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悠久幻想曲ネタ-05


<その価値は>


 どろり、と鍋の中身をかき混ぜる。
 あまりにも巨大なソレからは湯気が立ち昇り、不気味にボコボコと煮立っている。その中身は底が見えないほ
どに濁った液体で満たされており、時折固形物が浮き沈みしている。
 鍋を覗き込む赤い瞳が細まった。小さな木杓子で中身を少しだけすくい取り、小さな皿へと移す。わずかに時
間を置いて匂いを嗅ぎ、皿の端から啜る。
 舌の上で転がすように味を確かめ、小さく頷いた。
「飯ができたぞ!」
 その言葉に遊んでいた子供が一斉にシンの方へと振り返り、有り余るエネルギーを宿したままカレーの煮え立
つ鍋の周りに殺到した。
「おせーぞシン!」
「もうおなかぺこぺこー」
「早く早くー!」
「マスター、私大盛り三杯で!」
 などと口々に好き勝手なことを言いながらエプロンに三角巾という普段では想像も出来ない格好のシンのあち
こちを引っ張り出した。
「だぁっ、おとなしくしろお前ら! 食器の用意と手洗いが先だ! うがいも忘れるなよ! あとデス子は一杯で我
慢しとけ」
 そんなっ!? とうろたえるデス子を尻目にシンはエプロンと三角巾を外す。
 今日の依頼はセント・ウィンザー教会での手伝いだった。孤児院も併設されているこの教会では定期的にアリ
サが孤児たちの世話をしていたのだが、急用で出られなくなったので代理としてシンとデスティニーが出向いた
のだった。当然ながら完全消費専門かつ生産性ゼロのデスティニーが料理というスキルを身に付けているはずも
なく、軽くさくら亭での仕事を経験したことがあるシンしか料理の担当はこなせないのだ。
(……なんか無駄にいろんな技能を身に付けられるよなぁ、この仕事)
 シンは魔法を使うことができない。例の召還魔法の影響か、異世界の人間であるシンには素養がなかったのか、
いずれにしろ使えないことは事実だった。幸いこの世界での魔法の位置づけは車の免許のようなものであり、持っ
ていないからといって特に不自由するようなものではなかった。
(ま、よく分からないものに頼るのも危ないしな)
 マリアの騒動を代表とした魔法の危うさを身をもって実感したシンにとっては、ある種の鬼門とも言えた。
「今日はありがとうございました」
 その声でシンは現実へと引き戻される。いつの間にか神父が傍らに立っていた。
「いやぁ、アリサさんが来れなくなったと聞いたときはどうするかと頭を抱えたのですが、あなたのおかげで助かり
ました」
「いえ、仕事ですから。子供たちにも久々に会えたんでこっちもちょうどよかったです」
 エプロンを適当に畳みながらテーブルに陣取る孤児たち――その中に違和感なく溶け込んでるデスティニー
も――を見やる。戦争の有無に限らず彼らのような人間はいつだって生まれる。シン自身も似たような境遇であっ
たせいか、今ほど忙しくなるまで足しげく会いに来ていた。
「彼らも喜んでますよ、新しい友人もできたようですし」
 ……友人、のくだりでシンはデスティニーに目を向けた。
「いいですか? カレーはまずご飯、ルーの順番に味わってから混ぜるです。それぞれきちんと味わって食べる
のがマナーですよ」
 どこのだ、と小さく突っ込んでシンは眉間を指で抑えた。なんか余計なことを吹き込んでいる気がしないでもな
い。周りの子供たちはそんな話に耳を傾ける様子もなくカレーを食べ続けていたが。
「そうだ、神父さん。アイツみたいな格好した奴って見たことありますか?」
 デスティニーを指差しながら尋ねるが、神父は困惑したように眉根を上げながら首を横に振った。
「いえ、見たことありませんね」
「そうですか……ありがとうございました」



 あまり期待していなかったのか、シンはそれほど落胆した様子ではなかった。ここ数日の間で同じ答えばかり聞
いてきたのだから無理もないことではあるのだが。
「お兄ちゃ~ん!」
 ん? とシンが振り返った瞬間、少女が飛び込んできた。突然のことで避けることもできず立ち尽くすシンの胸
の中へと少女は飛び込んで行き、
――スルリ、と霞のようにすり抜けた。
「わっ、っとと」
 そのままシンの背後で危うく転びかけた少女だったが、なんとか体勢を立て直して安堵の息を吐いていた。
「……ローラ、いきなり抱きつこうとすると危ないって言ってるだろ」
 嘆息しながらシンは振り返る。視線の先でローラと呼ばれた少女は照れくさそうに笑っていた。
 ――ローラ・ニューフィールド。
 この教会に引き取られた孤児の一人なのだが、信じがたいことに――本人は否定しているが――幽霊なので
ある。とは言っても食事もすれば眠りもする。太陽がどこにあろうと関係なく外を駆け回り他の子供と遊びもすれ
ば色恋沙汰に目がないという妙にませたところもある。
 ただひとつ、人と触れ合うことができないという点以外は年頃の少女となんら変わりはないのだった。
「む、な~んかおもしろくない反応。こんなカワイイ女の子を前にしてなんでそんなにそっけない態度なの? もっ
とこう、ドキドキしたとかそういうのはないの?」
「ドキドキはしたぞ。危うく殺られるかと思った」
「なによそれ~!」
 両手でシンの胸を叩くローラだったが、触れることができないので小さな拳は音も立てずにシンの身体を出入り
していた。
「……ストップ、なんか見ていてあんまりいい気分がしない」
 シンがわざとらしく口元に手を当てながらやんわりと押しのけるジェスチャーをするとローラは頬を膨らませつつ
身を引いた。
「ふんだ、もういいですよ~だ」
 ノリの悪いシンに飽きたのか、そのまま未だ騒がしいテーブルのほうへと走り去っていった。
「まったく、相変わらずだなアイツ」
「良い子ですよ。明るく活発で、それに……強い子です」
 聞けば孤児たちのムードメイカーでもあるらしい。親の温もりに焦がれることも多い子供たちにとっては良き友
人であり、寂しさを紛らわしてくれる姉代わりなのかもしれない。傍から見れば背伸びしているようにしか見えないが。
 ――お兄ちゃん、遊ぼうよ。
 ふとシンの脳裏に失ってしまった妹の声が蘇る。この街の温かさに古傷が反応し、小さく鈍い痛みとなって還っ
てくる。
(……いい加減、慣れないとな)
 思い出の残酷な面にわずかに顔をしかめつつ、シンはなんとか痛みを鎮めた。
「おや? シーラさん、お久しぶりです」
 神父の言葉でシンはいつの間にか視界の端に入ってきていた少女にようやく気が付いた。
「シーラ」
「こんにちは、神父様にシン君」
 長い黒髪を揺らしながら、少女――シーラ・シェフィールドは微笑みながら軽く会釈した。
 エンフィールドの高級住宅街、ウエストロットに暮らす彼女はその例外に漏れず典型的なお嬢様である。とは言っ
てもおなじくお嬢様(のはずの)マリアと比べると性格は正反対である。父親が指揮者、母親がプロのピアニストで
あるシーラは箱入り娘として育てられているため物腰はおとなしく、礼儀正しいのだがその反面自己主張が苦手
であり、特に異性に対して意識し過ぎるところがあるせいか親しい人間以外ではうまくコミュニケーションが取れ
ないこともしばしばである。
「久しぶり、ひょっとしてアイツ等にピアノを?」



「ええ、最近来れなかったから少し気になって。お母様にお願いして時間を貰ったの」
 両親共に音楽に関わる仕事に就いていることもあり、シーラもまた一流のピアニストになるために日々レッスン
を続けている。休みのときにもこうして教会にピアノを弾きに来ることもあり、孤児たちからの人気もあるのだった。
「これはよかった! 彼らも会いたいと言っていたのできっと喜ぶはずです」
「本当ですか?」
 神父もシーラも嬉しそうだった。その様子を見て、シンは改めてこの街に暮らす人々の温かさを感じたのだった。
 ――ふたたび、鈍い痛みを覚えるほどに。
「神父さん、買い出しに行ってきます。たしか蝋燭が切れかかってるんですよね?」
「え? えぇ、そうですが……よろしいのですか?」
 仕事ですから、と言ってシンはエプロンを神父に渡した。
「あぁそうだ、シーラ。そのカレー俺が作ったんだけど、もしよかったら食べてくれないか? 後で感想も聞きたいし」
「う、うん。それはいいけど」
 どこか緊張したように返答するシーラの言葉を聞き終え、シンは背を向けて歩き出した。


「――なんか、逃げてきたみたいだな」
 後悔するように言葉を漏らしながらシンはさくら通りを歩く。蝋燭を売っている場所まではそれほど遠くはないの
だが、その足取りは重かった。
「…………」
 シンは考える。表面上は特に問題はないようにしているつもりだが、内面は二年前に戻ってしまったのではな
いかと。自分の周りに線を引き、そこから先には他人を踏み込ませないようにしていたあの頃に。
(俺は、恐れてるのか?)
 周りの人間が信じられないということではなく、
 親しくなった人間を失ってしまうことを恐れるが故に。
「はぁ……参ったな」
 これはシンが予想していたよりも深刻な問題である。気付いたからといってすぐに解決するようなものではなく、
むしろ気付いてしまったことでより意識してしまうという悪化の一途を辿ってしまっている。
 どうしたものか、と頭を悩ませながらシンは通りを猫背で歩き続け、
 ――何者かの視線を察知した。
(誰だ?)
 辺りをざっと周囲に目を向けるが気配の元である人物は見つからない。その間でもシンは自身に向けられた視
線を感じていた。
(いったいどこから……!?)
 捜す、捜す、捜す、
 通行人、店の中、屋根の上に街路樹の陰、視界に入るものすべてを注意深く捜す。
「あ……」
 そしてシンは発見した。
 ――エンフィールドで人気の店のひとつ、高級レストラン『ラ・ルナ』、窓側のテーブルでシンに視線を向けたま
まティーカップを傾ける小柄な少女。
 わずかにウェーブのかかったアッシュブロンドのショートヘア、紺のフレームのやや大きめな眼鏡、全身に灰色
と紺の鎧を纏い、背中の対称な半円状の物体からは棘のように大小のユニットが取り付けられている。
 知っている。そう、シンはこの少女のことを知っている。
 今は遠く彼方の世界、彼と共に戦場を駆け抜けた仲間の愛機として。
「レジェンド……!?」
 呆然と呟くシンの様子を見たからなのか、少女は窓越しにうっすらと微笑みかけていた。


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最終更新:2008年06月28日 00:31
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