シンが行方不明になってから12時間後。
ハラオウン家には、職務の関係上久しく集うことのなかった家族達が一堂に会していた。
「……で、シン君と異次元に飛ばされたデスティニーを回収しに行きたい、と。そういうわけなのね?」
ひとしきり説明を受けたあと、フェイトに声をかけるのはリンディ・ハラオウン。フェイトを引き取った義母であり、ハラオウン家の家長。時空管理局の総務統括官として忙しい日々を送っている。
「うん。デスティニーは管理できなければ危険な物品だし、何より……」
「仲間であるシン・アスカを、見知らぬ場所にはほっておけない、か」
頷きながらさらに声を続けるフェイトをさえぎるのは、彼女の兄であるクロノ・ハラオウン。艦長を勤めるクラウディアが現在オールメンテ中なのを受けて家に戻ったところを、フェイトから話を持ちかけられて今に至っている。
「まったく……。気持ちは分かるが公私を混同しすぎだぞ、フェイト。強く言えないのも事実だが」
苦虫を噛み潰したような顔で告げるクロノ。実際、フェイトの言い分には一理ある。
次元を超えてきた戦闘機械、デスティニーガンダム。現状魔道師達との戦闘には効力を発揮してはいないものの、『魔道師に類する力を万人が会得できるロストロギア』として監視対象のランクはかなり高い。
それが次元のゆがみか何かは分からないが、ともかく消えた。
探し出して正式に保護する必要はあるだろうし、それを操ることが出来る(また、メンテナンスも可能であることがすでに実証済み)シン・アスカがさらわれ、その技術をテロリストが使ったりしたら大変なことになる。
結局のところ、両方とも火急的速やかに押さえる必要があった。
そして、彼がもしも何らかの理由で敵対することになったりした場合。面識のある人間の説得が功を奏するかも知れない。そういう計算も働いているんだろう、とクロノは思うことにした。
「まあ、クロノも落ち着いて。フェイトちゃんは管理局の一員であると同時に、年頃の女の子なんですからね」
全て分かってます的な笑みを浮かべながら、のほほんとお茶を飲むリンディ。フェイトはその言葉にちょっと顔を赤らめるが、同時に背後に何かを感じて表情が硬くなった。
背中に、何か硬いものが突きつけられている。そして感じる壮絶な魔力の流れ……。
「フェイトちゃん。抜け駆けはいけないと思うの」
聞こえるはずのない声が、聞こえる。状況から見ておそらく背に当たっているのはレイジングハート。
「あ、そうだ言い忘れてた。なのはさんも来てますよー」
友人づきあいも長いからか、特に警戒もなく上げてしまったのだろう。兄の嫁であるエイミィの言葉に、フェイトは誰ともない神様とか運命とかそういうものを呪いたくなった。
「と、とにかく落ち着こうよなのはちゃん。今はそれどころじゃないと思うの」
「そうだね、フェイトちゃん。早くシンを見つけなきゃいけないよね」
自分の弁明を聞いているのかいないのか、相変わらずレイジングハートを突きつけた状態のなのは。
その表情を見ながら。
(助けて、シン……。冥王って言われてる理由がなんとなく分かった)
などと、消えてしまった少年に心の中で助けを求めるフェイトであった。
GUNDAM SEED DESTINY ―Double Cross―
第一話「新たなる戦場で」
デスティニーと共に、見知らぬ世界に吹き飛ばされてから三日ほどが過ぎ。その間、シンは身体検査から運動能力のテスト、精神構造理解のための心理テストなどさまざまな検査を受けていた。
場所がないからと言うことで、現状割り当てられているのは営倉の一室。二畳ほどと狭く、明かりも裸電球ぐらい。最新鋭の兵器を扱う場所とは考えにくいほどのローテクぶりである。
「……けど、まあ……」
ベッドに横になりながら、仕方ないかともシンは思う。
そもそもデスティニーを行動不能にされていた時点で射殺されていてもおかしくなかったわけだし、それをこの島まで引っ張ってきた挙句、研究のためとはいえチェックしたりパイロットの安全性を確認したりしているところからも、ここは比較的人道に乗っ取った対処をされているのだろうと推察は出来る。
以前いた、あの場所こそが異常なのだ。本当に優しくて、甘えたくなるほどに。
「シン・アスカ。面談の時間だよ。出て」
ドアを二回ノックした後、男のそれよりもワントーン高い声で今日の予定が告げられる。
動くべき理由が見つかったなら、それを断る道理はない。シンはぼんやりと見つめていた天井から視線を外し、ゆっくりと立ち上がった。
通された先の部屋は、先ほどまで自分がいた部屋とはうって変わった場所であった。流石に窓はなかったが、コンクリ打ち出しっぱなしの営倉などとはまったく違う。白一食の壁紙に、単調にならないよう観葉植物がこっそりと置かれていたりする。
どんな場所であろうとも、やり方次第で人は快適性を追及できる。この部屋は、そのモデルケースのように見えた。
「テッサ、つれてきたよ」
自分を連れてきた兵士が、やたら気楽そうな口調で告げる。自分を外に出したときよりも明らかに口調が柔らかい。顔見知りなのだろうか、妙に気安い呼び方だ、なんて思った。
「ありがとうございます」
そして、返事をした部屋の主らしい人に、シンは改めて視線を向けた。
どこをどう見繕っても自分と同年代の少女である。大きな灰色の瞳、アッシュブロンドの髪を三つ編みにして、左肩から垂らしている。淡いブラウンのスーツ(様式は不明だが、略式平服だろうとシンは推察した)には、結構大き目の階級章が光っている。
「えっと、シン・アスカさんですね。はじめまして、私はテレサ・テスタロッサ。階級は大佐です」
機からすれば思い切り信じられないことを言ったテッサではあるのだが、シンはその言葉を比較的平静に受け止めていた。コーディネーターの成人は15歳だったし、何より10代で一つの戦闘部隊を切り盛りする存在を見るのは初めてではない。
まあ、コーディネーターではない『例外』の彼女には、思い込みが少々激しいと言う欠点があるにはあるのだが。
「驚きもしないんですね」
「まあ、こういう状況って初めてじゃないですし。それで、何から答えればいいですか?」
妙な沈黙を不快にとったものと判断したのか言葉を続けるテッサに、そうじゃないですよと勤めて平静な声を出すシン。どうにか敵意のようなものを出さないようにと努力した声ではあるが、向こうは向こうで身構えてしまったようだ。これはこれで、やりにくいものがある。
「この三日間で、色々と調べさせていただきました。にわかには信じがたい事項が多いんですけど、現実に存在するのですからあるものとして進めさせてもらいます。申し訳ないんですけど、上層部は懐疑的な意見も根強くて……」
丁寧な言葉を続けるテッサ。その声を静かに聞来ながら、聞いていると相槌を打つシンではあったが、同時に妙な予感を覚えてもいた。
コーディネーターとして強化された神経系が、妙な違和感を訴えるのだ。そう、例えばあの、ちょっとネジの外れた通風孔とか……。
「通常のサイズとしては大型ですけど、以前に出現した巨大兵器よりも小型ですし。ですから私たちとしては……っ!?」
ネジの外れた通風孔、聞こえる物音、そして嫌な予感。それら全てが繋がって一つの回答を導き出したとき、弾かれたようにシンは飛び出した。
後方に控えていた兵士が拳銃を抜こうとするより早く、天井から通風孔の蓋が落ちる。テッサの頭の上に落ちかけていたそれを左手で払いのけると、続けざまに降りてきていた人影に右の拳を叩き込んだ。神経のレベルからして人の上を行く、コーディネーターならではの早業である。
「侵入者!?」
「何でこんなとこに……!」
毒付きながらも流石に軍隊関係者である。テッサはすぐに後ろに下がり、兵士がそれを守るように位置を変えながら、シンの方に近寄る。
「他にも人影が見えた。チラッとだけど……」
「複数犯ってことね、やってくれるじゃない」
軍隊経験者同士の奇妙なシンパシーでもあるのか、侵入者に銃を突きつける兵士と会話を交わすシン。まあ、この流れで少なくともこいつらとシンが味方ではないとわかっている。ならば最大限に使うというのが、兵士ことメリッサ・マオの考え方であった。
マオが銃を突きつけている間に、シンは侵入者の持ち物をチェックする。訓練を受けていたとか、聞いたこともない地名の場所で戦っていた経験があると言うだけあってその行動は的確だ。
すぐさま装備を奪い取り、身につける。流石にそれはまずいかとも一瞬思ったが、この緊急事態だし目をつぶることにした。
「他に防衛しなければいけない場所は?」
「通風孔から各所に行けますが、致命傷になりそうなのはダナンのドッグと、武器庫。それから……」
「AS(アームスレイブ)の格納庫。今、香港で回収したブツもあるしね。それとテッサ、あんたの身柄も重要」
きびきびした三人の応答の間に、進入者は僅かに身じろぎする。そして六つの瞳に射すくめられた。
「とりあえず、最初にすべきことは情報の確認ですね」
「話してくれそうなのがいるな、ここに一人」
テッサの言葉を引き継ぎ、運動能力のテストと寝つくためのトレーニング以外動かしていない手足をほぐしながら続けるシン。
「そうね。海兵隊式で行こうかしら?」
にんまりと、まるでねずみを与えられた猫のように満面の笑みを浮かべるマオ。
侵入者は、その瞬間自分の味方がここにいないことを悟った。おそらくは本能で。
『侵入者はこの前蹴散らした連中の残党。例のデカブツを運搬したヘリを追跡してきたらしいわ。残っている全戦闘要員は分担して、ダナンのドッグと武器庫、格納庫の防衛に当たって』
大佐はこちらで防衛する、と最後に付け加えるマオからの通信が響き渡る。デカブツとは回収されて内蔵機構を確認されているデスティニーのことだ。状況的にはとばっちりで破壊されてしまったものとはいえ、AS
とはまったく違うシステムの機体である。気候を調べ、自分たちの技術応用を図るのもまあ、無理のないことと言えた。まあ、今回は少々厄介なおまけが付いてきたのだが。
ちなみにシンは、今回テッサの防衛に付くマオの代わりに敵を叩く役割を与えられている。それが一種のテストであることも、彼には分かっていた。たとえ死んだとしても、代わりの効く防衛要員というわけだ。
だが逆に、この任務を成功させてしまえば最低ラインの信用は得ることが出来るだろう。
(やってやるさ。こういう任務だったらずっとやってきたんだ)
ZAFTにいた頃のことを思い出し、大きく両足を動かして近い戦場に向かってゆく。どこで戦いが繰り広げられているかぐらいは、漂う硝煙の匂いや銃声で分かる。ほどなくして見つかった銃撃戦の現場に突っ込む前に、シンは一度物陰に隠れた。
(確か、さっき出たときに見たミスリルの制服は……)
ここに来る前に見た制服のパターンを思い出しながら、敵の一団に目星をつける。流石に拳銃は没収されたが、ナイフはきっちりと手にしている。銃がないのはきついが、無茶だとは思わなかった。
銃弾が散発的になった隙を突いて、一気に突っ込む。不意を撃たれた敵の連中が銃を構えようとする。
―――遅い。リロードしようとする手の動きなんて、まるでカタツムリが這っているようだ。
ナイフが縦横無尽に唸りを上げ、瞬く間に三人ほどを行動不能に追い込む。ミスリルの兵たちは、唖然としながらその様子を見ていた。
あまりにも見事な、ナイフの技。特殊部隊ウルズの連中でも、あそこまで接近戦をこなせる奴がいるだろうか?
『あ、それと格納庫。そこでがんばってる赤目(レッドアイ)はこっちの味方だから、援護してやって』
申し訳程度に入った通信にさらなる希望を得て、ミスリル側が一気に優勢となる。本来ならば基地に乗り込まれてここまで戦勝ムードになることも珍しいのだが、今回はそうしなければいけない理由だってある。
ミスリルに下手に手を出せばどうなるか、それを知らしめなくてはならない。そのためには、圧倒的大差で勝利する必要がある。銃一丁もなしに敵兵士を壊滅に追い込む赤目のエースなど、その象徴にするにはちょうどいいではないか。
『こちらウルズ6。デ・ダナンドッグの方は敵殲滅に成功したぜ』
若い声での通信が入る。どうやら、自分を連れてきたあの潜水艦は守られたようだ。
『こちらウルズ7。武器庫の防衛は成功した』
少しくぐもった声で、宗介の声が聞こえる。向こうも無事だったのか、と内心で胸をなでおろすシンである。そんなことはおくびにも出さず、今は戦うばかりだが。
敵の一団に動きがあったのは、そんな時である。次々に手榴弾を構え、投げようとする。こちらを混乱させてその隙に逃亡しようとしているのだろうが、こんな空間でそんなものを投げられるわけにはいかない。
「くそ、次から次に!」
舌打ちしながらも、必死に敵陣を駆け抜け続けるシン。だが、出口に近寄っていく一団を止めることがどうしても出来ない。
―――奴らを、止めるんだ。絶対に!
ぎりりと歯噛みしながら、相手に追いつこうと必死に両足を動かすシン。しかし敵との距離は笑えるぐらいにあり、もう出口際の半壊したマシンの辺りにまで到達している。
壊れ果てていたはずのマシンが腕を振り上げたのは、彼らがそこを通り過ぎようとする直前であった。そのまま床に腕が叩きつけられ、逃げようとする連中の道をふさぐ。
MSに比べ小型であるとはいえ、人型の大型機械であることに間違いはない。いきなり道をふさがれた敵勢力はその場に足を止めざるを得ず。
追いついたミスリル兵士の一斉掃射に、儚くその命を散らす他なかった。
『全敵勢力の排除を確認。お疲れ様でした』
状況を確認し、放送を出して警戒態勢解除の宣言を出すテッサ。その表情は凛としていながら、どこか安堵感にも満ちている。
「今回のは危なかったね。それにしてもあの、シンって子? 結構拾い物じゃない?」
戦況を確認しながら、マオが声をかける。殺されるか戦場を一度混乱させられればしめたものだと思っていたのだが、まさかAS格納庫の敵をほぼ一人で壊滅させるとは思ってもみなかった。その能力は間違いなく、一流の兵士。もはや疑うことは出来ない。
「ええ。ですがそれ以上に……。最後の」
「ああ。ソースケがぶっ壊したガラクタが動いたあれ?」
テッサの指摘にマオが答え。一度うなずいてから報告書を改めて見る。
ラムダ・ドライバ搭載機だというのでわざわざ回収して来た敵方のAS、ヴェノム。そもそも、あのシステムは一度イニシャライズが完了すると他の人には使えなくなる、一種の安全装置がかかっている。本来ならばそれは、あのマシンの構造から何かを掴めればそれでいいと言うぐらいのものであった。
それが、明確に動いた。あの瞬間のシンから発せられた何かに、ヴェノムが答えたとしか思えない。イニシャライズのデータが変わっているわ、ジェネレーターがもう死んでいるはずのヴェノムからエネルギーが発生しているわと、もはや否定しようのない事実が、そこにはある。
「彼も、ラムダ・ドライバを使える……。しかもサガラさんと同等に」
呟きながら、再び格納庫内部でもみくちゃにされるシンの様子を見るテッサ。
その表情にほんの少しだけ、赤みが差しているのにマオは気付かない振りをした。
(ま、この年齢は多感だからね)
彼女の心境を一言で言い表せば、そういうことだ。
「そういうわけで。これから私たちスターズチームと、ライトニングチームは合同演習を行うことになったの」
シンがミスリルで戦っているその頃、機動六課ではブリーフィングが行われていた。
時刻は訓練終了後。ヴィータとシグナムに後始末を頼んでいるため、今この場にいるのはなのはとフェイト、スバルとティアナ、そしてエリオとキャロの六人のみである。
「演習って、何をするんですか?」
「今までの訓練と、何か違うの?」
ティアナとスバルが手を上げながら質問すると、フェイトが首をちょっとだけ傾けながら答える。
「今回は実際に時空管理局の仕事に参加して、任務がどういうものかを実際に知ることで見識を深めるのと、今後の適正を見るって意味合いがあるの。私たち教官が先導しながらフォローするから、安心していていいよ」
その説明でようやく要領を得たのか。
「分かりました。がんばるぞーっ!」
俄然やる気になるスバル。
「せ、責任重大だね。エリオ君」
「うん。でもがんばろう」
二人で拳を握りながら、意気込みをアピールするキャロとエリオ。
「……それで、実際の任務ってどういうものなんですか?」
ただ一人怪訝そうな表情で、任務の内容を問いかけるティアナ。
「今回の任務内容は、別次元に飛ばされてしまったロストロギアの捜索。危険はないと思うよ」
質問に答えるフェイト。まさか、とティアナが表情を少しだけ怪訝そうに変えつつ質問をしようとする前に。
「そうそう、危険はないの。無理そうだったら下がっててくれて構わないから。で、質問の答えなんだけど……」
と、なのはがフォローを入れながら続ける。
「ロストロギア、デスティニーガンダムの捜索だよ」
「今すぐ行きましょうなのは教官。ええ、あのまめ狸が何かする前に!」
いきなりアグレッシブになったティアナにうなずきながら、なのはが一同を見る。フェイトはそんな様子を、どこか微笑ましげに眺めていた。
まあ、それは表面上の話。
(とりあえず一人は脱落させておかないと……。レイジングハートのゼロ距離射撃の代償と思えば安いよね?)
命拾いとも言える提案がうまく行ったことに安堵するフェイト。
(早く出発しないとね、はやてちゃんが何かする前に。ティアナが食いついてくれてよかった……)
何か悪巧みを相手のせいにすりかえてしまえるこの状況に、内心で笑みを浮かべるなのは。
(ようやく動けるわ、おおっぴらに。あの馬鹿今何やってるのかしら……)
いなくなってしまった存在への寂しさからか、つい素の感情がのぞいているのに気付いていないティアナ。
この三者の胸に去来する思いは唯一つ。
(私が最初に、シンを見つけてみせる……)
それだけであった。
GUNDAM SEED DESTINY ―Double Cross―
第一話「新たなる戦場で」 了
第二話「ふたつの運命」に続く
最終更新:2008年09月10日 09:01