前々から疑問だった。この本編に近いようで遠い世界で、いったいいつの間に、彼はラクスのフラグを立てたのか。
僕はそれを知りたくて、ついに禁断の扉を開けたのだ。
キラの部屋の扉が静かに開いたのは夜も更け、みなが寝静まったときのことだった。
「キラ、起きてるよな?」
部屋に入ってきたのはマーズ=シメオン、ラクスの側近である黒い三連星の一人だ。
「あとの二人は?」
とキラが問いかけると、マーズは顔を伏せ、首を横に振った。
少なくとも、いいことがあった様子ではない。
「ヒルダが土壇場で裏切りやがった。ヘルベルトは俺を逃がすために…」
「そう…それで、たのんだものは?」
マーズが取り出したのは一枚の、ピンク色のディスクだ。
「ここだ、これが…ラクス様の日記だ」
ディスク自体にはそこまで厳重なプロテクトはかかっていなかったようで、キラはあっさりと解除して見せた。ラクスという少女のプライバシーのすべてといっていいものにしては、ずいぶん扱いが軽い。
あるいは、これを手にするまでの道程故に、誰の手にも渡ることはあるまいと、思い込んでいたのだろうか。
「さて、何処から見るべきだろうな」
「ざっと見る限り、普通の日記みたいだね、にしても、ずいぶんまめに書いてあるね」
驚いたことに日記はほぼ毎日、膨大な量が書かれていた。
彼女はクライン派の旗印として多忙な日々を送っている。
その合間にここまでしっかりした日記を書くことができるのは、よほどうまい時間配分ができる者か、あるいは執筆速度の速い者かだ。
「こいつは、目当てのネタを調べるのも一苦労だな」
「…シン君だっけ、彼の名前が近くに書かれたところに絞り込んでみよう」
そういって検索をかけたキラは、モニターを見るマーズともども目を丸くした。
そこには詩のように見えてそれよりもはるかに高い威圧感を持つ代物、見ているほうが恥ずかしくなるようなポエムがびっしりと書かれていたのだ。 その香ばしさたるや文章にあらわすことさえはばかられるほどであった。
「い、痛い、痛い…!」
「くそっ、まだこんなトラップが残っていやがったか!」
目に入れただけでダメージを受けるような、もはや兵器といって差し支えの無い、そのポエムの前に思わずひざをつきそうになる。
しかし、ここでキラ達が倒れてしまっては、ヘルベルトの犠牲はどうなる?
彼の死を、こんなことで無駄にするわけにはいかない。
キラ達は耐えた、ポエムに脳を侵されながらも戦い続けた。そして、
「これか…!」
その日、ラクスはこっそりとアークエンジェルから抜け出した。
前々からファクトリーに作らせていた変装セットをつけて、一目見ただけで強烈な印象を残すピンクの髪を隠し、
平和の歌姫としてではなく、一個人として町を見たいと思ったのだ。
無論残されたクルーは大慌てであったわけだが、そんなことはどうでもいい。
護衛も誰もいない、普通の少女の生活。彼女がどれだけ願ってもおそらくは手に入らないもの、その一部を彼女は満喫していた。
そして、その中で彼のことを知ったのだ。
「放してください!」
ガイドブックを見ながらやや奥のほうにある穴場の店に向かっていたラクスは
その途中でただならぬ叫びを聞いた。
そちらの方に行って見ると、小さな…十一、二歳くらいの女の子が柄の悪い男たちに囲まれていた。
(助けるべきなのでしょうが…)
そう思っても今の彼女には護衛はいない。腕っ節もそこまですごいわけではない。
何より下手をしたら自分の正体がばれてしまう。
どうするべきか、と考え込んだ直後、
「お前ら!こんなところで何をしているんだ!」
鋭い声がした。見ればそこには短い黒髪に白い肌と、
(…サングラス?)
不似合いなサングラスが印象的な一人の少年が立っていた。
「あ?こっちは勝手に楽しんでんの、みりゃわかるでしょ?」
男たちの代表らしいものが言うと、他のものも同意した。 ただ一人、彼らに取り囲まれた女の子を除いて。
「俺には、無理やりその子を連れ込んで、何か悪いことをしようとしているようにしか見えないんだけどな」
「…もしそうだったらどうするんだ?正義の味方でもやるのか?」
「…ああ、そのつもりだよ」
そこからしばらくのことはラクスにはよく理解できなかった。
ただ、少年が一方的に男たちを殴り倒していたことはよくわかった。
時間もそこまでたたないうちに男たちは覚えてろよ、などとありがちな捨て台詞をはいて退散した。
少年は軽く息を吐いてから、女の子の方を向いた。
(あら…?)
ふと、ラクスは足元に何かが落ちているのに気づいた。
「皆追い払ったから、もう大丈夫」
安心させようとしたのだろう、少年がそういうと、女の子はひざをがくがくと揺らして、必死に少年から離れようとした。
「目…目が、赤い…」
少年ははっと目元に手をやると、その真っ赤な瞳を隠すものが、なくなっていた。
「あ…サングラス、何処行った…?」
ラクスが足元のものを拾い上げると、確かにそれは少年がつけていたサングラスだった。
そうか、彼はコーディネイターだ、なら、異様に強いのも納得がいく。
そして、それが普通の人間にばれた、ということはつまり、
「来ないで…近寄らないで!化け物!」
こうなるのだ。
「…大丈夫、だから、すぐに消えるから…!」
そういって、少年は走り去っていった。
一瞬ラクスとすれ違ったとき、確かに彼は泣いていた。
それが、私と彼、シン=アスカとの出会いでした。
私と同じようにはっきりとわかるコーディネイターの証を持つ少年、
彼の苦しみも、悲しみも、あるいは私なら理解できるのではないか、
私の孤独も、彼なら理解してくれるのではないか、
そんなことを考えてしまったのは、いけないことでしょうか?
「追記、彼は妹さんをなくしており、存命であられるならちょうどそのときの女の子くらいの年だったそうです…か」
正直、キラには想像できない話だった。
自分は彼らのように顔にはっきりとコーディネイターですとは書かれていない。
「僕は、まだ恵まれているほうなんだな、ラクスや、彼と比べれば」
「ええ、そうですわね」
背筋が凍った。聞こえてはいけない声がした。
そういえばマーズがいない、まさか、彼はすでに…
ゆっくりとふ
最終更新:2008年07月11日 15:54