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悠久幻想曲ネタ-08


<影との対面>

 エンフィールドの西にそびえ立つ山から太陽が顔を覗かせるとともに、ジョートショップの仕事が始まる。街中か
ら寄せられる依頼は実に多彩であり、最大一週間の契約でどんな仕事であろうともこなさなければ
ならないという『なんでも屋』である。
 現在は店長のアリサと居候のシン――テディとデスティニーはほぼ戦力外なので除外――しか働き手がおら
ず、さらにアリサは生まれつき目が悪いという障害もあって店員の数が絶対的に足りていない状況である。しかし、
街からの信頼が厚いこの店とアリサの人望から多くの有志が集まり、ジョートショップを支えているのだった。
 そして今日もまた、街中で受けた依頼をこなしていくという日常が始まる
 ……はずだった。


「お、おはようございます」
「おはよう、アリサさん。それにボウヤとおチビちゃんも」
 開店の準備をしていたジョートショップに対照的な二人が入ってきた。
 一人は小柄な少年。中性的な顔立ちで、おどおどしているせいか余計に少女のようにも見える。ぶかぶかなパー
カーと大きな眼鏡がアンバランスでありながらも似合っていた。
 もう一人は大柄の女性生まれつきか、東方の大陸出身者の特徴である野性的な浅黒い肌に逆立った白髪と遠目からでも目立つ風貌だった。
元傭兵ということもあってか、常にタンクトップの上に無造作に黒いレザージャケットを羽織り、腰にナイフを差しているという少々物騒な恰好であった。
「おはよう、クリスクンにリサさん」
「む~、私はおチビちゃんじゃないですよ~」
「……俺もまだボウヤなのかよ」
 挨拶を返すアリサとは対照的に、デスティニーとシンは二人揃ってげんなりとした視線を向けた。
「なんだいそんなこと気にしてるのかい? 些細なことは笑って済ませるくらいにならないといい男にはなれないよ」
 嫌そうな顔を目の前にしてもどこ吹く風、言った本人がまさに笑って済ませていた。見た目よりもずっと気さくで
誰に対しても分け隔てなく接することができる、この街では珍しく物騒な過去を持つ人物でありながら住人から
受け入れられているのは、このリサ・メッカーノの性格故だろう。

「というか、クリス? 今日は平日なのに大丈夫なのか?」
「あ、うん。今日は学院が休日だから」
 それを聞いてシンは今日が祝日であることを思い出した。ここしばらく働きづめだったこともあって縁がなかった
からか失念していたらしい。
 クリス――クリストファー・クロスはシェリルやマリアと同じくエンフィールド学園の学生である。小柄でおとなしい
性格のため力仕事などは不向きなのだが、魔法の知識に乏しい現在のジョートショップにとっては非常にありがたい戦力である。
「あとはシーラさんが来たら朝のミーティングですね」
 デスティニーの言葉にシンは頷きを返す。今回の依頼の中には音楽関係の仕事もあり、シーラはその仕事を
自ら進んで引き受けたいと言ってきたのだった。
「しかしまぁ、お前がレジェンドに口を滑らせなきゃシーラを巻き込まなくて済んだかもしれないのにな」
「う……い、いいじゃないですか! 過ぎたことは気にせず希望の未来へレディ・ゴー! です!」
 ビシィッ! とデスティニーが指をさした先にいたテディが突然のことで飛び上がった。
「ぼ、ボクがなにかしたッスか!? さすがにこの朝ごはんだけはデス子さんにも譲れないッスよ!」
「別にテディちゃんのご飯なんて……いえくれるというのなら全力でもらいますけど。というかデス子がこんなとこ
ろにまで侵食してるですかっ!?」
 マスコットたちによるコントが和やかな朝を演出する中、ジョートショップの扉が荒々しく開け放たれた。

「大変だよ、シン君!」
「は?」
 頭の上で黄色いリボンを躍らせながら、台風のような少女が駆け込んできた。
「お、おはようございます……」
 ……後ろにシーラを引き連れて。

「目薬茸?」
「そう、目薬茸! 西の山の洞窟に生えてるんだって」
 シンの確認に少女――トリーシャ・フォスターはさらに強調して言い放った。
 少女の名前はトリーシャ・フォスター。クリスと同じくエンフィールド学園の学生であり、エンフィールドの治安を守る自警団の団長、リカルド・フォスターの一人娘である。活発で陽気な性格であり、勢いに任せて突き進むタイプなのだがいつも爪が甘いのでトラブルシューター兼トラブルメイカーなのである。そういったこともあり、どんな話が飛び出してくるのかと警戒していたのだが、そこで出てきたのが『目薬茸』という珍妙なものだった。
「なんというか、薬なのかキノコなのかいまいちよく分からないなぁ……で、それがなんだって?」
 あまりにも胡散臭い名前にすでに半分興味を失ったシンは投げやり気味に先を促した。一応でも話は聞いて
おかないと後にどんな災難が降りかかってくるか分かったものではないからだった。
「それさえあればね、アリサおばさまの目が治るかもしれないんだって!」
「へぇ、それは……何っ!?」

 事情が一気に変わった。シンだけでなく、リサ、クリス、シーラの三人も目を見開き、テディに至っては信じられないことを聞いたかのように口をパクパクと開閉させていた。アリサとデスティニーは話の展開についてこれなかったのか頭の上で疑問符を躍らせていたが。

「トリーシャ、それは本当かい? いつもの噂話ってわけじゃなさそうだけど」
「ホントだって! カッセルのおじいさんから聞いた話だもん」
 慎重に確認を取ったリサが顎に手を当てて考え込むように黙り込んだ。エンフィールドでカッセルといえば思い当たる人物は一人だけだ。
ローズレイク湖畔の小屋に一人暮らす老人、推定100歳と言われるほど長い時を生きてきており、伝承に関する知識は膨大でエンフィールドの生き字引と呼ばれるほどの存在である。
 情報源がほぼ確かなものとなり、さらに目薬茸が存在する場所まで明らかとなってどうするべきかとシンたちは悩み始めた。
「みんな悩んでるみたいだけど、私はこのままでも大丈夫よ」
「アリサさん」
 シンが振り向くと、少しだけ困ったような笑顔を浮かべたアリサがいた。
「みんなの気持ちは嬉しいけど、今だって不自由なわけでもないわ。このお店で、あなたたちと過ごせるだけで
私は幸せだもの、これ以上何かを望むほど贅沢はできないわ」
「アリサおばさま……」
 わずかに焦点のぶれた瞳に宿る輝きを見て、シーラが悲しそうに俯いた。そう、アリサ・アステアという女性が
このような人間であるからこそ、ここにいるすべての人間が力になりたいと願っているのだった。
 他人を羨むことなく、蔑むこともなく、弱きを救うためにためらわずその手を伸ばし慈しむ。罪作りなほどの善人
であるが故に。

「――よし、じゃあその目薬茸とやらを俺が取ってこようじゃないか」
 不意に上がった声に全員の視線が店の入り口へ集まる。
 長身で体格の良い男。年はシンよりも少し上といったところで、紺色の自警団制服の上に上半身のみ分厚い
鎧を纏っており、長い黒髪をバンダナで逆立てている。

「あ、アルベルトさん!?」
 クリスの声でシンは眉間に皺をよせ、目に敵意を宿らせた。
「なんでお前がここにいるんだよ化粧男!」
「お前……そいつはこの俺と化粧に対する侮辱か!?」
 真っ向から睨み合って火花を散らしている二人の様子を横目で眺めつつ、リサはデスティニーに話しかける。
「なんか前よりもさらに険悪な感じだけど、何かあったのかいおチビちゃん?」
「何かとかそんなレベルじゃないです。顔を合わせるたびにナイフと槍を突きつけあってるんであの程度はまだ
マシなほうです。それとやっぱりおチビちゃんは……うう、でもデス子よりもまともな呼ばれ方かも」
 ふーん、と相槌を打ってリサは二人の様子を観察する。この遠慮がまるでない殺伐とした雰囲気は親密といえ
ば親密なのかもしれない、という馬鹿馬鹿しいことを考えながら。

 ――アルベルト・コーレイン。
 十代という若さで自警団第一部隊に所属しており、トリーシャの父、リカルドの右腕的な存在である。その巧み
な槍捌きは右に出るものはおらず、こと戦闘においては自警団のナンバー2という実力の持ち主だ。しかし単純
で血が上りやすく、加えて化粧が趣味という困った性格まで兼ね備えているのだった。
 そしてこのとおり、シン・アスカとの関係は水と油……否、火と油の関係なのである。
「……合わせると危険、ってことか」
「そういうことです、あむ」
 我関せずと黒パンのサンドイッチを頬張り始めたデスティニーだったが、店の中には緊張感が広がっていた。
 クリスとシーラ、テディやトリーシャはどうすることもできずにうろたえており、デスティニーは放置を決め込んでい
る。そして当事者である二人は今にも殴り合いでも始めそうなほど張り詰めた状態を維持していた。唯一冷静に
この状況を観察したリサも腰のナイフに手を伸ばしている。

 一触即発の状況は、しかし数秒で終わった。
「アルベルトさん、今日はお早いんですね。いつもは昼頃にいらっしゃるのに」
「あ、アリサさん!? いやその、トリーシャちゃんが慌ててここに駆け込んだのを見たので何か大事でも起こったのかと気になって……」
 のほほんと話しかけてきたアリサに対して、アルベルトはしどろもどろになりながら弁明じみた説明を返した。そ
の姿からは先程までの敵意がごっそりと消え、一気に緊張の糸が緩んだ。

「むぐ? ということはトリーシャの説明が始まってからはずっと聞き耳を立てていたですか?」
 場の空気が凍りついた。確かにこれまでの事実を踏まえるとそういうことになる。
「……天下の自警団が住人の話を盗み聞きか、たいした仕事っぷりだな」
「っ、このクソガキ!」
 再び睨み合いが始まった。あまりの展開にアリサと男二人を除く全員から溜息が漏れた。
「えぇい、とにかく! 目薬茸の捜索は俺たち自警団がやる! 一般人はすっこんでろ」
「これは俺たち身内の事情だろ、なんでそこまで言われなきゃならないんだよ?」
「西の山といえば危険度の高い魔物の生息地だろうが。おまけにそんな場所の洞窟とくればもっと性質の悪い
モンスターがいる可能性が高い。女子供にそんな場所をうろつかれたらこっちが迷惑なんだよ」

 アルベルトの言っていることはもっともな話だ。エンフィールドがいかに自治都市として成長を遂げた街だとして
も、近辺にモンスターが出没する危険な土地であることには変わりない。シープクレストなどの連邦国家に所属
するほどの都市となれば魔物どころか魔法を使える人間ですら珍しいほどになるのだが、このエンフィールドは
そこまでの発展していないのだ。
 しかし、
「ちょっと待った、今のは聞き捨てならないね。こちとら自警団から魔物退治の仕事や用心棒を引き受けたのは
一度や二度じゃないんだ。それを今さら女子供扱いで済ますなんて少し傲慢じゃないのかい?」
「そ、そうですよ。いくらなんでも横暴です!」

 リサとクリスがアルベルトに食って掛かった。その後ろに立つシーラも怯えの混じった顔ではあるが頷いている。
 だがその姿を見て、アルベルトは鼻を鳴らした。
「これは仕事じゃないだろうが。いいからここで大人しくしてろ」
「このっ……!」
 シンが胸倉を掴もうと手を伸ばした瞬間、何か閃いたようにトリーシャが叫んだ。
「ひょっとしてアルベルトさんってアリサさんのこと好きなの?」
「はぁ?」
「なっ!?」
 呆気に取られるシンと激しく動揺したアルベルト、互いの反応に二人の視線が重なった。
「え……まさか本当なのか!?」
「ば、馬鹿言え! とととトリーシャちゃん、適当なことは言うもんじゃないぞ!」
 顔を真っ赤にし、呂律が回らないアルベルトの姿は誰がどう見ても図星を突かれた男のそれであった。

「と、とにかく! この一件は自警団が引き受けた! 待っててくださいアリサさん、すぐにこの俺が目薬茸を取ってきますから!」
 言うだけ言ってアルベルトは脱兎の如くジョートショップから飛び出していった。呆然とするシンたちだったが、
しばらくして自分たちが出遅れたことに気付いて我に返った。
「しまった、このままだと先を越される! 俺たちも急ぐぞ!」
「え? でも仕事が……」
「これが終わったら俺が頭下げに行く! あいつに負けることだけは絶対に避けるぞ!」
「あ、待ってくださいマスター! アリサさん、サンドイッチの残り持って行きたいんで何か包むのお願いしますです」
 いつの間に勝負事になったのか、シンは装備を整えるために屋根裏へと駆け上がっていった。
「まったく……クリスとシーラはどうする?」
「ぼくも少し準備してきます。薬草くらいなら持っていけるし」
「わたしは一度家に帰らないと……遅くなるって言うだけだから止められることはないと思うけど」
 返ってきた言葉にリサは頷いた。こういった経験の浅い二人ではあるが、最低限やるべきことは心得ているよう
だった。

「じゃあ急いで行ってきな。門のところでボウヤと待っておくから」
 そう言って二人が店を出て行くのを見届け、小さく溜息を吐いた。
「慌しいことこの上ないね。アリサさんも大変ですね」
「そうでもないわ、楽しいもの。デスティニーちゃんのサンドイッチ包んでくるわね」
「ボクも手伝うッス!」
 キッチンへと姿を消したアリサの背中を追い、リサは苦笑を漏らした。
「あたしも行ってもいいかな?」
「駄目だ、お守りにも限界があるからね。さて、アタシはどうするか……」
 むくれるトリーシャを他所に思案するリサだったが、突如開けられた店のドアに意識を持っていかれた。
「カッセルのじいさん?」
「おぉ、リサとトリーシャか。どうやら間に合ったようじゃな」
 目薬茸の情報提供者が息を切らせて店へと入ってきた。

「……聞いたか?」
 暗闇の中、大小二つの影のうち小さな方が声を発した。
「あァ、聞こえたよ」
「西の山なら奴らよりもこちらの方が近い。今なら先回りできるが?」
 小さな影の問いかけ、しかし大きな影は無言のままだった。
「……おい、聞いてるのか?」
 そう言って、小さな影は気付いた。傍らに立つ気配が震えていることに。
 ――影は、嘲笑(わら)っていた。
「いーいシチュエーションじゃねェか、初顔合わせってのは派手なほどいい。相手に強烈な印象を与えられるか
らなァ」
 ククッ、とくぐもった笑いが闇の中に広がる。もしここに第三者がいれば影が小波を立てているように見えただろう。
「……私は先に行ってるぞ」
「クールだねェ。まァ、どうせそんな冷めた面ができるのも今のうちだ。お前だってアイツに会えば分かるだろう
さ、自分がどんな存在だってのにな」
 自虐と蔑みが入り混じった薄気味悪い笑みを背中に受け、小さな影は暗闇の中を進んでいく。

 ――その背中からは、わずかに赤い光の残滓が漏れ出ていた。
「今日はいい日になりそうだな、えェ? シン・アスカよォ」
 三日月型に闇が切り取られ、人間離れした鋭い牙が宙に浮かび上がっていた。


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最終更新:2008年07月11日 15:29
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