小指の爪ほどの大きさに見えるフリーダムを見据えながら、ブラストインパルスは眉間にわずかな
皺を寄せた。
「まさか、こちらでの初の実戦相手が奴とはな」
「あンの野郎……」
低く唸るようなソードインパルスの声が響く。表に出ていたなら砕けそうなほどに歯を噛み締めてい
ただろう。
数分前、パティに頼まれていた品を探していたところでデスティニーからの通信を聞き、
「ブラスト、アタシに代われ! アイツはこの手でブッた斬る!」
「却下だ」
「なんでだよ!?」
即答したブラストに噛みつかんばかりの勢いでソードインパルスは食ってかかる。だがあくまで冷静
にブラストインパルスはその理由を語る。
「奴は飛べる。それもフォース以上の機動性でな。飛行能力のないお前ではいい的になるのが関の
山だろう」
「ぐ……だ、だったらフォースでもいいだろ!?」
「すでにデスティニーが奴のクロスレンジに入っている。そして繰り返すが、瞬間的な加速力ならとも
かく機動性はフォースよりも奴の方が上だ。連携が上手くいかなければ逆にデスティニーの動きを
阻害してしまうかもしれない」
グッ、とブラストインパルスは二門のビーム砲を構え直す。
「そして、私ならばこの距離から奴の位置を完全に把握して狙い撃てる」
魔獣が吠える。巨大な光の束がフリーダムが一瞬前までいた空間を薙ぎ払った。その隙を突いて
デスティニーは二刀を手に再びフリーダムへと斬りかかる。
「ちっ、デスティニーの奴何を手間取ってんだよ」
「……ソード、私がデスティニーにした話を覚えているか?」
「あ? あー……あのことな」
誤魔化した返答に溜息を漏らすブラストに、フォースがふと思いついたように声をかけた。
「ひょっとして、パイロットの腕がどうとか……っていう話?」
「そうだ。元マスターのパイロットとしての腕が確かであろうと、それが我々やデスティニーにフィードバッ
クされることはほとんどない。いや、いっそないと考えた方がいいだろう」
そこで一端言葉を切り、背中のスラスターを噴かす。ホバー移動で真横へと移動したブラストの近く
にレールガンの砲弾が着弾した。
「――だが奴は違う。奴は『ヤキンのフリーダム』だ」
瞬間、インパルスたちの頭の中で過去のデータが蘇る。
伝え聞く限りの話だけでも圧倒的な戦果と、実際に相対した恐るべき性能と技量の数々。
「……機体性能だけの話じゃないってことか」
「そういうことだ。機体性能だけでも後に開発された我々を上回る出力を持っている。デスティニーで
さえどれほど実力に差があるのかも分からない。加えて、デスティニーは先の訓練で疲弊している。
だからこそ、私はここで奴の動きだけでも封じなければならない」
家屋を遮蔽物として巧みにフリーダムの射角から逃れ、死角まで移動したブラストインパルスは肩の
超高初速レール砲を連射する。空中にばら撒かれた砲弾を避けるフリーダムをデスティニーはビー
ムライフルで狙い撃つが、ぎりぎりのところで盾で防がれた。
「ブラストちゃん、そこまで考えてたんだね……」
「と、いうのは建前で」
「建前だった!?」
「わかるだろう? 奴は元マスターを狙っている。これを許せるか? いいや許せない。あぁ許せんさ
許せるものか! この手で、確実に、完膚なきなまでに撃ち倒さなければ気がすまない!」
ギラリ、とブラストの瞳に怪しい光が宿った。それを直接見ることはできなくとも、フォースとソードは
その気配に知らず気圧されていた。
「ぶ、ブラストちゃん?」
「いや、やはりすぐには撃ち倒さない。この世界に生れ落ちたことすらも後悔するほどの苦痛と恐怖を
たっぷりと与えてから塵と灰に還してやる……フフフ、ハハハハハハ! フハハハハハハハハハ!!」
「やべぇ、ブラストがドSモードに入りやがった……」
あまりにも悪役じみた三段笑いにドン引きしながらもフォースとソードは黙ってブラストのアッパー
シューターっぷりをただただ見守るしかなかった。
高笑いと共に放たれるビームとレール砲の嵐。時にはミサイルを一斉に発射しつつ移動を繰り返し
ていた。
だが何度かフリーダムからの反撃を凌いだ後、ブラストインパルスは笑みを消して冷ややかな視線
でフリーダムを睨みつけた。
「……奴め、まだあんな戦い方をしているのか」
え? と聞き返すフォースとソードを無視し、ブラストはさらに砲撃を続けた。
次々に放たれるビームと砲弾の間を駆け抜け、フリーダムは思考を張り巡らす。
(敵は二体、内一体は超長距離砲撃の可能。動きも遅いわけではない、か)
一定距離を保っていることから、向こうも砲撃を警戒しているのだろうと推測した。裏を返せばこちら
も集中していれば見切るのは容易い距離に相手はいるということである。
(そしてもう一体、執拗なまでにこちらの懐に潜り込もうとしている……)
逆袈裟に振るわれた刃を盾で防ぎ、次いで真横から飛んできた一撃をサーベルで受け止める。
(連携の練度はけっして高くない。だが、がむしゃらに突っ込んでくるこいつと冷静にこちらの隙を
狙ってくるあいつ……どうにも相手し難いな)
ふと地上へと目を向ける。自分を見上げるものは数多いが、その中に仇の姿はなかった。
「ち……!」
苛立ちを込めてデスティニーを弾き飛ばす。直後に迫ってきた赤い奔流を飛び越え、翼と砲門を
展開する。
(早々に決着を着ける!)
ハイマットフルバースト――フリーダムの最大の特徴であるマルチロックオンシステムを使用した
多数の敵機に対し正確無比の大火力砲撃を放つ形態である。
そして今、デスティニーとインパルスはその射程の内にいた。
心の引き金に指をかける。
ここでこの二体の動きを封じ、シン・アスカへの道を切り開く。
自らの願いへの渇望を胸に、引き金に力を込める。
「――っ!?」
しかし、遠方のインパルスを見て凍りついたように動きが止まった。
あまりにも無防備な姿。全身をさらけ出し、背部の砲身を構えるでもなく、それどころか腕を組んで
口元に笑みまで浮かべている。
容易く無力化できる。だがフリーダムは撃てなかった。
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
「くっ!」
飛来するブーメランをサーベルで弾く。しかし続いて突撃してきたデスティニーの光を放つ掌底を
受け止めた盾が破壊された。
「っ、奴め……!」
苦々しい表情でフリーダムは吐き捨てるように呟く。
それが誰に対するものなのか、自分自身にも分からなかった。
「そっ……たれっ」
三階建ての家屋――何の建物かは知らないが――の壁をよじ登りながらシンは呻くように毒づく。
一時的とはいえ遠ざかった戦闘音が徐々に近づいてくるのを感じながら、さらに天を目指してひた
すらに右手を伸ばす。
「っ!?」
左手で全体重を支えた瞬間、ズルリという感覚とともに浮遊感に襲われた。
絶叫を喉元で押し殺し、右手を突き出すように伸ばす。一階下の窓枠に指が引っかかると同時に
肩と肘の間接が外れかねないほどの激痛が走った。
「っ……! あいつら、こんなところでっ!」
うっすらと滲んだ涙で視界が歪む。しかしシンは再度壁を登り始める。
思いは一つ、このありあまる怒りをぶちまけてやらないと気がすまなかった。
ケルベロスとレール砲を同時に発射し、ブラストインパルスはフリーダムの反撃が来る前に移動する。
マルチロックオンシステムを搭載していないブラストインパルスではあるが、相手が単体ならば火力
の一点集中によって相手を圧倒することはできた。
しかしフリーダムは空中で翻ると同時に翼の砲身を展開し、反転した状態でビームを放った。
――ズドォッ!
ブラストの右背後で石畳が砕け、もういくつめかのクレーターができた。それを横目で確認し、ブラス
トは確認するように呟く。
「これで三度目……もはや疑う余地はないな」
「おいおいおい、さっきから何をブツブツ言ってるんだよ?」
「何か気付いたことでもあるの?」
怪訝な声を上げるソードとフォースに、呆れた声でブラストは告げる。
「なんだ、二人とも気付いてなかったのか」
「あのなぁ、アタシらは同一存在だけど思考は別なんだから当然だろうが」
なるほどな、と呟きブラストは家屋の陰に隠れてしばし考え込む。
「……口で説明するより、実際に見た方が早いか」
「だからそれはどういう意味……」
「つまり、こういうことだ」
そう言って、ブラストはあまりにも自然に陰から姿を晒した。
「え? えぇっ!?」
「なっ、なに考えてんだブラストォォォッ!?」
「五月蝿いな。どういう意味だと聞いたのはお前たちだろう?」
腕を組んだままブラストは遠くで戦闘を続けるフリーダムを見据える。それから間もなく、フリーダム
が翼と全砲門を広げた。
「ギャーーーーーー! 死ぬっ! 死んじまうっ!」
「はわわわわわわわわ……!」
慌しく騒ぎ始めた二人の声にわずかに眉を顰めながら、しかしやはりブラストに動く様子はなく、
むしろ不敵な笑みすら浮かべていた。
そして、
「あ、え?」
「撃たなかった……?」
フリーダムはコンマ数秒程度ではあるが動きを止め、デスティニーに斬りかかられてフルバーストの
体勢を崩された。
「見てのとおりだ」
「いやいや、サッパリわかんねぇよ! 何でアイツは撃たなかったんだ?」
「なんか、すごい顔でこっちを睨んでたけど……」
フン、と鼻を鳴らしてブラストインパルスはその場で後ろを向く。彼女と視界を共有しているソードと
フォースはその光景に思わず声を上げた。
「なっ!?」
「あ……」
「これが、奴が撃てなかった理由だ」
インパルスの背後、数メートルほど離れた位置に人垣が出来ていた。
遠巻きからこの戦いを見守っていた住人たちだった。フリーダムの攻撃をかいくぐっている内に
知らず近づいてしまっていたのだ。
「私は数度、奴の射線軸に住人らが重なる位置で隙を見せた。結果は構えはするものの撃てない
か、半端な反撃しかしてこなかった」
つまり、と一端言葉を切ってブラストインパルスは断言した。
「――奴は、住人を決して巻き込もうとしない。私に狙われていると知りながらも一定の高度から降りて
こないのも家屋の中にいる人間を巻き込まないためだろうな」
淡々と語るブラストの声には感情の揺らぎは窺えない。しかし、その表情は不快なものを見たかの
ように嫌悪で歪んでいた。
「ってちょっと待て! これってアタシらが民間人を盾にしたんじゃねぇか!?」
「? まぁ見ようによってはそう見えるかもしれんが……」
「見ようによってはも何も完っ全にそうだろうがーーー!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
頭を抱えてのたうちまわっている(ように聞こえる)ソードとひたすらに頭を下げて近くの住人に謝り
続けている(ように聞こえる)フォースの様子にブラストは「絶対に撃たないと確信したからやったのだが
……」と一応のフォローを試みたが、効果がないのを見てきっぱりとスルーすることにした。
「これを利用してデスティニーと連携を取れば奴を落とすのは造作もないだろう、不愉快極まりない話
」だがな」
「不愉快、って?」
フォースの問いに語るのも嫌々だと言わんばかりに溜息を吐いてブラストは口を開く。
「……状況、そして元マスターの性格から先に仕掛けたのはフリーダムと見て間違いないだろう。つま
り、奴は自分でここを戦場に選んだわけだ」
ギリ、という歯が軋む音にフォースは息を呑み、ソードは混乱から脱する。
ブラストは、静かに怒りを湛えていた。
「元マスターの命を狙い、こんな街中で戦いを始めておいて民間人に危害を加えたくない、だと?
考えが甘い、甘すぎる。フォースが作るパウンドケーキ並に甘い!」
「あ~……そりゃダダ甘だな」
「そ、そんなに甘くなんてないよぅ!」
思わず同意するソードと抗議の声を上げるフォースをやはり無視し、ブラストはデスティニーとの
通信を開く。
「デスティニー!」
『は、はいですっ!』
「そちらもそう長くは持たないだろう? これから送るポイントに奴を追い込め。後はこちらで仕留める」
『わ、わかりましたっ!』
指示を終え、ブラストインパルスは再度ケルベロスとレール砲を展開する。
「終わらせる……奴との因縁をここで!」
「はぁっ!」
一息に三撃。瞬く間に繰り出される双刀の連撃を同じく二本のビームサーベルで捌きながらフリー
ダムは眼前の相手を分析する。
(……勢いはともかく、だんだん動きが鈍くなってきたな)
逆手に構えた左手のサーベルの刃を消し、掌中で半転させて突き出すと同時に光を伸ばす。肩口
を狙った一撃は鎧の一部を焼き切ったのみに止まったが、先ほどまで見せていた反応よりも明らかに
遅れていた。
(遠くの奴――インパルスの砲撃も散発的になっている……エネルギーが切れかけているのか?)
もちろんこちらの油断を誘う罠である可能性もある。どちらにせよ、デスティニーを優先して倒すべき
なのは確かだった。
「ふっ!」
小さく覇気を放ち、両手の刃を縦横無尽に振るう。
間断のない斬撃の数々にデスティニーは両手の刃とビームシールドを使ってかろうじて防いでいる
状態だった。
「うっ……」
デスティニーが退く。しかしフリーダムはその分だけ間合いを詰め、さらにサーベルを振るった。
(この位置ならばインパルスの援護も受けられまい!)
勝利を見据えたフリーダムはさらにスピードを上げる。そしてついに、デスティニーの肩を切り裂いた。
「うぁっ……!」
(もらった!)
空中でよろめいたデスティニーに、フリーダムは止めの一撃を放つ。
……一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。
フリーダムに油断が生じたのも、そしてサーベルがデスティニーの残像を貫いたのも。
「なっ!?」
信じられないという表情でフリーダムは光の軌跡を追う。
弱々しい光の翼を広げ、荒い息を吐くデスティニー。そして遠方で哂うインパルスの姿があった。
(――死ぬ……!?)
盾もなく、逃げる時間もない。自身の死の気配を察したフリーダムは逃げなければならないと分かっ
ていながらも動くことができなかった。
――光が煌く。四つの砲門を携えたブラストインパルスを呆然とフリーダムは見つめ、
「おまえら……いい加減にしろぉっ!!」
後ろから響いてきた叫び声に、思わず振り向いた。
最終更新:2008年09月06日 18:47