第一装填「舞台装置壱 雛見沢学校にて 銃撃がひびく頃に
―1ヶ月前、初日 雛見沢に近い駅にて―
俺は今、人生で3回目の大混乱に陥っていた。
一回目は家族が戦火で吹っ飛ばされて、マユの片腕を見つけた時。
二回目は議長を疑いを持ちながらも、かつての上司アスラン・ザラと対峙した時だった。
ただ、その二回の経験を別ベクトルで遥かに凌ぐパニックに陥っている。
まず、隣に何故かアイマスクをつけてグースカと眠っている黒服を着た『ネオナチ』の女が居る。
次に目の前には中東の人がしている様な白い布の被り物とサングラスをした白いスーツ姿の髭の中年の男性。
指輪や腕にしているブランド物の時計を見るからにいかにも金持ちと言った感じの風貌。
こののどかな田舎町には似つかわしくない衣装の人物二人が俺が新しく赴任する事となった
『雛見沢』と言う地区に一番近い駅に黒のリムジンで迎えに来て、こうして相席しているのだ。
こんな状況はあの冷静だったレイだって動揺して眉の一つは動かすだろう。
それを初めて見たときは呆然としていたと思ったら運転手の丁寧な案内に誘われて
半ば押し込められる様にこの座席に今座っている。
正直、何を話して良いか解らない。俺はアラブの金持ちともネオナチの女とも話した経験などない。
まぁ、俺じゃなくても大抵の人は無いだろう。あった事のある人間は今、此処でアドバイスを囁いて欲しい。
「あ、あのえーと」
「ふふっ、シン・アスカ君。そんなに緊張しなくて良いよ」
「あ、いえ。その、俺の名前はもう知ってるんですね。えーと、其方のお名前は」
「ああ、失礼。私はセルバンデス。バンデスとでも呼んでくれ。
私は子供が好きでね。気さくに接してくれると嬉しい」
「は、はぁ。バンデスさん。えーとそれで、この隣の人は?」
「隣の彼女は君と一緒に今日付けで軍から送られてきたのだが朝がどーしても弱いらしいからね。
夜行列車で着たそうだから今は寝かせてあげてくれ」
隣の大人と少女の中間と言った感じの女性は、黒服にデカデカと逆卍と赤と白の腕章をしている。
何か首元には鉄で出来た鍵十時のネックレスが掛けられている。ハーケンクロイツと言う奴だったか。
レプリカのコスプレ衣装か本物のアンティーク品をつけているのか解らないが、少なくとも此処までゴテゴテに
旧世紀のドイツ軍ファッションに身を包んだのはCE世代の人ではお目にかかれない。筋金入りだ。
おまけに何が怖いってむき出しのマスケット銃を脇に抱えて離さないのだ。
何を考えているのだろうか? もしかして、『銃は私の魂です』みたいな愛好家なのか?
ネオナチでガンマニアってどんだけだ!と心の中で叫んでおく事にした。うん、大人になったな俺。
どっちにしろ危ない香りを感じさせながらも、時たまがくっと俺のほうへともたれ掛かり
黒髪から漂う大人の女性の香りで俺を一層緊張させていく。
ファッションの割に体は柔らかいし、良く見たら肌も色白で綺麗でと色々と困る。本当に困る。
「は、そうですか。しかし、またなんでこんなボロ……いえ、のどかな田舎に貴方の様な人が」
「ふふっ、フシギかね? まぁ、確かに此処は過疎のド田舎もいい所だ。
ただ、今はドコも爪痕が酷いだろう?そんな中でもコレだけ自然に溢れているのは貴重だ」
「まぁ確かに此処だけ別空間みたいにユニウス落としの被害も無いみたいですし」
バンデスさんは俺の言葉に何かが引っ掛かったらしいく一瞬時が止まる。
僅かに眉毛を上げながらもその後、僅かに首を左右に振りながらも
懐から葉巻を取り出す仕草は実にスマートで大人の印象を与えた。
了承を取る様にそれを俺の方へと向けるのでそれに俺は「どうぞ」っと小さく呟き了承の頷き返す。
ふっと僅かに笑顔を零しながらもじょきりっとその葉巻の先を切り落とした後
高そうな金色のライターでそれに火を灯した。何か不味い事を言ってしまったのだろうか?
緊迫した空間の中、葉巻の高級感漂う香りが鼻先を掠めていく。
隣では美女にもたれ掛かれ、目の前では葉巻の香りととても日常とは思えない別世界な状況になっていた。
心の奥底に燻る何かを煙とともに吐き出してそれを灰皿の中へと押し込む様にバンデスさんは
沈黙の中窓の景色を眺めながらもその沈黙を噛み締めた後
何かのタイミングを待っていたかの様に会話を再開し始める。
「別空間か。確かに此処は少し外の世界とは違っている。
まぁ、君も赴任すれば解るが此処は女子供ばかりだ。
世界は今とても冷たい。けれど、私はそれでも弱き者を守りたくてね。
此処で私のBF財団が学校を経営しているのだよ」
「びぃえふ? 凄いですね。こんな時期に学校経営の慈善事業なんて」
「正式名称ビックファイア財団。まぁ、ロゴスよりは知名度は低いがね。
逆に私の様に無駄に金を稼いだモノがこういう事で還元しなければ世界は良くならないからね」
責任感と慈悲を滲ませる大人らしい含蓄のある言葉。
そして、この人は自分の財力と言う責任に対して真っ当に義務を果たそうとしている。
素晴らしい大人だと思った。恐らく議長の顛末が無ければ
本気でこの人を人生の師と仰ぐほどに尊敬していただろう。
無論、この言葉を聞いて尊敬をひしひしと俺は感じていた。
ただ、それでも今は大人を信じきれない自分に少し哀しくなってくる。
確かに俺はあのヤキンドゥーエで、友と尊敬していた議長を失い信じていた正義も失った。
一種の人間不信に近い状態のまま仕事を続けていたら
案の定田舎部隊の小隊長任務と言う左遷の目にあったのだ。
それを自覚しながらも目の前に居る理想を語る大人に、疑念を抱いてしまう自分の弱さに少し反吐が出る。
そして、ええい! 隣は少し自重してくれ!
人がシリアスな時に吐息が耳元に「んぅっ♪」とか気になるじゃないか!
難しい事を考えようとしてもすぐに意識が融解しそうになる中、俺は話しに耳を傾けることへと集中する。
「凄い人なんですね。……けど、保護してるのと何で俺みたいな軍人が?」
「ああ、此処の学校ではね、軍用の新兵器を開発してるんだよ。ほら、あの山を見てごらん」
「新兵器? まさか、新型のモビルs――はぁあああああ!?」
そういって俺は車の窓から外を見れば、其処には異様な景色が見えた。
木々生い茂る山の中から黒い鉄が、まるで杭を打ち込まれている様に延びている黒金の筒。
よくよく見れば山の中に何やら軍の施設らしい設備や建物がぼこぼこと建てられている。
何を匿っているのか? 何を隠しているのか? いや、あれはそもそも隠そうとしているのか?
目を丸くしながらも食い入る様に見つめていれば、MSのトレーナーも一台近くに止まっている。
俺は窓から視線をそらした後、バンデスさんに質問を投げ掛けようとするが
それを見越したのか最初に口を開いたのは相手の方だった。
「あれは、【ヤシマ】と言ってね。試作型のスチームカノン。
つまり、蒸気の力を応用した巨大な大砲なんだよ」
「は!? あれ、大砲なんですか? しかも、蒸気ってまた変な機関を」
「環境には優しいだろう?そして、あれは全く実戦では使い物にならないんだよ」
俺は山に括りつけられた巨大な筒の存在で既に驚いていたというのに
続いてくる言葉に更に頭の中をはてなマークで引っ掻き回される。
使えない兵器を開発? どんな税金の無駄遣いだ。それともこの人は酔狂でやっているのか?
いや、そもそも待て。学校経営と新兵器開発ってのは何に繋がるんだ?
えええいぃっ! そして、隣も隣で寝ぼけながら「むにゃむにゃ……もっと」とか言うんじゃない!
気が散る!と言うかベタ過ぎる。何が「もっと」なんだこんちくしょう。
俺はあまりにも押し寄せてくる疑問の波と精神的動揺に
眉毛が解り易く反応してしまい明らかに困っている顔を形成していまう。
バンデスさんはそれを愉しむかの様に俺の顔をサングラス越しにジッと見つめている。
暫くして、失敬失敬と漏らしながらもサングラスを掛け直す振りをしながら
息を整えながらも窓ガラス越しの筒を指差して言葉を続けた。
「ははっ、少し出し惜しみをし過ぎたかね。実はね、あの【ヤシマ】の性能を100%発揮するにはね。
この国の電力を丸々使わなければ飛ばないのだよ。極めて非効率的な兵器だろう?」
「国の電力全部って……また、なんでそんなもんを」
「大気圏からの巨大な落下物に対する地球圏からの対兵器と名目でね。
核ミサイルでは何かと五月蝿い上にまたニュートロンジャマーみたいなのが作られても困る。
今すぐでは必要ではないが備えの為には 【存在した方が良い兵器】なんだよ。
無論、そんなシロモノを作るのには何年も掛かる。其処がミソなのだよ」
「ミソ?」
そういうと、バンデスさんは大きく手を振り上げながらも
自信と光悦に満ちた笑みを浮かべたまま車内の中でまるで
政治家が演説をするかの様に手を振り翳しながらも声を張り上げる。
手はわなわなと震えながらも血管を浮き立たせながらも狭い車内で中腰になって
まるでどこかの独裁者の演説の様な迫力と覇気を持ったまま俺に言葉をぶつけてくる。
その言葉は、どす黒さを醸し出しながらも有無を言わさない剛毅さを醸し出している。
俺はその空気に飲まれてしまい、ごくりと喉を鳴らす音が嫌に耳に響いてこびり付く。
そして、そんなテンションの中、隣の女性は起きない。
そろそろ気付いて欲しいと言うかあんだけ騒いで寝てるってどんだけ眠いのだろうか?
もう何か倒れこんで俺が膝枕してる様な態勢になってるし、俺達どんなカップルのデート中ですか?
「新兵器開発と言う事でいざと言う時に備え、警備や環境インフラ、補給物資も万端。
諸々の税金免除や保険も政府のお墨付きを貰っている。
生徒達はアレを組み上げ、テストを続けながらも学校で学びながら
馬鹿高い給与を政府から公務員として貰い卒業する。
将来は技術を持ったまま、私の経営する会社にエスカレーター式に就職も良いし
溜めた金で独立するも好きにすれば良い。まさにパーフェクトな人生設計だと思わんかね?」
「……うわぁっ」
「地位と権力、金と言うのはこうやって使うものなんだよ。
どうせ、あの政府の役人どもは私利と金持ちの事しか考えてない。
なら、金持ちなり私が利用し救ってやれば良い事だからね?
利益が入ればこういう学校をもっと作れるし、その金でもっと救われる人が増えるだろう?」
「な、成る程。それで軍人の俺やこの人が呼ばれたと」
「そういうことだよ。現実には此処が第一号の実験段階だ。
ようやく、試作機の実弾実験の手筈が整ってね。
君にはとても期待しているよ。何せ君はパイロットとしても優秀で努力家と聞いている。
成果を出さないと計画が打ち切られてしまうから精進してくれたまえ。無論、この事は口外無用にね?」
バンデスさんは口元に人差し指を立てたまま置きながらも、その濃い彫りの深さを感じる顔を近づけてくる。
俺はその言葉に半分狡猾さにドン引きになりながらも、半面こんな事を聴いてよかったのかと心配になる。
下手に漏らしたらただじゃすまない。天下りどころか政府にべったりじゃないか。
これじゃロゴスと大して変わらない。いやいや、ちょっと待て、コレってあれなのか?
俺は今この人の発言を聞いた事によって共犯者にされてしまっているのだろうか?
まてまて、そんな事を言ったら政府が共犯者な訳だし、彼は善行を元にしてやっている。
いや、それも嘘なのか?色々考えていると俺の容量の少ない脳がパンクしそうになる。
そんな空気を察してくれたのか、偶然か解らないがリムジンは学校へとたどり着いた。
木造2階建てで、真ん中の部分には大きな時計を構えている。
古代遺跡の再現建築かと思わせるほど、その学校は俺が生まれる前の世代の懐かしさを感じさせる。
よく、こんな建物が残っていたと自分でも目の前の光景を疑わざるおえなかった。
「まぁ、古い旧校舎を改装しただけなのだがね。何せ吶喊工事だったのでみすぼらしいのは勘弁してくれ。
無論、中のリフォームは済ませている。冷暖房等は既に入れているから環境面では心配しなくて良い」
「怪談とか幽霊なんて旧世紀のシロモノが出てきそうですね」
「田舎臭いかも知れんが、まぁこれから頑張ってくれ。必要なモノは言ってくれれば何でもそろえよう。
ま、今は何はともあれ、彼女も起こしてクラスメイト兼部下に挨拶をしないとね」
―幕間 ■■■の■■■にて―
「唐揚弁当とエビスビール買って来ましたよ」
「遅い。私は10分で買って来いと言った筈だ、この愚鈍が」
「さっき時間を確認したら八分五十秒しか経っていません」
「細かい奴だ。……ん、なんだコレは!味は一緒だが少し温いぞ」
「一々出来上がる時間待ってる訳にはいかないのでホットステーションの所のを買って来たんですよ。
ほっかほか亭も回転早くする為に工夫してる様です」
「な! ええぃっ、あのレモンと胡椒と肉のうまみが絶妙なバランスを決した
芸術品を回転率の為に質を落としたというのか!」
「ビールを投げないで下さい。俺にほっかほか亭の経営指針を変える力はありません。
ああ、そういえば途中すれ違いました。今日も彼らは朝から行っている様ですね」
「話題を変えようとしてるのがバレバレだぞ。まぁ良い。どうせ、あんなちんけな日常は今日で終わりだ」
「俺としてはあんな日常も良いと思いますよ。だって毎日が統制が取れてるじゃないですか。
ローテンションが組まれた指令で毎日大砲ぶっ放して勉強して一日が終わって金が入るなんて」
「つまらん奴だ」
「真面目と言われたいですね。後は穏便に俺は人が殺せれば万々歳です。あのクラスに入りたいですよ」
「ふんっ、殺りたいなら幾らでもやってやるさ。勝ち鬨だ。宣戦布告だ。否、そんな温いことでありえない。
勝利宣言、独立宣言、私の私による私の為のだけの物語にしてやる。
いや、私が居る時点で既にこれ私の物語だ。何だ何を焦る必要もないな」
「はいはい、そうですね」
「温い唐揚げとその返事には不満だが、そんないらつきは一ヶ月の時間の浪費でもう調教されてしまった。
この対価による甘美が不十分ならこんな所ぶっ壊してやる。
私の貞淑さを返せ。こんな焦らしプレイに悶える体にしやがってこの糞が」
「毎度の事ですが、今回は特に可哀想ですね。依頼があればを殺して楽にしてやりたい位ですよ」
「お前は死によって人が救われるなぞとのたまう糞宗教を信奉してるとは初耳だ。壷は買わないぞ」
「冗談です。彼の事なんてどうでも良いです。のたれ死のうが刺されようが俺には関係ありません。
ただ、俺は誰か殺せれば良いんですから。早く貴女からの依頼を待っていますよ」
「ふん。では、私の為の物語による、私の為の勝利を祝し、私の為のフィナーレを目指す為に……乾杯だ」
―時は戻り、一ヶ月後の元雛見沢神社【ヤシマ】砲台にて―
遅れてきた女性は黒い髪をなびかせながらも淀んだ視線は
ふらふらと中空を彷徨いながらもようやく自分が遅刻した事を理解した様子だった。
呼びパイロット【アリサ・ワタベ】の罵詈雑言を虫けらを見るかの様な視線を送った後、すれ違い様に呟く。
その声は低音くぐもりながらも相手にしっかりと聞き届けられる大きさで言葉を呟いていく。
ソレを聴いたワタベはその小さい背、前髪、ぱっつりの髪型、貧相な胸に
小学生と間違えられそうなスタイルの自分を全否定されたと思ったのだろうか?
顔を真赤にしながらも、その遅れてきた女性へと飛び掛ろうとする――
がそれも難なくリョーコに首根っこを掴まれたまま空中で手をジタバタとさせている。
幾らワタベさんが軽いからって片手で持ち上げるリョーコもどうかと思うが、今は気にしている場合ではない。
「私は、【中尉】ですわ?やっぱり、体のスペックが小さいと色々と物覚えも発育も悪くなる様ですわね?
スタイルを捨てた見通しの良い前髪も目が節穴では意味がありませんわ」
「ぬ、ぬぁあんですてぇえ!!! こんんのぉネオナチ女がぁあ!!!
あんただって自慢できる程胸ないじゃない! 眼鏡じゃない!」
「ほらほら、いけませんよ。今から大事な御仕事なんですから」
「ええぃ! そういうのは任務の後にやってくれよ! ほら、ウィンクル中尉もさっさと乗ってくれ」
「解りましたわ? 小隊長殿♪ コレは遅れて来た御詫び」
そういうと、遅れてきた中尉でありネオナチ女と呼ばれている女性【リップヴァーン・ウィンクル】中尉は
他の女子生徒とは一回り背の高い長身をかがめた後
俺の首筋へと軽く舌を這いずらせた後に口付けをしていく。
ソレを見た一部の女子生徒は、悲鳴やら舌打ちやらをかましつつも
視線に吐血しそうなほどの殺意を滲ませて射抜いてくる。
うん。本来、コレは男としてちょっと鼻の下を伸ばすなり、赤面するなりのリアクションが必要な筈なんだ。
けれど、俺は何故か毎回彼女に口付けをされる度に、寿命が縮まった気がする。
その後の事後処理への考慮を除いても、それは確実に何かある筈なのだが未だにそれが何だか解ってはいない。
そんな疑問を振り払いながらも、俺はディンへのコックピットへと彼女と共に入る。
彼女の大人びたスタイルのパイロットスーツに慣れるのには本当に苦労したものだった。
ワタベさんが言う様に胸こそ大きくないモノをまるで彫像の様な白い肌とスタイルが良い肢体は目のやり場に困る。
「ウィンクル中尉。では、今回の方角は――」
「E02地区でしたわね。さ、ちゃっちゃと私達のお仕事を済ませてしまいましょう」
「ああ、今回は整備状態86%、最大出力5%での砲撃実験。目標はゲリラ組織の地下倉庫への砲撃だ」
ウィンクル中尉が眼鏡をかけなおせば彼女は猟師の顔へと雰囲気をがらりと変えていく。
俺はふかぶかとシートに沈み込みながらも、コンソールを操作しながらも大砲の台座へと機体を歩かせる。
MSの左手をその大砲へと直結させるとメインカメラのビジョンは狙撃モードへと映っていく。
この大砲の村を覆う外壁の向こう側の世界。
其処は緑溢れながらも何やら工場やら何かの施設があるのが衛星と連動した映像と共に送られる。
外ではリョーコ達整備員がシェルターへと避難したり
装填用の弾丸の弾込め作業を作業車両を用いながらも進めていく。
まるで小さいアリ達が巣穴に変える様に先ほどまで何人も居た人影は
神社から消えて風が通るだけのがらんとした空間となる。
そして、所定の位置についた彼女達の声の遣り取りと共に大砲へと弾丸が飲み込まれていく。
「弾込め用意。弾頭装填」
「弾頭装填完了」
「炸薬蒸発水注入開始。量は800リットル」
「炸薬蒸発水注入します。……100、250、500、800リットル。注入完了しました」
「冷却用タービン始動。出力40%をキープして」
「冷却用タービン動きます。 砲身の温度。誤差0.5℃以内の触れ幅のまま安定中」
確認と作業開始を唱える声の輪唱がマイクから止め処なく聞こえてくる。
タービンが回ると共に山が鳴き、揺れている木々のざわめく音が鳥たちを追い払っていく。
黒金の砲身が段々と周りの大気を冷やしながらも僅かながらその巨大な鎌首を擡げていく。
バチバチと配線コードがその巨大な大砲へと電気を注ぎ込みまれ、命を吹き込まれていく。
俺はディンの狭いコックピットの中で、それらを維持管理する為にコンピューターで微調整を行う。
ウィンクル中尉はそれとは別にゴーグルの様な狙撃照準と湿度や温度、風の気象情報を何度も見直しながら
彼女の意見の元に改良されたトリガーと共に巨人が掲げるその大砲の照準を合わせていく。
瞳は十字の先の目標を睨んだまま、その先の世界を見つめている。
風や空気、タイミング、此処ら辺は狙撃手としてのセンスがモノを言う。
結局、どんなにコンピューターや計算を導入しても常に引き金を引くのは人間の指なのだ。
「軌道修正よし」
「システムオールグリーン、射撃準備終了。いつでもいけるわ? じゃ、二人とも頑張ってね」
「ウィンクル中尉。此方も機体制御もいつでも良い」
「……有象無象に関係なく私の弾丸は逃しはしない!」
「ヒトマルイチゴ、砲撃開始。E02地点付近衛星解析頼む。此方機体の制御チェック開始、二装填目に備える」
中尉の何時もの願掛けのセリフとともにトリガーを引くと
その巨大な金属の筒から鋼鉄の弾丸が吐き出されていく。
薄い白衣を纏ったまま空の彼方へと放物線を描きながらも飛び立ち、綺麗なシュプールを描かせていった。
同時に砲身は一仕事を終えた一服の様に、吐き出される霧の白龍を山の木々を縫って隙間無く蹂躙させていく。
白雲に纏われたその小さい山はまるで其処だけが下界から離れた天の地かと思われるほど異彩を嵌っている。
そんな風景の中、一つ佇む黒き体の紅の一つ目の腹の中で
俺たちはその射撃の成果に期待を込めながらも沈黙を噛み締めている。
着弾方向は常に数分後の衛星の解析の処理の間
この狭い密室の中で俺と中尉はただ待つだけの身となる。
おちゃらける訳にもいかず、かといって悲観したり弱音を吐く事
逆に強気になって堂々と構えられるほど結果が予想出来るモノではない。
正に天のみぞ知るという事象の前に結局次の砲撃の為のチェック意外に
やることもないのだが、ぼそりっと呟く言葉が後ろの方から漏れてきた。
「パリは燃えているのかしら?」
「中尉、俺は戦史は得意じゃないからネタがわからないよ」
「あら、戦史と解るという事は御存知の筈。日本語で言うイケズと言う奴ですわ?」
「ば、そんなつもりはないよ。そりゃ、フレーズは聞いたことはあるけど詳しい事は」
「あら、なら私が懇切丁寧に手取り足とり教えて差しげま――」
「観測結果が着たわ。二人とも大丈夫?」
「は、はい!」
「着弾予測地点に対しておよそ東に690m北に930m地点に着弾。
おめでとう、4桁の誤差を遂に切ったわね。コレで上に良い報告が出来るわ」
「お!? ほ、ほんとなのか? やりましたね中尉」
「……あっ、そう」
中尉のマイナーすぎるジョークに呆れながらもそれをきっかけに
中尉が何か仕様とするのを遮る様にリョーコの通信が入ってくる。
そしてその声から報告される結果に、俺は狭い空間の中感嘆の声と共に
中尉に喜びを共感しようと願うが、彼女は一転不満な色合いを見せる。
数値上の誤差は確かに御世辞にも良いとは言えない。
しかも、この数値でもかなり良い結果だというのだから困る。
コレが民家や居住区との隣り合わせだったら確実に一般人は死んでいるし、被害も出ているだろう。
しかし、こういう大型の砲兵器を長距離射程で撃とうとすれば、そんな誤差は当たり前だ。
事と場合によっては迎撃用のミサイルだって飛んでくる。
砲撃とはそんなものだ。だから、着弾地点への観測が必要となる。
そんな事は軍人である彼女も重々知っているだろう。
だが、それでも彼女が気に入らないのは狙撃手としての誇りだと俺は推察している。
射撃の競技となれば満点を連続する中、相手の一回のミスを誘うまでの持久戦になる位の正確さを競う世界だ。
こんな大味な結果を言われても引き金を引く者の心情としてはあまり良い気分ではないのだろう。
再び眠気に襲われてげんなりとモニターに顔をうつぶせている中尉だったが
次に続くリョーコの言葉に再び息を吹き返していて嬉々とした表情で頬杖をついていた。
「ところで、何がイケズで手鳥足取り教えて頂けるのかしら? 私も興味あるわ」
「リョーコ何を!? って、中尉通信を入れたままで!」
「あら失礼。私機械はまだ苦手で」
「あんた達、何いちゃついてるの! こちとら蒸し暑い蒸気相手に四苦八苦してるって時に!」
「違う! 誤解だ。パリの話をしてたんだ、パリの」
「……へぇ、パリねぇ。わたくしも興味ありますわ」
通信機の向こうから喧々と犬の様にワタベさんの吼える声とクドウの疑心に満ちた声が流れ込んでくる。
後、恐らくカツラさんの精神不安定状態が再発しているのを
知らせるかの様に、僅かながらに刃物を研いでいる音が聞こえてきた。
後ろの方からそれを聞いてくすくすと笑う声が漏れていく声で
確認報告以外の声が途中駄々漏れに仕組んだ犯人はすぐに確定した。
特にワタベさんはさっきの中尉との件があるのか荒れている様だ。
その原因でもある彼女、リップヴァーン中尉は正に火薬庫の様な女性だ。
事あるごとに小さな火種を撒いては何かを爆発させている愉しんでいる典型的愉快犯。
彼女もリョーコ程ではないが事後処理を良くするのだが
力付くで押しのける性質にあり、確実に次の為の火種はいつも残している。
まるで、その時を狙う為に仕掛けられた時限爆弾の様に時に連鎖的に爆発する。
俺は別にそんな日常を望んでいた訳ではなかったのだ、もう既にそんな日々が一ヶ月も経っていた。
最終更新:2008年07月04日 04:15