「・・・暑い・・・」
フェイトはうだるような暑さの中でつぶやいた。
自宅待機を言い渡された日に限って今年一番の猛暑と言われ、最初はこれ幸いと思っていたが、こんなときに限って空調がついに天寿を全うした。最初こそまだ耐えられていたが、すでに日は真上に位置し暑さも最高潮。
あまりの暑さに一枚一枚と服を放りだしていったがついに今では下着が上下を隠すのみとなってしまった。
汗のせいで黒い下着が張り付いて気持ち悪いが、これ以上は淑女の諦観として許せない。
下着姿と言う時点ですでに淑女としては怪しいかもしれないが、これだけは譲れない。
いったい、今何度なのか気になって大気温度計に目をやって、そして見なかったことにした。
人間、本当を知ることは怖いのだ。
やさしい嘘に居場所を見つけて夢の中に逃げ込むのだ。うん、自分は何も間違ったことはしていない。
「・・・だめだ・・・」
人として落ちてしまいそうになる。
しかし、空調は壊れたままで、修理は翌日になってしまうらしい。
職場に行けば空調の効いた涼しい空気が待っているのだろうが、なにぶん今の自分は自宅待機中。
進むことも、戻ることも許されず。
「こういうのを生殺しっていうのかな・・・」
自分でもよくわからないことを口ずさみ、自嘲的な笑みを浮かべる。
何はともあれ、このままではさすがにきつい。これでは夜になるまでに自分の人格が壊されかねない・・・
「・・・そっか!!」
不意に妙案がひらめいた。
もっとも、極限状態の人間が正しい判断を下せるとは思えないが・・・
「バリアジャケットつければいいんだ!!」
なんでそんな簡単なことに気がつかなかったんだろうか?
ジャケットの持つ気温調節折能力でもってすればいかな今年一番の猛暑であろうとも敵であるはずがない。
なにせ彼女の相棒はいかなる時も己とともにあり続けてくれた存在なのだから。
今年一番の猛暑とはいえ暑さで至高判断力が低下するとは、自分は執務官としてまだまだ未熟だ。
フェイトはそう自嘲して、金色のバッジを手に取る。
「バルディッシュ」
『yes,sir』
主の声に応える静かな声、いかなる場所であろうとも彼女の剣にして盾である閃光の杖。
「バリアジャケット展か・・・」
そこでふと考える。
いかにバリアジャケットの効果で適温になるとはいえ、いきなりあんな厚着をこの状況で着れるものだろうか?
先ほど確認した温度が本当なら、いかに執務官職である自分も適応しきれるだろうか?この暑さで。
「正直、自信はないかな・・・」
しかし、このままでは自分が耐え切れないことは必定。ここはひとつ、体温調節が整うまで我慢するしかないだろうか。
「・・・そっか!」
そして、フェイトはまたしても妙案を思いついた。
「昔のバリアジャケット着ればいいんだ」
うんうんとうなずく。
さすがにこの年になってあの格好は恥ずかしくなって封印をしてきたが、この暑さなら仕方ないだろう。
むしろ、今の暑さであるならばちょうどいい肌の露出具合となるだろう。なにせかつて炎天下の砂漠の中をシグナムと戦っていても問題なかったのだから。
「それにちゃんとマントもあるんだから、誰かがいきなり来ても大丈夫だろうし・・・」
最後にうん、と頷き彼女は自分の相棒に語りかける。
「バルディッシュ、バトルジャケットセットアップ。ただし、昔のバージョンで、できる?」
『・・・yes,sir』
極限状態は人の判断力をたやすく奪う。
このとき彼女は、己の相棒が一瞬逡巡したのを見逃してしまった。
八神はやては夢想の中にいる。それが、今の六課の共通認識だった。
「でな、うちは思うんよ。これは、シンの愛なんやなって」
そういって彼女はいとおしげに積み上げられていく始末書の山をなでた。
エリオはそんな上司を見てなんともいえない顔をした。
「シンはこうやってうちを信じていてくれるからこんなに張り切ってくれてるんやって」
次々に増えてく始末書を優しげな、しかしうつろな目で見つめる。さすがのティアナも少しばかりの同情を禁じえなかった。
それほどまでの始末書の山。
「そうやなかったらこんなに無茶はできんやろ?」
山はすでにはやての机には収まりきらず、専用の机まで用意されている。
走りこんでいたスバルもその山の量にいやな汗をかく。始末書なんて、その名前を聞くだけで気分が悪くなる。
「つまり、それだけシンはうちのことを信頼してくれとるんよ。俺の恋人なら、これくらい鼻歌混じりにこなして見せるはずや、ってな」
しかし、今ではその専用の机ですらも山を構成し、ついには乗り切らなくなっていく
「せやからな、シンの妻であるうちは」
はやての目に光が宿る。
「はやてちゃん・・・」とつぶやくなのはの言葉なんてまるで耳には入っていない。
優しげな瞳は焦点を取り戻し目の前にある敵を見据える。
「このくらい、なんとかせなあかんのや!!!」
ペンがひらめく。
すさまじい速さで始末書の山が処理されていく、その様はまさに輪転機。
まるでそこに山があったのが嘘であるかのように処理されていく始末書に六課の面々が感嘆の声を上げる。
「んでな、んでな。シンが優しく抱きしめてくれるんよ。『俺にはお前だけだ、お前の味噌汁が食べたい』って・・・」
キャロがおろおろとして、とりあえずエリオにしがみついた。軽くエリオがおどろいてキャロはますますしがみつく。
「感じるで、シンの愛を!!今うちはシンの想いと一体化しとるにゃーーー!!」
ティアナは叫んでいる上司を見て、ため息をつきながらつぶやいた。
爆心地では始末書が、それこそ竜巻のように舞い上がり、処理されている。
「・・・正直、こういうときのはやて隊長には同情するわね」
「うん、よく精神が持つよね。私なら始末書が一枚でも痙攣しちゃいそうになるもん」
スバルが、ティアナ同様にグラウンド・ゼロから避難してきて相槌を打った。
ちなみに、エリオとキャロはループに入っているために逃げられていない。
「スバル、それはさすがに・・・ん?それで当のシンは?」
あたりを見渡すが、問題となるシンが見当たらない。
「ああ、シンならちょっとはずしてもらったよ。さすがに、こんな状態のはやてちゃんを見せるのは、ね?」
解答は横から来た。
まったく予期せぬままに振り向くと、そこにはなのはが立っていた。
一番はやての近くにいたはずなのだが、いつ避難したのかまったくわからなかった。
さすが、魔王。と胸中で毒づいてティアナは気になったことを聞く。
「そうだったんですか。でも、はずしてもらったって・・・シンがそんなに簡単に出てくれるとは思えないんですが?」
それになのははくすりと微笑む。
自分が一番シンをわかっていると思わないでね?と思いながら。
「ああ、シンにはフェイトちゃんを呼んできてもらってるんだよ。なんかフェイトちゃんの所に連絡がつかないから、人力で」
ティアはそうなんですか、と相槌をうちすばやく計算する。
この場合、どうずればいいのかを。とりあえずはやて部隊長は問題ないだろう。
今のあの人にあるのは始末書の山を処理することと、妄想の中でシンと戯れることだけだ。
無論、何かあれば即座に動けるのだろうが、まだその兆候はない。
ヴォルケンリッターに関しても主を置いて男に走る事はないだろうから除外・・・したい、自信はないけど。
エリオとキャロにいたっては問題外。
(と、なれば・・・)
やはり一番の問題は目の前の魔王。
今のところは何も行動を起こそうとすらしていないが、何せ不屈のエーズ・オブ・エーズ。
いったいどこから何をしてくるかまったく予想がつかない。
(こういうときは先手必勝、かな?)
まずは、シンをいつ連絡に出したのかを聞き出す。
そしてその後にフェイト隊長の部屋を知らないだろうから自分からシンを案内すると言い出す。
こうすれば合法的にこの場から退出することができ、そしてシンのそばにいけることができる。
「シンって・・・」
「あ、そういえばシンっていつ連絡に出たんですか?」
スバルが、ティアナの台詞をとるように言う、なのははついさっきだよ。と応える。
まずい。
ティアナの背を嫌な予感がかけた。
「それなら、私も言ってきますよ。シン、フェイトさんの部屋知らないだろうし」
そこまで聞いてようやくなのはが悟る。慌てて言い返そうとするが、遅い。
「あ、いや、でも、シンにはきちんと場所伝えてるから・・・」
「それじゃ、行ってきまーす!!」
返事を聞く前に、スバルは走り出していく。
さすが体育系、と呟きながら、ティアナとなのははちらりと互いを見合う。
「スバル一人じゃ心配ですからね」
「そうだね、それにフェイトちゃんになにかあったのかもしれないし」
お互いに言い訳のように言い合い、そしてひとつ頷き、スバルを追いかける。
跡に残されたのは。
「うちとシンの愛は永遠なんやーー!!!」
「きゃ、キャロ!?」
「!?」
三者三様。仲良き事は美しき哉。
最終更新:2008年07月04日 04:24