「――貴様を、殺す」
「……っ!?」
物騒なセリフと共に飛んできた光の矢をシンは身をよじって避ける。慣性ではためいた上着の
端をビームが掠めていき、シンの鼻腔に焦げた臭いが届いた。
「逃げるな!」
「逃げるに決まってるだろ!? っつーか正気かよこんな場所で!」
続けて放たれる二撃、三撃目を危ういところでかわし、路地裏へとシンは飛び込む。
「街中だぞ!? 流れ弾が無関係な人間に当たったら……」
「貴様を殺せるなら他のものなどどうでもいい」
「っ、お前は……!」
シンの脳内に再びフラッシュバックする過去の光景。まるで虫けらのように吹き飛ばされる家族と、
自分の腕の中で息を引き取った少女。
「ふざけるな! なんでそこまでして俺を狙うんだよ!?」
「なんでだと? 決まっている!」
腰に折り畳まれていた砲身を展開し、フリーダムは血を吐くように叫ぶ。
「貴様が……私を殺したからだ!」
「なっ!?」
――何を言ってるんだ!?
そう叫ぶことが、何故かシンにはできなかった。
フリーダムはひたすらに戦場を混乱させ、ハイネやステラが死ぬ原因となった忌むべきMSなの
だ。討たれて然るべき理由があり、そして自分が撃墜した。
何一つとして咎められることなどない。無論それがフリーダム自身からの怨み言など論外のはずだ。
……だというのに、真っ直ぐぶつけられたその激情にシンはどこか懐かしさすら感じていた。
「仇を取らせてもらう、私自身のな!」
発射される超音速の魔法の砲弾、自身の中に生まれた奇妙な感情に気を取られていたシンは
わずかに反応が遅れ、石畳を砕いた衝撃に表通りまで弾き飛ばされた。
「くっ……ぁ」
呻きながらシンは立ち上がり、ふと周りを見て絶句した。あまりにも異常な登場をしたシンを道往く
人々が足を止め呆然と見つめていた。
ざっと見渡すだけで十数人。実際はもっと多いだろう。
「みんな逃げろ!」
それだけ叫んでシンは駆け出す。少し出るだけの予定だったのでナイフを置いてきたのが災いした。
身に付けている武器はご信用に両袖に仕込んだスローイングダガーのみだった。
「逃がさない、貴様だけは!」
振り返る余裕はなかった。しかし背後に生じた異様な気配に反射的に近くの建物へと飛び込んだ。
――ズバァッ!!
衝撃音に振り返ると、地面に大きな穴が開いていた。
少しでも避けるのが遅れていたら……そう考えたシンの背筋に悪寒が走った。
「ホワチャァァァァァァァァァァァァ!!」
「いっ!?」
突如上がった奇声に意表を突かれながらもシンは身を沈めつつ床を転がる。風を切りながら頭上を
通り過ぎていった何かに冷汗をかきつつ襲撃者へと目を向ける。
「……アンタは」
「ホァァァァァァァァッ! まさかそっちから挑んでくるとは思ってなかったアルよシン・アスカ!」
半裸の男がいた。
引き締まってるといえば引き締まっているガリガリの身体。ぴっちりとしたタイツのようなズボンを穿き、
一心不乱にヌンチャクを振り回している。
……男の名はマーシャル。悪名高き『マーシャル武器店』の変態店主である。
「道場破りとはいい度胸アル! ここでコロシアムでの雪辱を晴らすアルよ!」
「いやここ武器店だろ……」
呆れながら辺りを見渡す。剣や槍、鎧……意識せず飛び込んだ先がここだったのは幸運なのか
不幸なのか。
「まぁいいや、ちょっと武器借りてくぞ」
「アチャッ!? 道場破りじゃなくて強盗アルか!? 返り討ちにしてくれるアル!」
ホァァァァァァァ! と雄叫びを上げながらマーシャルはヌンチャクを振り回す。
シンは溜息を吐いてゆっくりとマーシャルに近づき、あっさりとヌンチャクをり過ごして鼻っ面に拳を
叩きつけた。
「ホァッチャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
奇声を上げながらあまりにも呆気なくマーシャルは吹っ飛んでいき、剣の詰まった樽に突っ込んで
動かなくなった。
「あー……もっと鍛えろよ」
罪悪感を感じないでもなかったが、冷静に考えれば襲われたのは自分のほうかと思い直して近くに
飾られていたナイフを手に取る。
――……これ結構いいものなんじゃないか?
サイズ自体は自分の持っているものとそう変わりはないが、重さが増している。かといって使いにくい
というわけでもなく、手に吸い付くようにフィットしたグリップのおかげで扱いやすくかった。
「マーシャル、悪いけどこれ借りてくから」
いまだのびているタイツ男にそう告げて、シンは外の気配を探った。
――? 静かだな……
不自然な静けさにシンは眉根を寄せる。思い返せばこの店に突入してからフリーダムからの攻撃を
受けていないのだ。
警戒を強めながらシンはゆっくりと店の扉を開ける。遠巻きにこちらの様子を窺う人の壁が見えた。
――ってことは、まだ近くにいるな……
緊張でカラカラになった喉を唾で潤し、そっと店の外へと踏み出す。
――? なんだ?
ふと、周りからこちらへ視線を送る人々に違和感を覚えた。
確かにこっちを見ている。しかし何人かはわずかに視線が逸れていた。
ちょうど、自分の真上くらいに……
「っ!?」
身体に電流が走ったような感覚に弾かれるように振り返り、上を見上げる。
――いたっ……!
自分を見下ろし、銃口を向ける少女。
避けるのは不可能。突然の事態に反応できたのは、相手の姿を視界に捉えられるまでだった。
「…………」
冷たい視線。無駄な言葉など一切口にせず、フリーダムは引き金を引いた。
ほぼ同時に、シンはナイフを射線に割り込ませた。
こんな小さな刃でどうにかできるはずもないというのに、何故か身体は反応していた。
そして、
――バシィンッ!
鉄板に何かを叩きつけるような音に、シンもフリーダムも驚いていた。
――アンチマジックのナイフか!
衝撃にたじろぎながらもシンは直感で自身が握る刃の性質を把握した。
マーシャルの店は曰く付きの武器も多々取り揃えている。これも数ある内のひとつなのだろう。
「だがっ!」
フリーダムは羽と腰の砲門を展開させる。
魔法を無力化できるとはいえ、その範囲はせいぜい二十センチ程度の刃のみである。最大で五つ
の目標を同時に攻撃できるフリーダムにとってそんなものは紙の盾よりも破るのは容易いだろう。
「これなら!」
「くっ」
シンは歯を食いしばる。
逃げられるか? と考えたが辺りを見渡しても身を隠せるようなものはない。いや、そんなものがあったところであのフリーダムの砲撃を防げるのかという疑問が頭の中で渦巻き、動くことができずにいた。
……四つの砲門に光が宿る。鋭い視線が決して自分を逃がさないと宣言していた。
「死……」
フリーダムの口が開く。しかし言葉が発せられかけたと同時に切れ長の瞳が左へ流れ、翼を広げな
がら背後にバク宙した。
「ちぃっ……!」
ギリギリのところで避けた光の弾丸が飛んできた方をフリーダムは睨みつけ、それに倣うようにシンも
同じ方向を目を向ける。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「デス子!?」
フリーダムに突撃する紅の翼。肩から光の刃を引き抜き、勢いもそのままに叩きつける。
――ババババババババッ!
逆手で抜いたフリーダムのビームサーベルとデスティニーのフラッシュエッジがぶつかり合い、
接した部分で光が弾ける。
「……貴様がデスティニーか」
「マスターに……何をする気ですかっ!?」
抑揚もなく事実を確認するように語るフリーダムと、目と声にありったけの怒りを込めてぶつけるデス
ティニー。
初めて出会った二人は、この一撃で自分にとって互いがどんな存在なのかを察した。
「何をしようが私の自由だ。だが、邪魔をするなら貴様も排除させてもらう」
「そんな勝手なことっ……!」
声を荒げるデスティニーだが、わずかな隙を突かれて蹴り飛ばされ、空中でバランスを崩してしまう。
「フン……」
フリーダムは翼からビーム砲を展開し、デスティニーに狙いを定める。元が強力なプラズマ収束ビー
ム砲だ。デスティニーといえどあれを受ければ一撃で大破しかねない。
それが分かっていたシンは思わず声を上げそうになった。デスティニーもまた窮地に陥ったことを
知って、しかしシンの身の安全を最優先として焦りを押し殺した。
『……あぁ、そのままだデスティニー。その位置がいい』
「っ!?」
『変に動いて当たるなよ』
頭の中で響いた声を信じ、デスティニーはそのまま地面へと落下する。その軌跡の先へとフリーダ
ムは銃口を向け、引き金に指をかける。
――ドゥッ!
二条の赤い光の束が放たれる。
空を裂くように伸びたビームは狙いを外すことなく目標へと辿り着き、
フリーダムとデスティニーの間を、遮るように貫いた。
「なっ!?」
誰もが驚きにある方向へと目を向けた。
街の住人も、フリーダムも、デスティニーも、そしてシンも。
「フ……」
光が放たれた地点、数十メートル先でブラストインパルスは両脇にケルベロスを構えながら、いつも
のように不敵な笑みを浮かべていた。
最終更新:2008年09月06日 18:48