「………百科事典持っててよかったわ」
「まあその内起きますよ、妹様に動きがあったら美鈴達から連絡があるでしょうから起きるまで待ちましょう。それに、聞きたいこともあるしね」
シンを見ながら肩をすくめる咲夜。そこからシンを責めるような意思は感じられない。彼女にもシンが何故フランを平手打ちしたのかは分かっているのだろう、だから聞くべきことはあくまでも確認のため。
しかし確認したいのは何も咲夜だけではない、魔理沙も首を傾げ不審そうな顔で口を開く。
「そうだよ、何だってお前フランを叩いたりしたんだ? ぶっちゃけ私らにはあんまり関係ないって言うか、人ん家のことに首突っ込むもんじゃないって言うか「ていっ」あたっ。なにするんだよメイド、いきなりチョップなんか」
「人の台詞全部とるからよ。ま、言いたいことはぜんぶ白黒が言っちゃったしね、シンプルにすっきりと答えてもらうわよ」
「………わざわざアンタ相手に言う必要あるとは思えないんですけどね」
ぼそりと呟いた言葉には反応しない。完全に聞かなかったふりをされて堪忍したのか頭を二、三度かいてボソボソと話し出す。
「アンタが何もしないからだろ、何もしないから………」
言葉を切り、言い淀みながらも言葉をつづけていく。そんなシンに向けられる視線は三者三様。
驚いたような魔理沙、肩をすくめて呆れたような咲夜、面白がった笑みを浮かべるパチュリー。
「こ、子供が悪いことをしたら叱るのが大人の役目だろ。だから、その……アンタらがやらないってんなら、俺が」
「呆れた、確かに正論だけど正論なだけよ。あなたには関係のないことじゃない」
咲夜の言葉に咎めるような色は無い、ただ事実を淡々と語っているだけ。
シンにとっても咲夜の言葉は耳に痛いのか、何も言い返さずに黙ったまま。魔理沙もどうしていいのか分からずシンと咲夜の間で視線をさまよわせるだけ。
何の言葉もないままただ無為に時間が過ぎること十秒。何もしゃべらずにいたパチュリーが声を上げた。
「………どうやらお目覚めみたいよ」
フランに吹き飛ばされてから気を失っていたレミリアがようやく目を覚ましたらしい。
目を覚ました直後、周囲を見渡し、そして。
「うおっ、なんだこれ、私の部屋に木が生えて屋根が吹っ飛んでるー!? っていうかプリンは、私のプリンはどこ!?」
「レミィあんたもう喋んない方がいいわ、カリスマ見いだす方が難しくなってる」
………まあ、いつも通りである。いつもの如くのカリスマ(笑)っぷりを発揮しつつキョトキョトと周りを見渡している。
ちょっくら説明するわ。そう言いパチュリーは百科事典を片手にレミリアにフランがドアを投げてぶつけてからの経緯を話し出す。
途中、トンチキなことを言ってのけたレミリアの頭には百科事典の角をめしゃりとめり込ませたが、まあ些細なことだろう。
「うぅぅぅ………こんなに頭叩かれたらパーになっちゃうじゃないか、パチェのバカ」
「殴られ足りないようね」
「ぴぃっ!?」
さっと百科事典を振り上げるパチュリーに対してレミリアはさっと頭を手で押さえながらしゃがみこむ。
貧弱ムラサキモヤシVS最強妖怪吸血鬼なのだが、なんとなく弱い者いじめ臭がするのは何故なのだろうか。
「コントは大概にしてくれパチュリー、話進まないから」
「……レミィ、あんたの存在がコントすぎるから魔理沙に馬鹿にされたわ」
「ちょっと待て色々言いたいことがありすぎるぞその扱いはー!?」
「話進まないから後にして。んで、これからどうするのよ」
これから。それはフランのこともだろうが、元凶のことも含んでいるのだろう。その元凶はバツが悪そうに頭をかきながらしかめっ面を浮かべている。
文句を言わないのは自分が元凶だということをちゃんと認識しているからこそではあるのだが、同時に文句など言えた義理でもないということも事実ではある。
「……ま、俺一人で行って適当にやられてきますよ。時間稼ぎなら戦力は逐次投入の方が効率いいですからね、あんた方は後から来りゃあいいんじゃないですか」
「あん? なんでだ」
心底不思議そうなレミリアの言葉。これまでの言動と相まって現状を認識していないように見えて。
声に苛立ちが混じらないよう言い聞かせながらも眉に険が寄ってしまう。
「………なんでもクソもないでしょ、責任は果たしますよ」
「責任……ちょっと待ちなさい、意味が分からないんだけど」
冷めた目で見、やがて馬鹿にしたように鼻で笑う。
「はっ、そんなことも分からないぐらい頭が悪いんですかよ、アンタは。ああ、そうでしたね頭悪いんでしたね、妹が叩かれたってのにヘラヘラ呑気してるぐらいだしさあ?」
「………貴様」
棘しかないシンの言葉に咲夜の目が剣呑に細められる。当然だろう、ここまで悪しざまに侮辱されて黙っていられるはずもない。
手にはナイフを握り今にもシンに向けて投げつけそうで。
しかし、そんな咲夜をレミリアはころころと愉しそうに笑いながら軽く腕を振って静止する。
「あーいい、いい。下ろしなよ咲夜。別に私は怒っちゃいないから」
「………ですが、お嬢様」
「咲夜」
ただ名前を読んだだけ。しかし言外にはこれ以上議論する気は無いという意思を含む、咲夜の追及をばっさりと切って捨てる一言。
歯噛みし、シンを睨みつけるもそれ以上のことはできなくて。
「さて、なんて言ったけな……黒黒、私は別に怒っちゃいないよ。というか、むしろ感心してる」
「感心……気でも触れたってんですか?」
「そうそう、そういう言い草だよ、そんな口のきき方がいいんだ。吸血鬼相手に素晴らしいじゃないか」
一切の邪気を含まない嬉しそうな笑顔。レミリアの浮かべる表情にようやくシンの目も苛立ちから訝しげな視線へと変わる。
「やれないもんさ、吸血鬼を叱るなんてのはさ。普通ならやれないよ。化け物がやったって何とも思いやしないけど、人間なら別さ」
そう、弱い人間だからこそ意味がある。強い化け物ではなく弱い人間が行うからこそ言葉は重く、価値がある。強ければ呆気なく言え、やれる。そんなことでも弱いのならやれないし言えない。
もしやろう、言おうとすれば相応の勇気、覚悟、使命。そんな何かがあってこそ。そんな言葉は長い時間を生きる化け物にとっては宝石よりもずっと価値がある。
「尊敬……ってほどじゃないな、うん。でもまあ、そういう人間は好きよ、大事にしなけりゃあ、ねえ?」
口を開こうとして、言葉にならずに結局閉じる。そんなことを納得できないという態度を何度か繰り返しながらも、心中では納得してしまっている。
わかるのだ、レミリアが生きてきた年月の十分の一もまだ生きたわけではなくとも、弱い者が勇気を振り絞った言葉は人の心を打つこともあるのだと。それは分かる、分かるのだ。
しかし、それでもどうしても一つだけ言いたいことがある。
「……大事にするって、そいつが妹を叩いた奴でもですか?」
「もったいぶって何を言うかと思えば、なんだそんなことか。なんだ黒黒、お前妹とかいないのか?」
「いました、けど……それが」
「なら分かるだろ」
何が。そう聞こうとするシンよりも早くレミリアが口を開く。
「家族のことを思ってやってくれたことを、なんだって咎めなきゃならないのよ」
何も言えずに思わずレミリアを凝視してしまう。自分はどうだっただろうかと思いをはせるが、よくは思い出せない。
なんとなく、妹が悪いことをした時に大人に叱られ、父と母がその大人に向かってペコペコと頭を下げていて、自分はそんな両親をカッコ悪いと思い叱った大人を疎ましく思っていた記憶がある「ような気がする」。
―――当たり前だ、もう覚えてはいない。家族の顔や声すらもすでにぼんやりとしか思い出せないのだ、もう十年以上も前のことなど正確に思いだせるはずもない。記憶を刺激されてようやく、ただなんとなくあったような気がする程度。
ただ、それでも。そのぼんやりとした記憶の中でも、両親はその叱ってくれた大人を咎めはしなかったと思う。ひょっとしたらそれは自分の都合のいい思い込みなのかもしれないが、ぼんやりとした記憶の中では父も母も自分と妹には優しくも時には厳しく接してくれているのだ。その思い出を信じたい。
そんな物思いにふけっていると、レミリアが困惑の目を向けていることに気付いた。
「……睨むなよ、なんか私悪いこと言った?」
拗ねた子供のような顔、見た目相応の雰囲気。だが、今なら分かる気がする。咲夜もパチュリーも美鈴も、紅魔館に住む者は皆つい今しがた見せた威厳を当然とまとう彼女に惹かれているのだということが。
相変わらず自分には人を見る目がないということなのだろう、レミリアの反応以上に自分自身に苦笑してしまう。
「ああいえいえ。ただ見てただけですよ。すいませんね、悪人ヅラで」
「んー。まあいいや、とりあえず私が怒っていないって理解したか?」
「そりゃあもう。ついでに色々と理解しましたよ」
シンの言葉に頷くレミリア。納得したのならこれ以上話すこともない、早くフランを止めなければ。
「ふむ、ならいいわ。んじゃまあちょっくらフランとこに」
「俺が行ってきます」
人の言葉を遮ってしれっとした顔でのたまうシンにじっとりとした目を向ける。このクソ忙しい時に何を言っているんだお前は。
そんな思いがたっぷりとこもった視線をシンは飄々とした態度で受け流す。
「……お前さ、人の話聞いてる?」
「ええ聞いてますよ。俺が責任取る必要は無いんでしょ?」
「なら」
レミリアの言葉を手で制する。分かっている、自分が出張る必要なんかない。ほかならぬレミリアがしなくていいと言っているのだ、わざわざ危険を冒す必要もないのだろう。
だが、それでもやっぱりフランの暴走は自分の責任であり、何もしないなんてことはできやしない。それが危険であるのなら尚のことだ、彼女達を危険にさらしたくは無い。例え彼女達が自分よりはるかに強いのだとしても、自分以外の誰かが危ない目にあって欲しくは無い。手前勝手な我儘だとは思う、だが散々こんな自分でい続けたのだ、今更ひょいひょいとは変えられない。
そして、もう一つ。今新しく生まれたもう一つの理由。
「もうね。そういうことじゃないんですよ。俺がそうしたいんですよ、アンタのために」
そうだ、何かをしてやりたい。自身を以てこの小さなカリスマに尽くしたいのだ。
我ながら単純だとは思っている、こんなのだからアスランにしっかりしろと言われるのだろう。
(でも、ま………そうしたいんだから、これが正しいって思ったから、な。仕方ないだろう? アンタだってそう思ったからあの時ザフトを抜けたんだろ? それに、紛れもなく自分で決めたんだから文句もないだろ。なあ、アスラン)
軽く頭を振ってあの凸ッパゲを頭の中から追い出す。今は奴に対する対抗心を持ち込むべきではない。
「だから、構わないでしょ? 時間稼ぎ、とまではいかんでしょうけど無駄弾ぐらいなら撃たせられますよ」
「うぅん……聞いとくけど、死ぬ気は」
「無いですよ。当ったり前でしょうが、やばくなってきたら逃げますよ。逃げに徹すれば、まあなんとか逃げ切れそうですし」
シンの言葉にうーうー唸りながら考え込んでいたが、やがて諦めたように溜め息をつく。
実際問題、フランを相手にするのなら僅かでも消耗させておきたいのが本当の所。単純な戦闘能力でならフランは間違いなくレミリア以上である以上はシンの提案はレミリアにとってもありがたいところではある。
「……これだけは聞かせな。絶望的な戦いに挑む気はあるか?」
どう転んだって勝ち目がないのだ、相応の覚悟はしてもらわねば。
しかし、一瞬押し黙ってから笑いだしたシンにレミリアの思惑は大きく外れる。
「なんだ、なんかお前の笑いのツボでも押した?」
「うんにゃ。別に絶望的な戦いってほどでもないでしょ、勝ち目が無いぐらいで」
「勝ち目がないんなら十分絶望的だろ、何言ってんのよお前」
そんなことはないですよ。そう前置きしてから鼻をこする。
「絶望的な戦いってのは、もっと、こう………負ければ命も何もかんも無くなって、勝ったら勝ったで、命以外の、全てを無くすような、戦いのことだ、と、思い、ます、から」
ぽつぽつと重ねた言葉でレミリア達の雰囲気が重くなっていることに気付きあわてて手を振りながら弁明する。
「あ、いや、別にただの一般論ですからね!? 流石になんぼなんでもそんな戦いはしたこたぁないですよ?」
そう、そんな戦いはしたことは無い。精々、負けたら命が助かっても自身の正義は粉砕され、勝てば故郷を失う程度の戦い。とても絶望と呼べるものではないはずだ。
「そ、そうか? まあそれならいいんだが……うー?」
「まあ、だからさ。勝ち目がないぐらいですよ、絶望にはまだまだ程遠い。そんじゃま、そういうことで」
紅魔館へと足を向け。
「っと、大事なこと聞くの忘れてた。あの子と戦う上でなんか気をつけておかないといけないことってあります?」
「それ忘れてる時点で不安が漂ってくるわねー、煙より煙いわ」
「混ぜっ返すなパチェ。んー、まあそうだな、吸血鬼としての能力はまあ当然としてだ。やっぱり、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力だろうな。私もよう知らんが、なんでも物質の壊れやすい目を自分の手の中に移して握りつぶすことでなんでも壊せるとか何とか。眉唾だけどね」
「吸血鬼が眉唾とか言いますか。ありとあらゆるものを、ねぇ………デスティニー、どう思う?」
冷めた目でシンを見ていたデスティニーは水を向けられ、面倒臭そうに溜め息をついてから口を開く。
「……推測だが、物質のクランブルポイントを疑似的に掌に作り出して、そのクランブルポイントを対象にリンクさせる。一種の呪術だろうね、超高精度の丑の刻参りと解釈すべきかな」
「ン、成程。距離を問わないサイコ・グローリーってとこか………呪術ってんならやり様はあるか」
「サイコ、何だって?」
「グローリー。いやまあ俺もようは知らんのですけどね、なんか流れの吟遊詩人の……名前なんて言ったっけ、メイだかモイだかってのが御伽話の中で言ってたんですよ。ええと、なんて言ってたっけな……」
視線を宙にさまよわせることしばし。
「全ての物質には衝撃を加えれば、例えそれが物質を破壊する強さでなくてもどんな物体でも破壊されてしまう極小の物質崩壊点、クランブルポイントが存在するッ! おお、なんたることか。力の名を冠する彼の怪生物の卓越した視力によってそのクランブルポイントを見極め、頭の角で突く! それがサイコ・グローリーだ、この技を受けた物体の組織は必ずや崩壊へと導かれてしまうッッ! とかなんとか」
「テンションの高い御伽話だな!?」
「俺に言わんで下さいよ、第一俺も又聞きしただけで、デスティニーに記録させてたのも偶然なんですから。謎学本と同じような与太話だと思っていましたけど……まさか幻想郷でお目にかかれるとは。なにが幸いするか分かったもんじゃないなあ」
当面の戦略は決定、後はどう彼女を止めるか。なんとなくの流れは自分の中で決めている、ならばあとは。
「出たとこ勝負、か。そんじゃあまあ改めていってきますかね」
肩を軽く回してから、先ほどから黙っている魔理沙と目が合う。不満そうに頬を膨らませながら唇を尖らせぶちぶちと呟いていた。
「またお前、無茶ばっかする気だろ。ちょっとは懲りるもんだぜ」
「無茶してる気は無いんだけどなぁ………ま、気をつけるよ」
「……そう言って、何度無茶したんだよ」
睨みながらも声には心配そうな響きが隠しきれない。それもそうだろう、今日一日でどれだけ目の前の男が無茶を繰り返すかを目の当たりにしているのだから。
今度もまたきっと無茶をする。本人は無茶はしないと言っているが分かったものではないし、大体吸血鬼相手では無茶をしなければ生き残れるはずもない。
「お前そんなことばっかりしてると、いつかころっと死んじゃうぞ」
「一応、死ぬことだけは避けてるんだけどな。死ななけりゃ、いくらでも事態は動くものだしな。まあ……うん、死なない程度に頑張るさ。やばくなったら逃げるよ」
軽く笑いながらそう言い、魔理沙の頭を帽子の上から少し乱暴に撫でる。むず痒そうな表情で撫でられるままだった魔理沙だが、シンが頭から手を離すとむくれたような顔へと変わる。
「お前さあ、好きだよなー頭撫でるの。あれか、趣味かなんかか?」
「あー、いやすまん。なんか撫でやすい位置に頭があったから……子供ン頃、妹の頭よく撫でてたからかねー。ついついな」
頭をかきつつ魔理沙に向かって頭を下げる。よくよく考えてみれば失礼な話である、お前は背が低いと言っているようなものではないか。第一、勝手に頭を撫でられていい気分もしないだろう。
そんなことを思うシンを見てパチュリーがポツリと漏らす。
「………てっきりナデポを狙ってるものかと」
「ナデ……はい?」
「いえ、こっちの話。ま、気をつけなさいな」
ひらひらと手を振りながら紅魔館へと向かっていくシンを見送り、少女達は思い思いに息をつく。魔理沙は憤りにも似た、自分でもよく分からない感情のため、パチュリーと咲夜は呆れのため、レミリアは感心のため。
全員何を話すべきか決めあぐねていたが、やがてレミリアがすんすんと鼻を鳴らし出したことに気付いた。
「……んー。随分いい匂いをさせてるじゃあないか、白黒」
「いい匂いって、なにがだよ。私は香水とかはつけてないぜ?」
「そういうことじゃなくて……うー、めんどくさい。パチェー、明かりつけてー」
別にいいけど。そう前置きしてからジト目でレミリアを見だす。その目はまるで養豚場に連れて行かれる豚を見ているよう。
「あんた、段々てるよ臭が漂ってきてるわよ」
「ちょ……ひ、ひどいこと言うなー!? 誰が蓬莱ニートだってのよう!?」
「あんたよあんた、レミリア・スカーレット。働く意思が無い分てるよ以上にタチ悪いわよ」
ぎゃふん、という言葉を全身で体現しているレミリアに何とも言えない表情を浮かべながら、魔理沙はパチュリーを促す。
「え、えーと。私としてもちょっと気になるから明かりつけてくれないかパチュリー」
「自分でやるって選択肢は?」
「パワーが無い魔法は嫌いなんだぜ、決して出来ないわけじゃないからな」
出来ないのね相変わらずそうやって虚勢を張る姿がとてもネチョいわ押し倒したい今すぐ押し倒したいわよ魔理沙うふふ。そんなことを思いながら指を振って明かりをつける。いや待ってよく考えてみれば服が透ける光にすればよかったわねでへへ。
しかし、明かりがついて目に入った光景にふざけた考えは一瞬で霧散する。魔理沙の白い前かけがドス黒い血で濡れていたからだ。
真剣な眼で自分を見るパチュリーを不思議に思いながらも、その視線を追って魔理沙は自分の身体を見下ろしビクリと身体を震わせる。
「え、なん………え、あ?」
「魔理沙、脱ぎなさい」
「ちょ、お前何唐突に」
「いいから……もう、じれったいわね!」
言うが早いか、前掛けをめくり上げる。顔を真っ赤にした魔理沙がぺしぺしとパチュリーの頭を叩くが、構うことなくスカートを凝視し手で触る。
特に濡れていはいない、それに血もついていなかった。と、すると。咲夜をちらりと見ると頷かれる。だが一応の確認だけはしておく。
「魔理沙、身体はどこか痛む?」
「え? いや別にそんなことは……あ」
魔理沙もようやくついた血がシンの物だということに思い当たったのだろう、顔を蒼白にして紅魔館の方向を見る。
自分が怪我をしていない以上、この血はシンに抱き寄せられたときに付いたものだろう。ただ抱きかかえられただけでべっとりとつくのなら、シンの傷はどれほどのものか容易に想像がつく。非難するつもりはないが、思わず咲夜を見てしまう。
「そんな眼で私を見ないでよ、あの黒黒のバカっぷりまでは予想してないわよ」
「いや、別にそういうわけじゃ………ど、どうしようか?」
それこそ今更よ。シンの状態に気付いていたレミリアが肩をすくめながら呟く。
「そ、そうか? まあそれならいいんだが……うー?」
「まあ、だからさ。勝ち目がないぐらいですよ、絶望にはまだまだ程遠い。そんじゃま、そういうことで」
紅魔館へと足を向け。
「っと、大事なこと聞くの忘れてた。あの子と戦う上でなんか気をつけておかないといけないことってあります?」
「それ忘れてる時点で不安が漂ってくるわねー、煙より煙いわ」
「混ぜっ返すなパチェ。んー、まあそうだな、吸血鬼としての能力はまあ当然としてだ。やっぱり、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力だろうな。私もよう知らんが、なんでも物質の壊れやすい目を自分の手の中に移して握りつぶすことでなんでも壊せるとか何とか。眉唾だけどね」
「吸血鬼が眉唾とか言いますか。ありとあらゆるものを、ねぇ………デスティニー、どう思う?」
冷めた目でシンを見ていたデスティニーは水を向けられ、面倒臭そうに溜め息をついてから口を開く。
「……推測だが、物質のクランブルポイントを疑似的に掌に作り出して、そのクランブルポイントを対象にリンクさせる。一種の呪術だろうね、超高精度の丑の刻参りと解釈すべきかな」
「ン、成程。距離を問わないサイコ・グローリーってとこか………呪術ってんならやり様はあるか」
「サイコ、何だって?」
「グローリー。いやまあ俺もようは知らんのですけどね、なんか流れの吟遊詩人の……名前なんて言ったっけ、メイだかモイだかってのが御伽話の中で言ってたんですよ。ええと、なんて言ってたっけな……」
視線を宙にさまよわせることしばし。
「全ての物質には衝撃を加えれば、例えそれが物質を破壊する強さでなくてもどんな物体でも破壊されてしまう極小の物質崩壊点、クランブルポイントが存在するッ! おお、なんたることか。力の名を冠する彼の怪生物の卓越した視力によってそのクランブルポイントを見極め、頭の角で突く! それがサイコ・グローリーだ、この技を受けた物体の組織は必ずや崩壊へと導かれてしまうッッ! とかなんとか」
「テンションの高い御伽話だな!?」
「俺に言わんで下さいよ、第一俺も又聞きしただけで、デスティニーに記録させてたのも偶然なんですから。謎学本と同じような与太話だと思っていましたけど……まさか幻想郷でお目にかかれるとは。なにが幸いするか分かったもんじゃないなあ」
当面の戦略は決定、後はどう彼女を止めるか。なんとなくの流れは自分の中で決めている、ならばあとは。
「出たとこ勝負、か。そんじゃあまあ改めていってきますかね」
肩を軽く回してから、先ほどから黙っている魔理沙と目が合う。不満そうに頬を膨らませながら唇を尖らせぶちぶちと呟いていた。
「またお前、無茶ばっかする気だろ。ちょっとは懲りるもんだぜ」
「無茶してる気は無いんだけどなぁ………ま、気をつけるよ」
「……そう言って、何度無茶したんだよ」
睨みながらも声には心配そうな響きが隠しきれない。それもそうだろう、今日一日でどれだけ目の前の男が無茶を繰り返すかを目の当たりにしているのだから。
今度もまたきっと無茶をする。本人は無茶はしないと言っているが分かったものではないし、大体吸血鬼相手では無茶をしなければ生き残れるはずもない。
「お前そんなことばっかりしてると、いつかころっと死んじゃうぞ」
「一応、死ぬことだけは避けてるんだけどな。死ななけりゃ、いくらでも事態は動くものだしな。まあ……うん、死なない程度に頑張るさ。やばくなったら逃げるよ」
軽く笑いながらそう言い、魔理沙の頭を帽子の上から少し乱暴に撫でる。むず痒そうな表情で撫でられるままだった魔理沙だが、シンが頭から手を離すとむくれたような顔へと変わる。
「お前さあ、好きだよなー頭撫でるの。あれか、趣味かなんかか?」
「あー、いやすまん。なんか撫でやすい位置に頭があったから……子供ン頃、妹の頭よく撫でてたからかねー。ついついな」
頭をかきつつ魔理沙に向かって頭を下げる。よくよく考えてみれば失礼な話である、お前は背が低いと言っているようなものではないか。第一、勝手に頭を撫でられていい気分もしないだろう。
そんなことを思うシンを見てパチュリーがポツリと漏らす。
「………てっきりナデポを狙ってるものかと」
「ナデ……はい?」
「いえ、こっちの話。ま、気をつけなさいな」
ひらひらと手を振りながら紅魔館へと向かっていくシンを見送り、少女達は思い思いに息をつく。魔理沙は憤りにも似た、自分でもよく分からない感情のため、パチュリーと咲夜は呆れのため、レミリアは感心のため。
全員何を話すべきか決めあぐねていたが、やがてレミリアがすんすんと鼻を鳴らし出したことに気付いた。
「……んー。随分いい匂いをさせてるじゃあないか、白黒」
「いい匂いって、なにがだよ。私は香水とかはつけてないぜ?」
「そういうことじゃなくて……うー、めんどくさい。パチェー、明かりつけてー」
別にいいけど。そう前置きしてからジト目でレミリアを見だす。その目はまるで養豚場に連れて行かれる豚を見ているよう。
「あんた、段々てるよ臭が漂ってきてるわよ」
「ちょ……ひ、ひどいこと言うなー!? 誰が蓬莱ニートだってのよう!?」
「あんたよあんた、レミリア・スカーレット。働く意思が無い分てるよ以上にタチ悪いわよ」
ぎゃふん、という言葉を全身で体現しているレミリアに何とも言えない表情を浮かべながら、魔理沙はパチュリーを促す。
「え、えーと。私としてもちょっと気になるから明かりつけてくれないかパチュリー」
「自分でやるって選択肢は?」
「パワーが無い魔法は嫌いなんだぜ、決して出来ないわけじゃないからな」
出来ないのね相変わらずそうやって虚勢を張る姿がとてもネチョいわ押し倒したい今すぐ押し倒したいわよ魔理沙うふふ。そんなことを思いながら指を振って明かりをつける。いや待ってよく考えてみれば服が透ける光にすればよかったわねでへへ。
しかし、明かりがついて目に入った光景にふざけた考えは一瞬で霧散する。魔理沙の白い前かけがドス黒い血で濡れていたからだ。
真剣な眼で自分を見るパチュリーを不思議に思いながらも、その視線を追って魔理沙は自分の身体を見下ろしビクリと身体を震わせる。
「え、なん………え、あ?」
「魔理沙、脱ぎなさい」
「ちょ、お前何唐突に」
「いいから……もう、じれったいわね!」
言うが早いか、前掛けをめくり上げる。顔を真っ赤にした魔理沙がぺしぺしとパチュリーの頭を叩くが、構うことなくスカートを凝視し手で触る。
特に濡れていはいない、それに血もついていなかった。と、すると。咲夜をちらりと見ると頷かれる。だが一応の確認だけはしておく。
「魔理沙、身体はどこか痛む?」
「え? いや別にそんなことは……あ」
魔理沙もようやくついた血がシンの物だということに思い当たったのだろう、顔を蒼白にして紅魔館の方向を見る。
自分が怪我をしていない以上、この血はシンに抱き寄せられたときに付いたものだろう。ただ抱きかかえられただけでべっとりとつくのなら、シンの傷はどれほどのものか容易に想像がつく。非難するつもりはないが、思わず咲夜を見てしまう。
「そんな眼で私を見ないでよ、あの黒黒のバカっぷりまでは予想してないわよ」
「いや、別にそういうわけじゃ………ど、どうしようか?」
それこそ今更よ。シンの状態に気付いていたレミリアが肩をすくめながら呟く。
「とりあえずはもう少し待つさ、カッコつけて出ていってすぐ助けに入られたら面子丸つぶれだろ。あいつの顔もちょっとは立ててやらなきゃね」
「少しって……どれぐらいだよ」
「そりゃ美鈴とアルバからこれ以上はヤバいって連絡が来るまでだな」
レミリアの言葉だけでは納得はし切れてはいないのだろう、唇を尖らせながら唸っていた魔理沙だったが、やがて諦めたように息をつく。
本人が死ぬ気は無いと言っているのだ、何らかの対策は立てているのだろう。少なくとも昼間の機械人形を相手どっているときの行動を見る限りでは自分よりも冷静な判断を下せるのだろうし、自分が心配しても仕方が無いのかもしれない。
だが、それでも。
(心配して、なにが悪いんだよっ。大体………なんで、死ぬかもしれないってのに、お前は、さあ)
自分達はちっぽけな人間だ、出来ることなんて限られているしその限られている出来ることも絶対ではない。ほんのちょっとした揺らぎであっけなく失敗してしまうほど脆くて不確かなものにすぎない。だからこそ、危ないと思うのならすぐさま逃げなくてはならない。
引いちゃいけない理由なんてないはずなのに、何だってあの男は目で見て分かる危険に立ち向かおうとするのか。それが分からず、魔理沙の揺れやすい心を尚更にさざめかせる。
そんな魔理沙の不安を知ってか知らずか、パチュリーがいつも通りのぼそぼそとした声を立てる。
「………ところでレミィ。美鈴と八汰乃から連絡がって言ってるけど。もし二人が気絶とかしてて連絡来なかったらどうするの?」
それは魔理沙も気になっていたところだ。あのフランの暴れっぷりからすれば二人して満身創痍な状態になっていることも十分あり得るだろう。
もっともな疑問を受け、紅い悪魔と畏れられる偉大なるカリスマ、レミリア・スカーレットは―――
「あ」
「何よあんたのそのオウやっちまったぜって顔は」
「予想どおりですパチュリー様。使い魔を飛ばして頂けますか?」
「違うんだ! 忘れてたわけじゃないんだ、ただ、その………ふっ、今夜の月はいつもより紅いもの」
おぜう様マジ必死だな。カリスマ顔を浮かべているにも関わらずそんな言葉を彷彿とさせるレミリア・ザ・ノンカリスマに向けてパチュリーの無情な一言が突き刺さる。
「あんたの嘘って底浅いわよね、ていうか意味分かんない」
「ぎゃふん!?」
撃沈され涙目になるレミリアを見てパチュリーは頭を抱えてしまう。
「ほんっとこいつは…………カリスマぶろうとしなけりゃカリスマに満ち溢れるってのに、もう………」
「カリスマぶるってなんだー!? 私は立派にカリスマだろーが!」
「ハイハイ」
「なぁんだよその適当な返事はー!?」
そんなコントを繰り広げる少女達に、不満そうに頬を膨らませる魔理沙。
「なあパチュリー、それにメイドもだけど。何だってお前らそんな呑気なんだよ、シンのこと心配したっていいんじゃないか? いくらなんでも薄情だぜ」
魔理沙の言葉にパチュリーと咲夜は顔を見合わせる。しかし魔理沙の不安も無理のないものである。
シンが自分から危険につっこんでいったのにここまで緊張感のないやり取りをされると流石に不快になってしまう。
そんな魔理沙の心境を察したのか、ぽりぽりと頬をかきながらパチュリーが返す。
「ん、そうはいってもねー。ぶっちゃけ心配する必要無いし」
「何でだよ」
「お嬢様の運命を操る程度の能力があればどうとでもなるわよ、勝つ運命にすればいいんだもの」
運命を操る程度の能力。それは因果を捻じ曲げる能力と言い換えてもいい。
吸血鬼の能力と合わせて、五百数年しか生きていないレミリアが霊夢から一目置かれている理由でもある。
最終更新:2011年01月25日 17:22