ライブ・市民ホール
「うわぁ……こんな広い場所でライブができるなんて!」
会場を覗き込んで開口一番に真が歓喜の声を上げた。
今回のライブは市民ホールを貸し切ってのものだった。ライブハウスやテーマパークのステー
ジでは客が入りきらないことが増えてきたからなのだが、今回は新曲発表も兼ねたライブである
ためかそれでもかなりの数の客が入っていた。
「ほら見てよシン、お客さんがあんなに! ……相変わらず、ほとんど女の子だけど」
喜び半分、悔しさ半分といった感じだ。さっきから表情がコロコロ変わっていく。
「まぁ、いきなり客の質が変わる訳じゃないしな。今回でどこまで伸ばせるかが重要だろ」
「つまり今日のボク次第ってことか……うぅ~、燃えてきたぁ~!」
ブンッ、と腕を振るいながら真は興奮をあらわにする。緊張はしていないようだが、
そこは逆に不安でもある。
「あんまりはしゃぎすぎるなよ、初めて踊るステージなんだし」
「大丈夫大丈夫、似たような経験して懲りてるからそこはちゃんと気をつけるって」
――ま、分かってるならいいか。
「よし、もうすぐ時間だな。準備は?」
「カンペキ! 後はいつもどおり拳をガツーンと……」
――トゥルルルルルル……
「あれ? 電話だ。ちょっと待ってくれ」
「なんだよもう、タイミング悪いなぁ……」
どうどう、と落ち着かせながら携帯を取り出す。
(プロデューサーから? 確か今日は雪歩のオーディションだったんじゃ……)
――何か、嫌な予感がした。
「……もしもし」
『シンか!? 今そっちはどうなっている!?』
プロデューサーの慌てた様子が電話越しに伝わってきた。
「今はライブが始まる直前で待機してますけど、何かあったんですか?」
『――雪歩がいなくなった』
「……雪歩が? どうして!?」
そう叫んでから自分の迂闊さに気付いた。目の前で真の表情が一瞬にして変わってしまった。
『今回のオーディションに落ちて酷く沈んでしまったみたいでね……直接見てはいなかったんだ
けど審査員に随分酷評されたらしい』
……ただでさえ本番に弱い雪歩がそんな状況に耐えられるわけがない。
『なんとか落ち着かせて飲み物でもと思って傍を離れたんだが……その間に』
「そんな……連絡とかつかないんですか?」
『携帯の電源を切ってるみたいなんだ。とにかく人手が足りないんだ、手が空いてるなら探すの
を手伝ってほしい』
時計に目を向ける。すでに日は落ちて街は夜の雰囲気に包まれている時分だ。今の雪歩を一人
にしておくには危険すぎる。
「……オーディションの会場はこの近くでしたよね?」
『あぁ。足も財布も俺が預かってるから遠くには行けないはずだ』
「分かりました。こっちでも探してみます」
頼む、という言葉を聞き終えてから通話を切る。
「……雪歩に、何かあったの?」
心配そうに眉を歪めながら真は聞いてくる。少し迷ったが、すべて話すことにした。
「真がオーディションに落ちて、それでいなくなったって」
「そんな……!? 早く探しに行かないと!」
言うが否や駆け出した真の腕をなんとか掴む。
「シン!?」
「落ち着けよ! 今からライブがあるだろ!?」
「今の話聞いて落ち着けるわけないじゃないか!」
――クソッ、こんなことで時間を潰してる暇はないのに!
「いいか真、これでもしライブを放っておいて雪歩を探しに行ってみろ。それを知って雪歩は
喜ぶか? もっと自分を責めるかもしれないだろ!?」
「そ、それは……」
充分にありえる話だった。もしそんなことになってしまったら二人が不幸になる。
――それだけは、避けなきゃならない。
「俺に任せてくれ。だから真はこのライブに集中するんだ」
真はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、やがて腕から力を抜いた。
「……分かった。シン、雪歩のことお願い」
「あぁ、分かった」
肩を叩いて駆け出す。市民ホールを抜け出してどこを探せばいいのかを考える。
(……雪歩の性格だ、今の状態で人通りが多い場所に行くわけないよな。ってことは公園か、
路地裏みたいな人が少ない場所!)
未だに着慣れないスーツのネクタイを緩める。道行く人々の視線を無視しながら大通りを駆け抜ける。
「――最近走ってばっかだな、チクショウ!」
言葉を吐き捨てながら全力で走り続けた。
――歌いながら少女は考える。
友達が今どこにいて、何をしてるのかを。
――踊りながら少女は思い出す。
この道に入ってから共に歩んできた苦難と歓喜の日々を。
――声援を受けながら少女は悔やむ。
少しずつ、しかし確かに距離が離れていってしまったことを。
――少女は自問する。
自分が本当は今、何をしたいのかを……
「――クソッ、いったいどこに行ったんだよ!?」
一度足を止める。荒い息を吐きながら携帯を開くが何の連絡も入ってこない。雪歩を探してる
メンバーがどれほどの数いるのか分からないが、決して多くないのは容易に予想できる。
手当たり次第当たってみたが人が少ない場所というのは思いの外多い。いや、人通りが少ない
場所にいるということすら想像でしかないのだ。
――人手が、足りなさ過ぎる。
「……一度プロデューサーと合流するか」
すがるような気持ちで携帯を取り出すが、すぐに着信音が鳴り響いた。
「誰だ……?」
着信画面に目を向けると信じられない名前が表示されていた。慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし!?」
『シン! 今どこにいる?』
「駅前の通りだけど……何やってんだよ、まだライブの途中だろ!?」
『駅前……あ、見つけたっ!』
「って近くにいるのかよ!?」
周囲を見渡すとすぐに真の姿を見つけた。
――ライブ衣装のままの。
「雪歩は見つかった!?」
「まだだ! でも何でそんな格好でここにいるんだよ、ライブは!?」
問い詰めると真は途端に勢いを失った。
「その、途中で切り上げたんだ。ファンのみんなに謝って」
その答えを予想していたとはいえ、さすがに絶句してしまう。
「――なんで、って聞く必要はないよな。でもそれにしたってなんて無茶したんだよ」
「ご、ゴメン。でも新曲はちゃんと披露したし……」
「時間はまだ半分以上残ってるよな?」
「うぅ……」
縮こまってしまった。さすがに言い過ぎたか。
「……まぁ、過ぎたことを追求してももう遅いしな。とにかく雪歩を探さないと」
「どこかで見たとか、そういう情報も聞いてない?」
無言で頷く。聞き込みも並行して行ってはいるのだが成果はまるでなかった。
「雪歩、どこにいるんだよ……」
心配そうに俯く真の姿を見てさらに焦りが生まれてしまう。
「とにかく二手に分かれよう。10分毎に携帯に連絡するから」
「わかった。じゃあボクはこっちに……」
「あ、待った。これ着ていったほうがいい」
上着を脱いで差し出す。え?と固まったままの真に一応補足を入れる。
「ほら、その格好じゃ目立つし。これから冷え込んでくるから」
「あ……うん、ありがとう」
「よし、行くぞ!」
夜の街を再び駆け出す。
――急いで見つけ出さなければならない。
雪歩のためにも、真のためにも。
――気付けば知らない公園に辿り着いていた。
オーディション会場から人の居ない場所を求めて歩き回ったせいか足が痛い。
辺りを見渡すと闇の中に浮かんだように電灯に照らし出されたベンチがあった。
「ふう……」
ひとまず座って足を休ませることにした。
夜の公園は怖い。しかし今は一人でいたかったこともあって逆に落ち着くことが出来た。
……オーディションの、結果。
厳しいというのは分かっていたしプロデューサーから審査員のことも事前に聞いていた。
それでも、オーディションに落ちてしまったときのショックは大きかった。
審査員からの酷評もあったがそんなことも耳に入らないほどに痛感したことがあったからだ。
――真ちゃんたちに合わせる顔がないよ
ずっと付きっきりでレッスンを見てくれたプロデューサー、
休日でもレッスンを見に来てくれた真、
歌や踊りは良く分からない言いながら悩みながら意見を出してくれたシン、
忙しい時間を割いて応援に来てくれた春香たち……
今までとは比べ物にならないほどに充実したレッスンだった。
しかしその結果は……
「うっ……ぐすっ」
今まで出てこなかったのに急に涙が溢れ出てきた。
悔しかった。情けなかった。
――みんなと、一緒の夢を見たかった。
「……ねぇ、なに泣いてんの?」
「え?」
突然かけられた声に顔を上げるといつの間にかすぐ傍まで男が近づいていた。
自分より少し年上だろうか、薄汚れてボロボロになったジャケットにだぶだぶなパンツとい
うラフな格好に身を包んでいて耳や鼻にピアスを付けている。
「あ、あの……」
「彼氏にでも振られた? 何なら俺ら相談に乗るけど?」
「うっわ、やさし~」
「へぇ、君なかなかカワイイじゃん」
声は一人だけではなかった。声を掛けてきた男と似たような風貌の四人の若者が加わって
ヘラヘラと笑いながら周りを取り囲んでいた。
「あ、あの、私……ごめんなさい!」
ベンチから立ち上がって走り出すが腕を掴まれて止められてしまった。
「待ってよ。話だけでもしていけよ、なぁ?」
「は、離してください! 痛いです!」
怯えながらも雪歩は男の腕を必死に振り解こうとする。
「いいから……来いよっ!」
思いのほか強い力で抵抗されて痺れを切らした男は苛立ちながら強引に引き込む。無理矢理バランスを崩された雪歩は成す術もなく地面に転がってしまった。
「きゃっ!?」
「オイオイ、何やってんだよ」
「あ~あ~カワイソ~」
「うっせぇな、ったく手間取らせやがって」
そう言いながら男達は雪歩に近づいていく。尻餅をついたまま雪歩は後ずさるが、すぐに追いつかれて再び囲まれてしまう。
「さぁ、大人しく……」
と男が手を伸ばすがその肩にポン、と手が置かれた。
「あん? なんだよ?」
男が振り返る。いつの間に現われていた『六人目』の男を。
「――歯、食いしばらないで顎の力抜け」
は? とまさにその言葉の通りのことを無意識の内に実行してしまった男の顎に
拳が突き刺さった。真横に弾き飛ばされた男は舌でも噛んだのか口を押さえながら
のたうち回っている。
男の顔は、電灯の光の輪の外にいたせいか影に隠れて見えなかった。
「な、なんだ!?」
「誰だテメェは!」
男たちは雪歩に背を向けて仲間を殴り倒した男を動揺しながらも怒鳴りつける。
ゆっくりと歩み寄ってくる何者かの姿が電灯によって照らし出されていく。
そして雪歩は、『彼』の赤い瞳を見て驚きに目を見開いた。
――無事だった。
表情に出さずに胸中で安堵する。
聞き込みで雪歩らしき人影を見たという情報を得たのがついさっき、それからすぐに真に連絡を入れて周囲の人気がいない場所を探し回った。
ようやく見つけたかと思えば妙な男達が雪歩を取り囲んでいて、さらに腕を掴んで引きずり
倒した光景を目の当たりにし、気付けば雪歩の腕を掴んでいた男を殴りつけていた。
「誰だテメェは!?」
「……誰だっていいだろ。いいからとっとと消えろよ、痛い目に遭いたくなかったらな」
残った四人をそれぞれ睨みつけながら言葉を叩きつける。
だが男たちはこちらの姿を見て動揺から一転、余裕を取り戻していた。
「なんだぁ? ガキじゃねぇか、驚かせやがって」
「たまたまやれたからって調子に乗んなよ?」
どうやらこっちが一人やれたのは不意打ちのおかげだと思われてるらしい。
思わず溜め息が漏れた。
「まぁ、なんでもいいけどさ。一応警告はしたぞ?」
少し手加減しないとな、というこちらの心境も知らずに男たちはニヤつきながら
「生意気なガキだな、ヒーローごっこのつもりかぁ?」
などと言ってきた。
――ヒーローごっこ。
その言葉を聞いた瞬間にフラッシュバックしたのは裏切り者の元上官の顔と叩かれた
頬の鈍い痛みだった。
「ふ、ふふふふふふ……」
自然と笑いが込み上げてくる。ひさびさに胸の内に黒い感情が沸き上がってきた。
「な、なんだよコイツ。急に笑い出したぞ?」
男たちがうろたえているのが分かったが、そんなことはどうでもよかった。
嫌なことを思い出させてくれた礼をしなければならない。
「――覚悟しろ、気絶するまで地獄見せてやる」
それだけを宣告し、数の上でのみ優勢の相手に立ち向かった
最終更新:2008年07月11日 20:01