「……時に、お前たちは今後どうするつもりなのだ?」
大衆食堂ではあまりにも浮きすぎた完璧なテーブルマナーで昼食を食べ終えたレジェンドは、食後の紅茶を
飲みながらインパルスにそう問いかけた。
「えっと、私たちはしばらくはここのお手伝いをするつもりですけど……」
「ま、拾ってくれた恩もあるしな」
「他に行く当てもない以上このまま過ごすつもりだ。まぁ、ソードさえ頷いてくれればジョートショップに駆け込むと
いう選択肢もあるのだが」
だからアタシを弄るなーーー! と叫ぶソードを無視し、レジェンドはカップをソーサーの上にそっと下ろした。
「なるほど、このまま平穏を享受したいと。やはり今日ここに来て正解だったな」
「え? ど、どういうことですか?」
不安そうに尋ねるフォースに、レジェンドはあくまで冷静に用件を告げる。
「お前たちに話と、確認したいことが一つずつある。黙って最後まで聞いてほしい。」
訝しげに思いながらも、インパルスたちは揃って頷きを返した。
「もうすぐ、少なくともそう遠くない頃に私たちの同属が大量に現れるだろう」
その言葉にフォースは怯えを見せ、ソードは眉根をひそめ、ブラストは片眉を震わせた。
「お前たちも薄々感付いてるだろう? 詳しいことは何一つ分かりはしないが、『現れる』ということだけは確実、
これは予感と言うよりは確信だな。性質の悪いことに絶対と言えるほどの自信もある」
再びレジェンドはカップを持ち上げ、その中に映る自身の鏡像を見つめる。
「……そしておそらくはそのうちの何体か、いっそほとんどと考えてもいいだろう。間違いなく君たちの元主に
敵意を向ける。いや、すでに私たち以外に現れたMSたちも行動を起こしているのかもしれない」
インパルスは息を呑んだ。MSはザフトのものだけとは限らない。連合、そしてオーブ、シン・アスカにとってマイ
ナスイメージしか持たないMSたち、それらが顕現すればどうなるのかは想像に難くない。
カップが口に運ばれ、琥珀色の液体が色素の薄い唇に音もなく吸い込まれていく。やがてすべてを飲み干し、
レジェンドは切れ長の目をインパルスに向けた。
「――さぁ、お前たちはどうする?」
「そういえば、本当にここにローラちゃんの身体があるのかな?」
休憩を終えて再び洞窟の中を進んでいる途中、沈黙に耐え切れなかったのかクリスがそんなことを口にした。
「……さぁな、カッセルじいさんの話を聞く限りじゃここにあるかもしれないってくらいだったけど」
そう返しながらシンはカッセルの言葉を思い出す。
セント・ウィンザー教会に住まう幽霊、ローラ・ニューフィールド。彼女の正体はなんと100年前王国時代であっ
たエンフィールドの貴族の娘であり、その時代では治療が不可能とされていた病を患いコールドスリープして現在まで生き永らえていたというのだ。何が起こったかは分からないが精神だけが先に目覚め、生霊のような存在として教会で暮らしているのがシンたちの知るローラということらしい。
問題は精神が目覚めたことで肉体の覚醒も近く、急いでローラの身体を見つけ治療しなければ肉体とともに
ローラが死んでしまうかもしれないということだ。
しかし100年もの歳月はニューフィールドという血筋を滅ぼし、ローラの身体がどこにあるのかという情報をも
風化させてしまったのだ。エンフィールドの生き字引であるカッセルすらもその在り処が分からないというほどなのだから、どこに存在するのか想像もできない。
そういったこともあり、目薬茸を探すついでにこの洞窟にローラの肉体があるかどうかを確かめることになったの
だが……
「そういう大事なことはもっと早く教えろって話だよなぁ」
「そ、そうだよねぇ」
苦笑して同意するクリスを横目で見ながらシンは嘆息する。アリサの目はともかくローラの身体のことは一刻を争う問題なのだ。
「でも、早く見つけてあげないと……」
シーラが辛そうに表情を曇らせながら呟いた。時間が出来れば教会へ赴きピアノを弾くシーラにとっては特に他人事では済ませられない問題なのだろう。
それはシンも同じであった。初対面の時から馴れ馴れしく付きまとわれ、トラブルに巻き込まれたことは一度や二度ではないのだが、
――そんな話を聞いて、放っとけるわけないよな。
何度かデスティニーの世話を見てもらったこともある。何よりもデスティニーの友人として接してくれた一人でも
ある。なんとしてでも助けたいという想いがシンの中にはあった。
そこまで考えて、シンはいつもよりも周りが数段静かなことに気付いて肩越しに後ろを向いた。
クリスとシーラの背後、俯きながら力なく飛ぶデスティニーの姿が見えた。
泉でのやり取りが原因であるのだろうが、だからといってシンにはどうすることもできなかった。リサの忠告もあり
どうにか最悪の展開にはならないようにと考えてはいるのだが、上手いフォローが思い浮かばないのだ。
「…………」
最後尾を歩くリサから何か言いたげな視線が飛んできた。その意味を正しく受け取りながらも、やはりシンには
何も言えなかった。
――戦え、とは言えない。でも、じゃあどうしたらアイツは納得するんだ?
もう何度目かの自問、考えれば考えるほど分からなくなってくる問題にシンは深みに沈んでいくような錯覚を
感じていた。
「――あっ、あれ!」
突然あがったクリスの叫びに全員の視線が前へと向く。
暗闇の道先に眩い光が差し込んでいた。どうやら開けた場所に出るらしい。
「まさか、洞窟を抜けて出口に着いたんじゃ……」
シンもシーラと同じことを考えていた。ここに辿り着くまでにいくつかの分かれ道を適当に選んできたのだ、目薬
茸がある場所ではないところへ行き着いてしまったとしても不思議ではない。
「リサ、他の連中が来る気配はないか?」
「後ろからは物音ひとつ聞こえやしないよ。いまだに足止めを食らってるのか、別の場所に行ったかまでは分からないけどね……どうする?」
この場所の地図はなく、この道が正しいと判断できる要素も近くにはない。
行くか戻るか、自然と集まった視線を受けながらシンはしばし黙考し、口を開いた。
「――行こう。何もないって分かったら全速力で戻るぞ」
全員の顔を見渡して頷いたことを確認し、シンは光差す道へと進んでいった。
……そこは外ではなかった。
大きな円形に切り抜かれた空間。硬い岩と土が続いていた地面には鮮やかな色の芝が広がり、巨大な木が
中央にそびえている。あきらかに今までとは違う光景が広がっていた。
その理由は、
「……空」
この広場には天を覆う岩盤がなく、まるで切り取られたような蒼穹が広がっていた。天井の部分は完全に崩落
したらしく、周囲には大小さまざまな岩が転がっていた。
――『天窓の洞窟』の名にふさわしい、幻想的とすら感じられる光景だった。
「シンさん、あれ! 木の根元に!」
クリスが指差す先、大木の根元周辺にはキノコらしきものが生えていた。
「あれが目薬茸か?」
「他にそれっぽいものは見当たらないけど……」
木に生えたキノコは一種類、つまりこれが目薬茸ということだろう。
「とりあえず、ここにあるのを持てるだけ持って帰ったほうがいいだろうね」
「よし、じゃあ片っ端から集めるか。クリス、そのリュックならかなり入るだろ。それに入れてもいいか?」
「あ、はい」
「デス子、お前も手伝ってくれ……デス子?」
返事がないデスティニーを探して辺りを見渡すと、すでに巨木の下で目薬茸を採っていた。
「デスティニー、ちゃん……?」
シーラの呼びかけにも答えず、デスティニーは無機質な目でじっと目薬茸を見つめている。まるで何を考えて
いるか分からない、感情すらも読み取れない瞳だった。
――まさか、
一つの予感に辿り着いたシンたちの思考がシンクロする。だがデスティニーは螺子が切れた人形のように動か
ない。瞬きすらもしてないのではないかと錯覚するほどに硬直している。
静寂の間、そして……
「あむ」
「食うなぁーーーーーーーーーっ!!」
そのまさかを目の当たりにして電光石火の疾さでデスティニーに接近したシンは問答無用でその小さな頭を叩き落とした。
「きゃうっ!? 痛いじゃないですかマスター!」
「うるさいっ! 何いきなりいつもどおりになってるんだよお前!?」
「お腹が減って元気が出ない時に急にキノコが見つかったので」
「ので、じゃない!」
はぁ、とため息をついてシンは大仰に頭を抱える。
――さっきまで俺はいったい何を悩んでたんだ?
先ほどまでの沈んだ様子はどこに行ったのか、デスティニーが纏う気配はいつもと変わらぬ食い気ばかりだった。
「とにかく、さっさと目薬茸集めるぞ。絶対に食うなよ」
「む~、なんでそんなに不機嫌なんですかマスター?」
「全体的にお前のせいだっ!!」
いつものようにシンはデスティニーに盛大に突っ込みを入れる。リサたちも普段と変わらない二人に戻ったこと
に対して呆れながらも安堵の表情を見せていた。
「みんなも見てないで集めてくれって……」
叫び疲れたのか、どっと肩から力が抜けたシンはフラフラとした足取りで目薬茸のひとつへと向かっていった。
「む、マスターに何かあったような感じがするです」
「あったといえばあったんだけど、アンタが気にするようなことじゃないさ……話したところで多分理解できないだろうしね」
リサのボヤきに頭上で?マークを浮かべながらもデスティニーはシンの後を追った。
「さて、私たちも集めるよ」
巨木の周りにリサたちも散らばり、大樹を囲うように生えた目薬茸の採集が始まった。
目薬茸の数はシンたちの予想を超えており、クリスのリュックに目一杯詰め込んでもかなりの数が残るようだっ
た。多めに見積もってもアリサの目を治すためならば十分すぎるほどだろう。
「む~~~、何があったのか教えてくださいよぅマスター」
「うっさい、もう済んだことをいちいち掘り返すな。それと……さっきは悪かった、な」
「え? 何か言ったですか?」
「っ、なんでもないっ!」
あまりにも小さな、それも当人にとっては意味も分からないであろうシンの謝罪はデスティニーに届かず消えた。
目薬茸の採集を終え、シンたちは辺りの調査へと移った。目的はもちろんコールドスリープの処置を受けたローラの探索だ。
カッセルの話によれば、ローラの本体は古来より神聖な場所で保管されている可能性が高いとのことだった。
つまるところこの天窓の洞窟においてはシンたちが立つこの広場こそがその場所にあたるのだが……
「ないみたい、ですね」
この広場には他の場所へ通じると思われるような横穴もなく、なんらかの仕掛けがあるわけでもない。クリスの
言うとおり、この場所にローラの身体はないようだった。
「ってことはカッセルじーさんの見込み違いか……しかたない、目薬茸は回収したしジョートショップに戻るか」
この洞窟で出来ることはすべてやり遂げた。あとはジョートショップに戻るだけ、その途中でモンスターや自警
団、仮面の男たちの襲撃にさえ注意すればいい。多少の危険はあったとはいえ誰一人欠けることなく五体満足でここまで来れたのだ、何も問題はない。
……そのはずだった。
「――あァ、そいつは困る。こっちの用事がまだ済んでないんでなァ」
「っ!?」
突然降ってきた声に全員が視線を上げる。崩落し、吹き抜けとなった天井から差し込んでくる光の中に黒い
人型の影が浮かび上がっていた。
ちょっとした家屋ならば縦に三つほど積めるほどの高さから飛び降りてきた影は猫のようにしなやかに衝撃を殺し、芝生の上に危なげなく着地した。
「な……」
シンの口から驚愕の声が漏れた。その登場もさることながら影の姿を目の当たりにしてだ。
――浅黒い肌の上に拘束衣のような黒い服、対照的に異様なほどに白い髪。さらには両目を塞ぐような赤い
一つ目が描かれた眼帯。腰には巨大なナイフを無造作にぶら下げている。
異常な登場、異常な服装、だがそれよりも目の前に現れた影が『人間』であることにシンたちは驚きを隠せなかった。
この世界には数多のモンスターが溢れている。中には亜人と呼ばれる人間に近い姿をしたモンスターも存在
するが、シンたちが知る限り人間に酷似したモンスターは皆無だ。
つまり、この男は人間である可能性が高い。人間離れした身体能力を持ちながら、である。
「お前は、いったい……!?」
腰からナイフを抜いてシンは影に向かって問いかける。まだ何者かも分かっていない相手にナイフを向ける、
そんな自身の行為に疑問が浮かんだが、すぐに自身の震えから理解した。
――恐れているのか? あいつを?
そんなシンの様子を知ってか知らずか、男はキョトンとした様子を見せたもののすぐに口の端を吊り上げ嘲るよ
うに答えを返した。
「さァて、なんなんだろうな? お前には分かるか、シン・アスカ?」
三日月のように弧を描いた唇の中に鋭い犬歯が鈍く輝きを放っていた。
最終更新:2008年07月11日 17:17