「あ、そっか、その手があったんだ、すっかり忘れてたぜ」
「あ、そっか、その手があったんだ」
ぽん、と手を叩く魔理沙とレミリア。レミリア。レミリア。本人当人御本人。
「………レミィ、あんた………」
「いや、ちょ、ちが、ジョークよ! 場を和ませるジョークよHAHAHA!」
「……………………………………………まあいいわ。じゃあさっさとして頂戴」
引いた表情を浮かべるパチュリーに対してカリスマたっぷりに頷くレミリア。
絶対手遅れだが。
「うむ……………ん、あれ?」
「どうかしたのか?」
優雅な笑みから一転、神妙な顔を浮かべるレミリアに魔理沙が不思議そうな声をかける。
しかしレミリアは口元に手をあてたまま目を閉じて答えず。ぱちりと目を開けた時、その眉はきゅっとしかめられていて。
「いや……ねえ、白黒。あのシンっての、能力が運命から干渉されない、とかじゃないよな?」
「は? いや違うと思う、っていうか聞いてないし、いや、というか何が言いたいんだよ」
「うん……あいつの運命にね、干渉できないのよ。あいつの運命を変えられない、操れないの」
「………おい、それって」
肩をすくめてパチュリーがまた不安げな顔を浮かべ出した魔理沙に言葉を返す。いつものように飄々とした態度。
もっとも、その表情は少しだけ焦りが見えるものだったが。
「不味いわよね。様子を見に行った方がよさそうね」
「そ、そうだよな、その方がいいよな」
心配だなぁ、と呟く魔理沙をニヤニヤしながら見つめるパチュリー。その邪悪な視線に気付いたのか、魔理沙はジト目で見返す。
「……なんだよ?」
「べーつにー。パチェチェチェチェ」
楽しくてたまらなさそうにパチュリーは笑う。魔理沙は気付いていないのだ、自分が何故そうもシンのことを心配しているのか。はたから見ていればこうも丸わかりだというのに、これだから人間観察は止められない。
これでもし、魔理沙がシンのことを気にかける理由を自覚したらと思うと顔がにやけ、笑いが止まらなくなってくる。
「ぐへへへへへ」
「パチュリー、お前今すっごい魔女っぽいぜ……」
魔女だって。
「………なんか、緊張感が粉砕された気がする」
「知らんよそんなことは」
素っ気ないデスティニーの返事に鼻を鳴らし、シンは紅魔館から聞こえてくる音に耳を傾ける。
物が壊れるような音はもうほとんど聞こえずに今は壁に鉄球がぶつかるような音が響くのみ。急ぐ必要がある、だがどうしてもやらなければならないことが一つ。
「デスティニー、一旦神社まで戻ってくれ。お前を出張らさなきゃどうにもならない臭いからな」
シンの言葉にもデスティニーは冷めた目で見返すだけ。そんなデスティニーに戸惑いながらもアロンダイトのスペルカードを手渡す。
「これ、護身用に持ってけ。どうせこっちの方じゃ使わないだろうし」
帰ってくる言葉は無い。流石にシンも眉を寄せるが、今はそれどころではない。ぐっと不満をこらえて努めて明るく声を出す。
「じゃあ、頼むぞデスティニー。こっちもあんまり長くは持たないだろうからさ」
「シン」
ようやく帰ってきたのは硬い声。名前を呼ばれて不思議そうにデスティニーを見返す。
―――いや、嘘だ。本当はどうしてデスティニーの声が固いのか、さっきから冷めた目で自分を見ているのか、そしてそんなデスティニーを責めることが出来ないのか。
本当は、分かっている。知っている。だからただ名前を呼ばれただけなのに、まるで宿題もせずに遊び呆け、寝る直前になって親に呼び止められた子供のように顔が引きつって仕方がない。
「君はあの子を叱らなくちゃと、そう思い叩いた、叱ったのだろうけれど。君が叩いたのは、本当にフランドール・スカーレットだったのかね?」
揶揄するような声に思わず視線を逸らしてしまう。心中にあるのは見抜かれていたかというある種の納得、心の冷めた部分ではデスティニーの洞察力に対して感嘆の念もある。そしてそれ以上に存在する自身への情けなさ。
「……別に、フランだろ? っていうか、他に誰がいるってんだよ」
そんな心とは裏腹に―――いや、ある意味では心のままに口が動いているのか―――誤魔化すような口調で返す。
自分自身でも無理があると感じる言葉だ、当然デスティニーから帰ってくる反応も予想通り。鼻を鳴らして大袈裟に肩を竦められた。その顔には苛立ちと侮蔑が混ざっていて。
「そうかい、そうやって誤魔化すかね。なら言ってやるよ、君が叩きたかったのはかつての君自身じゃないのかと言っているんだよ」
「そんな、ことはっ」
「無いかね。無いと胸を張って言えるのかね、フランドール嬢がかつての君と同じ言葉を発しなくても君は彼女を叱りつけたと言えるのかね。まったく同じように彼女の頬を叩いたと言えるのか、ええっ!?」
デスティニーらしからぬ感情を露わにした叫び。いや、シンが知らないだけでこの姿、気性が本来の彼女なのか。
何も言い返せずに苦々しい表情を浮かべるシンを睨みつけていたデスティニーだったが、やがてシンが何も答えられそうにないことを察すると舌打ちをしながら地面を蹴りつける。
「糞餓鬼めっ。君は―――ああっ、くそっ。君はいっつもそうだ、いつになったら成長するんだよっ。同じことを繰り返して……君に、何が返るって言うんだ、昔が変わるってわけでもないんだってのに。大体……大体っ、君だってそんな行為は情けないただの自己満足だって分かっているんじゃないか、だのに、なんで………ああ、くそっくそっくそっ!」
苛々とした口調でブツブツと呟きながら地面を尚も蹴り続ける。そんなデスティニーを見ているだけの自分が不甲斐ない。相棒だと言ったはずなのに、その相棒の言葉に碌に返せる言葉がない自分が情けなくて仕方がない。
やがて気がすんだのか、荒い息を吐きつつシンに改めて視線を向けてくる。
「勝てよ。彼女を死なせず、必ず勝つんだ。それが君の義務なんだ、どんな理由にしろ彼女を叱った、君の……彼女のためにも、負けるな。いいな、絶対にだ」
そう言い残し、一瞬でかき消える。今までいたのはあくまでも本体から分離した存在だ、博麗神社にいる本体に戻ったのだろう。
―――無論、勝つつもりだ。というより、勝たなければならない。あそこまでレミリアに啖呵を切ったのだ、それに止めなければフランの命だって危ういだろう。
だからこそデスティニーの本体を呼んだのだ、どうしたってアレ無しでは吸血鬼と渡り合うのは不可能に近い。
そう、不可能。だからこそ。
(デスティニー。それでもな、俺は……俺は、さ。間違ったことをしたとは思えないんだよ)
(僕の機嫌取りかい? だったらもっとうまいことでも言ったらどうだい)
意識をデスティニーに飛ばすが、冷めた声で返される。だが予想できていたことだ、構わずに続ける。
(そりゃあさ、うん………認めるよ。俺は多分、っていうか間違いなくあの子に昔の自分を重ねたよ。否定はしない、できないよ)
(………ふ、ん。いい迷惑だったろうよ)
(まあな。でもな、それでもさ。それでも……それでも、俺は。俺は、あんなことを言って、それを後悔して。それを未だにぐずぐず引きずって……そんな思いをあの子にさせたくは無い)
どうにか言い切り、息をつく。だが、大事なことがまだ言えてはいない。
今言ったことも確かに自分の本心ではある。しかし、だ。もう一つ、どうしても隠しきれない本心がある。情けなくて無様な本心。
それを、さらけ出さなくては。それが文句を言いながらも自分についてきてくれる相棒に対する礼儀というもの。
(それに………それに、さ。俺は………俺はっ。あの時、アスランをバカにした時………アスランに、殴って欲しかったんだよっ)
――――あの時のアスランは不甲斐なかったのは事実だ。フリーダムにあっけなくセイバーの四肢を切り落とされ回収される姿は情けないことこの上なくて。実際、バカにされるのもやむなしといった風体ではあった。
だからと言って実際にバカにするなど許されるわけでもない。増長した部下を叱りつけるのは上司のやるべきことではないのか、今更ながらにそうシンは思う。
あの時叱られていたのなら―――どうだっただろう。選んだ道は違ったのか、それとも変わらなかったのか。それはもう今となっては分かりはしない。当然だ、歴史にifなどない。あるのは結果が残るだけだ。
だが、それでも。それでも思う、思ってしまう。あの時、叱られていたのなら自分はもっとマシな人間になれたのではないか、と。ただの妄想だ、と心の冷静な部分で呟く。ただ一度叱られたぐらいで人間が変われるとは限らない。むしろよりねじ曲がる可能性の方が高い、とも思う。
それでも、だ。アスランに馬鹿野郎と怒鳴られ殴られたかった。もうアスランも自分に馬鹿にされたことなんて覚えちゃいないだろう、それだけの年月は流れた。だが、かつての自分の馬鹿な行動は忘れられない、ヘドロのように心に張り付いて心の温度を下げてくる。
結局のところ、自分はそのヘドロを取り除きたいだけなのかもしれない。だからこそフランに自分の過去を重ねてしまったのだろう。
(………それが、本音かね?)
(笑えよ、デスティニー。お前の言った通りだよ、俺は未だにガキのまんまだ。自分勝手に誰かに誰かを重ねちまう。それでも……勝手だって分かってるよ、でもやっぱり俺はフランって子に俺みたいな思いはさせたくないんだよ)
(………本当にガキの理屈だな。だが………まあ)
呆れたような声。だけどその声からは先ほどから感じる冷たさは無くて。
(そのガキの理屈で誰かを救えるのなら、それは子供の理屈じゃなく、優しい現実、なの、かもね)
シンが初めて聞くような柔らかい口調と声。その意外な答えになんとなくかける言葉を失い、思わず頬をかく。
再び声が頭の中に響いた時、デスティニーの声はいつもと同じシニカルさを伴う声に戻っていた。
(まあ、なんにしても急ぐとするさ。何か要望はあるかい?)
(ん? んー、要望なあ……あ、そうだ。アリスに紅魔館に来るよう連絡しておいてくれ、多分直してもらわないと)
(ふむ。とはいえいるかいないか分からないからね、書置きだけでもいいかね?)
(十分十分。それじゃ、急いでくれよ。俺は先にフランを相手にしておくから)
(了解、無理だけはしないでくれよ……ああ、それと。なんだかんだと言ったけど、君はガキのままでいいよ。ガキのままがいい)
追求しようとするシンの言葉にそれじゃあな、とだけかえしてそのまま反応が無くなる。
………手の施しようのないバカを呆れられたのだろうか。思わずそんなことを考えてしまう。というか人が成長しなくてはと考えているのに何言いだすのだあの貧乳は。これだから貧乳は。
とはいえ、どうにか自分の気持ちとデスティニーの苛立ちにはケリはつけられたのだ、頬をバシバシと強く叩いて気持ちを切り替える。
館の中からは美鈴の声が聞こえてくる。恐らくは彼女が今フランを抑えているのだろう、それならば少し待つ。あくまでも時間稼ぎだ、一人づつ順繰りに出た方がいい。それに、自分が出ても足手まといになるだろうという予感もある。
この紅魔館の門番を務めているのなら相応の実力はあるのだろう、それならば自分が出てもむしろフランに付け込まれるだけ。わざわざ自分から穴を作ることは無い。それが、得策で正論。
「正論、か」
鼻で笑う。そんなものは糞喰らえ、だ。正しいことだけで命を救うことが出来るわけがない。たとえどれほど間違っていようとも、やらねばならない抜き差しならない状況だってある。今だって間違いなく「その時」なのだ。
館の壁を見渡す。真正面からではなくフランに奇襲をかけられる場所を探さなくては。それでいて出来るだけ高いところ―――やはり、窓か。大きく息を吐き、もう一度ぴしゃりと頬を叩く。
(いく、かな……やって、やるさ!)
「―――せいっやあああ!」
美鈴が空を裂くかのような鋭い掛け声と共に繰り出す上段回し蹴り、だがフランは迫る美鈴の足首を掴んでそのまま力任せに投げ飛ばす。宙をきりきりと舞いながらも壁に叩きつけられることなく地面に音もなく着地、即座にバックステップで距離をとる。
興奮しきったフランでは弾幕ごっこに持ち込むよりも拳と脚で意識を刈り取った方が得策と踏んで肉弾戦を挑んだがいいが、こちらからは有効打を何度撃ち込んでもたった一発のフランの一撃で呆気なく状況が傾く。
美鈴も決して力が弱いわけではない、技術も何もない力任せの鉄拳で人体に穴を開けることぐらい造作もないことだ。しかし、吸血鬼はその上をいく。ほんの僅かに掠めるだけでも皮膚を割き、まともに入ったなら体内で練り上げられた気で肉体を強化している美鈴の骨をも砕くだろう。
(まともに……私は当たっちゃいない、掠めてるだけ。妹様には何度もきれいに入っている、のに)
「あれ、美鈴もうばてたの? もう、早いよー。たるんでるんじゃあない?」
「いえいえ、日頃のお昼寝と太極拳のおかげで健康そのもの、たるみなんてちっともありませんよ?」
まったくと言っていいほどに堪えていないフランを見て、言葉とは裏腹に焦燥していく美鈴。フランの攻撃―――とは呼べない、ほとんど手足を振り回すだけの児戯――はどうにか捌いているだけ、いつ当たったっておかしくない。
身体からの鈍痛と緊張感で少しずつ美鈴の集中力が途切れ、瞬きと同時に息を吐いた一瞬。フランが狙ったわけでもなく単なる偶然、その一瞬にフランが無造作に突進してきた。
(マ、ズ……っ!)
「せーいやー♪」
自分のまねのつもりか、愛らしい掛け声と共に繰り出されたのは上段回し蹴りのつもりなのであろうただ足を上へ突き出しただけの腰の入っていない子供の蹴り。
ただし、その蹴りの速度は音速に迫るのだが。
「あうっ!?」
腕で受けるが、衝撃が頭まで突き抜け脳を揺らす。例え妖怪であっても脳に強い衝撃が加わると一瞬とはいえ意識を失ってしまう。もっとも、美鈴のような打撃を受け慣れているような相手ではよほど綺麗に顎に入るか、もしくは吸血鬼や鬼のような怪力で力ずくで脳を揺らすしかないのだが。
たった一回の直撃で意識が刈り取られ、地面に叩きつけられてもなお勢いは止まらず。そのまま頭から壁に。
「――うぼあっ」
ぶつかる直前、窓から侵入したシンが美鈴と壁の間に割って入る。あまりにも無理やりに割り込んだために口からは呻きとも叫びともつかず意味をなさない音が漏れ、美鈴を受け止めた胸からはギシギシと肋骨が軋む音が響くが、折れたわけでもないのだから一々痛みに構っている場合でもない。
いま重要なのは美鈴が無事かどうかということ。瞼は閉じられているが、その豊満にしてふくよかな巨乳は穏やかに上下している。気を失っているだけだということが分かり一息つき。
「アルバ、いるんだろう!? さっさと美鈴さん連れて下がってくれ!」
シンの言葉と同時に正面玄関の扉に隠れ、美鈴が吹き飛ばされたときに受け止めようとするより早くシンの姿が見えたため邪魔にならないよう踏みとどまっていた八汰乃が飛び出してきた。思い人の頼みなら引きずってでも美鈴を外に出さなくては。
「委細承知した。二、三言いたいことはあるが、貴様がフランドール様を引き受けるのなら後にさせてもらう。それと………あの、その。死んだりなんかするなよ?」
「おう、気をつけるさ。死なないようハウメアにでも祈っておいてくれ」
不安げにシンを見たが、すぐに顔を引き締めて美鈴の腕をとって引きずりながら扉の外、暗闇の中へと消えていく。そんな八汰乃の姿を確認することもなくシンはフランに気を配る。
美鈴と八汰乃に気を傾けすぎてフランから奇襲を受けてしまっては間抜けにも程があるというもの。しかし、シンの思惑をよそにフランは不思議そうな目で扉の先を見続けている。
訝しんだ目をシンが浮かべると首を傾げながらフランが口を開く。
「ねえ、美鈴どうしちゃったの? 具合でも悪くなっちゃったの?」
気が触れている、と霊夢に聞いていたからどんな狂った言葉が返ってくるかと身構えていたが、単純に美鈴の身体を案じるものだったために拍子抜けしながらもなんとなくの違和感を覚える。気が触れていると言うには、あまりにも。
いや、今はまだ確証もないのだ、変に先入観を持つべきではないだろう。ひとまずはフランの言葉にこたえなければ、彼女について洞察するにはまだ情報が足りなすぎる。
「………ン、まあ、具合が悪くなったって言やあ悪くなったな。すぐ目を覚ますだろうけど」
「本当? よかったあ」
手を合わせて無邪気に喜ぶ姿、やはりあれは。シンが自分の考えを固めつつあることなど当然知る由もないフランは笑顔から一転、不機嫌そうに唇を尖らせる。
「お兄さん、大陸から来たの? それとも西方から? きっとすっごい有名な妖怪なんだよねっ」
「妖怪って……俺は人間だよ、顔なら妖怪並に怖いかもだけどな」
「ウソついちゃダメだよ、だって私、美鈴から叩かれたのはちょっとしか痛くなかったけど、お兄さんからのはすっごく痛かったんだもん。今もまだジンジンしてるんだよ? 妖怪じゃなきゃなんだって話じゃない」
フランの言葉。美鈴からのは痛くなくシンからのは痛かった。それはシンの予想が当たっていたということで。
思わず頭を抱えてしまう。別にフランがどうこうというわけではない、頭を抱えてしまった原因は。
「……なんだよ何が気が触れてるだよ、適当な嘘情報吹き込みやがってあの腋」
「ふえ?」
「いや………なんでもないさ。それよりも、だ。そんな風に痛い思いをさせた奴が目の前にいるんだが。君はどうしたい?」
シンの言葉にきょとんとした顔を浮かべていたフランだが、すぐに満面の笑みへと変貌する。
「ふふん。そりゃあもちろんきっちりしっかり返してあげなくちゃだよね、コンティニューできなくさせてあげるよ♪」
「そうかい。どっちだっていいさ、出来たことは無いからなコンティニューなんて。返してみなよ、出来るもんなら、な」
「むぅ~、なまいきなまいきっ。あなたのお目目にコイン1個いれちゃうよっ!?」
言うが早いか、フランが跳びかかってくる。肉食獣もかくやという速度で突っ込んで来るフランが突きだした杖を身体を捻じって回避、即座にビームライフルを乱射しつつ距離をとるように後ろに下がる。
ここまで反応で来たのはそろそろ動くだろうと踏んでいたからこそだ、そうでなければまず避けられないほどの速さ。しかも恐らくは全力というわけでもなし。
(ち………少し、ま、ず、い、か? 子供だからわりかし読みやすいってのが救いっちゃあ救いだけど、だからってこんな速さは………捌き切れるってもんじゃあない!)
焦燥に駆られるシンとは対照的に、至って呑気に首をかしげるフラン。
心底不思議なのだろう、杖とシンを交互に見ながら可愛らしい唸り声を上げる。
「あれ、避けられちゃった。おっかしいなあ、心臓抉り出せるって思ったんだけどなあ。まあいいや、一回であきらめちゃダメだね、何度だってやらなきゃ」
「そうかいそうかい、じゃあ何度でも迎撃してやるさ!」
強気な言葉、しかし。
(無理、だな。さっきより寄られたら読むもクソもあったもんじゃあない、いや読み切ったって反応しきれない! この位置がギリギリだ、これ以上は寄れないな……やっぱアロンダイト要らなかったな、予測できてたことではあるけど)
思考は冷静に状況を分析し、生存のための判断を下し続ける。フランに自分が弱気になっていることは悟られたくは無い、利用するための演技ではなく実際に大小はどうあれ弱気になっているのは事実、いくら彼女の精神が未熟と言っても確実に付け込んで来ることだろう。そうなる前に有効な戦略を決めておかなければ。
一撃掠めただけでも終わりかねないこの状況では近接戦闘など自殺行為に他ならない、ならば距離をとってビームライフルなり長射程砲なりを叩きこんでいくしかないだろう。
もっとも、野犬とは比べ物にならないほどの速さで迫り、熊すら捻りつぶせる腕力を持つ吸血鬼に当てていけるのなら、だが。
こちらから向かう気が無くともフランの方はそんなつもりもない、床を蹴って肉薄しつつ腕をまっすぐ前に突きだす。突きだされた腕を避けるため、後ろに下がらずにフランと交差する形でさらに一歩踏み出す。どうせ一歩か二歩下がったところでフランが踏み込んで後退は無駄に終わる、それぐらいならばいっそこちらからフランの方に踏み込むことで背後に抜けた方が良策というもの。
そのままフランの横を通り抜け跳躍、身体を捻じってビームライフルの照準をフランに合わせ、こちらに振り向くと同時に撃つ。
が、直撃したにもかかわらずそのままフランはまだ着地していないこちらに走り寄ってきて。
(ま、ず―――!)
先ほどと同じように腕を突き出す。地面を踏みしめていないシンにはたったそれだけの動作にすら対応することが出来ない。宙に浮く能力をちゃんと制御できているのならかわすことぐらいなら出来るのだろうが、腕を振ることで重心をずらし、身体を捻じるのがやっと。
その捻じった分がフランの貫手の直撃だけは避けることが出来た。直撃だけ、は。小指がわき腹に突き刺さり、そのままフランが腕を前に付きだすのに合わせてびちびちと魚を捌くのと同じ音を立てて裂けていき。
腕がまっすぐに伸び切った時、シンのわき腹から腹圧で小腸が勢いよく吐きだされ、大きく裂けた傷口からは腎臓や脾臓もはみ出していて。
(―――――ううううぅぅぅううぅッ!?)
床に叩きつけられる―――まともに着地することは諦める、素直に受けて受け身をとった方がまだバランスを崩す心配をしなくて済む―――直前に裂けた腹を打たないように背中から落ちるために身体を捻じる。捻じった時も床に叩きつけられた時も口の奥が引っ張られるようなおぞましい感覚がシンを襲う。
その感覚に喚き立てたくなる感情を押し殺してこれ以上臓器が漏れないよう傷口を小腸ごと押さえながら、床を蹴ってフランが暴れた時に床に落ちたカーテンの側まで移動、落ち着いてはみ出た臓器の状態を見ながら腹の中に戻していく。
(腎臓――血管からちぎれちゃいない、よし。脾臓――出血してない、ならこのまま戻すか。小腸――よし、傷が無いな、問題ない。出血――傷口を締めれば止まるな。よかった、大したことは無いな!)
小腸を掴んで無理やりぎゅうぎゅうと腹の中に押し込み、その上からカーテンを腹にさらしのようにきつく巻いていく。巻き終わると傷口とは反対側のわき腹をバシバシと叩く。傷口の側のカーテンが僅かに膨らみ血が滲むが、特に臓器が漏れることは無く。
当面はこれでいいだろう。雑菌塗れのカーテンだ、確実に化膿するだろうがどの道やらなければ今死ぬだけ。それならば後で激痛にのたうちながらでも対処することが出来る方がマシと言うものだ。
ふと、こちらを見たまま動こうとしないフランと目が合う。動向には気を配っていたが、カーテンを巻きつけている間彼女はシンに襲い掛かろうとはしなかった。訝しげに眉を寄せるシンに向けて感心したような声を上げるフラン。
「へーへー。てっきりオレンジとか青色だったりするのかなって思ってたんだけど、普通の色なんだね、男の人の内臓って」
「ふ、ん。勉強不足、想像力が足りないな。内臓がこんな色と形をしてるのも血が赤いのにもちゃんと理由があるんだ、人間の身体に意味のないところなんてほとんどありゃしないよ」
「そうなの? じゃあ今度パチュリーに聞いておかなくちゃ………んー。でもやっぱり実践も大事だよね」
笑いながら杖を構え三度飛びかかってくるフラン、しかしシンは避けようともしない。いや、正確には避けられないのだ。咲夜につけられた傷からの出血も止まりきっていないにも関わらず腹が裂けるこの事態、いくら腹からの出血が少ないとはいえいい加減動くのも億劫になってくる。
だから。フラッシュエッジを右手に逆手で握って杖を受ける。だが吸血鬼の膂力に対してあまりにも無力、ほんの少しだけ勢いを殺せただけでそのまま胸を両断する勢いで迫っていて。
「むだむだっ、変わんないよ!」
「どうかな……いけるかっ?」
言葉と同時に左手に長射程砲のグリップを握り、展開した砲身をフランの腹に押し当てる。杖に押し込まれてフラッシュエッジの刃で焼かれる皮膚の痛みに獰猛な笑みを浮かべるシンとは対照的に何が起こっているのか一瞬分からずきょとんとしたフランと目が合い、そして。
「い、けよォッ!」
咆哮と共にそのままトリガーを絞り零距離から最大出力で放つ。たまらず腕を止めて身体をくの字に曲げるフランにさらに撃ち込むことで吹き飛ばす。
効いているかどうかなどはどうでもいい、ただ効かずとも物理的にフランを後退させることは出来るのだ。
確かに今自分は満足に動けない。だが自分が動けないのなら相手を動かせばいいだけのこと。フラッシュエッジで胸が少しばかり抉れてしまったが、姿形などどう変わろうとさほど問題は無い。
第一デスティニーが戻るまでの時間稼ぎだ、後のことにまで気を回していられない。
(やった………わきゃ、無いだろうな。ヤバいな、息が苦しくなってきた。頭は………回ってる、つもりだけどな、いやこんなこと考えだす時点でもう不味いのか?)
荒い息。いい加減出血もそろそろ限界だろう。少し頭がくらくらとしてきた、目も段々と霞んできていて。目をこすりたくなる衝動を抑えつけ、吹き飛んで壁に寄り掛かったフランを注視する。その顔は俯き、表情は見えなくて。
動かない。だからと言ってまだ気を抜くわけにはいかない。というよりも、だ。そもそもあの程度で吸血鬼が気を失うとは思っていない、ほぼ確実にすぐにでもこちらに向かってくることだろう。
その予想通り、ばね仕掛けのように勢いよく立ち上がって小さな拳を握って飛びかかってきた。速度こそ上がっているがさっきと同じ軌道、しかし戦法は先ほどよりも悪く。ならばこちらもまた長射程砲の零距離発射をカウンターで決めてやれば。
(―――あ、れ。あれ?)
かくん、と。唐突に、本当に唐突に膝が折れる。長射程砲を持ちあげようとするがひどく遅いのろのろとした動作。何よりも、全身に力が入らない。それを不味いと思うのだが、その思考すらも胡乱で散漫としたもので。
―――何の不思議もない、出血で身体にガタが来てしまっただけの話。その内確実に来ることではあったが、よりにもよってこのタイミングで。いや、自分の運の無さに恨み言を言うよりも先にせめて実体盾とソリドゥス・フルゴールを。
(よし、展開できたっ、これで防げ)
ばちゅん、という水がぱんぱんに詰まった風船が割れるような音。ソリドゥス・フルゴールを突き抜けたフランの拳を受け、実体盾ごと右手が「弾けた」音。肘から先が無くなりだらりと皮膚が垂れ下がっている右腕からどくりどくりと鮮やかな赤とどす黒い色の血が噴き出していて。
「っうおおおぉぉおおオオヲヲヲッッ!?」」
叫びながらもフラッシュエッジで傷口を切り落とすことで焼き切りこれ以上の出血を防ぐ。だが元々全身から多かれ少なかれ出血していたのだ、今更遅い。
急速に息が苦しくなり視界がぼやけてくる。しかしそれ以上に不味いのは、ほとんど痛みが無いこと。正確には痛みが脳から放出されるエンドルフィンにより快楽へと変換されていること。
通常、痛みだけではエンドルフィンは放出されない。耐えられない痛みはシャットアウトするだけだ、にもかかわらずエンドルフィンがまき散らされているということは。
(まずい、のか? ちょっと、これ、しぬかも。あ、やば、かんがえがまとまらね)
「あっは、お兄さんの血ってそんな色なんだね。けっこうきれいかも。後見てないのはー、うん、脳漿だね。見せてくれるよね?」
フランの言葉にも碌に反応できずに思考がふわふわと一点にまとまらず、締りのないことを思うだけ。
腕を振り上げて杖を構えるのも見てはいるが、正しく認識してはいない。ただぼんやりと眺めて下がろうとしない。
そうして、振り上げた杖をシンの脳天にめがけて振りおろし。
「―――やらせはせんよっ!」
床に突き刺さったアロンダイトによって弾かれた。一度大きく跳んで距離を空けてから首を傾げ、声がした方を振り向く。
扉の前に立っていたのはデスティニーだ、小型化した状態とは違い、腋がでている以外は一般的な巫女服を着ている。
「え、お兄さんが増えた?」
「失礼な、この胸を見たまえ、どう見ても女性だろうが」
「……………どこが胸なの?」
フランの呟きは聞こえなかったのか、シンの側へとかけよるデスティニー。主人の様子を見た瞬間、顔がこわばりフランを睨みつける。
「―――っ、すまない、遅くなった」
「いやー? いいさいいさ、しんだわけじゃないんだし?」
蕩けた表情と声。明らかに余命は数分もないだろう、舌打ちをしつつシンの服の中からスペルカードを全て取り出し、アロンダイトもスペルカードへと戻してシンの左手に全て握らせる。
乗り手であるシン・アスカ。核となるデスティニーの本体。デスティニーの兵装を落とし込んだスペルカード。これで準備はすべて整った。あとはシンが宣言をするだけ。
「言えるな? 言うんだ、言わなければどうにもならないんだからな!」
「わかってるさ、わかってるよ、言わなきゃな、宣言、しなきゃ、な」
デスティニーの肩を借りながらよろよろと立ちあがりスペルカードを握った左手を前へ突き出す。ガクガクと痙攣を起こしながらもその手はスペルカードをとり落とすことなくしっかりと握っていて。
返り血でどろどろになった顔の奥、赤い瞳はまっすぐにフランを見据えて視線を外さずに。ひゅうひゅうという掠れた息を二度三度と吐き、一度大きく息を吸って。
全身全霊を振り絞って出した声は蕩けた声ではなく、意思を込めたはっきりとしたもの。
「―――変身」
言葉と同時に握っていたスペルカードを宙空へとばら撒く。全ての兵装―――大量のCIWSの弾丸、ビームライフル、2つのフラッシュエッジ、実体盾、2つのソリドゥス・フルゴール発振機、長射程砲、アロンダイト―――が実体化し宙に浮く。その光景を見届けたデスティニーが粒子となって兵装に溶け込むと、ビームライフルの引き金ががちり、と引かれた。
ビームライフルから放たれる光線が腕の、脚の、切り落としたはずの右腕すらも含む体中の骨格を辿りながらシンの身体の骨を蒸発させる。だが撃ち込まれた光線はシンの体内で硬質化し、MSのフレームへと変化し肉体を支える。転がっていた右腕も光線を撃ちこまれ、フレームへと変質すると浮き上がって身体に残った右腕に接続される。骨格が全てフレームへ置き換わると同時にフラッシュエッジとソリドゥス・フルゴール発振機が肩と手の甲にめり込んで来る。
フラッシュエッジは肩へ突き刺さった時に弾けた肉片を寄り集め特殊金属性の肩当てへと変質させながら肩当てに装着、ソリドゥス・フルゴール発振機は肉を押しつぶしながら手の甲に食い込んでいき、体内のフレームに固定される。
二つが身体に固定されると、アロンダイトの切先と長射程砲の砲口がシンの胸へと照準を合わせ、そのまま一気に突き刺さり、撃ち込まれる。アロンダイトはシンの胸に深く突き立ちながらもさらに突き進み、長射程砲は光線を放つごとに床尾から消滅していく。
だがその刀身と光線は背中から飛び出すことは無く、代わりに鳥の骨格を彷彿とさせる灰色の鉄翼が背中を突き破って形成。その翼の脇には体内に呑みこまれたアロンダイトと光線となり消失したはずの長射程砲が備え付けられていて。
そして、宙に浮いた大量の弾丸がシンの身体に撃ち込まれていく。皮膚を破り、筋繊維を抉りながら食い込むとその位置で固定され、ぺきり、ぺきりと乾いた音を立てながら肉体を鋼鉄へと変質させる。神経をギリギリと押し潰す忍耐不可能な痛み、しかしその痛みは一瞬で終わり神経はファイバーグラス製のケーブルへ、筋肉はシリンダーへと変換。
頭にも等しく弾丸が降り注ぎ、眼球を頭蓋を顔を変質させる。水風船のように弾けた眼球は緑色の光を放つ三つのモノアイへと変質しそれが二対。瞼の代わりに強化プラスチック製の防護カバーがそのモノアイを覆う。頭蓋の奥の脳まで食い込んだ弾丸が脳の脂肪と蛋白質を制御チップへと変換、ケーブルに接続し総合処理システムとして機能するようアジャスト。
そしてシンの肉体が全て鋼鉄へと変質すると、残った顔が泥をこねるように蠢きながら一気に変化する。頭は鎧武者を彷彿とさせる形状に、顔は鼻のない無機質な仮面へと。
全ての変質が完了し、フランの目の前には跪く灰色の鉄人形が一体。その鉄人形の灰色の胴体が青く染まり。
『―――うおおおおオオオオッ!!』
吠える。全身に高電圧をかけられる苦しみで、肉声とは違うエコーがかった苦悶の叫びと同時に全身が色づいていく。
人体の引き締まった筋肉を模した腕と脚、そして頭は僅かにグレーがかった白色へ、がっちりと逞しい胴体と肩当ては鮮やかな青へ、ほっそりとした腹とつま先、翼の骨格部分は赤へ、そして目元に紅いラインが入る。そのラインが、機械人形の印象を多面的にする。見る者によって悪魔的とも道化とも、あるいは血の涙を流しているともとれるその紅いラインはその機械人形の最大の特徴とも言える。
『…………う、ふぅ、は、あ――――ぁあ』
苦悶に満ちた息を吐きながら顔を起こし、目の前で起こったことに目を丸くしているフランと視線が合う。長い時間だったように感じたが、実際には一秒とたっていない。
その僅かな時間でシンの肉体がZGMF-X42S、デスティニーガンダムへと変質を完了した。
シン――いや、デスティニーはその身体をカメラアイに映しながら異常が無いか確認する。ざっと見た限りでは問題は無し、ただ腕部装甲の形状がロールアウト時に比べてより人間らしい曲線を帯びており、よくよく見てみれば装甲の細部も変更されている。
そしてもう一つ。恐らく以前の姿と見比べなければ分からないほど小さな、しかし重要な違い。掌部ビーム砲、パルマフィオキーナの周囲の装甲の材質が変更されていた。
メサイア攻防戦が終結して以降、デスティニーは細かい調整はもちろんだが、パワーダウンを起こさないよう出力の大幅な改修や新しいシステムを組み込んでバージョンアップを繰り返してきた。確かパルマフィオキーナ周りにまで手をかけたのは。
(現状ではVer.1.3系列だね、システムの復元自体は1.4まで進んじゃいるんだが)
(いや、いい。どうせ1.5まで進まなきゃこのバージョンの安定性には敵わないさ。1.1が出力周りで、1.2は装甲の形状を変えて、1.3が兵装、ってかパルマの調整だったか)
それならば問題はない。新しいシステムよりも安定性の方がよっぽど大事だ、MSに足など不要、代わりにもっと特徴的な機構を持たせるべきだとのたまう偉い人にはそれが分からないらしいが。
そんなことを考えていると、フランの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「……すごいや、お兄さん。変身ヒーローかと思ったら、ロボットだったんだねっ。ロボットなら―――」
杖を突きだす。と同時に色とりどりの光弾が湧き出し。
「立って、戦おうよっ!」
一気にデスティニーに向かって撃ち込まれる。後転して初段は回避するも、床の絨毯や木屑が巻きあがり、そこをめがけてさらに撃ち込まれていく。
結果的に土埃が巻きあがりデスティニーの姿が隠れる。自分が行った行動でデスティニーを見失うことを予測していないのか、土埃でデスティニーが見えなくなってからようやく不思議そうに首を傾げたフラン。
そんなフランの失策を知ってか知らずか、土埃の中からデスティニーが中空に跳び上がり、天井付近で姿勢制御用のスラスターを吹かすことなくくるりと一回転しそのまま二階の手すりに着地。
デスティニーの重量で手すりにひびが入るも、そのまますっくと立ち上がり腕を組む。一つだけ残っていた灯りの逆光でフランから見ればその姿は黒く塗りつぶされたようで。
『いいだろう、戦ってやるよ。君の気がすむまで、な』
「もっとも、勝てると思わないことだね小娘。人類の英知は、たかだか五百年も生きていない異能風情に負けはせんよ」
まあパイロットによっては負けるのかも知れんがね。そう言ってくすくすと悪戯っぽく笑う、シンにデスティニーと呼ばれていた少女の肉声がデスティニーから聞こえてくる。
その声に器用にデスティニーは肩をすくめ、改めてフランを見下ろす。視線の先のフランは。
「ふ―――うふふ、すごいこと言うんだね。そっか、小娘かぁ。じゃあ、その小娘に、はらわた抉られなさい。う、ふ。うふふ、う ふ ふ」
顔をゆがませた笑顔を浮かべながら、杖に妖力を通して紅い魔杖「レーヴァテイン」を形成、シンにその矛先を向ける。
心中で息をつき、精神を落ち着かせる。彼女を殺さず、かつ時間を徹底的に稼ぐ。可能ならば意識を刈り取りたいところでもあるが、まずは時間稼ぎが優先。荒ぶった精神で行えるものではない、それはメサイア攻防戦でアスランと戦ったときに嫌というほど突きつけられた事実でもある。
心を揺らしてはいけない。だからこそ彼の模倣を。自分が知る得る限り最も冷静という言葉を体現していたあの男の。今もなお憧れ追いつこうとしているあの故人を。自分が尊敬する人物の一人であるあの親友。
「シン・アスカ、デスティニー。発進する!」
言葉と同時にヴン、と虫の羽音のような音を立てながらデュアルアイが強く光を放ち、肩のフラッシュエッジを両手に握って交差させ、突っ込んできたフランのレーヴァテインと切り結ぶ―――
最終更新:2011年01月25日 17:19