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悠久幻想曲ネタ-04


 ……きっかけなんて偶然に過ぎなかった。
 だが今ではそれが当たり前のように側にいるようになった。
 それだけで、どこか身体が軽くなった気がした。
 この二週間で変わったことはそんなところだった。

「マスター? どうしたんですか?」
 夢想から覚め、シンは傍らを飛ぶデスティニーを見やる。
「いや、お前があんまりふてぶてしいもんだからたった二週間でずいぶん慣れちまったなぁと」
 そう答えるとデスティニーはむっとしながら赤い羽根を威嚇するように広げた。
「だからお前はやめてくださいって言ったじゃないですか!」
「あぁ、そうだった。悪かったなデス子」
「うぅ……結局それで通すつもりなんですか」
 だーと涙を流しながら萎びたように羽が垂れ下がる。元がMSだとは思えないほどに感情豊かだった。
「シン・アスカはここに、『永久デス子宣言』を表明します」
「イジメですかそれ!?」
 そんなやりとりを繰り返しながら、一人と一匹はイーストロットの旧王立図書館の前へとやってきた。
 五十年前、戦禍を被ったエンフィールドで唯一被害を免れた建物であり、この街の中で最古の建造物である。
「……戦争でみんな焼き尽くされて、ここだけ残ったのは偶然なんだろうかね」
 攻めてきた側に情があったのか、守る側が命がけで死守したのか、今となっては分からないことだった。
「マスター?」
「なんでもない。お前はどっかで時間潰しとけ、一人で行くから」
 そのまま図書館に向かうシンの目の前にデスティニーが立ちふさがった。
「いいじゃないですか! 私も図書館に入りたいです!」
「あのなぁ……お前が騒ぎまくってイヴから出入り禁止を食らいたくないんだって説明したろ」
「む~! 私だって本とか読みたいです! どうしても行くというのなら私を倒してからにあだっ!?」
 額にデコピンの直撃を受けてデスティニーは地面に落下した。
「これでいいか? じゃあ行ってくるな」
 そう言って、さっさとシンは図書館に入っていった。残されたデスティニーは閉じた扉に涙を溜めた瞳を向けて
叫んだ。
「マスターの鬼! ラッキースケベ! っていうかホントにこのまま放置ですか!? マスターーーーーー!!」
 扉越しにその声を聞いて、シンは溜息をついた。
「……お前が聞いても、気分のよくなるような話じゃなさそうなんだよ」
 詫びるようにそう呟き、シンは扉から離れていった。


「あ……シンさん」
 並べられた机を見渡していたシンは、控えめだがそれでも静かな図書館の中では大きく感じる声がした方へと
足を向ける。ほどなくして目の前に山と本を積んだ眼鏡の少女――シェリル・クリスティアを見つけた。
「よかった、まだいたんだ。迷惑じゃなかったか?」
「いえ、ちょうどよかったです。あれから調べて分かったこともありますから」
 その言葉にシンはわずかに目を細め、シェリルの真向かいの椅子に腰をかけた。
「タイミングはよかった、ってことか。それで、どっちの話?」
「デスティニーさんのほうです。違う世界への移動手段は今のところはまだ……」
 そっか、と落胆を胸の内に止めつつシンは先を促す。



「イヴさんにも協力してもらって閲覧禁止区分の資料を当たってみたんです」
「閲覧禁止って……やっぱり古代魔法ってやつだったから?」
 確認の問いかけにシェリルは頷く。
 ――古代魔法、詳細不明の技術ではあるのだがほんの五十年前の戦争では数多くの都市を滅ぼした魔法兵
器などというものまで実用されていたのだ。自然すらも制御するとされた古代魔法のポテンシャルはそれ以上の
ものであるということは容易に想像できる。
「古代魔法について記された資料の中に、マリアちゃんが描いた魔法陣とよく似たものがあったんです。効果も
似ていたからこれじゃないかと思って」
 差し出されたノートをシンは受け取る。要点だけをまとめたもので、魔法に関する知識がほとんど皆無のシンで
も混乱せずに把握できた。
「――レギオン、想像上の兵隊を召還する魔法……」
「その魔法を使う人間と兵士のイメージを具体的に固めるための人間がセットでないと使えないものだったみた
いです」
 確かにシンとマリアが行った魔法と状況が似ている。魔法陣も細かな違いはあれど同じものであることは明らか
だった。
「ちょっと待った。俺がイメージしたのと全然違って、妙にデフォルメされてる上に生き物になってるんだけど?」
「魔法陣の形とか、行程の違いが可能性として考えられるんですけど……こんな形で魔法が発動したなんていう
ことはさすがに載っていませんでしたし」
 そりゃそうか、とシンは納得した。同時にこんな形で魔法を発動させることができたマリアは才能があるのかない
のか、という疑問も浮かんだが。
「古代の戦争に用いられた特殊な魔法のようですし、使用例はかなり少ないみたいです」
「……そんなものをどこで知ったんだよ、アイツは」
「マリアちゃんの家はお金持ちですから。この資料と同じようなものがあったのかも」
 マリアの家はこのエンフィールドでも一番の規模を誇る会社であるショート財団である。科学製品関係を中心と
した経営でのし上がった会社であり、この街の治安を一手に引き受ける自警団の最大のスポンサーでもある。
 娘に甘いという噂が絶えない会長のモーリス・ショートのこともあるせいか、こういった貴重な文献を集めて娘に
与えているということは想像に難くないことだった。
「まぁ今はそんなことどうでもいいか。それで、この魔法って効果はいつまで続くとかは?」
 それはよく分からないんです、と一度言葉を切ってシェリルは言葉を続けた。
「資料に曖昧なところが多かったんです。効果の持続についても最大で一年、最短では一週間ってことくらいしか」
「なるほど……短いほうじゃなかったわけか」
「それでその、魔法の効果の詳細なんですけど」
 その言葉を聞いてシンは思い出した。さくら亭で働いていた、表情どころか人格もコロコロ変わる少女のことを。
「そうだ、さくら亭にもいたんだよ。デス子以外にももう一人」
 デス子のくだりでシェリルは首を傾げたものの、意味は伝わったのか複雑そうな顔で頷いた。
「やっぱり……一人だけじゃなかったんですね」
「や、やっぱり?」
 嫌な悪寒がシンの背筋を走った直後に、予感を現実のものと変える言葉が紡がれた。
「――レギオンが召還する兵士の数は最少で数百人、最大では……一個師団らしいんです」
 ぐらり、とシンの頭が揺れた。倒れそうなほど傾いたところでなんとか体勢を持ち直し、そして叫んだ。
「い、一個師団って……ようするに一万人ってことかよ!? なんなんだよそのふざけた数!?」
「いえその、古代の表記なんで多分二万人で……」
「どのみち万単位は確定かよ!」
 うがー、と頭を抱えて振り続けるシンの肩に手が置かれた。



「なんだよ!? こっちは今取り込み中……」
 そこでシンの言葉が止まった。彼の肩を叩いたのが誰なのかということを知ったからた。
「――シンさん、図書館では静かにするという常識を知らないのかしら? 周りの迷惑になるという配慮を知らなくて?」
 無機質な視線と言葉が真正面からシンに突き刺さる。この旧王立図書館のアルバイトである女性――イヴ・ギャ
ラガーは淡々と、だが的確に指摘を続ける。
「私はあなたの事情はある程度は理解しているつもりよ。でもだからといってこの場所で騒ぐことを許可した覚え
はないわ」
「わ、わかった。もうしません。すいませんでした」
 分かってくれたのならいいわ、と目を伏せてイヴは受付へと戻っていった。
「ふぅ、あ~驚いた……よくよく考えれば一万人だとかは確かな数字じゃないんだよな」
「はい。すいません、もっとやんわりと伝えるべきでしたね」
 いや表現を変えただけじゃ何も変わらないと思うが、と言いかけたが、シンは別の言葉を切り出した。
「一応、もう一回確認したいんだけど……この魔法って戦争のために使われてたものなんだよな?」
「え? はい、そうですけど」
「何か問題とかは? 突然暴れだしたりするとか」
 その言葉を受けてシェリルはわずかに考え込み、やがて顔を上げた。
「記録の上では、イメージ通りの姿を模した兵士はその能力を最大限に発揮して戦ったっていう記録がありました」
 その返答にシンの眉が歪んだ。イメージ通りとするならば、デスティニーもインパルスもあの姿でMSの武装を
扱えるということになる。もちろん、彼がイメージした他のMSも同様に。
「……元の世界に帰る方法を探すのは、一旦中止したほうがいいかもな」
 仮に他のMSが現れて、街中で暴れまわることがあったならばそれはシンにも責任があることになる。ただでさ
え厄介になっているこの街なのだ、これ以上迷惑をかけてしまっては申し訳が立たない。
(――ジョートショップの仕事をしながら情報を集めてみるか)
 今後の方針は決まった。とはいえほとんどいつもとやることは変わらないのだが。
「分かった。また何か分かったら教えてくれ」
「あ、はい。こんなことでしかお役には立てないですけど」
 十分助かってる、と言いながらシンは席を立つ。
「突然邪魔して悪かったな。お礼に今度飯でも……」
 奢ろうかと言いかけて、シンは己の懐の寒さを再認識した。
「……お礼に、今度ジョートショップに来たときはお茶でも入れるよ」
 アリサさんの買ったお茶だけど、と胸中で補足しつつシンは涙を流した。
「あ、それなら今度時間があるときにシンさんの世界の話を聞かせてくれませんか?」
「俺の?」
 聞き返すシンにシェリルは自分が小説家を目指していること、次の作品の参考にしたいので詳しく話を聞きた
いという旨を語った。
「まぁ……それくらいならいいけど」
「本当ですか? ありがとうございます!」
 顔をほころばせるシェリルの顔を直視できず、シンは顔を背けた。
「そ、それじゃあまたな」
 逃げるようにシェリルの前から立ち去るシンが受付の前を過ぎようとしたところで、珍しくイヴが自分から口を開いた。
「別にあなたが恥ずかしがることはないと思うのだけど」
 ぐっ、と呻きつつもシンは踏み止まり、図書館を後にした。



「……ふぅ」
 シンが図書館の外へ出たときには、すでに辺りは茜色に染まっていた。もうじきどこの家からも夕飯の良い匂い
が漂ってくる頃だろう。
「さて、ナイフ受け取って帰るかな」
 気持ちを切り替えてジョートショップへと足を向ける。その頭上でキラリと星ではない何かが光った。
「――マァスタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
 あん? と上を見上げたシンの眉間に、凄まじい速さでデスティニーの両足が螺旋の動きを描きながら叩きつ
けられた。あまりの衝撃にシンは回転しながら地面に倒れこむ。
「ごはっ!? き、きりもみキック!?」
「遅いです遅いです遅すぎます! もう暇で暇で暇すぎて大変だったんですよぅ!?」
 どこか舌ったらずな声を上げながらデスティニーはシンに詰め寄った。
「あ~それはなんだ、その、悪かった……ってなんで俺は派手に蹴りもらってるのに謝ってるんだ!?」
 理不尽な展開に謝ったり怒鳴ったりと忙しく感情を変化させるシンだったが、その様子を見てデスティニーは不
機嫌な態度を解いた。
「マスター、何かあったんですか?」
 シンはわずかに息を呑み、
「……別に、なんでもない」
 視線をデスティニーから外した。
「マスター?」
「あんまり喋らないでくれ、誰かさんに貰った一発が頭に響く」
 わざとらしく辛そうに頭を抑えながらシンは歩き続ける。それを見てデスティニーは「クラウド先生に見てもらった
ほうがいいですか!?」と騒いでいた。
(別にそこまで効いちゃいないんだけど……)
 軽く罪悪感を覚えたが、これはこれで別にいいかとシンは説明を投げた。
 ……そして、先程分かったことをもう一度頭の中で反芻するように思い出す。
 ――かつての戦争で使われた魔法でこの世界に呼び出された、コズミック・イラの兵器たち。
「大したジョークだよ、まったく……」
「マスター? やっぱり辛いですか!?」
「なんでもない。それと、明日からお前の仲間探しだ。とりあえず明日さくら亭でインパルスから当たるぞ」
 へ? とデスティニーの動きが止まる。
「お、お姉ちゃんがさくら亭に!?」
 ……どうやら今さら気付いたようだった。
「お前、ホントに食い気があるときは周りが見えないのな」
「だって聞いてないですし! っていうかマスターなんでお姉ちゃんだけ普通に名前で呼んで私はデス子なんです!?」
「いやだって『永久デス子宣言』が……」
 と言いかけたところで振るわれた拳を今度はなんとか避けきった。
「おわっ、危ないだろ!? 俺頭クラクラしてるのにっ!」
「マスターのぉ……バカーーー!!」
 涙目で繰り出される拳を避け、捌き、防ぎながらシンはジョートショップへの帰路を辿る。
 ……道中人々の白い目を集めたのはあえて気にしないシンであった。



「……気に食わないな」
 陽が落ち、完全に街が漆黒に塗りたくられた時刻。エンフィールド郊外の小高い丘の上にその男はいた。
 ――異様な容姿の男だった。色黒の肌に真っ白な短髪というだけでも目立つのだが、さらに囚人服のような黒
い革製の服を着込み、同じく革製のアイマスクが両目を覆っている。
 だがそれでも見えているのか、その顔は広がるエンフィールドの灯を見下ろしていた。
「何がだ?」
 その傍らに浮かぶ影があった。背は男の腰より少し上程度、闇に紛れて全身が窺えないが、背中の赤い羽根
だけが黒の中に浮かび上がるように存在を誇示していた。
「この灯のすべてだよ。いや違うな、気に食わないのとはまた違う。それ以上に忌々しい」
 犬歯を剥き出しにしながら男は告げる。眼下に広がる人々の生活の光に対して噛み付こうとしているかのようだった。
「なら早く壊してしまえばいいだろう」
「あぁそうしたいさ。そうしたいところだが……物事には順序ってヤツがある」
 そうして男の顔がわずかに動く。その先にはセントラルロット――いや、ジョートショップがあった。
「アイツにはとことん味わってもらわなくちゃならないからなァ。いろいろと、よ」
 長い舌を垂らしながら男は喜悦に浸った声音で喋り続ける。それこそが自分の存在意義だと言うように、半分し
か露出していない顔で悦びを顕にしていた。
「……私には関係ないことだな。あの男への嫌がらせなら勝手にやってくれ」
「妬いてンのか?」
「興味がないだけだ」
 呆れたように言い切り、小柄な人影は闇の中に沈んでいった。
「……フン」
 鼻を鳴らし、男は再び街灯に顔を向ける。
「どうせお前も逃げられやしないンだ。俺にとってのアイツみたいにな」
 憎々しげにそう呟き、男も闇の中へと消えていった。

 ――いつも通りの静かな夜、エンフィールドの夜は平穏に包まれていた。
 ……少なくとも、今はまだ。


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最終更新:2008年06月28日 00:29
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