<さくらとプリムラと~Cherry blossoms&Primula~ 3>
「いやはや、まさかあそこまで早く承諾してくれるとはね」
「逆に拍子抜けしちまったぜ。悶着の一つや二つはあると思ってたんだがなあ」
三人だけになった職員室にて、神王と魔王は安心したような、しかしその中にわずかながら不安を宿したような
表情で互いの顔を見やっていた。
「いろいろある子だから、あんまり無茶なことじゃないなら受け入れられるんじゃないかな?」
「こちらとしては結構無茶な部類になるんだけどね……さて」
軽く咳払いをし、魔王は真剣な面持ちでさくらと向かい合った。神王もそれに倣う。
「そろそろ『本当の』本題に入ろうか。一応、念には念をということで」
魔王が指を鳴らすと、窓という窓が真っ黒に塗り潰された。同時に部屋の外から一切の音が聞こえなくなる。
この瞬間、職員室は外界から隔離され物音一つすら漏らさぬ閉じた空間に移動したのだ。
「改めて挨拶させてもらうよ。私の名はフォーベシィ、君の魔界を代表して例の件のことを窺いに来た」
「ユーストマだ。まー坊……じゃねえや、フォーベシィと同じく神界を治める王としてあの話を詳しく聞きたい」
二人に続き、さくらもまた心持ち表情を引き締めて口を開いた。
「芳乃さくらです。お二人のことはおばあちゃんから聞かせてもらいました」
「ん~……良い話だといいんだがねぇ」
苦笑しつつ魔王は呟く。過去の古傷なのか微妙に顔を引きつらせていた。
「あの話……アスカ君のことだけど、結果から先に言えばとっても灰色だね」
その言葉に二人の王が纏う空気に緊張が走った。先を促す視線にさくらは一度頷き、詳細を語り始める。
「この三日間だけでもアスカ君の周りが凄く不安定なのがよく分かったんだ。普通に暮らしているのが不思議なく
らい何が起こってもおかしくない空間が彼の周りにあるんだよ」
幸運か不幸かという話ではなく、シン・アスカの周囲ではどんな因果でも引き寄せてしまう可能性があるとさくら
は締め括った。
「ここの学園の、なんだっけか……涼宮とかいうのとは違うのか?」
「あの人の場合は願望を無意識の内に現実に反映させてしまうものだから、似てるようで違うよ。アスカ君の場合は本人が望む望まないに関わらず極端な因果に巻き込まれてしまうものだから。99%の日常よりも1%のトラブ
ルを招きやすいって言えば分かりやすいかな? まったく逆のことも同じだけど」
神王と魔王は唸る。今までシンのことを監視させていた者からの報告と照らし合わせるとこの答えには納得する
しかなかった。
「……では率直に聞くけど、彼がプリムラに与える影響はどれほどのものかな?」
現状では、プリムラの魔力は安全装置の掛かっていない核爆弾と同じである。それにシン・アスカという異質な
要素が関わることでどうなってしまうのか? それが今回二人が直々に足を運んだ理由だった。
「まだ詳しいことは分からないけど、今日明日にでもどうにかなってしまうようなことはないと思う。彼の場合はどん
なことが起こってもおかしくはないけど、世界がどうにかなってしまうような強い力じゃないから」
彼自身に限定するならありえない話でもないけど、と補足してさくらは説明を終えた。
「もしプリムラがシン・アスカと関わって何か変化が生じるなら、それは彼の特異性によるものではないということか
……いやーありがとう。これでネリネちゃんを悲しませるようなことはしなくて済みそうだよ」
「シアの奴も心配してたしな。とりあえずはでっかく構えてもいいってことだな」
再び魔王が指を鳴らす。窓の外に景色が戻り、校舎の中に響くざわめきや足音が帰ってくる。
口では気楽なことを言ってはいるが、目に見えて二人の顔から険が取れていた。
「ま、それでもしばらくは様子見させてもらうがな。あの兄ちゃんには悪いが、まだ完全に信用できるわけじゃねえからな」
「それが妥当だろうね。彼の周囲には不穏な動きを見せる連中もいるようだし、致し方ないか」
プリムラの善き友人になってほしいという本音もあれば、同時にシンに対してさらに監視の目を張るという本音もある。
神界と魔界、二世界を統治する者たちにとっては未知であるシン・アスカの存在は危惧すべきものだった。
「大丈夫だよ」
そう言いながらさくらは窓の外に目を向ける。神王と魔王もまたその光景に目を向けていた。
「アスカ君はね、リムちゃんみたいな子をほっとけないだけなんだと思うんだ」
その先には、家路を行く生徒たちに混じって銀髪の少女と黒髪の少年の姿があった。
――ま、予想してたほど厄介じゃなかったか。
蓋を開けてみればそう大したことでもなかったとに安心しつつシンはプリムラと並んで帰路に着いていた。
いつも以上に視線が集まっているようにも感じたが最早シンの心に動揺もなければ恐れもない。ことりや朝倉の
こともあってか今さら新たな波風が立ったところであまり現状に変わりはないと分かっていたからだった。
人それを、達観という。
「……目が死んでる」
「せめて種割れアイと言ってくれ……」
精一杯の強がりもあっさり見破られ、シンは血の涙を流しかねないほどに凹んだ。すでに平穏な日常というもの
から離れて久しい彼にとっては分かってはいても認め辛いものでもあった。
――結局、厄介なことにはなりそうなんだよな……
シンは憂鬱な溜息を吐き、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「なぁ、プリムラは嫌じゃないのか?」
「……何が?」
真正面を向いたまま聞き返してくるプリムラに軽く面食らいつつも、シンは質問に答える。
「ほら、俺が友達になるとかそんな話……」
「いい」
即答だった。思わず目が点になってしまうほどのスピードだった。
「それでいいのか?」
「それがいい」
ならいいか、と誰にともなく呟いてシンはふと笑みを漏らす。転入直後ということもあってか、クラスの中では
浮いている部類に入るプリムラだったのでそこが気がかりだった。
「そういえば、結局どうやって俺より早く職員室に来れたんだ?」
「魔王と一緒に飛んできた」
「あー……」
魔法のあんまりなくらいのチートっぷりに曖昧な相槌を打ち、シンはプリムラと並んで学園を後にした。
「さて、これはどうしたものかな」
荒れ果てた教室を見回してレイは嘆息する。辺り一面に散乱した机や椅子がここで起こった戦いの凄まじさを
物語っていた。
「ご……ごふっ」
その下に埋もれるように倒れいているヨウランとヴィーノがいた。正確に言えば彼らだけでなく、襲撃の第一波と
してシンに襲い掛かった大しっと団の面々と共に、だが。
「……全員ではないとはいえ、これだけの人数を相手取るとはな。シンも腕を上げたな」
「か、感心してないで……助けろよレイ」
「久々の出番だってのに、こんな役目なのかよ俺たち……」
呻く二人を華麗にスルーし、帰り支度を済ませたレイは何故か先ほどから窓の外を眺めている朝倉に声をかける。
「朝倉、俺はもう帰るが、お前はどうする?」
「私はちょっと用があるから。気にしなくても大丈夫」
「そうか」
レイは後ろを振り向くことなく教室から出て行った。その背中を見届け、朝倉は再び下校の人波を見下ろす。
視線の先には、シンとプリムラがいた。
(さっきの一時的な空間遮断……神界か魔界、あるいはその両方と接触したと見て間違いなさそうね)
いかに神界と魔界の魔法技術が人間界のそれと比較して高度なものであっても、空間そのものに干渉出来る
ほどの腕を持つ者は少ない。さらにその中でシン・アスカという『特異体』とあの少女、プリムラの両名を呼び出す
必要があった者、となると自ずと答えが導き出される。
(監視の目も厳しくなってるし、ちょっと辛いかなぁ)
朝倉の目には幾重にも張られた結界がシンを取り囲んでいる様子が鮮明に映っていた。もちろん周りを歩く生
徒も、結界の中心にいるシンたちすら見ることは出来ないものなのだが。
「……長門さんは涼宮さんに付きっ切りだし、しばらくは一人でなんとかするしかないわね」
溜息をひとつ吐き、朝倉も教室を出ようとする。が、それを見たヨウランとヴィーノが屍寸前の身体に鞭打って声
を絞り出す。
「あ、あれ……委員長? 俺たちは、無視?」
「保健室、っていうか……救急車呼んでほしいとこなんだけど……」
「ゴメン、それ無理」
あどけない笑みで死刑宣告を受け、大しっと団を代表する二人は白目を剥いて力尽きた。
(……コノ恨ミハ、ミンナアイツニ叩キツケテヤル)
(トリアエズ、今夜カラ見張リノ数ヲ増ヤスカ……)
そんな思いを胸で燃やし続けていたので一命はなんとか取り留めたんだそうな。
<さくらとプリムラと~Cherry blossoms&Primula~ 4>
翌日、シンは寝ぼけ眼をこすりながら登校していた。
「眠い……」
昨晩、何故か異様なほどの数の気配を感じて寝付けなかったので睡眠時間がほとんど取れなかったのだ。合
計で二時間ほどしか寝れていないのだから絶えず睡魔が襲ってくるのも無理はない。
「レイの奴もいなかったしなぁ……話し相手がいれば少しはマシになるってのに」
今朝は珍しく早く起きてしまったのだが、レイはすでに学園へ向かっていたようだった。特に用があるとは聞い
ていなかったので首を傾げながら一人で登校することとなったのだ。
そして現在、あくびを噛み殺しながら独り言をブツブツと呟きつつ一人で登校するに至る。
「ここいらで誰かとエンカウントしないと寝ながら登校する羽目になりそうだ」
ふと天を仰ぐ。どこまでも青く澄み渡った空には、かつての担任が爽やかな笑みを浮かべて……
――今、幸せかい?
「……ヤバイ、かなりきっつい幻覚まで見えてきた」
眠気との闘いに疲れ果てたせいか妙なトリップまで体験してしまった。頭をふらふらと揺らすシンは傍から見れ
ば今にも倒れてしまうのではないかと不安を掻き立てられるほどに危うい状態だった。
「――うにゃー」
その声を耳にして、シンの精神は一瞬にして臨戦態勢に移行した。上下左右、全方位に気を張り巡らして気配
を探る。
主に、
『おっと、これはこれは。随分とバッドトリップしてるなマイブラザ。ここはひとつ、我輩と共に流行のメタボリックと
洒落込んで完全無欠の夜型体質に人体改造してみないかね?』
などとタバコを吹かしながらダンディなヴォイスで告げる二足歩行黒ネコ(のようなモノ)であったり、
『にゃにゃにゃ、ウサデレが真っ赤な目をさらに紅に染めて登校とかしてやがりますよ? 不幸なオーラをぷんぷ
んと漂わせるさっちんクラスの不幸なアナタに、ワタクシプレゼントなんぞを贈りたくなってまいりました』
などと言ってくさやを投げつけてくる学園の保健医似の声な二足歩行白ネコ(のようなモノ)だったりするのだが。
「あれ? アスカ君?」
ひょっこりと姿を現したさくらにシンは飛び上がるように後ずさった。
「さ、さくら先生!?」
「おはよう! アスカ君は早起きなんだね」
よきかなよきかな、と頷くさくらから視線を外せずにシンはうまく働かない頭をフル稼働させてなんとか言葉を紡いだ。
「えっと、さくら先生? 頭に乗っかってるそれはいったい……?」
おそるおそる指差しながら尋ねてみた。実際のところ、突然さくらと遭遇したことよりも『それ』を目にしたことで警
戒心を根こそぎ持っていかれたのだった。
……それは、あえて言葉にするならば『猫のようなこけし』だった。
顔には目以外のものが存在せず、しかもその目すらも二つのひし形の中心に黒い線が縦に描かれているだけという
シンプル極まりない造形だった。体も体で手足がどこを見ても見当たらず、そもそも真正面から見ると台形にしか見えない
不思議体型である。
「うたまるのこと?」
聞き返すさくらに合わせたのか、頭上の物体が「にゃー」と声を上げた。
「鳴いたっ!? まさかこれナマモノっ!?」
生まれて初めてUMAを肉眼で確認したシンは愕然とした表情でうたまると呼ばれた生き物らしきものを見つめた。
「いやいやいや、落ち着け俺! ひょっとしたらS○NYあたりが造ったロボットかも!」
「うたまるは普通の猫だよ?」
「どこがどう普通って言ってんだそれ!?」
「見ても分からない?」
「見たけど分からん!」
ペースを乱されっぱなしだったせいでつい普段の言葉遣いになってしまった。
「あ、その、すいません。つい……」
我に返ったシンは慌てて頭を下げたが、それを見たさくらはくすっと小さく笑みを浮かべていた。
「気にしない気にしない。学校に着くまではボクはただのお姉さんだから!」
友達感覚で全然おっけー! とVサインまで突きつけられた。
お姉さん、という単語に激しく違和感を覚えつつ――実年齢はともかくとして外見から――シンはとりあえずい
つもの口調で話すことにした。元々苦手である敬語を、この寝ぼけた頭で使い続けるのも厳しいと判断したから
だった。
「……じゃあ続けるけどさ、その、うたまる? ってのは?」
「ボクの友達だよ」
……友達ときた。さくらの頭上にどこか悠然と佇む奇怪な生物をシンは半眼で睨むが、直後に首がぐるりと一回転した。
「リンダ・ブレアっ!?」
「うにゃ? エクソシスト?」
しばらくの間、シンはうたまるの一挙一動に過剰な反応を見せつつさくらと並んで学園へと向かった。
「そういえば、アスカ君って一人暮らしだっけ?」
質量を持った残像を引きずりながら跳ね回るうたまる相手に肉体の限界に挑むかのような速さで追従していた
シンは、そこで動きを止めた。
場所はすでに桜通り、学園まで歩いても五分とかからぬ場所でさくらは舞い散る花びらの中心で空を見上げて
いた。いや、その視線はここではない『何か』を懐かしむように見つめているようにも見えた。
「あぁ、そうだけど」
「寂しくない?」
一瞬息を詰まらせるが、一面に咲く桜に目を向けて答える。
「……いや、今はレイやことりたちもいるし」
季節は秋、しかし周りに広がる彩りは鮮やかなほどの春。まるでここだけ時が止まってしまったようにも思える。
枯れない桜、今では誰もが受け入れてしまった風景を眺めながらシンはかつての自分を思い出していた。
――ここはあのときから全然変わらないな。
二年前の、家族との死別。誰が悪いというわけでもない事故でシンは大切な人を一瞬にして失った。
父も、母も、妹も。綺麗な亡骸であったことだけが救いといえば救いであったのかもしれない。唯一無事に残っ
たマユの携帯電話は今でも肌身離さず持ち歩いている。
そうしてシンは孤独となった。両親の蓄えがあったおかげで日々の暮らしに大きな影響はなかったものの、彼
の心に空いた穴が塞がることはなかった。
その理不尽な喪失感はシンを苛立たせ、やがて心に強固な壁を作り上げてしまった。周囲の人間を拒絶し、
中等部を卒業するまで彼はずっと一人だった。
それは高等部に入ったところで変わらない、そう漠然と考えていたのは他でもないシン自身だった。
――けどまぁ、ずいぶん変わったよなぁ俺も……
ひらひらと揺れる桜に苦笑が滲む。たった半年で進学当初からは考えられないほどに周りが騒がしくなった。
レイやルナマリアと出会い、ことりと出会い、朝倉と出会い、プリムラたちと出会い、何故か大学部の通称『エー
ス』たちとも知り合い、夏休みを経て志貴やルルーシュたちとも出会った。
今となっては平穏を乱す厄介者でしかないが、ヨウランやヴィーノとも付き合いはかなり長い。
そして……『彼女』との出会いと別れ。
「そっか」
過去に浸っていたシンをさくらの呟きが引き戻した。
「私はね、向こうでずっと寂しかったんだ」
風に揺られて黄金色の髪がさらわれる。そのどうしようもなく儚い光景から、目を離すことができなかった。
シンはさくらのことをほとんど知らない。担任と生徒として知り合ってたった三日ではその程度が当たり前だろう。
それは彼女も同じのはずだ。
だというのに、シンはさくらに懐かしさすら感じる孤独さを感じていた。
自分と同じとまでは行かずとも、似たような境遇であったのかもしれない。
「だからね、ここではいーっぱい楽しんじゃおうって思ってるんだよ!」
桜の花びらとともに小さな身体が舞い踊る。どこか幻想的な雰囲気を感じる光景に、シンは久しく安らぎを感じていた。
「……楽しいか、ウチのクラスの場合はむしろ騒がしいってのがあってる気がするけど」
「そういうのもいいよねー」
――嗚呼、なんか新たな波乱の幕開けな予感……
冗談半分で言ったことに笑いながら即答され、やはり学園という場所は自分にとって鬼門なのだということを
再認識してシンは頭を抱えた。その姿を見てさくらは再び小さく笑い、口を開く。
ザァッ…………!
「――え?」
突然強い風が吹き、梢の奏でる音で紡がれた言葉がかき消された。
「今、なんて……?」
聞き返すが答えが返されることはなく、さくらはそのまま校門へと走っていった。
呆然と立ちすくむシンだったが、ふと先程の光景がフラッシュバックする
――大丈夫だよ。
声は聞こえなかった。読唇術なんて高度な技能を身に付けているわけではないが、何故かそう言ったのだろう
という確信に近いものを感じていた。
――何が大丈夫なんだ?
少なくとも学園での自分の未来は限りなく危うい気がするのだが。
「ほらアスカ君! 早く来なさーい!」
校門の向こう側で立ち止まったさくらが手を振っていた。どうやらここからは教師と生徒の関係らしい。
シンはふっと口の端だけで笑い、担任であり新しい友人でもある少女に向けて声を張り上げた。
「シンでいい……であります!」
強引に敬語に訂正したせいで変な言葉になってしまった。さくらの面食らった顔が見えたが、不意に満面の
笑みへと変わった。ここ三日で最高の笑顔かもしれない。
「シン君! 早う来ないと担任権限で遅刻にしちゃうぞー!」
「ってそりゃ職権乱用だろ! さらにカウントダウンスタート!? だぁっ、分かったよ急ぐから勘弁してくれさくら先生!」
必死に駆け出すシンと楽しそうにはしゃぐさくら、その上で揺れるうたまる。
――桜が咲き誇る空の下で、昨日とは少しだけ違う今日が始まった。
最終更新:2008年07月25日 00:01