<さくらとプリムラと~Cherry blossoms&Primula~>
「は~い、今日はここまで~!」
チャイムとともに威勢のいい声が教壇から授業の終了を告げる。本日最後のお勤めが終わったことでざわつき
に埋め尽くされた教室で、それでもなお全員に行き渡るほどの声が放たれた
「SHUT UP! そんなにはしゃがないの。すぐに戻るからちゃんとHRの準備をしておくように! それじゃね~!」
満面の笑みを浮かべ、ツインテールをひょこひょこと揺らしながら退室する小柄な教師をぼんやりと眺めながら
シンは呟いた。
「……未だに信じられないな、あれ」
「何が、とは聞かないが同意しておこう」
前に座るレイからも共感を得られたが、おそらくはこのクラスの全員が大なり小なり思っていることだろう。あえて
口に出さないだけで。
……それはまさに嵐のような出来事だった。
彼のクラスを担当していた国籍不明・年齢不詳・本名不明瞭だった白髪の黒人教師、アウグストゥスが「趣味の
地球皇帝が忙しくなってきたのでこれにて失礼仕り(原文ママ)」という謎の書置きを残して失踪したのだ。当然そ
の日は担任不在で一日が過ぎたのだが、翌日から臨時ではあるが新しい担任がくるということが告げられたのだった。
――それでやってきたのが……
シンの思考とシンクロするかのようにドアが開け放たれる。
「おっまたせ~! さぁ、張り切っていってみよ~!」
出て行くときと何ら変わらない笑顔で新担任――芳乃さくらは常時ハイテンションを発揮しながら高らかに宣言した。
小学生として紹介されても十分信じてしまうほど小柄な外見でありながら、年はなんとシンたちより一つ上であ
る。生物を筆頭に物理・数学・英語・情報処理と多くの授業を手がけるオールラウンダーな教師であり、アメリカの
大学を飛び級して植物学の博士号まで取得しているIQ180の天才少女……もとい天才教師である。金髪のツイ
ンテールに青い瞳と日本人離れした容姿をしているのだがその出自は定かではない。6年間アメリカで過ごして
いたということで板書された文字が三千世界の遥か彼方の言語と化してしまうのが生徒側としては困ったところな
のだが、人当たりもよく面倒見もいいという昨今では希少価値ではないかというほどの教師らしい教師だった。
……まぁ、前任が前任なのだから尚の事そう実感させられるのだが。
「なんていうか、いつの間にか違和感なく馴染んでるよなぁ」
文化祭、そして期末テストの連絡事項を右から左へ聞き流しつつシンはしみじみと呟く。
「たった三日でこの雰囲気をものにしたのだからな、大したものだ」
さらさらとノートに連絡を書き写しながらレイは相槌を打った。余談だがこのノートは彼自身のためではなく後で
泣きついてくるシンやヨウラン、ヴィーノらのためのものだった。
「ま、最初の挨拶があれだしな」
思い出してシンは危うく吹き出しそうになる。
「お控えなすって! 手前、遠くアメリカからやって参りました芳乃さくらという不束な者です!」
あまりにも時代錯誤な、そしてあまりにも侠らしい一声だった。
それで緊張した空気が和んだのか、クラスの大半とすぐさま打ち解けてしまったのだから見事という他ない。
もっとも、その会話の中で「スシ、テンプーラ、フジヤマ~」と別の意味で時代を間違えたテンプレ通りの日本を
勘違いした日本人であることが知れ渡ってしまったのだが。
「さて、連絡は終わりかな。あ、アスカ君とプリムラちゃんは後で私とちょっとお話しよっか」
唐突に名前を呼ばれ、シンは頬杖をついたまま驚いたような表情で教壇を見つめた。
「は、え? 俺……ですか?」
「うん。サボらずにちゃんと二人で来てね。でなきゃ明日の朝に校庭100周と階段うさぎ跳び50往復だから」
わけも分からず戸惑っていると、鋭い視線がシンの元へと殺到した。いわゆる愛すら感じるほどの殺意混じりで。
「……ヤメテ、『またお前か』ッテ目デ俺ヲ見ナイデ」
目下勢力拡大中の大しっと団の脅威を肌で感じながらか細い声で抗議の声を上げる。無論そんなもので憤怒
の炎が鎮まる漢たちではないのだが。
「うにゃ、なんか険悪なムードだね」
場の空気を察してか、さくらはう~んと唸り始めた。
――やった! ぼくらの先生はKYじゃなかった!
心の中で喝采をあげるシンだったが、
「じゃあ職員室でお話だね。遅れたらさっきのメニューに+50ずつだから」
にこやかに絶望を叩きつけられて心の中で血を涙した。
「……担任が 空気を読んだと 思ったら 見事なまでに 裏切られたよ」
「見事な短歌だった。いってこい、拾える骨があったら拾ってやる」
HRの時間が終わり、さくらが廊下へと姿を消す。
「――あぁ、逝ってくる」
扉が閉まる音をゴングにして、鬼神と化した男たちが凄まじいほどの気迫を放ちながらシンの席へと飛び掛っ
てきた。
「いらっしゃいませクソ野郎どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ヤケクソな雄叫びを上げ、シンは振り上げた右足で第一陣を一掃した……
「はぁはぁ……息を吸えるっ! 息を吐けるっ!」
一年校舎の三階から一階の職員室まで、シンは驚異的な無呼吸運動によって追っ手の影すらも付いて来れ
ないほどのスピードで目的地まで辿り着いていた。職員室前で待ち伏せを受ける可能性もあったが、それすらも
追いつかなかったらしい。不幸中の幸いとはこのことだろう。
「……やっと来た」
そして、何故かそのシンよりも早くプリムラは職員室の前で待機していた。腕の中には相変わらず二匹の猫が
ぶら下がるように抱き締められている。
「っていくらなんでも早いだろ? どうやってここまで来たんだ?」
「あとで分かる」
表情を欠片ほども変えずにさっさと職員室に入っていった。
「……あー、なんかまた嫌な予感がする」
ぼやきつつもその背中を追うしかないシンだった。
<さくらとプリムラと~Cherry blossoms&Primula~ 2>
私立城塞南学園、通称城南学園は国内有数のマンモス校である。
当然ながらその膨大な生徒の数に応じて教師・講師も多数勤めており、各学年の校舎の一階はほとんど職員
室が占めているほどなのだ。
「失礼しまーす……」
そろそろと扉を開けてシンは小さく入室の際の定型文を告げて入室する。そこには数十人もの教師が所狭しと……
――いない?
デスクがずらりと並んでいるただっ広い部屋の中は気味が悪いほどに人気がなかった。部屋にいるのはシンを
除けばたった二人、プリムラとさくらだけである。
「アスカ君、そんなところで何やってるの?」
その声を聞いて我に返ったシンは慌てて二人のところへと歩み寄る。デスクがあるとはいえ競泳プールほどの
広さの部屋にたった三人しかいないという妙に落ち着かない状況の中で話が始まった。
「さくら先生、なんで俺たち呼ばれたんです? っていうかなんでこんなに人がいないんですか?」
「ん~、それに答えるのは簡単といえば簡単なんだけど……」
どこか言いにくそうに口ごもるさくらの様子を怪訝に思いながらも、シンは黙って続きを待った。
「私たちが説明しても構わないかな?」
突如上がった男の声に弾かれたようにシンは振り向く。
いつの間にここに現れたのか、二人の男が立っていた。
片や着流し姿の筋骨隆々な大男。片や飄々とした印象を抱かせる優男。
――……ウソだろ?
キリキリキリという擬音を立てながらシンは巻き戻された映像のように向き直る。曖昧に笑いながら困ったように
眉根を寄せるさくらと、相変わらずの無表情で佇むプリムラの姿があった。
「自己紹介は、必要かな?」
ポン、と優男に肩を叩かれてシンは大げさなほどに身体を震わせる。
「なんだなんだぁ? 男ならもっとシャキッとしろシャキッと!」
質問に答える余裕もなく口を開閉させるシンに今度は大男が話しかけてくる。
「な、なんで……!?」
シンがなんとか搾り出した言葉は中身も何もない単純な疑問だった。
「なんで神界と魔界のトップがこんなところに!?」
大男と優男――『神王』ユーストマと『魔王』フォーベシィ、二世界の王を交互に指差しながら――命知らずにも
ほどがある行為だったが――シンはさくらに向かって問い詰めた。
「えっとね、一つ目の答えなんだけど、用があるのは私じゃなくてこの人たちなんだよ」
ますますシンは混乱する。魔法も使えず、ただの一般人である自分に異界の王たちがいったい何のために? と。
――まさか……
青ざめた顔で自分の右手を見つめる。絶望的な予想がぐちゃぐちゃになった思考に瞬く間に浸透していった。
「それで本題なんだが……」
「いやですね、俺個人としては悪意の欠片もないつもりなんですがこの右手は何の因果かそんな結果を掴んで
しまうというとても厄介かつ面倒事の根源であって気付かないうちに発動してしまったとはいえ命だけは勘弁して
もらいたいのですが!」
神王の言葉に割り込む形でシンは慌てて叫んだ。神王は突然のことで言葉を止めてしまい、魔王もまた彼の
予想外の行動に驚いていたようだった。
「あちゃー……」
シンの後ろでさくらが呆れた声を上げた。
「え、あれ? 違っ……うのでありますか?」
強引に敬語へ切り替えたシンに苦笑いを浮かべつつ、魔王は口を開いた。
「いやいや、そういう話じゃないから安心してくれて構わないよ」
恐れ多くも神界と魔界のプリンセスにパルマしてしまったわけじゃなかったのか、とほっと息を吐くシンに向けて
神王は補足する。
「それに、そんな話ならわざわざ手間は掛けねえよ。問答無用で神の怒りってヤツを叩き込むだけだからな」
「……ですよねー」
巨大な拳をキャッチャーミットのような掌に打ち込んで豪快に笑う巨漢に、シンは渇いた笑顔で相槌を打つ。
――鎮まれ、俺のパルマよ。少なくともあの二人には発動するなよ絶対に! 死ぬから! マジで!
と胸中で連呼しつつシンは手遅れにならなかったことを神に感謝……はせずとも不幸中の幸いだったと安堵し
ていた。
「けど、それじゃあ話って何なん、でありますでしょうか?」
「そうかしこまらなくてもいいよ。こうして人払いまでしてるしね」
だからこそ緊張しているのだが、と言いたげなシンの視線を受け、それでも魔王は余裕の態度を崩さずに語る。
「では本題に入ろうか。まず、プリムラのことなんだが……」
魔王からの説明を聞き、シンは鸚鵡返しのように呟いた。
「人工生命体、って……」
「読んで字の如くだよ。神界と魔界、二世界の技術の粋を尽くして作り上げた人工生命体第三号、それがプリムラさ」
自然と視線がプリムラへと集まる。さくらの配慮からか、両手を取られて「せっせっせーのよいよいよい」と懐かし
のアルプス1万尺に無表情で勤しんでいた。
「でもそんな、なんで」
意味を成さない問いかけがシンの口から漏れ出す。だがそれをも見越していたかのように神王が答えを出した。
「そいつが必要だからだ。ある魔法の研究のため、どうしてもプリムラって存在が必要だった」
「はっきり言って私たちよりも潜在的な魔力は遥かに上だよ。何せこれ以上はないというくらい強化したからね」
シンの頭が再び混乱の極みに陥る。魔法という知識がほとんど皆無な彼にとっては出てくる数々の情報を処理
できずにオーバーフローを起こしかねない状況だった。
「あ、分かってるとは思うけどこの話は部外者には話さないでくれたまえよ。経験はないが、記憶を消す魔法はな
かなかキツイという話だしね」
「ってそれじゃあなんでそんな話を俺に!?」
ようやく理解できる箇所に脊髄反射の勢いでシンは叫んだ。しまったと背筋に嫌な汗が噴き出してきたが、そんなことは気にも留めずに説明をし始めた。実にフランクな王様たちである。
「先にも話したとおりプリムラの魔力は絶大なんだが、それを制御することができないんだよ。無理に使おうとす
れば暴走する可能性もある」
暴走、たとえ魔法に疎くてもそれが危険なことであるというのは明白だった。
「暴走、ってそんなにヤバいんですか?」
「ま、この学園程度なら跡形も残んねえだろうなぁ。この国の地図が変わっちまうくらいは十分にありえる話だ」
事も無げに告げた神王の言葉にシンは絶句する。あまりにもスケールが大きすぎて逆に実感が湧かないほど
だった。ましてこの小柄な少女にそんな凄まじい力を秘めている、というのはどうにも想像し難い話である。
「けどね、その魔力の制御を稟ちゃん――あぁ、土見稟のことだよ?――、というより楓ちゃんの家で暮らすように
なって徐々にだが身に付け始めているんだ。本当に微々たる進歩ではあるんだがね」
――なるほど、まぁそういうことじゃなきゃ学園に通わせるわけないもんな……
と、そこで疑問が生じる。家での生活で安定しているからといって学園に編入というのは唐突すぎないのか?
「そこで関わってくるのが兄ちゃんってわけだ」
兄ちゃん、というのが誰を指しているのか分からなかったが、しばしの後シンはおそるおそる自分を指差した。
「俺……ですか?」
神王と魔王が頷く。
「じゃーんけーんぽんっ! あっちむいて……ほいっ! やったー! また私の勝ちー!」
「もう一回」
固まるシンの背後で、金銀ツインテールの二人は地味に白熱した闘いを展開していた。
「いやいやいやなんでそこで俺が出てくるんです!?」
「簡潔に言えば、プリムラが自分から接触した二人目の人間だからさ」
……魔王の説明を要約すると、プリムラが他人と関わることで情緒を学んでいくことが膨大な魔力の制御を可
能とする重要な要素ではないかという仮説が立ったらしい。そこでプリムラが興味を持った人間と生活する中で
変化を見る、ということが人工生命体の研究機関で決定したのだ。
「まぁ、友人は多いに越したことはないってことさ」
爽やかに笑う魔王に疑いの眼差しを向けるが、シンは大仰に溜息を吐いて心を決めた。
「つまり、プリムラの魔力を暴走させないようにして友人として付き合っていけってことですよね」
「あぁ、その通りだが……いいのかい?」
は? とシンが呆気に取られた顔で聞き返す
「だってそのことで呼んだんですよね? あ、それだ。俺の知り合いにもプリムラ紹介してもいいですか? 人工
生命体のこととかはもちろん伏せますけど」
「まぁ、それはいいんだが……」
何故か戸惑いを見せる神王と魔王の様子をシンは不思議に思ったが、直後に背後で上がった小さな笑い声に振り向いた。
「もうお話は終わりだね。それじゃアスカ君、リムちゃんをしっかりエスコートしてあげてね」
「……それは一緒に帰れってことですか。そしていつの間に愛称で呼ぶ仲になってるんですか」
プリムラを後ろから抱き締めつつ満面な笑みを浮かべるさくらに対してシンは呆れながらもツッコミを入れる。
「女の子は一緒に遊んだらそのときから友達なのだよ!」
なんとも早い友情の成立である。心なしか困ったような表情のプリムラに軽く同情を覚えるシンだった。
「あ、リムちゃんを送るっていっても送り狼になっちゃ駄目だよ?」
「誰がなるかっ!!」
シン・アスカ、ツッコミの自己最速記録を叩き出した瞬間であった。
最終更新:2008年07月25日 00:00