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東方種子語7話その2

シンの言葉に感嘆の息をもらす。やはり時間を操る程度の能力に気付かずにあの戦略を組み立てたのか。自身の戦略に対して微塵も疑念を抱かないのもだが、それ以上に畏れなければならないのは敵対する相手に対する信頼。
この戦略は咲夜がレミリアに対して絶対の忠誠を誓っていなければまったく成り立たないものだ。僅かな会話だけでそこまで見抜く洞察力、そして敵をそこまで信頼できるというのか。ひょっとしたら忠誠心なんて嘘っぱちかもしれないのに、そもそも対して相手のことを知っているわけでもないのに相手の都合まで戦略に組み込むという、ある種の底抜けたお人好し。



………本当に部下にスカウトしたくなってくる。咲夜はそこまで長い人生を生きているわけではないが、それでもこの男以上の雄がこの先の人生で見つかる可能性は低い。自分の先見性の無さを悔やむが、まあいい。その内この黒黒の気持ちが揺れることもあるだろう、人生は長いのだ、ゆっくり待てばいいだけのこと。
「ま、そう言うことにしとくわ………知りたい?」
「どうせ聞いたら代わりになんか言うこと聞けって言われそうだから遠慮しておきます。別にいいですよ、どうせもう戦うこともないでしょうし」
「それはどうかしらね? ……ああ、それとこれは純粋に疑問なのだけれど」
アロンダイトを指差し、訝しげな顔を浮かべる咲夜に何を言いたいのかを察したのか苦笑いを浮かべるシン。
正直、その手の質問は飽きるほどに受けている。
「それ………なんなの? 剣に見えるんだけど」
「ええまあ、剣ですよ。アロンダイトって名前なんですけど」
「折り畳み式の剣ってなんか役に立つの? 大体バランス悪いんじゃないのそんなに重いんじゃ。どうなの、そこのところ」
容赦のない咲夜の言葉に、デスティニーがおっぱいお化けめ爆発しろなどと物騒なことを呟いている。
流石に自分の兵装を言葉でフルボッコされるのはお気に召さないらしい。

「でもその通りなんだけどなー。まあ大体は役に立ちませんよ、出したのだってブラフに使えるかなって思っただけだし」
「…………じゃあなんで持ってるのよ?」
「ピンポイントで役に立つ、ってかこれじゃなきゃ駄目な状況があるんですよ。………まあ幻想郷じゃあんまり関係ないですけど」
幻想郷では。ならば元の世界ならばあんなただ重いだけの剣が役に立つ状況があるというのか。
どのような状況であのアロンダイトが活きるのか思いを巡らせるが、よく分からない。まあとりあえず一つ分かることは。
「要するにいらん子ね」
「否定はしません」
「してやれよ、君大剣で特攻するの大好きだろ」
「否定はしない」
それはそれで問題があるが。

「ああそうだ、もう一つ聞きたいんだけど。あなたお嬢様に何したのよ、癇癪起こすのは割といつものことだけど一応聞いとくわ」
「何って……いやホント理不尽な話なんですよ、言うこと聞いたってのになんでか知らないけど癇癪起こして。なんなんだよあの人はさあ?」
「むぅ………珍しいわね、お嬢様言うこと聞いておけば大体機嫌が良くなるのに」
「子供なんですよ、まったく。言う通り足舐めたってのに」
間。その僅かな時間、咲夜の顔が引きつったことにシンは気付かない。毎度毎度のことながらそういったことに気付けないから朴念仁だの鈍感だの言われていることにいい加減気付くべきだとデスティニーは思う。

思うだけで口にはしないが。

「―――あらそうなの、お嬢様にも困ったものね」
「ホントですよ、困る困る」
「ええ、そう………ねっ!」
ボギャア、と鈍い音。自分の頬に咲夜の右膝がめり込んだ音だということをゆっくりと来た痛みでシンは理解する。
「シンーッ」
「な、何をするだあーッ!?」
シンの絶叫に、しかし咲夜は笑いで返す。その笑顔は瀟洒な笑みではなくただ相手を圧倒するための威嚇。
「ふ、ふふふ……本当に困ったお嬢様。こんな黒黒なんかに肌を許すなんて」
「誤解しか招かない言い草は止めてくださいよ!?」
「うふ、うふふふふ。去勢しなきゃ、この犬……去勢しナくちャ、こノ駄犬をきョせイシなクチャ………」
「ゲェーッ!? なんか一時期のルナっぽく!? デ、デスティニー、助けろォーッ!!」
「何を偉そうに。だがま、巨乳の思い通りにいくのも癪だね。よかろう、助けようじゃないか、死ぬほど痛い方法で」

何か今、不吉な一言が。
やたらいい笑顔のデスティニーもその不吉さに拍車をかける。
「ちょ、待てデスティニーお前何する気だ「ふんッ!」はオッッッ」
どうして金属音がするんだろうね、そんな音なんて立たないのに。むしろ「ドグチアッ」って感じの生々しい音なのにね。
不思議だね、ふしぎふしぎ。


「キ、サ、マ、なんてことをキサマぁあああおおおお……………」
「………えげつないわね、股間に頭突きするなんて」
「仕方がないだろう、サイズ的に腕ではダメージを与えられんのだよ。ま、なんにしてもこの哀れな男に免じて去勢は勘弁してやってほしい」
「……貴女のは去勢じゃないの?」
「聞こえんなぁ。よかったな、ご主人。僕のおかげで去勢されずに済んだぞ?」
いつか覚えてろよこの無乳が虚乳が抉れが。チカチカと白い光が乱舞する意識の中でシンはありったけの暴言を吐くが、それを口に出せるほどの余裕はない。
今できることといったらカタカタと痙攣しながらデスティニーを睨みつけることだけ。デスティニーはそんなシンに対して肩をすくめる。
「痛い目を見なきゃ君は覚えないだろうが、後先考えずに命のやり取りを安請け合いするものじゃあないっていい加減頭に刻むんだね」
実際、そこらかしこが細かい傷だらけで血まみれになっているシンを見ていると命を投げ捨てているようにも見えてくる。
たとえ本人にそのつもりが無くとも、はたから見れば後先をまるで考えていないように見えるのは仕方のないことである。
だから、デスティニーが釘をさすのも仕方のないこと………だと、納得できるのはよっぽどの聖人君子かただのバカだろう、確かに去勢は免れたがどう考えても理不尽である。
「…………ま、とりあえず痛い目も見たことだし。お嬢様にいったん引き渡すわよ」


「と、いうわけでシバき上げて来ました」
ぐったりとして息も絶え絶えなシンの襟を持って引きずりながら咲夜はレミリアの部屋の扉を開く。

「あら、負けたのね黒黒。残念ね魔理沙、賭けは私の勝ちよ」
「別に私は一回勝負なんて言ってないぜ? 三本勝負で二本先取した方が勝ちなんだぜ、これ世界の常識」
「さあネチョるわよ」
「……それを六セット繰り返して、とったセット数が多い方が勝ち」
「このゴーヤを使ってネチョりましょう」
「………さ、さらにそれを三回繰り返して二連続で取った方が真の勝利者だぜ」
「絶え間ないネチョを! 一心不乱のエンドレスネチョを!」
「い、いやあの、だから私の話を」
「ネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョパチェチェチェチェチェ」
「う、うわーん! どっちでもいいから助けろー!」
困った魔理沙から助けを求められた美鈴とアルバはというと。

「うー。うー!」
「うんうん、痛かったですねーお嬢様。八汰乃ちゃん、叩かれたとこ見てくれる?」
「少々お待ちを……む、こぶが出来ていますね。これしきのこぶ、唾をつけていれば治ると思うのですが」
「やだ、痛い! 今治せすぐ治せさあ治せ!!」
「お嬢様ったら………ちょっとは我慢しなきゃめっ、ですよ」

……………

「なにこのカオス」
「おいご主人、何故ツッコまないのかな。格好のツッコミどころではないかね?」
「誰のせいだこの駄乳がぁ………」
「……ま、一つずつやっつけていきましょ。どうなさったのですか、お嬢様?」
まず解明すべきは自らの主人の様子から。

頭を押さえ、痛みからかぷるぷると震えている。まさかこの黒黒意外にも侵入者がいたというのか、吸血鬼であるレミリアの頭部に一撃を加えるなど一体どれほどの手練だというのか―――
「あーレミィ? アホなことやってたから百科事典の角でゴシャンと一撃を」
「ア、アホなことってなんだようパチェのバカ! 私はだな、そこの黒黒が舐めたことを」
「足舐めただけにね。何、上手いこと言ったつもりなの? 上手くもなんともないんだけど、むしろあんたのアホっぷりが際立つわよ」
「う、うわあんなんだよそのなさけむようっぷりー!?」
「大体足を舐めさせるイコールカリスマなんて安易な発想してるからあんたはカリスマ(笑)なのよ。しかも舐められてるうちによくなってくるとかもうね、あんた最早カリスマ(笑)の権化よね」
「うわーんなんだよなんだよパチェのアホー!」
「パチェチェチェチェ」
謎の笑い声―――笑い声? を上げるパチュリーを何とも言えない目で見ていた咲夜だが、まあレミリアの行動の理由は分かったのでよしとする。よしとしておく。

よ し と し て お く 。


次に片をつけるべきはパチュリーと白黒。とはいえ、大体は何が起こったのかは分かっている。
「で、そこの白黒はパチュリー様と一緒になって私とこの黒黒のどっちが勝つか駆けてた、と」
「うんまあそんなとこ。まあたいした怪我もないみたいで何よりだよ、服はびりびりになってるけど」
魔理沙の言葉に、うんまあななどと益体もない言葉をもらしながらぽりぽりと頭をかく。実際には包帯は黒い服と見分けがつかないほどに血を吸って黒く変色している程度には傷だらけなのだが、わざわざ言って怖がらせることもないだろう。
ちらり、とシンはデスティニーと咲夜に視線を向ける。二人揃って黙っておけとでも言いたそうに肩をすくめていて。軽いため息を一つついてこのまま怪我のことは流すことにした。
「あ、もちろん私はシンが勝つって思ってたぜ?」
「………痛い、期待と信頼が心に痛い。後ついでに股間も痛い、主にどこぞの無乳のせいで」
「無乳? なんのこっちゃ。というかそこのメイド………」
明らかに先ほどまでとサイズがまるで違う胸をじっと見る。つられてシンも咲夜の胸を凝視する。よく見てみればパチュリーも美鈴もアルバも咲夜の胸を見ていた。
見ていないのはレミリアとデスティニー。デスティニーが舌打ちしているのはまあ些細なことだろう、何一つ問題は無い。問題があるとしたらレミリアの方。

困ったように目を逸らしたりおろおろと視線をさまよわせるその姿、まさにバカリスマと呼ぶにふさわしいその姿。そんな姿をしばし晒し。
「さ、咲夜!」
「はい、何でしょうかお嬢様」
「えーとそのなんだええとだなPADはよくないじゃなくええとそのあからさますぎじゃなくて……咲夜!」
「はい」
「――――貧には貧のっ、よさがあるんじゃあないかなっ?」
完全にいっぱいいっぱいなレミリア。そんな彼女をみんなが生暖かい目で見守る中、シンはぽつりと呟く。
「……ンなもんねーよ、貧のよさなんて結局は「貧であることを気にする女の子」のよさであって乳そのもののよさじゃないだろ、まったく」
「君ホントもう黙れというかもげてしまえ!?」
最早病気にも見えてくる、昼間の格好よさは光の彼方なシンに苦笑いをしながら、魔理沙はパチュリーの耳に口を寄せる。

「なあ、私にはあのメイドのおっぱいはナマ物っぽく見えるんだけど。そこんところどうなんだぜ?」
「どうなの美鈴そこんところ?」
「ちょ、迷わず振らないでくださいよう!? ま、まあいいや。ええまあ、生ですよ生、PADとかじゃなくて本物のおっぱいですよ」
「へーへーへーへー…………って、いやちょっと待て、じゃ普段のあの絶壁は何なんだよ、どう考えてもおかしいぜ」
巨乳に不可能なんかないさ、などとのたまっているシンはもういい加減放っておく。放っておいてもデスティニーかアルバがシバいてくれるだろうし。
「それに関しては私もよく分かんない………咲夜さん曰くPADのおかげで胸が縮んで見えるらしいけど」
「ごめん意味が分からない」
魔理沙の知識の中では、PADとは胸を大きく見せるものだと記憶しているのだが。

「私も何言ってるのか分かんないわよ……絶対あれ色々無視してるわよ、物理法則とか」
おっぱいとはかくも不思議なものなのか。いやホントふしぎふしぎ。
そんな実のない話をしているうちにどうにかレミリアが持ち直したらしい、先ほどから気だるそうに座り込んでいたシンの頭を踏みつけてきた。
「―――さあて。咲夜の頑張りに免じて殺しゃあしないけどさ、なんか言うことがあるんじゃないのか黒黒、ええ?」
「……不快な思いをさせたみたいで、どうもすいませんでした」
「んー。まあ今更誠意なんてものは求めないけどさぁ」
にぃ、と獰猛な笑みがレミリアの顔に浮かぶ。童女のような姿に似つかわしくない凶悪さと艶然さが入り混じったその表情は嫌でも吸血鬼という種族の威厳と魅力に満ち溢れていて。

紛れもなく彼女は人の上に立つ存在なのだということをシンに感じさせるほどにカリスマに満ち溢れたその姿。
「お前、ホントは何で私が怒ってるか分かっていないんじゃ「お姉さま見ーつけた!」あべしッ」
まあ数秒も持たない辺りがレミリアがレミリアである所以なのでもあるが。

突如として投げつけられたドアに吹っ飛ばされ、レミリアは奇怪な叫び声を上げながら壁に叩きつけられてしまう。
ビームライフルを右手に構えながらドアが跳んできた方を見る、そこにいたのは一人の少女。
背中から生えている色とりどりの宝石がぶら下がった枯れ木のような羽、手に握った杖なのか槍なのかそもそも何の用途を想定したものなのか判別できない何か。
そしてそれ以上に目を引く金の髪に赤い瞳のどこか西洋人形を彷彿とさせる愛くるしさと薄気味悪さが混然一体となった美顔に浮かぶ無邪気な笑顔。
この少女が外見相応の華奢な腕であんな大きなドアを力任せに引きちぎり投げつけた張本人。シンが幻想郷について霊夢から教わった時に聞いた、気の触れた吸血鬼の妹。
何も言わずにただレミリアを見ているシンに構うこともなく少女―――フランドール・スカーレットは楽しげに魔理沙に笑いながら走り寄る。
「あー、魔理沙だ! 私に会いに来てくれたのね。さっすが魔理沙、空気が読める!」
「え、いや別にお前に会いに来たわけじゃ」

「ねえねえ、何して遊ぼっか? 私のスターボウブレイクを魔理沙が避けるってのはどう? それとも魔理沙のマスタースパークでガマンごっこ?」
「いや、ちょ、人の話を」
「楽しみだね、魔理沙っ。楽しみだよね、そうだよね?」
うふふ、とどこか危うげな笑みを浮かべるフランに魔理沙は引きつった笑みを顔に張り付けるしかない。弾幕ごっこならばともかく、吸血鬼と正真正銘の戦いをするなんて正気の沙汰ではない。
そんな魔理沙の困惑を知ってか知らずか、周りをきょろきょろと見渡すフラン。そんな彼女の目に今まで見たことのないモノが映る。
全身黒ずくめ、服から髪に至るまで真っ黒、肌の白さが黒を余計にひきたてている。そんな黒黒の赤い―――自分の煌めくルビーのような色とは違う血のような、輝きを吸い込み一抹の狂気を感じさせる色―――瞳は姉の方に向いていて。
「あなたはだあれ? ……あっ、そっか。入り込んだ男の人がいたんだっけ。うふふ、ねえお兄さん? 私と遊ぼうよ、楽しいよ。臓物がはじけ飛んで脳漿が飛び散る、血の腐った香りがたまらない遊びだよ?」
「………そんなもんに私を巻き込もうとしてたのかよ」
「魔理沙にはそんなことしないよ、だってこの人男の人だよ? きっと内臓の色とか血の形とか色々違うんだってば。だから確かめなきゃ、ね?」
首をかしげながら楽しげに笑うフラン。そんなフランをシンはちらりと見、再びレミリアに視線を戻す。その表情は僅かに強張っていて。

そんなシンの反応に気付くこともなくフランは不満げにほっぺたを膨らませて言葉を重ねていく。
「無視しないでよ、もう。お姉さまなんか見てないでさー。そりゃお姉さま昔は強かったらしいけど、もう今となっちゃ過去の人って言うの? あんまり強くないって言うか、気にしてもしょうがないって言う、か」
向き直り、強張った顔を向けるシンに言葉を切る。不思議そうに首をかしげてシンを見上げるが、返事は何も帰ってこない。
奇妙な間。やがてシンがフランから視線を外し咲夜の方を見る。その目線は咲夜を責めているように見えて。
「ねえちょっと、さっきから何で無視するの? そうやって人の話を聞かないのはよくないことだってお姉さまが」


「―――口を閉じて、歯を食いしばれ」
唐突な言葉に思わず言う通りに口を閉じてしまう。シンの目つきと言動に不穏なものを感じた咲夜が口を開こうとしたが、もう遅い。

バン、という乾いたものを叩く音。僅かに赤く腫れたフランの頬、手を開いたまま顔をこわばらせてフランを見ているシン、遅れてやってくるじんじんとした頬の痛み。
平手打ちされた、ということを理解したフランがぽつりと呟く。
「…………………痛い」

その言葉と共に、色とりどりの宝石が床から浮かび上がる。ほんのりと光を放つそれは今にも弾けてしまいそうな危うさに満ちていて。
「痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたい」
その宝石がどんどんと増えていく。最初は両手で数えられるだけだったのに、今は20、30と数を増やしてその勢いが止まることは無い。
「いたいいたいいたイいタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」
美鈴と一瞬視線を交わし、咲夜が気を失ったままのレミリアを抱きかかえる。美鈴はパチュリーを抱き上げながら八汰乃の襟首を掴み上げ。
そんな二人を見るまでもなく、視線をさまよわせながらぶつぶつと呟くフランを見ていれば不味いということは分かる。

「デスティニー!」
「髪でいいかね!?」
「ン、まあ仕方あるめえ、魔理沙!」
「うぇ、何だよ、ってかビンタとかどうかと思うぜ「文句なら後で聞くっ!」なーーーーーッ!?」
急すぎる展開についていけず、ぽかんと口を開けたままの魔理沙を右手で抱きしめて窓へと一気に駆けよる。窓から空に向かって駆けあがる瞬間、フランの表情が視界の端に映った。
愛くるしかった顔が見る影もなくぐしゃぐしゃに歪み、その歪みが頂点に達する、その瞬間。

炸裂。光と衝撃に僅かに遅れて轟音が響く。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるがシンが背中から落ちたためどうにか魔理沙に傷は無い。
「――――――ぐゥッ」

もっとも、代わりにシンの背中の皮はずり剥け、木の枝が背中中に突き刺さり泥が傷口に入り込みズキズキと痛みで疼き出しているがこの際もういい、魔理沙が無事だっただけでも上等だろう。
やがて勢いが無くなり、ばね仕掛けのような勢いでシンが身体を起こす。後ろ髪から感じる重みからデスティニーがいることを認識、泣きそうな顔を浮かべている魔理沙が腕の中にいることを確認して口を開く。
「無事か、魔理沙!?」
「それはこっちの台詞だぁっ!? 私は何ともないけど、お前の方が重傷じゃないか!?」
「無事なんだな……ならいい!」
「ならいいって、お前なぁ」
背中から叩きつけられたことで左肩はざっくりと裂け、右腕には木の枝が貫通している。さらには石で打ったのか、頭からも血が流れ始めていて。
そんな姿のどこが大丈夫だというのか。尚も言いつのろうとする魔理沙を片手で制し、シンは咲夜達の方を見る。

「アンタらは大丈夫か!?」
「ええまあ……あなたよりは大丈夫よ」
腕の中にいるレミリアと美鈴達を視界にとらえてからちらり、と咲夜は轟音が尚も響く紅魔館を見る。フランが自分達がいなくなったことで物に当たって憂さを晴らしているのだろう、すぐに妖精メイド達が窓から扉から飛び出してきた。
すこしだけ、不味いのかもしれない。その内ちょうどいい憂さ晴らしも無くなる、そうしたらフランはどうする?
普段ならば館の外に出ようとはしないだろう、外には怖い存在がたくさんいると常日頃から言い聞かせているのだから。だが、今の興奮して周囲に当たり散らすフランならば。
ありえない、などと一笑に伏すことはできない。
ふう、と息をつく。目の前の男のやったことをただ馬鹿なこととは切り捨てられない。フランを叩く直前に咲夜に向けた視線の意味を考えれば間違っているとは咲夜には言えない。
………やがてひびが入りだした壁を目にしたパチュリーが面倒臭そうに口を開く。
「ま、なんにしてもここにいたら不味いわね。場所移して、レミィが目を覚ますまで待つわよ、美鈴は妹様が出てこないか見張っといて、八汰乃は美鈴と私達との連絡役」
「分かりました、任せて下さいよ」
「委細承知いたしました」
「ん、いい返事よ。咲夜、大図書館は?」
「いつものように見えないようにしてあります」
「おけおけ。妖精達は大図書館に移しておけばとりあえずは安全ね」
じゃあ後は。誰が言うでもなく紅魔館の少女達は宙に浮き森の中へと消えていく。紛れもない元凶なのだから自分も着いていくべきだろう、そう思いシンはもう一度魔理沙を抱きかかえる。
そんなシンの行動に慌てたのは魔理沙だ。顔を真っ赤にしながらぐいぐいとシンの顔を手で押す。

「ちょ、ば、ななな、なにするんだよぅ!?」
「いいから行くぞ、お前もここにいるよりは咲夜さん達がいるとこの方が安全だろ」
「いや、じゃ、なくって! なんで、こんな抱きしめたり……」
どんどん声が小さくなり最後の方は消え入りそうな小ささへ。そんな魔理沙に気付くことなくシンは少し苛立った声で返す。
「何でって、あのな。お前箒無いんだから飛べないだろ、飛べるやつが飛べない奴のフォローをするのは当たり前だろ」
「いや飛べるから! 箒無くても飛べるから!!」
ぴたりと動きを止めて間抜けた顔で魔理沙を見る。

「お、お前だって箒無くても飛べるだろ!? だからだな、私だって別に箒無くても飛べるんだって」
しばしの間。やがて魔理沙から手を離して頭を下げる。
「悪い、考えなしだった」
「気にするなって。私はいっつも箒で飛んでるからな、勘違いするのも無理ない話さ」
「いやまあそれもなんだが」
ガシガシと頭をかいて。
「女の子相手に無神経すぎた、すまん」
「………まあヤバい事態だからさ、気にしないよ別に。……そうだよ、いきなりだったからだって、こんな顔熱いのは」
「ん?」
「なんでもないぜ? んじゃ、いこうか」
宙に浮かんでから、ふと違和感に気付く。いつもならデスティニーが茶々を入れそうなものなのに、今は何も言ってこない。
シンのそばに浮かんでいるデスティニーは少し苛立っているようで。シンはそれに気付いているのかいないのか前だけを見ている。
なんとなくの気持ち悪さに、空を飛びながら魔理沙は器用に首を傾げていた。


紅魔館の周りに茂る森の中にパチュリー達がいるのが見える。相変わらず轟音と何かが砕けるような音が響く紅魔館を振り返りながらシンと魔理沙は地面に着地する。
「すいません、遅くなりました」
「まあ構わないけど……魔理沙、顔赤いわよ」
「………なんでもないよ。そんで? どうするんだよ実際問題、フラン放っておくのか?」
魔理沙が紅魔館を見ながら不安そうに漏らす。確かにあそこまでフランが暴れているとなると対処は困難だろう。
放置する、というのは紅魔館の損害に目をつぶれば悪くない対処法にも見えるのだが。
「それは無理ね。放っておく、なんてことはできないわよ」
「なんでさメイド。下手に手を出すよりはいい考えだと思うぜ」
「………そういう問題はもうすぎているのよ」
咲夜にしては珍しく、忌々しそうに呟く。その視線がシンを向いているのは気のせいではないのだろう。
そう、過ぎている。あそこまで興奮しているともう直に壊せるだけの物は全て壊すだろう、だがそれで彼女が収まるとも思えない。
「館の外に出るかもしれないわね、っていうか出るでしょうね確実に」
「外って、それは……私の直感が不味いって言ってるんだけど」
「不味いわよ、実際。里に出て人間を襲いだすんなら巫女が出張るでしょうし、妖怪の山なら天狗よね」
どこに行ったって、フランが勝てる相手ではない。一体を相手にするのならば確かにフランに分がある、勝てる相手はまずいないだろう。
だが数で押すのなら。無理だ、勝てない。そもそも天狗だって吸血鬼には及ばずとも大妖怪なのだ、三体ほどでかかれば十分にフランに勝ち得る。
勝ったのなら? 考えるまでもない、フランの命は無いだろう。天狗達、いや力を持った妖怪なら自分達の領分で暴れる存在の命を慮るはずもない。
霊夢にしたって人間に危害を加えるのなら容赦はすまい、例えそれが知り合いであろうと分別の利かない子供であろうと、確実に退治する。

「ちょっと……まて? それは、つまりこういうことか? 「止めなきゃフランの命がない」って、そういうことか!?」
「ま、そういうことね。ちょっと骨が折れるけど、お嬢様を私とパチュリー様で援護すれば何とかなるとは思うけど」
咲夜の言葉に、自然レミリアに視線が集まる。みんなの期待を受ける永遠に紅い幼き月にして吸血鬼の姉、そして美しく麗しきカリスマ、レミリア・スカーレットは―――

「……うへへ、駄目だよう咲夜ー。そんなプリンばっかり出されちゃったら、私のお肉がプリンになっちゃうってばーでへへへへ」
幸せそうに鼻ちょうちんを浮かべて盛大に駄目な寝言をのたまっていた。つまるところマジ寝。

その姿からカリスマが検出されないのは言うまでもない。





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最終更新:2011年01月25日 17:16
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