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サモンナイトクロス-03


 異世界で初めての野宿は、お世辞にも快適とは言えなかった。
 それはそうだ――シンは、自らの格好を思い出しながら納得する。彼は、パイロットスーツのままだった。
 パイロットスーツは宇宙空間での活動も考慮して作られている。だから気密性は万全だったし、耐久性も高い。また運動性も損なうことがないために戦闘用としては高性能と言えるだろう。
 反面、日常生活をこれで過ごすには着心地が悪すぎる。重力圏となれば尚更だった。
 とはいえ着替えがあるわけでもないので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
 とん、と軽い足取りで林の中を歩いて行く。明らかに人の手が入っていない林は決して楽な道ではなかったが、シンはそれほど苦労せずに足を進めていた。
 アカデミーでのサバイバル訓練が異世界で初めて役に立つ。それに皮肉を感じて、胸中で苦笑した。
「さて、と……」
 シンは呟いて、木々の間に視線を巡らせた。
 こうして彼がひとり林に囲まれていることには意味がある。アティやベルフラウが朝食を調達している間の斥候であった。運が良ければ誰かに会えるかもしれない。
(誰か、か)
 これだけ大きな島ならば港があっても不思議ではない。最悪、船さえあれば帝国領に戻れる――
 アティに聞かされた内容を思い出し、シンは嘆息した。
 帝国というのがどんな国かは知らないが、例え港があろうが船があろうがシンは元の世界には戻れないのだ。それを思うと、自分のやっていることが空しくなってくる。
(ルナやレイ、ミネルバの皆は……大丈夫かな……)
 多少の自惚れを差し引いても、シンがあの艦における主力だったのは間違いない。最大の不確定要因であった〝アークエンジェル〟と〝フリーダム〟を討ったとはいえ、まだ〝ロゴス〟の問題が片付いたわけではないのだ。
 彼らの安否が気になる。今すぐにでも駆け戻りたい。共に幾多の死地を乗り越えてきたクルーには、他人を越えた共有感があった。
 だが、実際にはこんなことをするくらいしかできることがない……
 舌打ちして、無力感を噛み潰す。
 大丈夫だ。戻れる方法はある。その為に今、こうしている。そうとでも思わなければ焦りを抑えられそうにない。
 考え事をしながらも歩き続けていると、足に硬い感触がぶつかった。
「うん?」
 視線を落とす。落ちていたのは拳銃だった。
 シンは土に塗れたそれを拾い上げて眺める。拳銃と言っても、シンが使っていたようなものではない――もっと単純で、稚拙なものだった。
 シングルアクションのリボルバーだ。以前に聞きかじった知識を意識の底から拾い上げて、見当を付ける。
 振り出し式の弾倉を外に出して確かめるが、弾は空だった。
(まあ、持っていても損はないかな)
 弾がない銃など剣のない鞘と同然であるが、素手よりはマシだろう。
 ふと気付いて、シンは呟いた。
「……ん? ならここ、誰かが通ったのか?」
 拳銃は人工物である。波に乗ってこんな林の中まで届くはずもない。つまり、そういうことだ。
 そうシンが冷静に結論付けた時、
「あーもう! ここって化け物の島なのー!?」
 甲高い声が鼓膜を――比喩ではなく実際に――揺すった。
 ほとんど反射的に、シンは声のする方向に駆け出した。不安定な足元を軽く飛び越えて、一直線に走る。
 やがて、木々の密度が極端に低い場所に出た。林の中で、ここだけが広場のようになっている。
 それに疑問を感じる前に、シンの目はその広場を見渡していた。見渡して――目を疑う。
 状況は知れた。ひとりの人間が、数体の人型と戦っている。シンが驚いたのは、その人型の姿である。
 確かに、全体的には人の形をしている……のだが。
 顔は魚。体には鱗。
 いわゆる半魚人というやつだった。正直、見ていてあまり気持ちのいい姿ではない。
 人間の方は、少年に見えた。西部劇風の衣装に身を包み、迫る半魚人に対してナイフを投じている。
 戦況は明らかに不利だ。少年のナイフは半魚人の身に突きたってはいるが、鱗が固いのか皮膚が厚いのか、半魚人達は堪えた様子もない。
 飛び出したのは、意識しての行動ではなかった。
 背後から、半魚人の一体を拾った銃のグリップで殴り倒す。不意を突かれた半魚人は、成すすべもなく転倒した。そのまま、膝を踏み砕く。奇怪な呻き声を上げる半魚人は無視して、シンは少年の方へと走り寄った。

「大丈夫か?」
「あ、ありがと……」
 近くで見れば、少年は愛らしい容姿をしていた。ショートカットにした金髪と大きな碧眼が、活発な雰囲気を醸し出している。
 少年はシンに軽く礼を言ってから、彼の持っていた拳銃に目を向けた。途端、
「あああっ! それ、あたしの銃!」
「え?」
 喚くと、ひったくるようにシンの手から拳銃を奪い取る。それからすりすりと頬を寄せ、
「良かったぁ……無くしたかと思ったよぉ……」
「……良かったな」
 他にかけるべき言葉も見付からず、シンはとりあえずそう告げた。うんうんと頷く少年から目を離し、
(……あたし?)
 不意に浮かんだ疑念に眉根を寄せる。が、その疑念に対する答えが出る前に残りの半魚人が動いていた。一匹の半魚人が駆け込んでくるや、シンに向けて拳を振り降ろす。
「ちっ!」
 舌打ちして、シンはガードを固めた両腕でそれを受けとめたようとして――止めた。半魚人の腕は通常の人間の太さではない。下手に受け止めれば骨が折れかねない威力を持っていそうである。
 代わりに踵で半魚人の膝を打ち抜く。へし折るまではいかなかったが、打撃の土台である下半身のバランスを崩された半魚人の拳はシンを逸れた。近づいてきた醜悪な顔に、渾身の肘を打ち込んでやる。
 骨を砕く感触が返ってくるが、シンはそのまま半魚人の身体を横に蹴った。重い音を立てて、半魚人の身体が沈む。
 残りの半魚人は二体。左右に目を走らせて、シンは判断する。
「はぁ……強いんだね」
「こう見えて軍人だからな」
 呑気にも聞こえる口調で言ってくる少年に、視線は向けずに返す。
 じりじりと、二体の半魚人が歩幅を合わせて迫ってくる。いくらシンがコーディネーターの身体能力を持っているとはいえ、相手は化け物だ。それを二体同時に相手にすれば、素手で何とかなるとも思えなかった。
 だが、シンが構えるよりも先に――
 鋭い風切り音。同時に、半魚人二体の眼球にそれぞれ一本のナイフが突き立っていた。
 瞬時に、半魚人の顔面が鮮血に染まる。シンは振り返って少年を見た。少年はナイフを投擲し終えた格好のままで、
「あんな動きなら止まった的みたいなもんだからね。簡単に当てられるよ」
 少年の言葉が終わる前に、二体の半魚人は逃げ出していた。残った二体を回収しなかったことから見て、それほど仲間意識があるわけではないらしい。
 何の気なしに、シンは残った二体を見やる。一体は気絶しているのか、うつ伏せになったまま動いていないが……
 咄嗟に、シンは少年の身体を抱えて跳んでいた。一瞬前までシンがいた場所を、高圧の水流が薙ぐ。
 最初に倒された半魚人が、こちらを見ていた。それに気づいたらしい少年が、ナイフを半魚人に投じる。狙い違わずナイフが脳天に突き刺さり、今度こそ半魚人は動かなくなった。
「ふう……危なかったな」
 シンは少年の身体を後ろから抱えた状態のまま、片手で顎の下を拭おうとして……少年の身体から感じる感触に、違和感を覚えた。
 柔らかい。まあシンよりも年下であろうから、ある程度の柔らかさは納得できる。しかし、どうにも柔らかすぎはしないだろうか?
 違和感の正体を確かめようとして、シンは両手を軽く動かした。掌に、確かな柔らかさが伝わってくる。
 そう、まるで女性の胸のような……
 シンは、少年の顔を見た。最初は紅顔の美少年かと思ったが、改めて見れば女性的に過ぎる。
 何を言うべきか。シンは分からなかったが、とりあえず理解できることがあった。
「女……の……子?」
 次の瞬間、振り上げられた肘にシンの意識は見事に刈り取られたのだった。

「痛っ……」
 肘がクリーンヒットした側頭部の痛みに顔を顰めつつ、シンは再び林の中を歩いていた。
「あはは……ごめん、つい……」
 後ろを付いてくる少年――もとい少女が、手を合わせてシンに謝ってくる。「つい」で昏倒させられた身としては軽い謝罪にも思えたのだが、自身にも非があると判断してシンは口を噤んだ。代わりに、別のことを尋ねる。
「ところであんた、何であんなところにいたんだ? この島の住人なのか?」
「ううん。あたしはこの島に流されたクチだけど。そっちは?」
「……まあ、同じようなもん」
 説明する気にもなれず、言葉を濁す。
 幸いにも、林の中にはシンの足跡が残っていたので帰る道には困らなかった。仏頂面で歩くシンを怒っていると勘違いしたのか、少女は言葉を続けてきた。
「あ、あたしはソノラ。こう見えて海賊カイル一家の砲撃手なんだよ?」
「……海賊?」
 即座にシンが思い浮かべたのはチープな髑髏模様だったが、あながち間違いでもないかもしれない。
 そのシンの口調に何か感じたのか、慌ててソノラが付け足してくる。
「海賊って言っても別に無法者の集団って訳じゃないよ。そりゃ、そういう海賊もいるけど……ウチは必要以上の非道はしない、っていうのがモットーなんだから」
 つまりは分別の問題だろう。確かにシンがいた世界でも、地球連合のやることは常軌を逸していた。倫理感が欠如すれば暴走する。軍人でも海賊でも、それは同じに違いない。
「で、そっちは?」
「シン。シン・アスカ」
 ソノラの質問に素気なく返す。彼女はぱたぱたと走ってシンの横に並ぶと、
「さっき軍人って言ってたよね? ってことは、帝国軍人? それにしては変な格好してるけど……」
(ほっといてくれ)
 ソノラの馴れ馴れしい態度に合わせる気にもなれず、シンは内心でぼやいた。
(……待てよ?)
 はっと気付いて、シンはソノラに向き直る。彼女の肩を掴んで、顔を近付ける。
「ソノラ。さっき海賊って言ってたよな?」
「う、うん」
 シンがいきなり顔を近付けたことに驚いたのか、頬を紅潮させてソノラが頷く。
「海賊って言うからには、海賊船に乗ってるんだよな?」
「そりゃ、そうだけど」
「ひょっとして……海賊船ごと、この島に流れ着いてきたのか?」
 一瞬――あるいは数秒の間があった。少なくともシンにはそう思えた。が、それは錯覚なのだろう。ソノラはあっさりと頷いて、
「うん。まあ岩にぶつかったお陰でマストは折れるわ帆は破けるわ。おまけに船底まで壊れちゃったんだけど」
「そうか……」
 頷いて、シンは手を離した。当初の〝船を探す〟という目的は至極簡単に達成できてしまったわけだ。眩暈を覚えて、こめかみを押さえる。
「だ、大丈夫? まだ痛む?」
 ソノラは打撃によるダメージだと勘違いしたらしい。気遣うように近付いてくる。
「ああ、うん。大丈夫だ」
 シンは手で制して、いつの間にか止まっていた足を再び動かす。ソノラが横に並ぶのを確認して、質問を続ける。
「船はどこにあるんだ?」
「ちょうど向かってる方向の反対側。あたしは他に人がいないか探しにきたんだけど」
「それで、あの半魚人達に襲われたわけか」
「うん――あ、そうだ」
 何かを思い出したように、ソノラはシンの前に出る。それから軽く頭を下げて、
「さっきはありがとうね。シンがいなかったら、きっと今頃あたし死んでただろうし」
「別にいいよ。礼を言われたくてやったわけじゃない」
「そうだけどさ……っとと!」
 急に、ソノラがバランスを崩した。後ろ向きに歩いていたせいで、木の幹に足を取られたのだろう。
 危うく転びそうになった彼女を受けとめる。自然、シンがソノラを抱きとめる格好になった。
 その時、


「見付けた! まったくもう、手間をかけさせて――」
 声が響いた。よく通る少女の声であり、シンが昨日出会った少女の声でもある。声の調子は良いように思えた。なんというのか……弱点を見つけて、その一点を延々と突くような調子である。そんな声が――
「もう既に朝食は食べ終えてしまいましたわよ! 当然あなたの分は残っていませんけど、文句は……」
 ――急激に、しぼんだ。
 シンの視界に、ベルフラウが映る。彼女はその青い瞳を見開いてシンを注視していた。正確には、シンが抱きとめているソノラの姿を。
 沈黙が降りた。誰も、一言も発さない。シンはソノラを抱きとめた格好のまま、なぜか動けずにいた。
 空気が固まって、彼の動きを阻害しているのかもしれない――冗談でもなく、そう考える。
 ソノラは頬を紅潮させて、シンの胸の内にいた。彼女も、なぜか動かない。
 ベルフラウは、目だけでなく口も半開きにしたまま動かない。
 やがて……
「……あれ? 皆さん固まってどうしたんですか?」
 ベルフラウに次いでやってきたアティが口を開くまで、その沈黙は続いた。


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最終更新:2008年06月17日 16:15
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