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悠久幻想曲ネタ-07


<その価値は 3>

「私が知っていることはこれくらいだ。もっとも、私が知らないこともあるかもしれないが」
 カップの中身をゆるりとかき混ぜながら、レジェンドはそう締め括った。
 予想だにしなかった事実を知り、シンは喘ぐ様に口を開いた。
 しかし言葉は出てこない。何かを言うべきだと分かっていながらも何を言えばいいのか分からなかったからだった。
「補足するが、どうせ私たちは長く存在することは出来ないだろう。深く情をかけないことを勧める」
 淡々と、まるで他人事のようにレジェンドは語る。その態度がシンの癪に障った。
「お前は、何も感じないのか? 自分のことだろ!?」
 シンは立ち上がっていた。周りの視線が集まるがそれを気にするほどの余裕もないほどに感情が高ぶっていた。
「そんな……そんな風に割り切ることが、何でできるんだよ」
 憤りと、悲しみ。それらの思いがシンの中でない交ぜになっていた。
「何故、君はそこまで怒っている?」
 不思議そうな顔で尋ねるレジェンドに対し、シンは呻くように答える。
「お前はここにいるだろ? 生きてるんだろ? それなのに何で、今にも消えそうな顔してるんだよ……」
 そんな感覚を、シンは一度だけ実感したことがある。
 守ると約束した少女が苦しむ姿を黙って見ていることができず、その手を握った時の感覚。
 確かに目の前に存在するのに、冷たく、力なく握り返してくる手。幻影のようなその姿に自らの無力さを痛感す
るしかなかった、あの時の感覚。
 もう二度と、味わいたくなかったこの感覚。
「生きて、いる?」
 呆然と聞き返すレジェンドの姿に、少年の影が重なる。
(どんな命でも……)
 その言葉を『彼』がどんな気持ちで語ったのかを今さら思い知りながら、シンは告げる。
「――どんな命でも、生きられるのなら生きたいだろう」
「……それは」
「生きているということはそれだけで価値がある。どっちもお前に乗ってた奴が言ったことだ」
 レジェンドが目を伏せる。もはや会うことも叶わないマスターの言葉に何かを感じたのか、その目に感情が浮か
んだように見えた。
「俺はこれからもお前たちの仲間を捜す。そいつらが誰かに危害を加えるようならぶん殴ってでも止めるし、助け
を求めてくるなら全力を尽くす」
「それで後悔するとしても、か?」
「立ち止まったまま後悔するより、一歩でも前に進んでから後悔するさ」
 シンの心は決まった。このことで元いた世界の自分やその周辺を見つめ直すきっかけにもなる、そんな確信を
得ていた。
「……君は、優しいな。それはきっと弱さにも繋がるだろう」
「似たようなことを言われたよ」
 そう苦笑するシンだったが、直後に驚いた顔へと変わった。
「――だが、悪い気はしないよ」
 両手でカップを持ち上げるレジェンドの表情は、どこか嬉しそうなものだった


 ……雑貨屋で蝋燭を買い、シンは教会への道を辿っていた。
 レジェンドから聞いた話を思い出す。彼女もデスティニーやインパルスと同様に、この街の住人の厚意に甘えさ
せてもらっているらしい。それなりに良い関係を築いてるという言葉を信じるなら心配する必要はないだろう。
 ――とはいえ、二人には伝えとかなきゃな。
 いっそのことさくら亭にみんな集めた方が手っ取り早いか、と都合がつく日を考えたところで思わず苦笑した。
 足取りが軽いのだ。やはり悩みを抱えたままなのは性に合わないということを心の底から実感していた。
「なるようになる、か」
 今日のレジェンドのように直接会ってみなければどんな相手なのかは分からない。今まで会った三人は比較的
大人しい――あくまで比較的に――方だが、他のMSたちも同じであるということは考えにくい。
 今回の話から判断するなら、出会った人間が少なからず影響するらしい。最悪の展開は前もって覚悟しておく
べきだろう。
「にしても何人いるんだか……ん?」
 教会が見えるところまで来たところで、シンは『それ』に気が付いた。
 教会の前で、居心地悪そうにそわそわしているデスティニー。
 その格好はいつものトリコロールカラーのアーマーの上からドレス――そのままでは着ることができなかったか
らか相当手を加えられている――を纏い、頭の上はいくつものリボンで飾り立てられていた。
 ――あれはなんだろう?
 率直な疑問が浮かんだ。何やら危険な印象をシンは抱いたがここから見ていてもその理由が分かるはずもなく、
仕方なく近づくことにする。
「え~と……デス子?」
 シンの呼びかけにデスティニーはハッと顔を上げた。何故か涙でぐしゃぐしゃになった顔を慌ててドレスの袖で
拭い、再度シンに目を向けたときには赤くなった瞳以外は真剣な表情に変わっていた。
「お、おかえりなさいです!」
「あ? あぁ……」
 ただいま、とシンが返す間もなく顔を徐々に朱に染め上げていくデスティニーは叫ぶ。
「お、おおおお、お、お兄ちゃん!」
「…………」
 痛々しい沈黙が場を支配する。ポカンと口を開けたままのシンと、真っ赤になって俯いたデスティニー、二人と
も次にどう行動するべきか図りかねていた。
「……あー、」
 考えがまとまらなくなったシンの口が思考と直結する。
「なんか、変なものでも食ったか?」
 短絡的な行動を後悔する暇もなく、顔を羞恥と涙で染めたデスティニーの小さな拳がシンのみぞおちに突き刺
さっていた。
「ごっはぁ!?」
 悶絶して倒れるシンの視界に泣き喚きながら何処へと走り去っていくデスティニーの背中が映る。
「……おっかしいなぁ、お兄ちゃんは間違いなく妹好きな感じがしたのに。私のドレスとリボンも着けたのになんで
こんなに反応が悪かったんだろ?」
 どこからかローラの声が聞こえてきた。事の真相を知ったシンは恨み言を吐くこともできず、意識を手放した。


 ……ピアノの旋律が部屋の中に響き渡る。
 レッスンが終わった後にはいつも反復練習の意味も含めて同じ曲を繰り返し弾く、子供の頃からのシーラの習
慣であった。
 両親に言われてに始めたピアノだったが、このレッスンが終わった後の演奏は彼女が子供の頃から好きな時間
だった。教えられるままに弾くことでは感じることのできない手ごたえを感じることができるからだ。
「――新しい曲か」
 演奏が止まる。シーラが窓へ目を向けると、背を向けて縁に腰をかけているレジェンドがいた。
「あら、今日は早いのね」
「久しぶりにシーラのピアノを聴きたくなってね。ひょっとして覚えたてかな?」
 ええ、と答えてシーラは再び鍵盤に細い指を走らせる。
 穏やかな調べをレジェンドは目を閉じたまま聴き、演奏を疎外しない程度の声でシーラに語りかけた。
「シン・アスカに会ったよ」
「ひょっとして今日の昼?」
「あぁ、話し相手になってもらった。君が両親以外に初めてピアノを聞かせた相手というから気になってね」
 曲調がわずかに乱れる。後ろを振り向かずとも、レジェンドにはシーラの表情が分かった。
 そのことに気付かない振りをして話を続ける。
「自分に素直な少年だったよ。良くも悪くもまっすぐで、とても危うい」
 わずかにレジェンドの瞼が上がる。そこに宿った感情は――哀れみ。
「無茶な頼みかもしれないが、彼の力になってほしい」
 もちろん自分も出来うる限りのことはするつもりだが、と補足して彼女は返答を待った。
 ……曲調が変わる。
「私になにができるのかはわからないけど」
 その言葉に満足したように頷き、レジェンドは目を開け天を見上げる。
 黄昏と群青が入り混じった空には月と星が浮かんでいた。
 ――今までは特に何も感じることはなかったのだが……
 こういう景色は嫌いではないと胸中で呟き、レジェンドは楽しげに笑った。
「今日は良い日だったよ。なにしろ初めて紅茶を美味しいと感じてね……」
 昼と夜の境目で、ピアノの音色が止まるまで少女たちの会話は続いた。


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最終更新:2008年06月28日 00:31
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