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悠久幻想曲ネタ-20


屋根の上に上りきった直後、目の前に飛び込んできた光景にシンは息を呑んだ。
 攻勢を見せていたデスティニーが一転して劣勢に陥る。しかし一瞬だけEBMを発動させ、フリーダ
ムの背後へと回り込む。
 残像にサーベルを突き立てたフリーダムは驚愕に満ちた表情で振り返り、動きを止めた。
 ……何故だか分からないが、シンの中で「飛べ」という声が響いた。
 ちらりと下を一瞥した後、屋根の上を駆け端で踏み切ると同時に力の限り叫ぶ。

「おまえらぁ……いい加減にしろぉ!!」

 ぐんぐんと近づいてくるフリーダムがシンへと顔を向ける。さらに驚きを増した表情を見て、不思議な
ことにシンはほっとした。
 ――なんだ、そんな顔もできるんじゃないか。
 場違いなほどに安心した表情でシンはフリーダムを空中で抱きしめ、地面へと落下した。
 刹那の恐怖。浮遊感に幾秒か寿命が縮む思いをしたものの、シンは視界に飛び込んできた『あるも
の』を見て狙い通りの場所に落ちると知って安堵する。
 ――運が良いのか悪いのか……
 こんなことをする羽目になった自分を恨めしく思いながら、ぼふっという感触を全身で感じた。


「な……元マスター!?」
「ブラストちゃん!」
「ちぃっ!」

 シンがフリーダムに飛びついた瞬間、ブラストは上体を逸らした。

 ――ズバァッ!

 ケルベロスとレール砲が天へと放たれ、雲を貫いた。
 二条のビームは数秒もの間光の柱となっていたが、やがてゆっくりと消失していった。

「元マスターは!? 当たっちゃいねぇだろうな!?」
「だ、大丈夫です! でも、あの高さから落ちたのは……」
「……とにかく行くぞ、フォース!」
「は、はいっ!」

 瞬時にインパルスの身体が白と青に染まり、背中で折り畳まれた翼が展開される。石畳を蹴ると
同時にスラスターを噴かし、フォースインパルスは飛翔する。

(元マスター……何故あんな真似を)

 シンの行動を理解できず、ブラストはフォースの中で歯噛みする。
 切り裂く風の冷たさが、余計に心をかき乱した。

「う、っく……」

 シンの意識が暗闇から浮上する。起き上がろうとして地に手をつけるが、柔らかな感触に上手く起き
上がれずにいた。
 ――そういえば、藁を積んだ荷車の上に落ちたんだっけ……
 頭を打ったのか、混濁した思考の中でシンはなんとか記憶を遡る。状況からしばしの間気を失って
いたのだろうというところまではなんとか理解できた。

「マスター! 大丈夫ですか!?」
「よかった、藁の上に……あ」

 上から声が降ってきた声にシンは四つんばいの状態で振り返る。二人の少女が驚きに満ちた表情
でシンを見下ろしていた。

「お前ら……」

 シンの中で再び怒りが渦巻く。まだ意識に霞がかかっている状態だったが、そんなことは彼には
関係なかった。

「あのなぁ! こんな街中で暴れるんじゃ……」
「マスター、あの、その」
「手が……」
「手?」

 言われて視線を戻す。
 ……目の前には気を失ったフリーダム。先ほどまで放たれていた敵意が消えたせいか、見た目
相応の無垢な少女のようにシンは見えた。
 視線をわずかに下げる。自分の右手が何を掴んでいるのかを知り、シンの顔から血の気が失せた。

「…………」

 再び後ろを振り向く。すぐ後ろで着地していたデスティニーとブラストインパルス――いつの間にか
変わっていたらしい――から刺々しい視線が向けられていた。

「ち、違うからな!? これはなんつーかこう、懐かしさすら感じる事故なわけで!」

 事実、ここしばらくこのような事態が起こったことはなかったのだが、それとこれとは話が別である。
 起こってしまった事を覆すことなど誰にもできない。前科があるなら尚更のことだ。

「マスター、屋根の上からダイブしてまで掴みたかったんですか」
「さすがにこれは弁明のしようもないな」
「だから違……」

 あくまで故意ではなく事故だと主張しようとするシンだったが、不意に顎に何かを突きつけられたこと
に気付いて言葉を切った。

「う……」

 下を向くと、冷たい瞳とぶつかった。いつの間にか目を覚ましたフリーダムがシンの顔にビームライ
フルを突きつけていたのだ。
 ――マズイ……!
 シンの思考が硬直する。この状況からの脱却を考えようにも上手く頭が働かなかった。
 逃れ得ようのない死、しかし彼女たちは当然それを許すはずがなかった。

「――動くな。この位置なら、引き金を引く前に我々は貴様の肘から先を撃ち抜けるぞ」

 声のした方をシンは目だけを動かして見る。ブラストインパルスがビームライフルを構えてフリーダム
を睨みつけていた。シンが見ることができる範囲では確認できないが、別の場所でデスティニーも
またビームライフルでフリーダムの腕を狙っていた。
 フリーダムは仰向けになったまま視線を周囲にめぐらし、そして口を開いた。

「……お前たちには撃てない。ここまで近くにいられては、例えビームライフルであってもこいつに
当たらないとは断言できないだろう?」

 ぐっ、と銃口を押し付けながらフリーダムは淡々と語る。恐れも怒りも焦燥もない、すべて分かってい
るとでも言っているような口調だった。

「チッ……!」

 ブラストが苛立たしげに舌を打つ。
 フリーダムの言うとおり、例えどの位置であってもシンに当たらないという確証はない。デスティニー
もそれは同じことであり、フリーダムをまっすぐに見据えながらもどうすればいいのか分からない状態
にあった。

(問題は、奴がどれほど自分を量りにかけているかだが……)

 当然だが、もしここでシンを撃ってしまえばフリーダムに待っているのは数秒という間もない死の
運命である。フリーダムが自分の存在をシンの命より上に見ているならば、まだ打つ手はあるとブラス
トは考えていた。
 しかし、

「私はこいつを殺せれば後のことなどどうでもいい……たとえここで死んでも、何の後悔もありはしない」

 最悪だ、とブラストは胸中で毒づいた。
 もはやフリーダムを止める術はなく、一か八かシンを傷つけてしまってでも引き金を引くしか方法が
ないのだ。
 ……ブラストとデスティニー、どちらの指も緊張に強張る。
 外せば、シンは死ぬ。しかし最悪とまではいかずとも自らの手でシンを撃つことになるかもしれない
事態など、彼女たちにとっては並大抵の覚悟で臨めることではなかった。

「…………?」

 そんな最中、渦中にいるシンはフリーダムの様子に違和感を覚えていた。
 じっと自分を見つめている、まるで何かを探っているかのような視線。理解できないものをどうにか
理解しようとしているような、そんな瞳。

「――お前は、なぜ……」

 フリーダムの口が開かれる。恐る恐る確かめるような、か細い声。
 そしてその声は、突如降り注いだ光の雨によってかき消された。

「うっ!?」
「なっ……これは!?」
「マスター、危ないっ!」

 三様の声が聞こえてくる中、シンは横から突撃してきたデスティニーに撥ね飛ばされていた。

「ぐぁっ……!」

 荷車から転げ落ちたシンは伏せた状態で周りを見渡す。
 四方八方からビームが飛んできていた。それも一発や二発などではない。十数初、あるいは数十発
もの光の矢が飛び交っていた。先ほどまで自分が乗っかっていた荷車が瞬き一つの間にバラバラに
分解されたのを目の当たりにし、シンは全身に冷汗が浮かぶのを感じた。

「マスター、無事ですか!?」

 真上から降ってきた声にシンは視線を上げる。デスティニーが両腕のビームシールドを展開して
ビームの嵐から自身とシンを守っていた。

「ブラスト! アタシと代われ!」
「くっ……!」

 インパルスの身体が赤く染まり、背中から二本の大剣を引き抜く。

「おりゃああああああああああああああ!!」

 ソードインパルスの両手に携えたエクスカリバーが風車のように回る。回転する巨大な刃にビームは
悉く弾かれていった。

「大雑把すぎる!」
「防げりゃいいんだよ防げりゃ!」

 口論を交えつつもインパルスもかろうじて難を逃れていたようだった。
 ――無事だったか……
 そうシンが安堵したのも束の間、ふと飛び込んできた光景に思わずシンは声を上げた。

「フリーダム!?」

 シンから数メートルほど離れたところで、フリーダムもやはりこの猛攻の中に巻き込まれていた。
 しかし、シンたちと比べればビームの密度が異常。あまりにも多くの光に囲まれていた。
 二本のサーベルでかろうじて致命傷は避けているようだが、それでもすべてのビームから身を守る
ことはできず、何発かのビームに少しずつ身体を削られていた。

「くっ……!」

 また一発、今度は肩の装甲を貫いた。
 徐々に狭まられるビームの檻。執拗とも言える攻撃にフリーダムの全身から光の血が漏れ出ていた。

「フリーダムッ!」

 シンは手を伸ばす。届くはずがないと知りながらも、その凄惨な姿を見ていることができずに。

 ――ジッ!

「つッ!?」

 腕をビームが掠めていった。直撃こそしなかったものの、その熱さに耐えられずシンは反射的に
手を引く。
 ――クソッ、どうすれば……!
 幾分か薄れてきてはいるものの、まだシンたちへの攻撃は続いている。
 その中でも一際にフリーダムへの攻撃の手は休められることはなかった。
 ……シンは考える。どうすればこの窮地を切り抜けられるか。
 どうすれば、フリーダムを救えるのか。

「デス子……」

 やがて浮かんだ一つの手、とてもではないが正気の沙汰とは思えない手段を実行するためにシン
はデスティニーへと語りかける。
 盾を構えたままデスティニーは主の呼びかけに下を向き、その願いに耳を傾けた。

「頼む、お前の力を貸してくれ」

 デスティニーは困惑していた。なぜ自分の主がそんなことを望むのか?
 彼女自身はもちろんのこと、シンも危険に晒さなければいけないその命令を理解することができな
かった。
 だが、

「――わかりました」

 そのまっすぐな願いを無碍にすることなど、彼女にできるはずがなかった。

「5秒で戻ります。だから、それまで耐えてください」
「わかった。お前も気をつけろよな、いつもみたいにドジ踏むなよ」
「そのときは……また助けてくださいね」

 できればな、と軽口を叩いてシンは笑った。デスティニーも笑った。
 こんな状況においてでも、確かな信頼がそこにはあった。

「行きます!」
「あぁ、行ってこい!」

 シンの言葉と同時にデスティニーは光の翼を広げる。
 EBM――エクストリームブラストモードを発動させたデスティニーは、ビームの網を潜り抜けながら
フリーダムの元へと飛んだ。
 同時にシンへと無数のビームが襲い掛かる。デスティニーが移動したことで、今まで遮断されていた
ビームのすべてに生身を晒すこととなったのだ。

「――ッ!」

 シンの頭の中で何かが弾ける。周囲から飛んでくるビームひとつひとつの気配を肌で感じながら、
その場から転がって移動した。
 止まったら死ぬ、そのことを念頭に置きながらビームを避わし、あるいはナイフで弾く。
 ――あと4秒……!
 デスティニーの言葉を信じ耐えるシンの、永劫とも思える1秒が過ぎ去ろうとしていた。

 ……また一発、ビームが身体を掠めていった。
 まだ動ける状態にあるとはいえ、ほぼ満身創痍のフリーダムは真綿で首を絞めるような攻め方に誰
とも知れぬ相手の思惑を感じ取っていた。

(遊ばれている? いや、弄ばれているのか)

 あらかじめ知っていれば少しは脱出が可能な状況に持ち込むことも出来たのだろうが、完全に不意
を突かれたこの状態ではただただ何処から放たれるビームを防ぐしかできなかった。
 シンたちの位置からは分からないことだったがすでに翼にも何発かビームが命中しており、容易に
逃げることができなくなっていたのだ。

(このままでは、いずれ……)

 じわじわと死が迫る。先ほどのインパルスとはまた別の何者かによって。
 目の前に、自分の仇がいるというのに……

(こんな……こんなところで!)

 そう意気込んでも状況が変わることはない。盾も失い、翼はもがれかかっている。後に待っている
のは緩慢な死のみだった。
 だがしかし、この状況を打ち破る存在が思わぬ方向から『飛んで』きた。

「フリーダム!」
「っ、デスティニー!?」

 残像の尾を引き、両手のビームシールドを展開させたデスティニーが自分へと向かってくる姿を
フリーダムは捉えた。

(止めを刺しに来た!? この状況で!?)

 放っておいても死の運命から逃れられないというのに、デスティニーは自らの危険を冒してまで向かっ
てきた。
 何故? という疑問を抱いたフリーダムだったが、デスティニーの背後で自分と同じようにビームの
雨を凌いでいるシンの姿があった。
 主の守りを放棄して、こちらへと向かってくる理由。
 あまりにも有り得ない、しかしそれ以外に考えられないその理由にフリーダムは愕然とした。

(助けにきたのか? この私を……?)

 そうこう考えている内にデスティニーが眼前に迫る。
 交差する視線。デスティニーの瞳には敵意が垣間見えただ、取った行動はその真逆だった。
 左腕のビームシールドを消し、盾を前に構えて突っ込んでくる。EBMによって生まれたスピードを
乗せたまま、デスティニーはフリーダムに体当たりをしかけたのだ。

「うっ……!」

 弾き飛ばされ宙を舞う。ビームが顔のすぐ傍を掠めていくのを感じながら、フリーダムは翼を広げる。
 出力こそ落ちているものの、飛行に支障はないようだった。

「――デスティニー、それにシン・アスカ……」

 奇妙な行動の真意を量ることが出来ないまま、フリーダムは逃げるようにその場を離れていった。

「やった!……って」

 フリーダムが離脱していく姿を確認したシンだったが、すぐに周囲の状況がおかしなことに気付いた。
 あれだけ放たれていたビームがピタリと止んでいたのだ。
 ――どういうことだ?
 フリーダムが逃げた直後に治まったことからフリーダムを狙っていたのだろうが、ならば仕掛けてきた
のはいったい何者なのだろうか?
 ――MSなのは間違いないけど、あの攻撃は……

「元マスター、無事か!?」

 考え込むシンの傍にソードインパルスが駆け寄ってくる。ざっと見る限りでは大した怪我はしていな
いようだった。

「あぁ、なんとか……ってそうだ、デス子は!?」
「デスティニーなら、あそこだ」

 ブラストに変わったインパルスが指差す方へとシンは目を向ける。そこには、ゴミ捨て場に突っ込ん
で目を回したデスティニーの姿があった。

「ってなにやってんだよお前はぁぁぁぁぁぁ!?」
「あぅぅぅぅぅぅ……い、勢い付けすぎたっぽいですぅ」
「だからってこんなとこに突っ込まなくても……うぉっ、臭っ!」

 「ひどい~」と呻くデスティニーを臭気に耐えながらゴミの山から引っ張り出そうとするシンを眺めつ
つ、ブラストインパルスは溜息を吐いた。

「あ、あはははは……デス子ちゃんも無事みたいだね」
「……いろいろと言いたいことはあるが、今はやめておくとするか」
「ったく、いろいろ起こりすぎて混乱しそうだ。結局ありゃ誰だったんだ?」

 誰に向けたものでもないソードの問いかけにブラストはしばし考え込み、やがて顔を上げる。

「あの攻撃法から察するに、ドラグーンを持った何者かだろう」
「ドラグーンだぁ?」

 ソードが素っ頓狂な声を上げる。それもそのはずだろう、本来のドラグーンは引力下での使用が
できないのだ。
 ドラグーン――量子通信技術を応用した複数の浮遊砲台を自在に操るシステムの総称であるが、
その機能はこの世界でも健在らしい。

「でも、ドラグーンが使えるのってあまりいないはずだよね」
「あぁ。しかし、一瞬見えたあれは……」

 再び思案に耽るブラストだったが、どこからか鳴り始めた警鐘にふと辺りに視線を向けた。

「この鐘の音は……」
「マズっ、自警団だ! 逃げるぞブラスト!」

 まだ目を回しているデスティニーを背に乗せたシンの声に、ブラストもその場から離れ始める。

(一応、確かめておくべきか……)

 自分の見たものが気のせいであると願うブラストであったが、けっして小さくない疑念が生まれていた。


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最終更新:2008年09月06日 18:48
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