……常闇の中、二つの影が浮かび上がっていた。
ひとつはダークダガーL。暗闇に溶け込めそうなほどの黒でありながらその雰囲気は不相応に感じ
るほど明るく彩られている。
ひとつはシャドウ。周囲の闇よりもさらに昏い闇を纏い、気だるげに手の中の知恵の輪を動かしていた。
「以上が今日、街で起こった騒動の一部始終でありんす」
「……テメェはちったァ口調を統一させたほうがいいんじゃねェのか?」
むー? と小首を傾げるダークダガーから視線を外し、シャドウは知恵の輪を見つめる。
特に複雑に絡み合っているわけでもない二つの輪、しかしこれらが解き放たれるには一つの方法
しかない。輪自体に手を加えない限り、それは避けることのできない宿命のようなものだった。
「それで、どうしますかね黒い旦那? フリーダムの件を差っ引いてもこれはイレギュラーなことじゃ?」
「フン……元々アイツとは手を組んでるワケじゃねェ。互いに互いを利用し合ってるだけだ。俺らが口
を挟むのは筋違いってモンだろ? っていうか、テメェだって元はアイツ側だったんじゃねェのか?」
「いや~、どうにもあの人は苦手なもので……」
気恥ずかしそうに頭を掻くダークダガーをシャドウは胡散臭いものを見るかのような目で見つめる。
「……テメェに苦手なモンがあったのか」
「基本的にツッコミがなければ5秒で死にます。あ、旦那の脱力系無気力ツッコミはまぁ個人的には
ギリ満足なラインなので無問題ッス!」
グッジョーブ!Σd(>ヮ<)と親指を立てるダークダガーに二度と突っ込みをしないと誓いつつ、シャドウ
はさっさと次の話題に移ることにした。
「で? 図書館の方はどうなってンだ?」
「あ~……もちっと時間がほしいとこです。ちっとばかし守りがキツイんで」
ガキリ、と知恵の輪を軋ませて、シャドウはマスク越しにダークダガーを睨みつけた。
「手、抜いてンじゃねェだろうな?」
「それはありません、天地神明とプチ行方不明なおししょーの名前に誓って」
グッ、と胸の前で拳を握り締めるダークダガーの瞳には、いつになく真剣な輝きがあった。
「……俺が全快になるまでにはキチっと済ませとけよ」
「あいさー!」
ズバッ! と敬礼をして、ダークダガーは暗闇からスッと気配を消していた。
「……フリーダム、か。そりゃアイツなら動くわな」
クックッ、とくぐもった笑いが木霊する。
「さァて、これから先どうなるか、なっ!」
カキンッ! と知恵の輪が二つに分かれる。
「あ、ヤベ」
力任せに引き抜かれた輪は、歪に広がっていた。
「納得のいく説明をしてもらおうか」
さくら亭の一席にて、ブラストインパルスは目の前に座るシン・アスカに尋問さながらの口調で問い
詰めていた。
「納得のいくって……あんな街中でビームとか撃ちまくってりゃそりゃ止めるだろ」
「その点については反省している。だが、私が聞きたいのはもう一点のことだ」
分かるだろう? という視線を受け、シンはうんざりしたように声を漏らした。
「……そんなにフリーダムを助けたのが気に食わないのか?」
「違う、と言えば間違いなく嘘になる。だがそれ以上に解せないという理由が大きい」
ブラストの疑念ももっともだろう。何せ問答無用に命を狙ってきた相手なのだ。直接的に関係がある
とは言えないが、コズミック・イラでは幾度となく煮え湯を飲まされた相手でもある。
だというのに、二度もシンはフリーダムを救うために自らの身を危険に晒した。これらの情報を踏まえ
ているなら十人中十人がシンの行動に疑問を抱くことだろう。
「今では私もそれなりの感情を持っている。あれに対しては取り分け特別なものを、な。元マスターの
意思は出来得る限り尊重したい。しかし、今回の件は相応の理由を示してほしいところだ」
「…………」
シンは眉根を寄せて考え込む。ブラストの主張は嫌味なほどに真っ当なものである。彼女自身が
納得できないという旨の追求ではあるが、つまるところこれは今後のインパルスたちの行動も左右
しかねない問題でもある。口調の端々に棘が含まれているのもそのことが関係しているのだろう。
やや間を置き、シンは口を開いた。
「……あいつは、なんか似てるんだ」
「似てる?」
詳細を促すブラストの声をシンはあえて無視した。言葉にしたはいいが上手く説明ができないのだ。
「だから、一度面と向かって話をしたいんだ」
「聞く耳を持っているとは思えないな。今度こそ死ぬ可能性も充分に有り得る」
「それでも!」
シンの強い口調にブラストはわずかに目を見開く。それを見て、シンは声のトーンを落とした。
「……それでも、話をしたいんだ」
わずかな間とはいえ、シンはフリーダムと言葉を交わした。会話とも呼べない敵意を剥き出しにした
言葉のぶつけ合いだったが、シンはずっとそれが気になっていた。
それはきっと、
――貴様が……私を殺したからだ!
――あんたがステラを殺した!
……確証などない。しかし、あのフリーダムもまたシンのイメージから生まれ出でたものであるのなら
そうでないと言い切ることも出来ないのだ。
だからこそ、シンはフリーダムとの対話を望んでいるのだ。
「……少し変わったな、元マスター」
「変わった?」
「牙が抜けたのではなく、牙を剥く場を弁えるようになったのだと願いたいものだ」
ブラストの口調から険しさが抜け落ちた。納得した、と言うよりも呆れたというような口ぶりではあった
が、それでもブラストには何かしら得るものがあったようだった。
「今回のところはこれでよしとしよう。とはいえ、またフリーダムが襲ってきたなら我々は手段を選ばず
奴を撃ち倒すからそのつもりでな」
「まぁそのときはそのときだけど……一区切りついたところで俺も話がある」
ん? と聞き返すブラストだったが、その表情が一瞬にして強張った。
外見上はそれほど変化がなかったが、シンの全身から怒りのオーラが滲み出ていた。
「も、元マスター……?」
「フォースとソードから聞いた。民間人を盾にしたって?」
うっ、とブラストは呻く。
三身一体であるインパルスらではあるが、それぞれの意識は独立している。擬似的なものであると
はいえ生活スタイルに差がある以上、例えばブラストが寝入っている時にフォースやソードが活動す
るということもほぼ日常的に見られる光景なのだ。
ちなみに、ブラストはついぞ一時間ほど前に仮眠を取っていた。
「……フォース、ソード」
「い、いやな! アタシらは聞かれたことを答えただけで! な、フォース!?」
「う、うん」
地の底から這い出てくるかのような声音のブラストから追求される前にあっさりと二人は白状する。先
の戦いの最中、壁をよじ登っている途中でシンはブラストが無防備にフリーダムの射線上に現れたの
を見ていたのだ。当然なぜ撃たれなかったのかが気にかかり、フォースたちに直接尋ねたのだ。ブラ
ストにとって不幸なことにそのときが仮眠時と重なっていたのだった。
もっとも、ブラストも特に口止めしていたわけでもなかったのでこのことで二人を責めるのは酷である
とも言えた。
「確かに、向こうのあいつは相手のコクピットを絶対に狙わないような奴だった。こっちでもそれが同じ
だっていうんならそれで動きをある程度封じられる手段としては文句なしに良い手だとは思う」
「……その通りだ。だから私は、」
「だけど、」
突きつけられるような鋭い口調にブラストは言葉を飲み込んだ。
「――だけど、無関係な人たちを巻き込むやり方なんて俺は認めない。」
……彼女も分かっていたはずだった。彼がそんなことを許せない人間であることは。
量りにかけるのが自分の命だけならここまでの怒りをシンは見せなかっただろう。だが、ブラストは
ただその場にいただけの人間を巻き込みかねない方法を取った。
万物に絶対など存在しない。仮とはいえ生物であるなら尚更のことだ。
9割方確実であったとはいえ、流れ弾が飛んでくる可能性もなかったとは言い切れない。それでも
あの方法を取った理由のひとつは、フリーダムに精神的な追い込みをかけるためだった。
もちろんそんなことを正直に語れるはずもない。結果としては何も問題がなかったとはいえ、一時の
激情に流された軽率な行動と責められても仕方のないことだ。
「あれは、その……」
なんとか弁明しなければ、と口を開くもブラストは上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。結果、視線
を逸らし俯き気味の姿勢になってしまう。
昼時を少し回った頃だからか、店内がやや騒がしくなる。そんな中で、ブラストはポツリと呟いた。
「――ごめん、なさい」
わずかだが、ブラストの目尻に涙が浮かんでいた。
彼女なりに考え、シンの身の安全を優先した結果選んだ方法。そのことについて咎められようとも
なんら後悔はない……はずだった。
しかし、この現状にブラストの心中はかき乱されていた。
不安、恐怖、そういったネガティブな感情がないまぜになり、いつしか仮面を剥がされたように弱さ
を顔に出していたのだ。
その様子を見てシンは戸惑った表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込め、手を伸ばした。
ビクリとブラストは身体を震わせ、思わず目を閉じる。
しかし、優しく頭を撫でられる感覚にすぐに目を見開いた。
「あ……」
「……言い忘れてた。ありがとな、助けてくれて」
取り繕ったような言葉ではない、不器用だが確かな感謝がその言葉には込められていた。
頭から手が離れる。そっぽを向いたシンの顔に朱が差していた。それを見たブラストも同じように
頬を赤く染めて視線を外す。傍から見ればとても不思議な光景だろうが、二人にそれを気にする余裕
はなかった。
「と、当然だ。私は私の役目を果たしただけで……」
「ぷっ……ぶわはははははは! 怒ったり泣いたり照れたりって今日はずいぶん表情豊かじゃねぇか
ブラスト!」
それまで成り行きを見守っていたソードが耐え切れず吹き出した。その声に何か言いかけたブラスト
は中途で言葉を飲み込み、怒りを湛えた声で自身の内側へと声を向ける。
「……ソード、いつも少し突かれただけで慌てふためく貴様が言えたことか?」
「いっ、いつもの凄みがねぇぞ? そんなに元マスターに嫌われたくなかったのか?」
げらげらと腹を抱えて――るような印象を感じさせる――さらに追求するソードにブラストは反撃を
試みるものの、いつもの調子が出ずに延々と言葉の応酬を繰り返していた。
「あ、あははははは……なんかその、賑やかですね」
「まぁ……なかなか見れない光景だな」
いつもとは攻守が逆転したブラストとソードが引っ込み、苦笑いを浮かべたフォースが現れた。止め
られないのか止める気がないのかは分からないが、どうやら放置するつもりらしい。
「あ、そうだ。ちょっと待っててください」
そう言ってフォースはパタパタと厨房の奥に消え、手に皿を持って戻ってきた。
「これは……パウンドケーキ?」
「はい! 最近ちょっと練習してるんです。よかったら食べてみてください」
顔を綻ばせるフォースに、シンは笑みを返しながら「それじゃ遠慮なく」とフォークで一口サイズに
切り分け口に放り込んだ。
『あ』
それに気付いたブラストとソードが声を上げた。ニコニコと期待の笑顔を浮かべるフォースと、フォー
クを咥えたまま固まるシン。
痛々しいほどの静寂、そして……
「――あ」
「あ?」
「あンまァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァい!!」
顔の穴という穴からチェレンコフ光を放ちながら、シンの意識は大宇宙の彼方へと飛んでいった。
満天の星空の下、手足を引きずるようにフリーダムは街道を歩いていた。
身体の至る所から光の血が流れ、点々と道に落ちていく。それはエンフィールドの市街から延々と
続いていた。
(少し、多いな……)
大破とまではいかずとも、蓄積したダメージの量は相当なものだった。
例のドラグーンの攻撃、それがほとんどではあったがデスティニーやインパルスとの戦いで内側へ
の負担が積み重なっていたことも災いしていたのだ。
「くっ……!」
地面を睨みながら歯噛みする。数の不利もあった、予測不能の襲撃もあった、しかしそれ以前に
自分の甘さが今の惨めな現状を生んでしまったことにフリーダムは憤りを覚えていた。
(私は何故、あんなことを聞こうとした……?)
不可解だった。命を狙っているはずの自分を助けようとしたシン・アスカも、その好機を逃しその
真意を問おうとした自分も。
撃てばよかったのだ。そうすればすべて終わっていた。
自分もこんなところで生き恥を晒すことなく目的を果たし、光となって消えていただろうに……
何故? 何故? 何故……?
意識が薄れ、考えがまとまらない。傷は一日で治るほどのものではなく、しかしどこかで身を休ませ
ることもできない。何者かに狙われている以上、安全なところでもない限り寝入ることもできない。
何処へ行けばいいのか? このままこの道を進んだところで何か得るものがあるのだろうか?
疲弊しきった肉体と精神が弱音を上げ、視線が地面から離せなくなっていた。
いっそこのまま……思考が危険な領域に踏み込んだところで頭を振る。いつしか足は止まっていた。
どうすればいいのか、答えの出せない問いがずっと頭の中で渦巻いていた。
「――なんか落し物でもしたのかい?」
「っ!?」
不意に降ってきた声に背筋が凍りつく。
まったく気付かなかった……いや、そもそも声をかけられるまで気配を感じなかった。
「でなけりゃなーんでずっと下向いてんだ? こんな美人さんがいるってのに空を見上げないなんて
損にもほどがあるってもんだろ」
空? と声に導かれるように顔が上がる。先ほどまで縫い付けられたように留まっていた視線がコバ
ルトブルーの景色を映し出した。
(――月)
見事なまでの満月。心を奪われるという逸話も納得してしまうほどの、美しい深艶の月。
……その傍らに、青い翼の少女が宙で胡坐をかきながら月に目を向けていた。手に徳利と盃を持って。
朧だった意識が覚醒する。自分と瓜二つの顔立ち、差異はあるが似通った容姿。
初めて出会うというのに、その相手のことをよく知っていた。
「お前は……!?」
その声に反応したのか、少女はこちらを向いてクッと盃の中身を飲み干した。
「――よう、はじめましてだな『姉さん』?」
呆然と見上げる自分を見下ろしながら、少女――ストライクフリーダムは口角を吊り上げた。
最終更新:2008年09月06日 18:46