<その価値は 2>
……時はシンが教会から離れる前に遡る。
「あ、デスティニーちゃんも来てたんだ」
「むぐ? ローラですか。あぐ、おひさしです」
一杯限定という条件の下、一口一口を噛み締めて味わいながらデスティニーはローラに挨拶を返していた。
「久しぶり。カレー私の分もある?」
「自分で用意するです。あ、おかわりの分を譲ってくれるなら私が代わりに……」
「行ってくるね」
にこやかに告げてローラは鍋の方へと走っていった。
「んぅ、足りない」
ぼてっと顎をテーブルの上に乗せてデスティニーは呻いた。
出来る限り長く持たせるためにゆっくり食べていたのだが、やはり彼女のキャパシティと燃費の悪さもあってそ
の場しのぎにしかならなかった。
「む~……こうなったらマスターに実力行使、じゃなくて直談判して二杯目の許可を貰うしか」
のっそりと顔を上げると神父とシン、そしてシーラの姿が目に映った。しばらく三人で話しをした後、シンが二人
から離れていった。
「マスター?」
教会の敷地から出て行くシンを追いかけようと席から立ち上がったが、シンの表情を見て動きが止まってしまう。
「……マス、ター?」
すれ違いに見えたシンの顔は、今にも泣き出しそうな子供に似ていたようにデスティニーは感じた。
「おまたせー。シーラさんの分も用意してたら遅くなっちゃった……デスティニーちゃん?」
「どうしかたの?」
無言で立ち尽くすデスティニーの様子を見てローラとシーラは怪訝な表情を浮かべながら問いかけたが、それ
に答えることはなくデスティニーは呆然とシンの背中を視線で追いかけていた。
「迷惑をかけてしまったかな?」
透き通った声に軽く戸惑いを覚えながらもシンは言葉を返す。
「いや、今はまだそれほどでもない」
そうか、と小さく笑いながら再び少女――レジェンドはティーカップに口を付けた。
先ほどの邂逅のすぐ後、シンはラ・ルナへと駆け込んだ。鬼気迫る表情で現れたシンにウエイターや客は怯え
たが、レジェンドが自分の連れだと紹介したことで事なきを得たのだった。
「まさかあんなに急いで来てくれるとは思わなかったよ。姿を見せた甲斐があったかな」
あくまで余裕な態度を崩さないレジェンドに軽い苛立ちを感じつつも、落ち着いた声で本題を切りだす。
「あいにくそこまで暇があるわけじゃないんだ。こっちの用が済んだらすぐに出て行く」
「注文もせずにかい?」
「金はない」
そこでレジェンドが小さく吹き出した。
――言うんじゃなかった。
後悔するも時すでに遅し、誤魔化すように水を飲むしかないシンであった。
しばらくの間うつむいて肩を震わせていたレジェンドだったが、顔が上がったときには元の余裕のある表情へ
戻っていた。
「……失礼、堂々と店に入ってきたものだからその答えは想像していなかった」
うるさそうに視線を外すシンにレジェンドはさらに言葉を続ける。
「それもデスティニーの影響かな? 厄介な習慣を学んだらしいが」
「知ってたのか?」
インパルスの時と同様にデスティニーのことを知らないと踏んでいたシンだったが、どうやら違うようだ。
「私に用があるらしいが、ちょうど良い機会だ。こちらも話がある」
聞くかい? とでも言いたげな視線にシンはわずかに逡巡し、
「……内容は?」
と聞き返した。
「私たちという存在について、とでも言っておこうか」
教会では子供たちが再び遊びに興じていた。空腹を満たしたことで活力を得た少年少女たちはあちこちを駆
け回り、賑やかにはしゃぎ回っている。
その様子を、デスティニーは離れた木陰で眺めていた。
普段の彼女からは想像できないほどに覇気のない姿だ。目はどこか空ろでどこを見ているのか定かではなく、
手足をだらりと投げ出している。
「……デスティニーちゃん、大丈夫?」
デスティニーの首が傾く。すぐそばで心配そうな顔をしたシーラが佇んでいた。何人かの子供たちからピアノの
演奏をせがまれていたが、それはもう終えたようだった。
「別に、なんでもないです」
誰がどう聞いてもなんでもあるような声音で話すデスティニーの傍らに座りながらシーラは問いを重ねる。
「ひょっとして、シン君のこと?」
小さな肩が震える。それからシーラは何も言わず、ただデスティニーの言葉を待った。
やがて、
「分からないんです」
という言葉が返された。
「……こういうとき、どんな反応をすればいいのか分からないんです」
おぼろげな表情で、デスティニーはそう呟いた。
「君は我々についてどこまで理解している?」
唐突にそんなことを聞かれ、シンは困惑しながらも今までの情報を整理して答えを紡ぐ。
「……古代魔法で召還されて、俺のイメージで今の姿で現れているってことは分かってるけど」
だがレジェンドは首を横に振った。
「そうじゃない。それはここに存在することのきっかけだ。『我々について』どこまで理解しているのかを聞いている」
繰り返し投げかけられた質問の真意を量りかねながら、シンは思い浮かんだことをそのまま口にした。
「これでもかってくらいよく食ったり寝たり……普通の人間とあまり変わらないってことくらいしか」
「まぁ、そんなところだろうな」
自嘲気味の笑みを漏らし、レジェンドは眼鏡の位置を直した。逆光のせいでレンズの向こう側が隠れる。
「我々は元を辿ればただの機械だ。意志もなければ生体反応もない。そもそも人間らしさというものを兼ね備えて
はいない。それが何故人間の様に振る舞い、飲食を嗜み、喜怒哀楽を表現できるのか考えたことは?」
今度はシンが首を横に振る番だった。決して考えなかったわけではない、ただそれらを自然なものとしか受け
取れなかったのでそれほど気にしていなかったのだった。
レジェンドは告げる。
「イメージから生まれた私たちには個性という殻しかない。その中身を補うには模倣すること以外に方法はない」
――それって……
シンの思考を読んだかのようにレジェンドの口の端が釣り上がる。
「そう、私たちは人間の模倣をしているにすぎない。たとえ飲まず食わず眠らずの日々を送ったところで死にはし
ないし、ただ人間で言うところの空腹や睡魔という欲求の模倣が反応として表れるだけだ」
息を呑むシンの動揺を知ってか知らずか、さらにレジェンドは続ける。
「一見人間とそう差はないこの身体もただのイメージにすぎない。たとえどこかを損傷しても血は一滴も流れずに
イメージの残滓が光となって消えるだけだ」
窓の外を馬車が横切り、光で覆われていたレンズの向こう側があらわになる。
「――我々は純粋な生物ではない。魔法生物とも異なる。もっと虚ろで、どうしようもないほどに儚い存在だ」
その瞳には、デスティニーやインパルスにあった輝きがなかった。
デスティニーの言葉を受けて、シーラはもう一度問いかけた。
「シン君が、辛そうにしてたから?」
ハッとデスティニーの顔が上がる。
「私も、ちょっとだけど見えたから……」
去り際に見せた苦しそうなシンの表情、シーラもそのことを気にしていたのだ。
「でもね、私たちにできることって待つことしかできないと思うの」
子供をあやす様にシーラは語る。デスティニーもまた親の教えに耳を傾けるかのように聞き入っていた。
「待つ、ですか?」
「そう。何か悩みがあってそのことを私たちに話さなくても、帰ってきたときにいつも通りに迎えてあげればいいん
じゃないかしら」
不安な顔をしているのを見られても彼を困らせるだけだから、とやんわりとした口調でシーラは言った。
「……でも、それでも私は」
――もし叶うならば、シンの力になりたい。
デスティニーはいつしかそう願っていた。
この世界のシンは新たな生活を手に入れた。裏切りと挫折、敗北に満ちた世界から解放されたのだ。
それなのに、まだ辛そうな顔をしていたシンの姿はデスティニーには耐えられなかった。
……もちろん、どんな世界であってもそんなことは当たり前のように存在する。だがそれを理解し、妥協するに
はまだ彼女はまだ若すぎた。
「ふっふ~ん、じゃあお姉さんがとっておきの方法を教えてあげるね」
突如湧いて出た声にデスティニーとシーラは思わず顔を見合わせる。
「話はぜ~んぶ聞かせてもらったわ!」
ひょっこりと木の幹からリボンを乗せた頭が飛び出てきた。あまりにも予想外な登場にデスティニーは転がるよう
に木から離れてわたわたと起き上がった。
「ろろろろろローラですか!? 驚かせるのはやめてほしいです!」
満足そうな顔をしてローラは木から抜け出る。幽霊であるローラだからこそできる芸当だったが、被害を被る側
としては精神衛生上とてもよろしくないものだろう。シーラもリアクションを取ることすらできずに固まってしまっていた。
「シーラお姉ちゃんの言うことも分かるけど、ここは待ってるだけじゃダメ。何かしたいって思ってるなら行動あるのみよ!」
拳を握り力説するローラの迫力に気圧され、デスティニーは涙目になりながら頷くことしかできなかった。
最終更新:2008年06月28日 00:31