。面倒であることは否定できないが、
だからといって投げ出すわけにもいかないのだ。
「――お、始まるぞ」
客席にベルが鳴り響き、灯りが落ちる。
ソードからの返事はなかったが、意識はポップコーンから舞台へと移ったようだった。
それを確認して、できれば払った分程度には楽しめるものであってほしいと安くはなかったチケット料を思い
出しながらシンも劇に集中することにした。
――かつて、『王都』が存在した時代。
一人の英雄がいた。
凶悪な魔物を何匹も討ち倒し、どんなに強烈な魔法を放たれようとも恐れず立ち向かう勇猛果敢な兵士だった。
王国軍の誇る精鋭部隊――余談だがエンフィールドの精鋭部隊は後の自警団の前身である――、さらに王直属
ともなればどれほどのものか想像もできるというものだろう。
彼は平民出身ではあったが、その能力の高さと人柄の良さから一部の兵を除いて人望もあった。
そして、確かな忠義の精神を兼ね備えていた。
彼は国と、そこに住む民と、その地を統べる王のために鎧に身を固め、剣と盾を手に尽くしていた。
……とまぁつまるところこういった導入で始まった歌劇だったが、その時点ですでにシンは多少げんなりと
していた。
絵に描いたような英雄のイメージそのものである主人公は幾多の戦いに先陣を切って挑み、勝利へと導いた。
この時代は大陸の南方に位置する『王都』と北方のとある国家の小競り合いが頻発していた時期らしい。
史実に基づいたものではあるのだろうが、そのあり得ないほどの活躍にどうにもこの英雄に対して胡散臭さを
感じてしまう。
自分はひねくれているのだろうか、そんなことを考えてしまう。英雄という言葉自体にあまり良い感情を抱い
ていないというのもあったかもしれない。
――物語はクライマックスに突入する。敵対国の魔法兵器により周辺の衛星都市群が消滅し、次の標的は王都
であるという噂が自軍内に広まり始め脱走兵まで現れるほど追い詰められていた。
王は体勢を立て直すべく王都の中枢をさらに南方へと移すことを決意するが、ひとつの問題があった。
目と鼻の先まで攻め込んできている敵軍を食い止めるための兵が足りなかったのだ。
そこで英雄は自ら名乗り出る。「私が赴けば敵軍の注意を集中させることができましょう」と。
だが王はその申し出を受け入れることはできなかった。王は名君とは呼べるほどの人物ではなかった。国を
愛する心はあったが人の上に立つ器ではなかったのだ。国全体の士気は英雄の活躍故に保つことができていた
のだった。
「お前を失うわけにはいかない」と王は言う。だが英雄はこう返す。「英雄は、必要となれば私でなくとも
立ち上がる者が現れましょう。ですが王はあなたの他に代わりはない。御身こそが後の我が国のために必要なのです」。
かくして、英雄は自らの身を用いて囮の任を負った。英雄を打ち取らんと浮足立った敵軍は少数の兵にばかり
気を取られ密かに王都を抜け出した王たちに気付くことはなかった。
王の無事を確認し撤退を始めようとした英雄だったが、直後に王都に魔法兵器が撃ち込まれた。
周辺に展開していた英雄は率いていた兵とともにその余波を浴びてしまう。
しかし英雄は生きていた。片足を失い二度と戦地に立つことはできなくなったが、無事に王の元へと帰還する
ことができたのだった。
翌年、王都に攻め込んできた敵国は備えが整う直前に近隣国の侵攻を受け、事実上追撃を諦める形となった。
さらにその後いくつもの協定を経て大戦は終わる。それは同時に英雄の価値の終わりでもあった。
元より戦争があってこその名声であった。足を失い終戦してしまえば自ずとその機会は失われた。
王都は戦後共和制の「政府」としてさらに遷都する。王もまた移り行く時代に流され、王制の名残があっては
ならぬとその地位から身を退いた。
しかし二人に後悔はなかった。互いにあの戦争で散ることを半ば以上に覚悟していた身、生きて平和な世を
生きられるとは思ってもいなかったからだった。
終戦後数十年という時を経て、二人は再会する。「お前がいたから私は一時の王でいられた」「あなたがいた
から私は英雄として戦えた」。互いをそう讃え合った二人は、その後晩年まで友として交流を続けたのだった。
――幕が下り、客席から喝采と拍手が上がる。
先ほどの不機嫌さが嘘だったかのように気が付けば物語に没頭していたシンも慌てて拍手をする。
ふと気になり隣を見ると、ソードが無表情のまま固まっていた。
自分と同じく見入ってしまっていたのか、と考えたが少し様子がおかしい。
かすかに揺れる視線。それはまるで、あの劇を通して何かの答えを探しているかのようだった。
「いやー、結構おもしろかったなー」
凝り固まった肩をほぐすように腕をグルグル回しながらソードは満足そうに告げる。
劇場から少し離れた遊歩道。当て所なく二人並んで歩きながら先ほど見た演劇を振り返っていた。
「そんなに人数いなかったのにあんなに迫力があるなんて思わなかったな」
「そうそう! 特にクライマックスの戦いのとことかすごかったなー」
上機嫌に語るソードの口ぶりから本当に楽しんでいたことは分かる。
だがその様子がどこか浮ついているというか、別のことを考えているようにも見えた。
「……本当、面白かった。楽しかったなぁ」
興奮気味だった口調が落ち着き、次第に見え隠れしていた別の感情がソードの表情に現れる。
空を仰ぐソードの顔は、かすかな憂いの色があった。
「ソード……?」
足を止めた少女に遅れてシンも立ち止まる。
人があまり通らない時刻だからなのか、道の真ん中で二人は言葉を交わすこともなく佇む。
少女は空を見上げ、少年は少女を見つめながら。
……時が止まったのかと錯覚してしまうほど間を置き、ソードはそっと呟いた。
「――いつまで、こんな日を過ごせるのかな」
その言葉の意味を察して、シンは息を呑んだ。
同時にそれが彼女が思い悩んでいたものであることを理解する。
「別にさ、消えちまうことには文句はないんだよ。アタシらみたいなのがこうして存在していることの方が異常
なんだ。自然なことだ。納得はしてるさ」
自身に言い聞かせるようにソードは告げる。だが水平に戻された瞳は、その言葉ほど割り切れているようには
見えなかった。
「でも、時々考えるんだ。いったいどう消えるんだろうなってさ。何の前触れもなく突然に? だんだん力が
抜けていって衰弱しながら? それとも……最初からいなかったみたいに誰にも気付かれることもなく?」
自嘲するように薄く笑いながら少女は言う。いつもの勝ち気な姿からは想像できないほどに、あまりにも儚げ
だった。
「別にアタシらがいなくなっても、ちょっとみんなに迷惑がかかるくらいでこの街に大した影響はないってのも
なんとなく分かる。じゃあさ、アタシらってなんでここにいるのかな? 今日みたいにいろいろ楽しかったり
さくら亭でいっそ笑いだしたくなるくらい忙しさに追われたり特に何もない日々を過ごして、そういうのも一緒
に消えてなくなるのなら――なんでここにいるのかなぁ」
それはおそらく、人間でも誰もが一度は思い悩むことと同じだろう。
何のために生き、何のために存在しているか。
違うのは、彼女たちの消滅は人間の寿命よりも遥かに早く訪れるということだ。
覚悟や納得はすでにしているとソードは言う。レジェンドも同じようなことを言っていたような気もする。
だが、それでも考えてしまうのだろう。自らの存在意義を。
ソードだけではなく、きっと他のMSたちも同様に。
「……それが、悩みだったのか」
「本当は話す気なんてなかったんだけどな。適当に誤魔化すつもりだった。けどいろいろさっきので考えちゃってさ」
あの演劇では、王も英雄も己の未来を少なからず予感していながらも責務を果たし、果てにその地位を失った。
しかし生き残った彼らは平和な時を生き元々の立場を超えた友人となった。
だが、彼女たちはどうだろうか。
いずれ来る結末の先には何もない。今しかないのだ。
ましてMSの存在意義である戦いすらも滅多に起こらない。
ならば今、彼女たちは何を以ってその存在に意味を持たせられるというのか。
「ごめんな、元マスター」
「……なんでお前が謝るんだよ」
「こんなこと言われても困るだろ?」
確かに、この件に関してはシンがいかに力を尽くそうとも解決する術はない。
救いたくても、救えない。残るのはただ自分の無力さだけだ。
しかし、
「だからさ、こんなことさっさと忘れて……」
そのあまりにも小さく、それこそ今にも消えてしまいそうな姿の少女を放っておくことなどできなかった。
気が付けば、ソードを抱き締めていた。
ここに在ることを確かめるように強く両手に力を込める。
「なっ、何して……!?」
「――覚えてるから」
感情がそのまま言葉になったように声が漏れる。反射的に手を振りほどこうとしたソードの手が止まった。
「俺は死ぬまで覚えててやるから! お前らのこと誰一人として忘れてやるもんか!」
「……何、を」
「大体な! お前ら忘れられるような影薄い奴らじゃないだろうが! どいつもこいつも印象強過ぎるんだよ
良くも悪くも! 一度でも関わったら忘れるわけがないだろ! マスターやパティやリサだって同じに決まっ
てる! お前らがこの街でどれだけ有名なのか少しは自覚しろよ!」
もはや何を言いたいのか自分でも分からなくなってくる。
だが、確かに約束できることなどこれしかないのだ。
――死ぬまでソード達のことを忘れない。
だがそんなことしかできない自分を情けなく思う暇などない。
今はただ呼びかけるしかないのだから。
「とにかく! 俺は絶対に忘れないからな! 今日みたいに楽しかったこともお前らのせいで苦労させられた
ことも何でもない日のことでも! 今までのこともこれから先起こることもずっとだ!」
その言葉を、どう彼女が受け止めたのかは分からない。
ただ、
「――ありがとう、マスター」
そう返した言葉には、穏やかな響きがあった。
――その動きを、∞ジャスティスは確かに目で追えていた。
しかし、
「むっ……!?」
無防備のまま鼻先に突き付けられた切っ先は、身体が反応しきれなかったことを証明していた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
大きく肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返すデスティニーは、しばらく間を置いてようやくその結果を把握
する。
「やっ、た?」
刺突の姿勢のまま確かめるように呟く。傍で見ていたセイバーも驚きに目を見開いていた。
∞ジャスティスを相手に、一本を取った。
真剣勝負ではないとはいえ初めてのことだった。
「やった……やっ」
「ぬうぇりゃあ!」
顔を綻ばせるデスティニーのこめかみに、∞ジャスティスのつま先が突き刺さった。
冗談のように吹っ飛んだデスティニーが壁に激突し土煙が上がる。茫然とその様を眺めていたセイバーは青ざ
めた表情で∞ジャスティスの方を見る。蹴りを放った状態のまま、済ました顔をしていた。
「……なに、するんですか」
よろよろとつたない足取りで土煙の中からデスティニーが現れる。怒気を隠しもしない声音にセイバーは身を
すくませた。
「ただの一度取ったくらいで浮かれるな!」
「はぁ!? それでいきなり蹴り入れるってどんな理屈ですか!?」
「うるさい! 私に何十本と取られた末に一本取った程度で満足したわけではあるまい!?」
「要するにただ悔しかっただけじゃないですか!」
ぎゃあぎゃあと言い合いを始める二人にセイバーは苦笑する。
結局のところ、どちらも負けず嫌いという共通点があるのだ。どちらが勝ってもこうなることは明らかだった。
しかし、
(……なんだろう、少しうらやましい)
この数時間で目に見えて強くなったデスティニーに対して、セイバーは羨望の念を抱いていた。
どうしたらここまで強くなれるのだろう? 何を想えばここまで強くなろうとできるのだろう?
「あったまきた! こうなったら一度と言わず何度だって勝ってみせるです!」
「上等だ! ならばその何倍、いや何十倍と討ち取らせてもらうぞ!」
……結局、それから日が暮れるまで訓練を続ける二人に巻き込まれる形でセイバーも体力の限界まで付き合わされた。
だが以前までとは違い、ほんの少しではあるが前向きに訓練に取り組むことができたのだった。
「今日は悪かったな、なんかいろいろややこしいことになってさ」
「それを気にするくらいなら、すぐ手を出す癖をなんとかした方がいいぞ」
「う……まぁ、努力はしてみる」
馴染みのセントラルロットに戻り、シンとソードはそれぞれの場所への帰り道を歩いていた。
シンはジョートショップへ、ソードはさくら亭へ。
そして今、それぞれの帰る場所への分かれ道に立っていた。
「それじゃあ、またなマスター。またウチにメシでも食いに来なよ」
「余裕があればそうさせてもらうさ」
「時間と金のどっちに?」
「……ノーコメント」
ははっ、と小さく笑ったソードは歩き出す。その背中にシンは声をかけた。
「ソード」
「ん?」
夕陽を背に振り返る少女の姿に、シンは息を呑んだ。
「……いや、また劇でも観に行こうな」
呆気にとられたようにきょとんとしたソードだったが、その顔はすぐに笑顔へと変わる。
「時間と金と、服に余裕があったらな」
「お前も大概良い性格してるよな……」
手を振りながらさくら亭へと帰るソードを半目で見つめながら、フッとシンは笑みを漏らす。
「さて、俺も帰るとするか……って、ん?」
ジョートショップへと足を向けようとして立ち止まる。
見覚えのある赤い羽の少女が、フラフラとシンが向かおうとしていた先にいた。
「デス子?」
「あ、マスター」
何故か上から下までボロボロになっているデスティニーを訝しげな目でシンは眺める。
「……何してたんだお前?」
「……まぁちょっと、いろいろあって」
ごにょごにょと口ごもるデスティニーをしばらく眺めていたが、溜息をひとつしてその頭をそっと撫でる。
「まぁいいや。夕飯の前にちゃんと身体洗っとけよ」
「あうう、なんでいきなり頭撫でるんですかぁ?」
「気にするな……大変だな、お前らも」
不思議そうな顔で見つめてくるデスティニーを見ながら、この少女たちに自分ができることは何かないかと、
そう考えるシンだった。
――シンと別れてしばらく経ってから、ソードはぽつりと呟いた。
「……よう、もう喋ってもいいぞ」
「うぇ!? って、あ」
「なんだ、気付いていたのか」
「本当に引っ込んでるとは思わなかったからな。まぁ、ブラストはともかくフォースまで見てたとは思わなかったけどさ」
申し訳なさそうにシュンとなるフォースと、清々しいまでに開き直るブラストにソードは知らず苦笑を漏らす。
「お前らにも悪かったな。いろいろお節介までさせてさ」
「それはいい。だが……なぜ我々に相談しなかった?」
「あんな相談、されたところで困るだけだろ? なんだかんだで私らは一心同体なんだ。答えなんて出るわけ
がない。そういう意味じゃマスターに相談ってブラストの考えは間違っていなかったしな」
押し黙る二人の気配は、ソードの言葉を肯定していた。
「けどまぁ、もういいさ」
すっきりしたように言いながら、ソードは着ていたドレスを脱ぎ捨てる。
その下には、この夕陽よりも紅い色。彼女を彼女たらしめる情熱の色があった。
「グダグダと悩むのはもうやめだ。アタシはアタシらしく最期までやってくさ」
それが、今日のシンに対する一番の感謝であると思った。消えるその時でさえも笑えるようになろう。それま
での思い出を頭に描きながら、「ここにいてよかった」と思える最期であろう。
それが、自分で最も納得できた答えだった。
「お前らもアタシの悩みのことなんか気にしてる暇があったらよ、少しでも自分のための思い出でも作れよな」
「ふん、言われるまでもない」
「そうだね。みんなでいっぱい思い出作りたいなぁ」
それぞれの反応に満足そうに頷きつつ、ソードは頭のヘアピンをそっと指でなぞる。
青と赤と緑の花を模したヘアピン。彼が与えてくれたもの。
それを意識すると、ソードの胸の内は安らぎを覚えた。
「それはそうとソード、いつの間にそこまで積極的になったのだ?」
「あ? 何の話だ?」
「え……気付いてなかったの?」
「だから何が?」
眉根を寄せるソードの反応に、二人ははぁと溜息をつく。
(ホントに気付いてないみたいだけど……どうするの?)
(いつかは気付くだろう。あえて言う必要はあるまい。まぁ、私たちもそれに倣わせてもらうがな)
(いいのかなぁ……)
「おい? 何二人でヒソヒソ話してるんだよ? おい聞いてんのか二人とも!」
声を荒げるソードをスルーして、二人は小さく笑い合った。
――数日後。
デスティニーの空腹サインを感じ取ったシンは仕事帰りで疲れた身体を引きずりながらさくら亭へとやって
きた。
「む? あぁマスター。来てくれたのか」
「ん? あ、あぁ」
「デス子ちゃんも久しぶり。あ、こっちの席が空いてますよ。ゆっくりしていってくださいねマスター」
「あぁ、ありがとう」
何故か二人の口調に妙な違和感がある気がしたが、それ以外は特に変わりないようなのでとりあえず促された
テーブル席に座る。
「……マスター、お姉ちゃんたちと何かあったですか? 少し様子がおかしいような」
「まぁ、なかったわけじゃないけど。でもそれが原因とは思えないんだけどな……」
顔を寄せて話し合う二人に割り込むように、ブラストは水の入ったグラスをテーブルに置く。
「さて、今日のオーダーは何だマスター?」
「いやちょっと考えたいんだけど……それよりどうかしたのか?」
「ん? 何がだマスター?」
「いやちょっと変っていうかおかしいなーというか」
「ふむ、フォース? マスターはこう言っているが何か変わったことはあるか?」
「私たちは別になんともないですよマスター」
「そ、そう……なのか?」
何故かとても愉快そうな口調の二人にやや気圧されながらシンは考える。
よく分からないが、何かがおかしい。それは分かるのだが何がおかしいのだろうか、と。
「……お前らな」
と、そこで低く唸るような声音でソードが口を開いた。
「おや、どうかしたのかソード? お前もマスターに挨拶くらいすればいいじゃないか」
「うるせー! なんなんだよお前ら二人揃って!」
「なんなんだと言われてもな。なぁフォース?」
「えーと、その、まぁ、うん」
怒るソードとそれを受け流すブラスト、そして珍しくケンカを仲裁することなくブラスト寄りの反応を見せる
フォースにシンはおずおずと手を挙げて意見の許可を求める。
「あのー……」
「あぁ!? 何だよマスター!?」
「いや注文を」
「いつもの二つでいいんだな!?」
「え? あー、はい。お願いします」
なぜか敬語で返してしまうほど剣幕に圧されつつも、シンはいつもと変わらぬソードの様子にほっと胸を撫で下ろしていた。
「すぐ持って来るからおとなしく待ってろよな!」
「あぁ、頼む」
怒ったまま厨房に戻るソードの背中を見送ってデスティニーの方を見ると、何故か不機嫌な顔になっていた。
「……どうかしたのか?」
「別に……なんでもないですけど。ずいぶんお姉ちゃんたちと仲良くなったんですね『マスター』」
ムスッとしたまま頬杖をつくデスティニーの反応に頭上に疑問符を浮かべたシンだったが、とりあえずその
頭を撫でることにした。
「な、何するんですか!?」
「あ、いや悪い。なんとなく」
「なんとなくで人の頭を撫でないでください!」
「だから悪かったって……っておい、何する気だよやめっ……!?」
顔を赤くしたままグァッと口を開けるデスティニーの姿を見てシンは慌てて逃げようとする。
――数秒後、頭をかじられた少年の悲鳴がさくら亭に響き渡った。
最終更新:2011年01月22日 06:55